2017年09月27日

PABLO miniのチーズタルト   (埼玉県川越市)

最近地元川越にPABLO miniというチーズタルトのお店が出来ました。

チーズ好きとしては、どうしても食べたい!という事で今日買いに行ってみました。

このお店、大阪が発祥のチーズタルトのお店の様で、関東には川越店も含めて8店舗
あるみたいです。

PABLO mini.jpg

今日はプレーンと期間限定の夏みかんを買ってみました。
早速プレーンを食べてみます。

PABLO mini チーズタルト.jpg

食べた感想ですが、チーズ部分がふわ〜っと柔らかい
これはおいしいです(^o^)
この食感はちょっと予想外でした。もっとチーズ部分が固いのかと思ってたん
ですが。こういうチーズタルトは初めてなので、衝撃を受けました。
買ってきてそのまま食べたんですが、冷やした方がおいしいんではないかという
気もしました。
夏みかんはまだ食べてなくて、冷蔵庫で冷やしてます。
明日食べようと思います(^-^)

冷蔵庫で3日持つそうです。



関連ランキング:洋菓子(その他) | 川越駅本川越駅川越市駅



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女の都入口      (長崎県長与町)

長崎にある「女の都」に行ってきました(^^;

<女の都入口>
女の都.jpg住所:長崎県西彼杵郡長与町高田郷721

ちょっと気になったので行ってみました。
「女の都?」 おんなのみやこですか?
その入口にバス停があるんですね(笑)気になります。

「女の都」は”めのと”と読みます。
由来は平家の落人の里で、主に平家の女性が逃げこんだ場所だからだそうです。
女の都は昭和40年代に開発され、ニュータウン的な住宅地になっています。
住所は長崎市女の都1丁目〜4丁目まであります。
バス停の「女の都入口」は長崎市ではなく、長与町側にあります。
長崎県営バス長与営業所の前にバス停がありますので、そこを目印に行くと
良いです。駐車場はありません。
山の上を切り開いた住宅地という感じで、車で走っていても結構坂がきつく、
しんどい環境でした。とても女性の楽園ではなかったですね〜(^^;

女の都2.jpg

以前、長野で「女体入口」っていうバス停に行きました。こっちの方がやば
そうな雰囲気ではあります(^^;

平成29年夏旅2 長崎へ出陣
http://rover.seesaa.net/article/453275762.html

B級観光スポット・珍スポット
http://rover.seesaa.net/article/106120393.html

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大村純忠史跡公園    (長崎県大村市)

大村市にある大村純忠史跡公園に行ってきました。

<大村純忠史跡公園>
大村純忠史跡公園.jpg
住所:長崎県大村市荒瀬町1116
駐車場あり(無料)

<大村純忠史跡公園について>
大村純忠終焉の地3.jpg

大村純忠終焉の地2.jpg
クリックすると拡大します。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
大村純忠史跡公園に行ってきました。
戦国時代にこの地を治めた大名・大村純忠終焉の地です。晩年の2年間
をこの地に館を構えて過ごしました。

大村純忠は日本の領主として最初にキリシタンとして洗礼を受けた人物。
ローマ法王に天正少年遣欧使節を派遣するなど、キリスト教に傾倒しまし
た。

戦国時代末期に、秀吉によるキリシタン追放令などキリシタンの弾圧が
始まると、大村純忠の子・大村義前はキリスト教を棄て日蓮宗に改宗し
キリスト教を弾圧する側になる訳でありますが。。。

現地は小さな公園になっており、大村純忠終焉の地碑がたっています。

大村純忠終焉の地.jpg

大村純忠終焉の地4.jpg

平成29年夏旅2 長崎へ出陣
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2017年09月24日

秋の気配

今日は久しぶりに休日に良い天気だったので、群馬にドライブに行ってきました。

朝のスタート時点で、愛車の走行距離がめでたく26万キロに到達しました(^-^)
26万キロ.jpg

地球を6周半ですね。よく頑張りました〜。最近は毎年何か壊れてますが、老骨に
むち打ってあと少し頑張ります(๑•̀ㅂ•́)و

さて、まずは高崎へ。
鼻高展望花の丘に行きました。そろそろコスモスのシーズンかなと思ったので。

鼻高4.jpg
コスモス祭りは始まってました。
普通のコスモスはこれから。今はキバナコスモスが見頃を迎えています(^-^)
鼻高.jpg

鼻高3.jpg
いやされますね〜(・o・)

鼻高2.jpg
ちょっと疲れ気味でしたが、ヒマワリも咲いてましたよ。

そこから太田市に移動。常楽寺で彼岸花を見てきました。
常楽寺の彼岸花.jpg
こちらも良かったですね〜。

一足早い秋を堪能しました。
今週で9月もラスト。ほんと1年って早いなと思います。

posted by 南行 at 22:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

常楽寺の彼岸花    (群馬県太田市)

群馬県太田市にある常楽寺で彼岸花を見てきました。

<常楽寺>
常楽寺の彼岸花7.jpg
住所:群馬県太田市上田島町372
駐車場あり(無料)
境内自由

太田市の常楽寺に行ってきました。
このお寺は新田氏の一族である田島氏の氏寺だったお寺です。
東国花の寺100ヶ寺のひとつで、特にこの時期の彼岸花が見所です。

太田で彼岸花というと、世良田の方にある早川渕の方が有名かなと思い
ます。以前、早川渕には行っているので、今回は常楽寺に行くことにし
ました。

行ってみてびっくり。良いじゃないですか(^-^)
境内に咲く彼岸花がとても良いです。日が良く当たるところは既に見頃を
過ぎていましたが、境内は今がちょうど見頃でした(^o^)

<常楽寺の彼岸花・平成29年9月24日撮影>
常楽寺の彼岸花.jpg

常楽寺の彼岸花2.jpg

常楽寺の彼岸花3.jpg

常楽寺の彼岸花5.jpg

常楽寺の彼岸花4.jpg

常楽寺の彼岸花6.jpg

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2017年09月22日

藩境塚       (青森県平内町)

青森県平内町にある藩境塚に行ってきました。

<藩境塚>
藩境塚.jpg
住所:青森県東津軽郡平内町狩場沢
駐車場あり(無料)

<藩境塚について>
藩境塚4.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
藩境塚に行ってきました。
その名の通りですが、ここは江戸時代に藩の境だった場所です。
ここから西側は津軽藩、東側が南部藩です。
藩境塚3.jpg

藩境塚5.jpg

どのような意味合いで、古墳の様な塚が設けられたかは不明です。
川の両岸に2つずつ古墳の様な塚があり、藩境を示しています。

藩境塚2.jpg

藩境塚6.jpg

この地は奥州街道があり、藩境には御番所が設けられ通行人や物資の流れ
が監視されていました。

奥州街道.jpg

馬角御番所.jpg

現在は国道4号線、平内町と野辺地町の境になっています。

平成29年夏旅 青森へ
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2017年09月20日

池辺公園の彼岸花     (埼玉県川越市)

地元川越の池辺公園で彼岸花を見てきました。

<池辺公園>
池辺公園.jpg
住所:埼玉県川越市池辺1234
駐車場あり(無料)

地元川越の池辺公園に行ってきました。
僕は長年川越に住んでおりますが、こんな公園があるのは初めて知りました。
多分、川越に住んでる人でもこの公園知ってる人は少ないんじゃないかな。
まったく有名じゃないですし。この場所って、そもそも自分の生活の中で通ら
ない場所なので知るよしもありませんでした。

たまたま、川越で彼岸花の名所って事で調べてたら穴場って事で紹介されて
いたので訪問しました。
本当は巾着田とか行こうかと思いましたが、天気もいまいちだし、混んでる
ところ行くのもという事で、こちらに行った次第です。

池辺公園は小さな公園です。というか、ただの森で、その中を歩く遊歩道が
ある程度。
いきなり「まむし注意」の看板に怯みました(^^;
池辺公園2.jpg

公園の奥の方に、咲いてました、彼岸花です。
良い具合に咲いてます。もうそんな時期なんですね〜(・o・)

<池辺公園の彼岸花・平成29年9月20日撮影>
池辺公園彼岸花2.jpg

池辺公園彼岸花.jpg

池辺公園彼岸花3.jpg

池辺公園彼岸花4.jpg

池辺公園彼岸花5.jpg

池辺公園彼岸花6.jpg

彼岸花を見に来ている人は僕と、あともう一人いましたが、それだけ。
ここは完全に穴場って感じで良かったです(^-^)

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長崎街道・彼杵宿    (長崎県東彼杵町)

長崎県東彼杵町にある長崎街道彼杵宿を散策してきました。

<長崎街道・彼杵宿>
長崎街道彼杵宿.jpg
住所:長崎県東彼杵町彼杵宿郷
駐車場あり(道の駅彼杵の荘に駐車)

長崎街道は北九州の小倉と長崎を結ぶ旧街道です。
彼杵宿(そのぎしゅく)は古くからの港町で、江戸時代には海陸交通
の要衝として栄えた宿場町でした。
江戸〜長崎を往来した幾多ひ人たちが、この地より船に乗り時津に渡り
長崎に向かいました。
また、戦国時代には秀吉によるキリシタン弾圧で処刑された二十六聖人
もこの地から船で時津に渡るという歴史の地でもあります。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
道の駅彼杵の荘に車を停めて、長崎街道彼杵宿を散策しました。
彼杵は「そのぎ」と読みます。まったく読めませんし、なかなか頭に
入ってこない音だなって感じました。

長崎街道の宿場町で、かつ港町としてここから大村湾を船で渡って
時津に向かう海の玄関口でもあった様です。

今はあまり昔の建物などは残っていませんが、かつての港町の雰囲気は
何となく感じられました。
彼杵は昔からお茶の産地で「そのぎ茶」をお土産で購入しました(^-^)

<彼杵宿>
長崎街道彼杵宿2.jpg

長崎街道彼杵宿3.jpg

長崎街道彼杵宿7.jpg

<本陣跡>
長崎街道彼杵宿 本陣跡.jpg

長崎街道彼杵宿 本陣跡2.jpg

<脇本陣跡>
長崎街道彼杵宿 脇本陣跡.jpg
脇本陣跡は空き地になってました。

<船着き場跡>
長崎街道彼杵宿4.jpg

長崎街道彼杵宿5.jpg

長崎街道彼杵宿6.jpg
彼杵の港から見た大村湾。

平成29年夏旅2 長崎へ出陣
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日本中央の碑歴史公園     (青森県東北町)

青森県東北町にある日本中央の碑歴史公園に行ってきました。

<日本中央の碑歴史公園>
日本中央の碑.jpg
住所:青森県上北郡東北町家ノ下タ39−5
駐車場あり(無料)
資料館(入場無料)

<日本中央の碑について>
日本中央の碑3.jpg
日本中央の碑4.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
国道4号線を北上していると、ふと「日本中央の碑歴史公園」なる看板
が目に入りました。
青森まで来て「日本中央」?
いろんなところで日本の中央だったり日本のへそだったりいろいろ言って
おりますが、ここは何なんでしょう。まったく知らずでの訪問です。

公園には資料館があり、この中に日本中央の碑なるものがある様です。
入ってみます。

日本中央の碑2.jpg

資料館の真ん中に、ありました、日本中央の碑です。

<日本中央の碑>
日本中央の碑5.jpg
ふむふむ、石に日本中央ってうっすらと書いてありますね。
この日本中央と書いた石が古代からの歌枕「つぼのいしぶみ」なんだそうです。
まあ「つぼのいしぶみ」はこれがそうであるという一説であり、他にも説が
あるので確定している訳では無い様です。
「つぼのいしぶみ」とは、坂上田村麻呂が大きな石の表面に、矢の矢尻で文字
を書いたとされる石碑です。
「日本」とは「ひのもと」と読み、東北を総称したものという事。
たしか、戦国時代にこの地を支配した安東氏は「日之本将軍」を名乗っていまし
たし、東北北海道の中心という意味なんでしょうかね。
まあ、不思議な石であります。

平成29年夏旅 青森へ
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2017年09月18日

中岳古戦場跡     (長崎県大村市)

大村市にある中岳古戦場跡に行ってきました。

<中岳古戦場跡>
中岳古戦場跡.jpg
住所:長崎県大村市中岳町
駐車場なし

<中岳古戦場について>
中岳古戦場跡4.jpg
中岳古戦場跡5.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
中岳古戦場跡に行ってきました。
1474年、有馬高純と大村純伊がこの地でぶつかった戦いです。
戦いは最初互角だった様ですが、大村方の鈴田道意が寝返った事により
形成は一気に有馬に傾き大村勢は大敗しました。
今は碑のみがその戦いを伝えます。

1474年というと、中央では応仁の乱の最中。
この戦いが中央とどういう関わりがあるかよく分かりませんが、各地の
大名が私戦を始めているあたり、応仁の乱による室町幕府の弱体化を
示している様な気がします。

中岳古戦場跡2.jpg

中岳古戦場跡3.jpg

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古戦場めぐり
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2017年09月17日

龍雲寺     (宮城県栗原市)

宮城県栗原市にある龍雲寺に行ってきました。

<龍雲寺>
龍雲寺.jpg
住所:宮城県栗原市一迫真坂館浦59
駐車場あり(無料)
境内自由

<龍雲寺について>
龍雲寺2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
龍雲寺に行ってきました。
たまたま車で走っていると、政岡の墓なる案内を発見しました。

龍雲寺 政岡の墓3.jpg
さて、政岡とは誰でしょう?
何か由緒がありそうなお寺だったので立ち寄ってみることにしました。
江戸藩政時代には25の寺を従える大寺院だった様です。
その龍雲寺の裏山に、政岡の墓があります。

政岡とは、江戸時代に作られた歌舞伎・浄瑠璃作品『伽羅先代萩』の登場する
架空の人物で、そのモデルと言われるのが白河義実の妻です。
『伽羅先代萩』は江戸時代初期に起きた伊達騒動をモチーフにしたものです。
話の中で、幼い主君を守る乳母として登場します。

白河義実とその妻の墓がこの龍雲寺のお墓なんですね。
僕も伊達騒動に関しては以前に大河ドラマ『樅の木は残った』の総集編みたい
なのを見た程度でして、あまり詳しく知らない為、へーそうなんだという事で
参拝して帰ってきました。

<白河義実とその妻(政岡)の墓>
龍雲寺 政岡の墓.jpg

平成29年夏旅 青森へ
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著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html

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二十六聖人乗船の地跡    (長崎県東彼杵町)

長崎県東彼杵町にある二十六聖人乗船の地跡に行ってきました。

<二十六聖人乗船の地跡>
二十六聖人渡海の地2.jpg
住所:長崎県東彼杵郡東彼杵町彼杵宿郷
駐車場無し

<解説>
二十六聖人渡海の地7.jpg
二十六聖人渡海の地8.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
東彼杵(ひがしそのぎ)にある二十六聖人乗船地に行ってきました。
秀吉によるキリシタン禁教令により京都・大坂で捕縛されたキリシタン
達は見せしめの為徒歩で長崎まで引き回されました。
そして、東彼杵のこの地から船に乗り時津に向かいます。
1597年2月5日、その26人は長崎で処刑されます。
これが「日本二十六聖人の殉教」という事件です。

船に乗った場所という東彼杵に乗船場跡の碑がたっていました。
今回の長崎旅行では各地にキリシタン墓地があるのに気がつきました。
弾圧が激しかったんでしょうね。これも日本史の一幕ですね。

二十六聖人渡海の地3.jpg

二十六聖人渡海の地4.jpg

二十六聖人渡海の地5.jpg

<乗船地>
二十六聖人渡海の地6.jpg

二十六聖人渡海の地.jpg

平成29年夏旅2 長崎へ出陣
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佐沼城址     (宮城県登米市)

宮城県登米市にある佐沼城址に行ってきました。

<佐沼城址>
佐沼城址2.jpg
住所:宮城県登米市迫町佐沼内町
駐車場あり(無料)

藤原秀衡の家臣・照井高直によって築城されたお城です。
戦国時代には大崎氏の居城となりますが、秀吉の奥州仕置きにより大崎氏が
改易されると木村吉清が入城し、その後伊達政宗が扇動したとされる大崎一揆
が起こります。佐沼城は大崎一揆の舞台となった城です。

大崎一揆は、政宗が扇動し伊達家の旧領であった大崎を取り戻そうとしたという
説が有力です。

現在の佐沼城址は、鹿ヶ城公園として整備され、登米市歴史博物館が併設されて
います。

<佐沼城址>
佐沼城址.jpg
クリックすると拡大します。

佐沼城址3.jpg

佐沼城址4.jpg

<佐沼城主・亘理家墓所>
亘理家墓地.jpg

亘理家墓地2.jpg

<佐沼城主・津田家墓所>
亘理家墓地3.jpg

津田家墓地.jpg

<登米市歴史博物館>
登米市歴史博物館.jpg

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日本の城を巡る
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2017年09月15日

七戸城址      (青森県七戸町)

青森県七戸町にある七戸城址に行ってきました。

<七戸城址>
七戸城1.jpg
住所:青森県上北郡七戸町字七戸
駐車場あり(無料)

<七戸城について>
七戸城.jpg

七戸城2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
七戸城址に行ってきました。七戸城は七戸南部氏の居城で、もともと
は北方の安東氏に対する防御拠点として築城された様です。
その城域は広く、調査の結果22ヘクタールに及ぶ大城郭だった様です。

1591年、九戸政実の乱が起こると七戸城主南部家国は九戸政実側に
与し、羽柴秀次の軍の前に攻め滅ぼされました。
九戸政実の乱後、廃城となった様です。

今は、特に遺構は残っていませんが、空堀跡や武家屋敷跡など発掘調査に
よって明らかにされたものが案内板とともに見る事が出来ます。

<七戸城址>
七戸城4.jpg

七戸城5.jpg

七戸城3.jpg

七戸城6.jpg

<七戸城からの景色>
七戸城7.jpg

平成29年夏旅 青森へ
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日本の城を巡る
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2017年09月13日

【再】稲佐山の夜景   (長崎県長崎市)

長崎の稲佐山で夜景を見てきました。

<稲佐山の夜景>
稲佐山夜景5.jpg
住所:長崎県長崎市稲佐町364
駐車場あり

稲佐山は長崎市にある標高333mの山で、ここからの夜景は2015年に
日本新三大夜景のひとつに選ばれました。
僕もこの稲佐山に行くのは平成17年以来という事で12年ぶりです。

今回は明るい内に登ることにしました。
稲佐山登山道を車で上って行きます。
休日には車で行けない様ですが、この日は平日。山頂の駐車場は40台分しかありません
が、空き状況をHPで確認出来るので空いている事を確認のうえ山頂に向かいました。

18時半位に山頂に到着。まだ明るい時間に着きました。
まずは市内と反対側海の方を見ます。

遠くに軍艦島が見えました。
軍艦島.jpg

軍艦島2.jpg
かつては炭鉱の島として活況を呈した島です。
今年、韓国でこの島を舞台にした「軍艦島」とかいう映画が上映されました。
反日映画の様ですが(--#)

すこしすると夕暮れに。夕暮れも綺麗ですね。少し雲があり、海に沈む夕陽を
見る事は出来ませんでした。
稲佐山夕暮れ.jpg

稲佐山夕暮れ2.jpg

そして日が沈み、反対側の市内の方に移動。夜景を眺めます。
稲佐山夜景1.jpg

稲佐山夜景2.jpg

稲佐山夜景3.jpg
やっぱ長崎の夜景は良いですね。
夜景を眺めながらしばしボーッとしてきました(^-^)

稲佐山夜景4.jpg
稲佐山にある電波塔です。

<大きな写真・クリックすると拡大します>
稲佐山夜景 大.jpg

平成29年夏旅2 長崎へ出陣
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夜景の名所巡り
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衣河関跡    (岩手県奥州市)

奥州市にある衣河関跡に行ってきました。

<衣河関跡>
衣川関跡.jpg
住所:岩手県奥州市衣川区松下
駐車場無し

<衣河関について>
衣川関跡2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
奥州市にある衣河関跡に行ってきました。
ここ、平泉かと思ったらギリギリ奥州市側になる様です。
古代の関所跡で、安倍頼義によってこの地に移された様です。
現在は東北自動車道の脇の細い道のところに衣河関跡の案内があります。
この道路が旧街道なんですかね。

衣川関跡3.jpg

衣川関跡4.jpg

平成29年夏旅 青森へ
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卯の花清水       (岩手県平泉町)

平泉町にある卯の花清水です。

<卯の花清水>
卯の花清水.jpg
住所:岩手県西磐井郡平泉町平泉柳御所
駐車場なし

<卯の花清水について>
卯の花清水3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
平泉にある卯の花清水跡を訪問しました。
源義経終焉の地である高館。その地に湧くわき水です。
室町時代初期に成立した軍記物語『義経記』に十郎権頭兼房という架空の
人物が登場します。義経に仕える忠臣で、義経の正室の守り役であったと
いう話です。
兼房は、義経の死を見届けると高館に火を放ち、敵将長崎太郎を切り倒し、
その弟次郎を小脇に抱えて炎に飛び込み壮絶な最期を遂げました。

松尾芭蕉とともに奥の細道を旅した曾良は以下の句を残しています。
「卯の花に 兼房みゆる 白毛かな」

その地に湧く霊泉を卯の花清水と名付け、地域の人は大事にしてきたそう
です。
卯の花清水2.jpg
今も水が湧いてますね。と思ったんですが、後で調べたら水は涸れてしまい、
今は水道水で再現しているのだそうです。残念ですね(・o・)

平成29年夏旅 青森へ
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柳之御所跡     (岩手県平泉町)

平泉にある柳之御所跡に行ってきました。

<柳之御所跡>
柳之御所跡23.jpg
住所:岩手県西磐井郡平泉町平泉字加羅楽108-1
駐車場あり(無料・柳之御所跡資料館に駐車)

<柳之御所について>
柳之御所跡4.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
柳之御所跡に行ってきました。
ここは奥州藤原氏初代、藤原清衡が平泉に移ってきて館を構えた場所
で、3代秀衡が政庁として整備しました。
4代泰衡の時、源頼朝に攻められ泰衡は柳之御所に火をつけ焼失しました。

松尾芭蕉の『奥の細道』では、秀衡が跡は田野になりてとありますが、
芭蕉がこの地に訪れた時には跡形もなくなっていたのでしょう。

近年発掘調査が行われ、巨大な空堀を備えた政庁跡が見つかりました。
柳之御所跡.jpg

柳之御所跡2.jpg
これだけ大きな空堀、政庁であるとともに、城としての役割も大きかった
と思われます。

柳之御所跡6.jpg

柳之御所跡5.jpg

<柳之御所資料館>
柳之御所跡7.jpg
柳之御所資料館では、発掘で見つかったものや、奥州藤原氏に関する資料を
見る事が出来ます。無料というのもありがたいです(^-^)

平成29年夏旅 青森へ
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日本の城を巡る
http://rover.seesaa.net/article/21222307.html

大河ドラマの舞台
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2017年09月11日

長崎ちゃんぽん@鈴田峠野鳥の森レストラン   (長崎県大村市)

長崎県大村市にある鈴田峠野鳥の森レストランで長崎ちゃんぽんを食しました。

<鈴田峠野鳥の森レストラン>
鈴田峠野鳥の森レストラン.jpg
住所:長崎県大村市中里町452-8
駐車場あり

鈴田峠にあるキッチンすずたとうげというお店でトルコライスを食べようと
思い訪問しました。事前情報だとランチは15時までという事で、14時すぎ
に行ったところ、何と閉まってるじゃないですか・・・。
営業時間が変わったようです(>_<)

途方にくれて出発すると、すぐにこの店を発見しました。
もう何でもいいやという事で入ってみました。

このお店は長崎の食材を使ったバイキングのお店の様でした。
ただ、単品メニューも何個かあり、そのひとつが長崎ちゃんぽんでした。
それにするかと言うことで、長崎ちゃんぽんを注文しました。

<長崎ちゃんぽん>
鈴田峠野鳥の森レストラン2.jpg
こちらが長崎ちゃんぽん(650円)です。
薬膳ちゃんぽんというコンセプトの様です。クコの実とか入ってます。
ジャガイモとか温泉卵とか、ちゃんぽんに普通入っている具材とは少し違う
感じの内容でした。

味もちょっと薄味かな。僕的にはもう少し濃くて、はっきりした味の方が好みです。
健康に良さそうなちゃんぽんではありましたが、コレってものが感じられなかった
ですね〜。

平成29年夏旅2 長崎へ出陣
http://rover.seesaa.net/article/453275762.html



関連ランキング:バイキング | 岩松駅



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2017年09月10日

高館義経堂       (岩手県平泉町)

岩手県平泉町にある高館義経堂に行ってきました。

<高館義経堂>
高館義経堂.jpg
住所:岩手県西磐井郡平泉町柳御所14
駐車場あり(無料)
入場料:200円

<高館義経堂について>
高館義経堂2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
源義経終焉の地、高館義経堂に行ってきました。
源頼朝の圧力に屈した藤原泰衡に襲撃され、義経は非業の最期を迎えます。
その終焉の地が高館です。

後に、仙台藩4代藩主伊達綱村によって、この地に義経を祀る義経堂が
建立され、中に義経の木造が安置されました。
また、1689年には松尾芭蕉がこの地を訪れ、かつて栄華を極めた
奥州藤原氏もその栄華の痕跡も無く、だた山々のみが当時を伝えるのみと
いう感慨を、奥の細道の中で記しています。

<奥の細道・高館>
高館義経堂 奥の細道.jpg
この高館の段は、僕も中学だったか高校だったか忘れましたが、国語の授業で
読んだ記憶があります。すごく良く覚えてます。
「夏草や兵どもが夢の跡」の句は奥の細道の中でも有名な句の一つですね。

「まず高館にのぼれば、北上川南部より流るる大河なり」
高館義経堂 北上川.jpg
松尾芭蕉もこの北上川の風景を見たと思うと感慨深いです。
芭蕉は、更に昔の奥州藤原氏の栄華をこの地の風景を見て思いにふけった
訳で、僕がこの地で芭蕉に思いをはせるのも不思議な感じです。

<高館義経堂>
高館義経堂3.jpg
伊達綱村によって建立された義経堂です。

高館義経堂4.jpg
中には義経像。

高館義経堂 源義経供養塔.jpg
脇には源義経供養塔があります。

高館義経堂5.jpg
こちらは高館にある資料館です。義経や奥州藤原氏に関する資料が展示されて
います。

平成29年夏旅 青森へ
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著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html

大河ドラマの舞台
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2017年09月07日

長崎Wスーパーポーク丼@仲よし   (長崎県島原市)

島原市の仲よしというお店でランチにしました。

<仲よし>
仲よし.jpg
住所:長崎県島原市有明町大三東丙198-2
駐車場あり
営業:11:30〜15:30(L.O.15:00)
17:00〜22:00(L.O.21:00)

長崎でのお昼、トルコライス食べたいなと思い店を探しました。
ネットで仲よしというお店の記事があった為、今いる場所から近いという事も
あり訪問しました。

メニューを見ます。いろいろありますね〜。長崎のご当地食材を使ったメニューが
多いです。観光客にはありがたい店です。
しかし、、、肝心のトルコライスが見当たらない。ネットに出てた記事は期間限定
メニューだったのか・・・・。
そんな時、目に入ったのがこれです。長崎Wスーパーポーク丼。

ポーク丼3.jpg

TVで紹介された事をアピールしてます。
長崎県の食材をふんだんに使った豚丼。トルコライスじゃなくてもこれで良いなという
事に。

<長崎Wスーパーポーク丼 750円>
ポーク丼2.jpg
こちらです。ポークにはついてくる味噌タレをかけて食します。

丼の構造はこんな感じです。
ポーク丼4.jpg

ご飯の下に豚の角煮が隠れてるんですね〜。
ポーク丼.jpg
角煮は醤油ベースの味付け。上の焼豚は味噌で、この味わいのバランスがとても良い(^-^)

おいしくて大満足(^o^)
おいしいので焼き豚2枚が少なく感じました。950円とかで良いから肉の大盛りほしい
ですね〜。

平成29年夏旅2 長崎へ出陣
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2017年09月06日

平成29年夏旅2  長崎へ出陣

9月5日・6日のお休みで長崎に行ってきました。
何故に長崎という事ですが、日本の都道府県で一番訪問の間が空いて
しまってるのはどこかと考えたところ、長崎は12年行ってない事が判明。
前回行ったのは平成17年の夏休みでした。

という事で、1泊2日の強行軍ですが、長崎に行ってきました。

<1日目:9月5日(火)、天気:晴れ時々曇り>
朝5時15分に家を出ました。リムジンバスで羽田空港へ。
7時40分発の便で長崎に向かいます。
朝確認したところ、長崎の天気は雨。雨雲がかかってますが、10時には雨はやむ
予報でした。その後は曇りの予報です。

長崎に着き、レンタカーの手続きを終え10時に観光開始です。
ヴィッツ長崎旅.jpg
今回の相棒は新型ヴィッツです。乗っての感想ですが、なんかもっさりした感じの
走りでした。アクアとそっくり。昔のヴィッツってもっとキビキビ走った様な気が
するんですが、、ちょっと残念。

まずは東彼杵に向かいます。
ここは長崎街道の宿場町。かつて坂本龍馬も来た事がある様です。
彼杵.jpg
彼杵で見た海。雨は上がり、青空が見えます。良かったです(^-^)

長崎街道彼杵宿散策
二十六聖人渡海の地

大村市に移動
中岳古戦場
大村純忠終焉の地(坂口館)
本経寺(大村家菩提寺)
富松神社(三城城跡)
旧円融寺庭園
鈴田峠野鳥の森レストランで昼食(長崎ちゃんぽん)

千々石ミゲルの墓訪問
千々石ミゲル.jpg
最近、千々石ミゲルの墓のニュースを耳にしました。何でも発掘作業を
してるんだとか。千々石ミゲルとは、天正遣欧少年使節として戦国時代に
ローマに行きローマ法王に謁見した人物です。

ちょうど長崎行く訳だし、行ってみようかなと思い訪問しました。
行ったのですが、発掘期間中は関係者以外立ち入り禁止とのこと(>_<)
諦めようかと思ったところ、関係者の方のご厚意で見学させてもらう事が
出来ました。マスコミのカメラが発掘作業を取材中でした。
実は数日前に、墓から人の歯と思われるものが発見されたんだとか。
千々石ミゲルのものなんでしょうかね。調査結果が気になります。

長崎市に移動
女の都訪問
女の都.jpg
これはネタ訪問です(^^;

皓台寺(近藤長治郎の墓参拝)
興福寺
龍馬のブーツ像
亀山社中跡(資料館は時間外で見れず)
風頭公園で坂本龍馬像
龍馬.jpg
眼鏡橋
眼鏡橋の近くで怪しげな自販機を発見しました。
自販機長崎2.jpg
ううむ、あやしい・・。何なんでしょこの自販機は(^^;

自販機長崎.jpg

稲佐山で夜景を見る
久しぶりの稲佐山です。暗くなる前に山頂に着きました。まずは景色を楽しみます。
稲佐山から軍艦島見えるんですね。初めて知りました。
軍艦島2.jpg
軍監の様な形をしている事から軍艦島と言われますが、正式には端島と言います。
軍艦島.jpg
望遠で撮ってみました。予約して船で行くことも出来るんですよね。
一度行ってみたいです。
韓国の映画で最近この軍艦島のやつやった様で、稲佐山にも韓国人が沢山
来ておりました。
稲佐山夕暮れ.jpg
夕暮れを眺めました。

稲佐山夜景.jpg
12年ぶりに見た長崎の夜景です(^-^)

そのあと、長崎市内で地魚の海鮮丼で夕食。
地魚丼.jpg
値段の割には大したこと無かった。店員の接客も良くないし、店の名前は出し
ません。

ホテルニュータンダ泊

<2日目:9月6日(水)天気:曇り時々晴れ>
2日目です。天気は曇りがちですが、青空も出ました。まずまずの天気です。
この日は島原に向かいます。

愛野展望台
愛野展望台.jpg
愛野展望台です。天気はこんな感じ。晴れなんですけど、雲がかかってます。

千々石展望台
橘神社(千々石ミゲル生誕の地)
釜蓋城址
金浜眼鏡橋
口之津歴史民俗資料館

口之津.jpg
口之津の風景です。
口之津は戦国時代、南蛮船が来港し貿易で賑わった港町です。

日野江城址
沖田畷古戦場訪問
沖田畷古戦場.jpg
戦国時代の一大合戦、沖田畷古戦場に行ってきました。龍造寺と島津の合戦。
この合戦では総大将の龍造寺隆信が討ち死にするという事態となりました。
それだけの合戦なのに、史跡はこじんまりとしてました(・o・)

仲よしというお店で昼食(長崎豚丼)
ここで既に14時半。

帰りの飛行機は長崎空港発17時。飛行機の場合、1時間前には空港に入って
おかないといろいろ慌ただしくなります。
現在地から長崎空港(大村市)までカーナビをセットしてみました。
距離にして約40数キロ。高速道路が無いので、1時間ちょいはかかりそうです。
ガソリン入れたりする時間も考えればもう時間がありません。

あとはドライブのみです。
余裕があれば、大村市の玖島城址を見たかったんですが、見送りました。
また次回。

16時10分位に空港到着。ちょうど良い時間です。
帰り長崎空港.jpg
長崎空港で撮った最後の1枚。夕方になって、青空が増えました。

17時の飛行機に乗り、18時40分羽田着。リムジンバスに乗り、
20時20分に家に帰りました。

全国的にこの2日間は天気が悪そうでしたが、長崎はまずまずの天気。
それが何よりでした(^-^)

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2017年09月03日

館鼻公園 / 中野優子の墓   (青森県八戸市)

八戸市にある館鼻公園に行ってきました。

<館鼻公園>
舘鼻公園.jpg
住所:青森県八戸市湊町字館鼻78−16
駐車場あり(無料)

<館鼻公園について>
舘鼻公園2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
八戸の館鼻公園に行ってきました。
僕は八戸の出身なので、地元ではあるんですが、館鼻公園ってあまり
行った記憶がありません。すぐ近くの陸奥湊の朝一にはよく行くんで
すけど。。。
今回館鼻公園に行ったのには理由があります。

数年前の大河ドラマ『八重の桜』に登場した、会津藩娘子隊の中野優子
の墓がこの館鼻公園にあるという事を知った為です。
何故に八戸に?そんな思いで訪問です。

<中野優子の墓解説・クリックすると拡大します>
中野優子の墓.jpg

中野優子は会津藩江戸勘定役中野平内の次女として江戸に生まれます。
戊辰戦争が始まると会津に移り、会津戦争では母や、姉の竹子らとともに
娘子隊を結成し敵軍と戦いました。

姉の中野竹子は大河『八重の桜』では主人公の山本八重のライバルとしてえがかれ
ました(実際会津では八重より中野竹子の方が有名)
娘子隊は古屋佐久左衛門の軍とともに参戦する事になりますが、その前夜、
娘子隊最年少で容姿も美しい優子が敵に捕らえられ辱めを受けるのは最大の屈辱と、
姉竹子・母孝子が寝ている優子を殺そうとするのを同隊の依田菊子が押しとどめ、
戦でともに死のうという事になったそうです。

翌日の戦いでは、姉の竹子が鉄砲で撃たれ、優子が介錯をし首を戦場から持ち帰り
葬りました。

優子は会津戦争を生き残り、明治に入り元会津藩士で新撰組にも参加した、
山浦鉄四郎(のちに蒲生誠一郎に改名)に嫁ぎます。

会津藩は会津を没収され、青森の斗南藩に国替えとなります。
その際、山浦と中野優子の夫妻も八戸に移り、八戸で海産商を営んだそうです。
後に函館に移り函館で亡くなりますが、山浦家の実家の計らいで八戸に墓が作られ
た様です。

<中野優子・蒲生誠一郎の墓>
中野優子の墓2.jpg

中野優子の墓3.jpg

八重の桜では、竹富聖花さんという女優さんが優子役を演じていました。

館鼻公園には展望台があります。無料なので登ってみました。
1階には八戸のお祭りのポスター。
舘鼻公園3.jpg

展望台からの風景です。天気が悪かったので、景色はいまいちでした。
舘鼻公園5.jpg

舘鼻公園4.jpg

舘鼻公園6.jpg
目の前の橋は八戸大橋です。

平成29年夏旅 青森へ
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著名人の墓
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大河ドラマの舞台
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2017年09月02日

無量光院跡    (岩手県平泉町)

平泉町にある無量光院跡に行ってきました。

<無量光院跡>
無量光院跡.jpg
住所:岩手県西磐井郡平泉町平泉字花立地内
駐車場あり(無料)

<無量光院について>
無量光院跡5.jpg

<想像図>
無量光院跡6.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
平泉の無量光院跡に行ってきました。
奥州藤原氏の栄華を象徴する無量光院跡です。
奥州藤原氏初代清衡が中尊寺、2代基衡が毛越寺を建立。そして3代
秀衡がこの無量光院を建立しました。
宇治の平等院を模した建築だった様です。

あいにく無量光院は奥州藤原氏滅亡後火災で焼失し、今は土塁や礎石、
池のみが残る跡地になっています。

確かに現地を見ると何かあったんだろうなと思える場所です。
想像図を見ながら思いをはせました(・o・)

無量光院跡4.jpg

無量光院跡2.jpg

無量光院跡3.jpg

平成29年夏旅 青森へ
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