熊本県山鹿市にある鞠智城に行ってきました。
<鞠智城>
住所:熊本県山鹿市菊鹿町米原443-1
駐車場あり(無料)
鞠智城(きくちじょう)は7世紀後半に大和朝廷が築いた
山城です。当時、東アジアの政治的情勢は、非常に緊張して
いました。
日本は友好国であった百済を復興するため援軍を送りました
が、663年の白村江の戦いで唐と新羅の連合軍に敗北しました。
このため、事態は急変し、直接日本が戦いの舞台となる危険が
生じました。
そこで九州には太宰府を守るために大野城(福岡県)、基肄城(佐賀県)、
金田城(長崎県)が造られました。鞠智城はこれたの白に食料や
武器、兵士などを補給する支援基地でした。
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鞠智城に行ってきました。
きくちじょうと読みますが菊池市ではなく山鹿市にあります。
実際は広大な敷地だったようで、現在の菊池市にも範囲は広がる
様です。
この城は、南北朝の武将菊池氏の居城である菊池城とは別物です。
大和朝廷時代の城跡なので、今は何も残っていませんでしたが、
平成3年の発掘調査後、建物が何軒か復元されていました。
あとは礎石などです。
かなりの広大な敷地。すべて歩こうと思えばかなり時間がかかり
そうだったので、一部のみ見てきました。
「鞠智城温故創生之碑」という鞠智城のモニュメントです。
日本の城を巡る
http://rover.seesaa.net/article/21222307.html
2011年04月19日
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