福井県敦賀市の金ヶ崎城に行ってきました。
<金ヶ崎城>
住所:福井県敦賀市金ヶ崎町44
駐車場あり(無料)
見学自由
金ヶ崎城は『太平記』に「かの城の有様 三方は海によって岸高く 厳なめら
かなり」とあり、この城が天然の要害の地であった事が分かる。
南北朝時代の1336年10月、後醍醐天皇の命を受けた新田義貞が尊良親王・
恒良親王を奉じて金ヶ崎城に入城。約半年間足利勢と戦い、翌年落城。
尊良親王、新田義顕(新田義貞嫡子)以下300余名が亡くなったと伝えられる。
戦国時代、1570年には織田信長が朝倉義景討伐の軍をおこして徳川家康、
木下藤吉郎らが敦賀に進軍、天筒城、金ヶ崎城を落とし越前に攻め入ろうとした
とき、近江浅井氏が朝倉氏に味方するとの報告(お市の方の小豆袋の逸話)、
信長は朝倉・浅井に挟まれ窮地に陥り急遽総退却、この時金ヶ崎城に残り殿軍を勤め
たのが秀吉で、その活躍で無事帰還できたと伝えられる。
現在は三つの城戸跡などを残し、急峻な斜面は当時の面影をしのばせる。
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福井県敦賀市の金ヶ崎城に行ってきました。
ここも前回行ったのが10年以上前という事で、うっすらとしか
イメージに残っていませんでした。
まずは金ヶ崎城にたどり着けず(^^;
カーナビ上はすぐ近くなんですけど、登り口が見つからずウロウロ。
近くにあった観光案内所みたいなところで聞いてやっとで分かりました。
(10年前はカーナビ無しでもたどり着けたんですけど。。。)
金前寺というお寺の前に無料駐車場があり、そこから登る事になります。
途中金崎宮という神社があり南北朝時代にこの地で亡くなった尊良親王・
恒良親王を祀っています。
金崎宮から金ヶ崎城に入り最上部の月見御殿という所までは歩いて
5分くらいですかね。そんなに遠くありませんがちょっと登ります。
月見御殿は昔から武将たちが月見をしたという場所で、見晴らし良好です。
見晴らしは良いんですが、目の前にセメント工場(^^;
ちょっと違和感がありました。
金ヶ崎城はぐるっと歩いて30分くらいで観光出来ます。
織田・朝倉軍の戦闘の時の焼き米出土なる看板がありました。
駐車場には早くも来年の大河ドラマの宣伝。
お市の方の「小豆袋」の話の地という事で、来年はにぎわうかもしれません。
平成22年夏旅
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大河ドラマの舞台
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日本の城を巡る
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2010年08月30日
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