<朝倉義景の墓>

住所:福井県大野市泉町 義景公園内
駐車場(無かったと思う)
入園無料
越前国一乗谷城主朝倉義景は天正元年織田信長との戦いに敗れて一乗谷の
居城を退き、大野郡司朝倉景鏡のすすめで大野城に落ちのびた。しかし、
景鏡の反逆に合い天正元年8月20日六坊賢松寺で切腹した。
時に義景41才。辞世の句に「七転八倒 四十年中 無他無自 四大本空」
がある。
「朝倉義景公墓」と刻まれた五輪塔を護るかのように墓が点在している。
西には殉死した側近の高橋景倍と鳥居景近の墓があり、南には義景公生母
や側室、次男の墓がある。
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大野市にある朝倉義景の墓に行きました。
朝倉義景は名前は知れてますが、戦国のドラマの中では地味な存在です。
戦国の荒波に飲み込まれ、滅亡した名門というイメージ。
その後、信長が朝倉義景のドクロに酒をついで飲んだとかいう話が僕の
中では強烈に印象に残っています。
朝倉義景の墓は一乗谷にもある様です。






