2020年05月30日

臼杵城   (大分県臼杵市)

臼杵市にある臼杵城に行ってきました。

<臼杵城>
臼杵城2.jpg
住所:大分県臼杵市臼杵1175
駐車場無し(近隣に観光有料駐車場あり)

<臼杵城について>
臼杵城.jpg

臼杵城1.jpg

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臼杵城は1556年、大友宗麟によって築城されたお城です。
今はそうではないですが、築城時は海に浮かぶ島を利用した城だった様です。
大友氏の後、江戸時代は稲葉氏の居城として明治維新まで存続します。
現在、天守は無く、櫓と本丸跡に護国神社が鎮座しています。

<臼杵城>
臼杵城3.jpg
入口から見る臼杵城は存在感ある城です。横幅があるので、大きく見えます。

臼杵城4.jpg

臼杵城7.jpg
本丸跡にある護国神社。

臼杵城5.jpg
大友宗麟が導入した「国崩し」という大砲。

臼杵城6.jpg
大友宗麟像です。

臼杵城8.jpg
臼杵城からの風景。

平成30年〜31年 年末年始の旅
http://rover.seesaa.net/article/464338711.html

日本の城を巡る
http://rover.seesaa.net/article/21222307.html

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posted by 南行 at 10:49| Comment(0) | 大分県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月28日

宇佐駅    (大分県宇佐市)

宇佐市にあるJR宇佐駅に行ってきました。

<宇佐駅>
宇佐駅.jpg
住所:大分県宇佐市大字岩崎1218-6
駐車場無し

日豊本線「宇佐駅」に行ってきました。
何しに行ったか?
それは駅の駅名案内板を見ようと思っての訪問です。
それがこちら。
宇佐駅2.jpg

宇佐といえば、英語表記でまさに「USA」
心なしかアメリカの星条旗に近い様なあやしげなデザイン(^^;

それだけです(笑)

平成30年〜31年 年末年始の旅
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B級観光スポット・珍スポット
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posted by 南行 at 17:01| Comment(0) | 大分県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

二王座歴史の道   (大分県臼杵市)

臼杵市の二王座歴史の道を散策しました。

<二王座歴史の道>
二王座歴史の道.jpg
住所:大分県臼杵市大字臼杵192−6
駐車場無し(近隣コインパーキング利用)

<二王座歴史の道について>
二王座歴史の道7.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
二王座歴史の道を散策しました。
2002年にも一度訪問しているので、久しぶりの訪問です。
二王座地区は、臼杵の城下町で武家屋敷や寺が並ぶエリア。
かつてはこの地で戦いが繰り広げられた事もあるそうです。

歴史の道用の観光駐車場が無く、有料の市営観光駐車場に車を停めて臼杵城と
二王座歴史の道を散策しました。
武家屋敷の中には家の中も見る事が出来る建物もあり、1時間くらいかけてゆっく
り観光してきました。

<二王座歴史の道>
二王座歴史の道2.jpg

二王座歴史の道3.jpg

二王座歴史の道4.jpg

平成30年〜31年 年末年始の旅
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日本の古い町並み
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posted by 南行 at 16:41| Comment(0) | 大分県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

戸次川古戦場      (大分県大分市)

大分市にある戸次川古戦場に行ってきました。

<戸次川古戦場>
戸次川古戦場.jpg
住所:大分県大分市中戸次
駐車場あり(無料)

<戸次川の戦いについて>
戸次川古戦場2.jpg

長宗我部信親の墓4.jpg
クリックすると拡大します。

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戸次川古戦場に行ってきました。
1587年、豊後に侵攻した島津軍に対し、大友の援軍に送られた仙石秀久を
主将とする四国の長宗我部、十河の軍がぶつかった戦いです。
軍議で長宗我部元親は味方の加勢を待ってそれから戦いに挑むべきと主張したの
ですが、仙石秀久は聞く耳を持たず川を渡って攻撃すると主張。十河存保もそれ
に同調した為、川を渡って合戦に及びました。

しかしながら、島津軍の釣り野伏にかかり四国勢は壊滅的な打撃を受け敗走。
長宗我部元親は逃げ延びますが、嫡男信親が討ち死に、十河存保も討ち死にする
という結果となります。この敗戦に怒った秀吉は仙石秀久の讃岐国を没収しています。

ここで嫡男を失った元親はその後覇気を失い、人の意見を聞かなくなり、親族内で
も異論のあった四男盛親への家督相続などで後世の評価を落とす事になりました。

戸次川古戦場は、川沿いの国道10号線脇に古戦場の看板があり、そこから東側の
高台に信親の墓、十河一族慰霊碑がありました。

戸次川古戦場3.jpg

<長宗我部信親の墓>
長宗我部信親の墓.jpg

長宗我部信親の墓2.jpg

長宗我部信親の墓3.jpg

<十河一族慰霊碑>
十河一族供養費.jpg

平成30年〜31年 年末年始の旅
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著名人の墓
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大河ドラマの舞台
http://rover.seesaa.net/article/112515106.html

古戦場めぐり
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posted by 南行 at 11:44| Comment(0) | 大分県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

碇山で松平忠直と真田幸村の愛馬栗毛の墓を参拝 (大分県大分市)

大分市の碇山で松平忠直と真田幸村の愛馬栗毛の墓を参拝しました。

<碇山>
碇山.jpg
住所:大分県大分市大字津守5−2
駐車場無し

大分市にある碇山に行ってきました。
碇山は標高56m。大分で一番低い山です。
ここは神と仏が宿るところとして地元住民から信仰されている山です。

熊野神社.jpg

この山には山頂に熊野神社が鎮座。そして山腹にはこの地に配流された
結城秀康の子・松平忠直の墓と、真田幸村の愛馬・栗毛の墓があります。

<松平忠直の墓>
松平忠直霊廟.jpg

松平忠直霊廟2.jpg
松平忠直は大坂の陣での論功行賞に不満で、その後様々な問題を起こし、
最終的に大分に配流される事になり、ここで亡くなりました。

<真田幸村の愛馬・栗毛の墓>
真田幸村愛馬栗毛墓所.jpg

真田幸村愛馬栗毛墓所3.jpg

真田幸村愛馬栗毛墓所2.jpg
真田幸村の愛馬・栗毛は大坂の陣後松平忠直の元に行き、配流に際して
も連れて行った為、栗毛もこの地に墓があります。
そもそも馬の墓というもの自体珍しいものですよね。

平成30年〜31年 年末年始の旅
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著名人の墓
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2020年05月26日

鶯の瀬   (埼玉県深谷市)

深谷市にある鶯の瀬に行ってきました。

<鶯の瀬>
鶯の瀬.jpg
住所:埼玉県深谷市畠山942
駐車場あり(無料)

<鶯の瀬について>
鶯の瀬2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
史跡・鶯の瀬に行ってきました。
ここは、畠山重忠ゆかりの地。
増水した荒川を渡ろうとした畠山重忠に、一羽の鶯が浅瀬を教えたという
伝説の地です。

一応鶯の瀬史跡公園という形で公園になってますが、観光的なものは特に無い
という感じです。碑と説明のみありました。

鶯の瀬3.jpg

鶯の瀬5.jpg

鶯の瀬4.jpg

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posted by 南行 at 13:36| Comment(0) | 埼玉県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月25日

箕田碑    (埼玉県鴻巣市)

北鴻巣で箕田源氏関連の史跡を巡ってきました。

<箕田碑>
箕田碑.jpg
住所:埼玉県鴻巣市箕田2041
駐車場あり(無料)

<箕田碑について>
箕田碑2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
北鴻巣で箕田源氏ゆかりの地めぐりをしました。
箕田源氏は嵯峨天皇の子・源融の流れを組む一族で、武蔵国箕田に土着し箕田源氏を
名乗りました。
その更に子孫、渡辺綱は源頼光のもと活躍した頼光四天王の一人で大江山の鬼退治で
名を馳せた人物になります。渡辺綱は箕田の生まれですが、その後摂津国西成郡渡辺
に居住し、渡辺党の祖となりました。

渡辺党は代々名前が一文字で、歴史上結構インパクトがあります。
毛利家の家臣である、渡辺勝、渡辺通も綱の子孫で一文字の名前をつけています。
家紋は三ツ星に一文字です。

渡辺星.jpg

箕田碑があるのが箕田氷川八幡神社。

<箕田氷川八幡神社>
箕田氷川八幡神社2.jpg

<箕田氷川八幡神社>
箕田氷川八幡神社.jpg

箕田八幡神社は源仕が京都石清水八幡宮を勧請して建立した物。
その境内にある箕田碑は江戸時代の人が箕田源氏の歴史を後世に伝えようと
建立したものです。

<箕田2号噴>
箕田2号噴.jpg
近くに箕田2号噴という古墳がありました。このあたりに箕田源氏の館があった
との事です。

<箕田観音堂の灯籠>
箕田.jpg
箕田観音堂の石灯籠には渡辺氏の家紋「三ツ星に一文字」いわゆる渡辺星の紋
が刻まれていました。

鴻巣には数え切れないほど来てますし、この辺も何度も車で走ってましたが、
箕田源氏の史跡がある事を全然知りませんでした。
摂津から広がったという渡辺党に関しても、鴻巣にルーツがあったのが驚きでし
た。まだまだ埼玉県内にも知らないところがあるなと改めて思いました。

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posted by 南行 at 21:01| Comment(0) | 埼玉県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする