2010年01月05日

宗安寺    (滋賀県彦根市)

滋賀県彦根市の宗安寺に行ってきました。

<宗安寺>
宗安寺.jpg
住所:滋賀県彦根市本町2-3-7
駐車場あり(無料)
境内自由

宗安寺は百万遍知恩寺を本山とする浄土宗の寺院です。足利尊氏・直義
兄弟が各国毎に一寺を選び、安国寺と名付けた寺院のひとつ、上野国
の安国寺がその起こりと伝えます。1590年頃のちの彦根藩初代藩主
井伊直政が箕輪(群馬県高崎市)の城主であったとき、正室の東梅院
が両親の菩提のために再建されました。
1598年、直政が高崎城主になると安国寺の高崎に移転。
関ヶ原の戦いの後、直政が近江佐和山への転封にともなって、佐和山
の麓に移転されました。彦根城築城が始まった1603年、現在
の地に移り安国寺から宗安寺へと寺号を変えました。

<本堂>
宗安寺 本堂.jpg

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彦根の夢京橋キャッスルロードの真ん中へんにある宗安寺というお寺
に立ち寄りました。
彦根城の博物館に、井伊家ゆかりの寺ということで紹介があったから
です。
確かに大きなお寺で、由緒あるんだろうなというのが分かります。
もとは上野の安国寺ってのがびっくりです。今でも高崎に安国寺が
ありますから、そことは同根なんですね。

またこれは偶然の発見になりましたが、この宗安寺には豊臣家の若き
勇将木村重成の首塚がありました。

<木村重成の首塚>
宗安寺 木村重成の首塚.jpg

大阪の陣で討ち死にした木村重成の首塚が何でこんなところに?、と
いう疑問を感じましたが、こういう理由みたいです。

大阪夏の陣で討ち死にした木村重成の首級を彦根藩士安藤長三郎は
傍らに生い茂るススキに包み込み、これを護持して彦根に帰り首実検
の時の主君より懇ろなる弔いをせよとの言葉を受けて佐和山の麓の池
で丁寧に洗い、己が菩提寺の宗安寺安藤家墓所に厚く葬り、自家先祖
と同様に祭祀することとしたそうです。

首を包んだススキはその後根付き繁茂したという事で、この宗安寺に
「血染めのススキ」として解説がありました。

宗安寺 血染めのすすき.jpg

意外な発見に驚きました。

著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html


posted by 南行 at 21:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 滋賀県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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