2010年05月17日

高徳寺   (群馬県大泉町)

群馬県大泉町の高徳寺に行ってきました。

<高徳寺>
高徳寺.jpg
住所:群馬県大泉町古海
駐車場あり(無料)
境内自由

高徳寺は後醍醐・後村上・長慶天皇と南朝三代の天皇に仕えた児島高徳
を開祖として開山されました。
児島高徳は1311年、備前国児島の生まれ。
新田義貞の傘下で戦い、義貞の死後は弟の脇屋義助に従って四国征伐に
赴き、義助の死後はその子義治を擁して京都で再挙を計画したが、功
ならず1372年、摂津の天王寺に行宮された後村上天皇に召されて
「関東に下って兵を集めよ」との勅命を受けて新田氏・宇都宮氏・
小山氏などの協力で兵1万を京都へ向かわせるなど、新田氏との関係
が深かった。1382年、この寺で72才で亡くなりました。

児島高徳終焉の地.jpg

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群馬県大泉町にある高徳寺に行ってきました。
一説には『太平記』の作者とも言われる南朝方の武将児島高徳によっ
て開かれたお寺です。
通りかかっただけでは、そんな由緒のある寺だとは気づかないところ
で、車を降りて解説を読んで初めて分かるってくらいのところです。

境内には児島高徳の歌碑がありました(辞世の句か何かかな?)
高徳寺 児島高徳の歌碑.jpg

南北朝の武将の中では、一般にあまり知られていない武将ですね。
マニア向けの観光地だなと思いました。
春には枝垂れ差ザクラが綺麗だそうで、桜が咲いてる時に来てみたい
ものです。

余談ですが、戦国大名宇喜多氏はこの児島高徳の子孫と言われており、
その旗印「兒」の文字は児島高徳の「児=兒」から来ているものです。

宇喜多家の旗印.jpg
これは我が家に飾ってある旗印です(^-^)

関ヶ原の戦いで西軍の主力宇喜多秀家の軍勢は17000。
その軍勢の旗印が「兒」ですから、さぞかし戦場にはためいた事で
しょう。

<Wikipediaの関ヶ原合戦図屏風>
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/9f/Sekigaharascreen.jpg


平成24年4月15日再訪しました。
桜も綺麗なんですね、このお寺は。

<高徳寺の桜>
高徳寺の桜1.jpg

高徳寺の桜2.jpg

高徳寺の桜3.jpg

高徳寺の桜4.jpg

<桜のある風景>
http://rover.seesaa.net/article/14535679.html
posted by 南行 at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 群馬県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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