2018年08月11日

平成30年夏休み旅(前半)

昨日、一昨日で1泊2日の旅に行ってきました。

夏休みだというのに、突然の台風。初日は家で籠城とあいなりました。
一昨日も朝台風が上陸という事で身構えていましたが、特に大きな影響も
なく通過。
という事で、急遽宿をとり午後から出かけました。

<1日目:8月9日>
正午に出発。関越道を走り一気に小千谷まで走ります。
小千谷戊辰.jpg
小千谷・長岡近辺は「戊辰150年」の旗が目立ちました。
今年は明治維新150周年ですが、奥羽越列藩同盟の各地では維新150年
ではなく、戊辰戦争150年の年なんです。

長岡藩は家老・河井継之助を中心に新政府軍と激戦を演じます。当時日本に3門
しかなかったガトリング砲のうち2門は長岡にあり、一度奪われた長岡城を再度
奪い返すなど、激しい抵抗をしました。
西郷隆盛の弟・西郷 吉二郎もこの戦いで戦死します。

長岡の戦いのきっかけになったのが小千谷で行われた小千谷談判。
土佐の岩村精一郎と会談しますが決裂。これが長岡藩を奥羽越列藩同盟への参加、
徹底抗戦へつながったきっかけとなります。
岩村精一郎は明治維新後も含めて歴史の評価は非常に低い人物ですね。

小千谷では、お土産を購入。
小千谷談判.jpg
戊辰150年記念の日本酒・小千谷談判。顔は河井継之助と岩村精一郎です。

滝澤のサンドパン.jpg
あと新潟と言えばサンドパン。小千谷滝澤ベーカリーのサンドパンを購入しました。

家を出たのも遅かったので、長岡近辺をドライブしながら宿へ向かいます。

夕方に三条山街道の町並みを散策。

加茂市の成龍というお店で夕食(ラーメン)
成龍.jpg
燕三条系ラーメンです。
久しぶりにこんなに背脂の乗ったラーメン食べました。
体に悪いだろうな〜と思いつつ、こういうのおいしいんですよね(^^;
たまには良いですかね。

湯田上温泉・末廣館泊
湯田上温泉.jpg

湯田上温泉2.jpg
宿に入ると、ロビーに千と千尋の神隠しの建物ジオラマ。
レトロな雰囲気です。

早速、さっき買った小千谷談判で風呂上がりに晩酌(*^-^*)
湯田上温泉odiyadannpann.jpg

朝食だけのプランで予約していました。
末廣館.jpg
朝食も品数多く、満足の内容でした。

<2日目・8月10日 天気:晴れ時々雨>
新潟の田上町の宿から会津若松を目指します。

村松城
安田城

Y&Yガーデン訪問
安田ヨーグルト.jpg
Y&Yガーデンはヤスダヨーグルトの直販店。安田ヨーグルトの全商品が買える
との事です。ヤスダヨーグルトは濃厚でおいしいですよね。
僕はここでしか買えないヤスダヨーグルトアイスを食しました(^-^)
安田ヨーグルト2.jpg

会津街道石畳道
津川城(山城攻め)

会津坂下に移動
坂本ドライブインで昼食(ソースカツ丼)
堀部安兵衛生誕の地訪問
堀部安兵衛.jpg
忠臣蔵で有名な堀部安兵衛です。僕は堀部安兵衛は新発田の出身と思っていました。
新発田城前に銅像もありますし。
ただ、会津坂下にも生誕の地と言われる場所があり、銅像も建っていました。
要はよく分かってないんですね。どっちが本当の生誕地なんでしょう。

心清水八幡宮
立木観音

会津若松に移動

鶴ヶ城訪問
鶴ヶ城では、戊辰150年記念という事で幕末特集の展示が行われていました。
鶴ヶ城3.jpg
照姫の着物、大山捨松の鏡など貴重な品を見る事が出来ました。

いつの間にか、山本八重の銅像も。
鶴ヶ城4.jpg
大河ドラマ『八重の桜』の時に造られた様です。

鶴ヶ城.jpg

鶴ヶ城2.jpg
鶴ヶ城の良い写真が撮れました(^-^)

さてさて、油断してたらもう16時半帰らないといけません。
どう帰るか悩みましたが、会津西街道を南下し鬼怒川温泉にぬけて、宇都宮から
東北道で帰ろうという事にしました。
18時に会津田島を通過。この辺までは順調でした・・・・。

栃木県に入り、鬼怒川温泉に着いたあたりで、ものすごい雨になりました。
最初は軽く見ていましたが、強い雨がなかなかやみません。
次第に道路上に水があふれ、川のようになってきました。
ゲリラ豪雨.jpg
初めて車が水没するんじゃないかという恐怖を味わいました。
こうなったらスピードは出せなくても早く高速に乗った方が良いと判断。
日光宇都宮道路に乗り、東北道・圏央道と走り帰宅しました。
夕飯食べて、21時半に帰宅です。

あとで調べたら、記録的短時間大雨情報が出ており、宇都宮では1時間に120ミリ
の雨が降ったとか。宇都宮大谷付近では川が氾濫。避難指示まで出ていたそうで、
ゲリラ豪雨の恐ろしさを味わう事となりました。
まあ無事帰れて良かったです。

会津で、名倉山の戊辰150年記念酒をお土産で買ってきました。
名倉山.jpg
土産は日本酒ばかりになってしまいまいましたね(^^;

後半戦は、西の方に向かいます。
posted by 南行 at 09:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月08日

有村雄助・有村次左衛門生誕の地   (鹿児島県鹿児島市)

有村雄助・有村次左衛門生誕の地に行ってきました。

<有村雄助・有村次左衛門生誕の地>
有村次左衛門生誕の地2.jpg
住所:鹿児島県鹿児島市高麗町13
駐車場なし

<有村雄助・有村次左衛門について>
有村次左衛門生誕の地3.jpg

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有村雄助・有村次左衛門生誕の地に行ってきました。
有村兄弟は幕末の薩摩にあって、尊皇攘夷運動に感化された人物で、水戸藩過激派
と行動を共にし、桜田門外の変に荷担した人物です。

特に有村次左衛門は、桜田門外の変の襲撃に薩摩から唯一参戦し、井伊大老を打ち
とった人物でもあります。

次左衛門は襲撃の際重傷を負い自刃。雄助も捕らえられ自刃させられました。
2人の兄、有村俊斎(海江田信義)は明治時代貴族院議員などを歴任しました。

有村次左衛門生誕の地.jpg
今は民家の様で、中を見ることは出来ません。

平成30年薩摩攻め
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大河ドラマの舞台
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大山厳生誕の地     (鹿児島県鹿児島市)

大山厳生誕の地に行ってきました。

<大山厳生誕の地>
大山厳生誕の地.jpg
住所:鹿児島県鹿児島市加治屋町4
駐車場なし

<大山厳について>
大山厳生誕の地2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
大山厳生誕の地に行ってきました。大山厳は西郷隆盛とは従兄弟の関係にあります。
日清日露戦争での活躍が特に有名です。
政治的野心は無い人物で、何度も首相への就任を打診されたそうですが、全て固辞
したそうです。

僕の中では、戊辰戦争で戦った会津藩の家老の娘である捨松を後妻として迎えた
のが彼の人柄という物を感じさせるものだなと。

<大山巌生誕の地碑>
大山厳生誕の地3.jpg


平成30年薩摩攻め
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大河ドラマの舞台
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東郷平八郎・村田新八・篠原国幹・井上良馨生誕の地   (鹿児島県鹿児島市)

鹿児島市にある東郷平八郎・村田新八・篠原国幹・井上良馨生誕の地を巡りました。

なぜにこの4人の生誕の地を纏めたかと言うと、この4人の生誕の地は、現在の
鹿児島中央高校の学校の敷地内にあったからです。

住所:鹿児島県鹿児島市加治屋町10−1
駐車場なし

学校を取り囲むように碑があります。東南側から順番に行きます。

<村田新八生誕の地>
村田新八生誕の地.jpg

村田新八生誕の地2.jpg
大河ドラマ『西郷どん』でも若い頃から西郷と行動を共にする人物の一人として
登場しています。西郷が沖永良部に流された時、村田は喜界島に流されました。
西南戦争で、西郷と運命をともにします。

<井上良馨生誕の地>
井上良馨生誕の地.jpg

井上良馨生誕の地2.jpg
この方、あまり良く知らないので・・。

<篠原国幹生誕の地>
篠原国幹生誕の地.jpg

篠原国幹生誕の地2.jpg
戊辰戦争で活躍した人物。明治維新後は陸軍の軍人として天皇の信任を得ます。
その後、西郷とともに鹿児島に戻り、西南戦争では一番大隊長を務めますが、
吉次峠の戦いで戦死。

<東郷平八郎生誕の地>
東郷平八郎生誕の地.jpg

東郷平八郎生誕の地2.jpg
東郷平八郎も鹿児島の下鍛冶屋町の出身です。
戊辰戦争では函館まで転戦。
日露戦争における日本海海戦ではバルチック艦隊を撃破する戦功をあげました。

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posted by 南行 at 18:59| Comment(0) | 鹿児島県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

牛島満、山下奉文の墓を参拝      (埼玉県さいたま市)

大宮にある青葉園で牛島満、山下奉文の両陸軍大将の墓を参拝しました。

<青葉園>
住所:埼玉県さいたま市西区三橋5丁目1505
駐車場あり(無料)

<牛島満大将の墓>
牛島満の墓.jpg

牛島満の墓2.jpg

沖縄戦線を指揮した牛島満大将のお墓を参拝しました。参拝したのはもう10年以上
前ですが、たまたま牛島大将の記事を書いたので、その流れで書いてみました。

鹿児島出身の牛島大将の墓が何故埼玉に?
何かのご縁があるんでしょうかね。

<山下奉文大将の墓>
山下奉文の墓.jpg

山下奉文の墓2.jpg

第二次世界大戦で、マレー作戦を指揮した司令官です。
「マレーの虎」と称された有能な将軍だったそうです。
終戦時はフィリピン防衛を指揮していましたが降伏。フィリピンの
軍事裁判で死刑となりました。遺体の行方は分かっていない
との事ですが、何かの由緒でさいたま市の青葉園にお墓がつくられた
様です。

著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html

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posted by 南行 at 12:25| Comment(0) | 埼玉県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

牛島満生い立ちの碑       (鹿児島県鹿児島市)

牛島満大将生い立ちの碑を見に行ってきました。

<牛島満・生い立ちの碑>
牛島満大将生い立ちの碑.jpg
住所:鹿児島県鹿児島市加治屋町21
駐車場なし

牛島満大将は、1887年に元薩摩藩士の父母のもと生まれ、鹿児島市内
で育ちます。
牛島大将と言うと、第二次大戦で沖縄戦の司令官だった事でその名を後世に
残すことになりました。米軍からも牛島将軍の軍の統率は高く評価されて
いたそうです。

<牛島満について>
wikipediaへのリンク
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%9B%E5%B3%B6%E6%BA%80

西郷隆盛らも生まれ育った鍛冶屋町の一角、高麗橋のすぐ近くに生い立ちの碑
がありました。牛島満はこのあたりで育ったんですね。

余談ですが、牛島大将のお孫さんは左翼的な活動をされてて講演を聴いたこと
があるんですけど、牛島の孫がこれかとがっかりした覚えがあります。

平成30年薩摩攻め
http://rover.seesaa.net/article/459862375.html

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posted by 南行 at 12:00| Comment(0) | 鹿児島県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大久保利通生い立ちの地      (鹿児島県鹿児島市)

大久保利通生い立ちの地に行ってきました。

<大久保利通生い立ちの地>
大久保利通生い立ちの地.jpg
住所:鹿児島県鹿児島市加治屋町
駐車場なし

<大久保利通について>
大久保利通生い立ちの地2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
鹿児島県鹿児島市、大久保利通生い立ちの地に行ってきました。
鹿児島城下、下鍛冶屋町に大久保生い立ちの地はありました。
生まれは隣の高麗町で、幼少の頃下鍛冶屋町の西郷隆盛の家の近くに
引っ越してきた様です。

西郷とはともに明治維新を成し遂げ、新政府の中枢で国政を推進しますが、後に
親友西郷と決別。西南戦争で西郷と戦う運命となります。

大久保生い立ちの地は、西郷生誕の地と維新ふるさと館をはさんだ地にあります。

<大久保利通生い立ちの碑>
大久保利通生い立ちの地3.jpg

<牧野伸顕生誕の地>
牧野伸顕生誕の地.jpg
大久保の子でその後政治家として活躍する牧野伸顕生誕の地碑もありました。

大久保利通生い立ちの地4.jpg

平成30年薩摩攻め
http://rover.seesaa.net/article/459862375.html

大河ドラマの舞台
http://rover.seesaa.net/article/112515106.html

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posted by 南行 at 09:37| Comment(0) | 鹿児島県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする