2006年08月22日

美濃国分寺跡  (岐阜県大垣市 史跡 観光名所)

平成18年夏旅スタートです。最初に行った場所は美濃国分寺跡です。

<美濃国分寺跡>
美濃国分寺
住所:岐阜県大垣市青野町419
駐車場あり
見学自由

<国分寺について>
741年に聖武天皇は諸国に国分寺(僧寺)、国分尼寺(尼寺)の造営の
詔勅を下した。僧寺には僧20人、尼寺には尼10人を置くことを決めた。
この詔勅では、国分僧寺、国分尼寺という言葉は使われていないが、国毎
に設置されたため、国分寺と通称されていると思われる。

<美濃国分寺>
美濃国府(垂井町府中)や不破関に近い青野が原の景勝の地に建立された。
背後に山が控え、南は東山道に面して建立された国分寺は、わずかに塔跡
を残すのみで埋もれていたが、昭和43年から継続的な発掘調査によって
伽藍の全容が次第に明らかになった。東西230m、南北250m以上
をしめm伽藍の配置は、塔を回廊内に建てる古式の様式を持ち、建物基壇
はせん積みという特異な形であった。
創建期の国分寺は887年の火災によって焼失。以後幾度となく堂宇の修理
が行われたようである。なお国分尼寺跡は国分僧寺であったここ美濃国分寺
跡の西方700mの垂井町平尾にある。

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平成18年夏旅は、混む名神小牧ICを避けようと、高速道路を美濃市方面
に向かい、国道303号線で滋賀に入るルートを選択。そのように向かった
ものの、何と災害で通行止め。やむなく関ヶ原まで南下することになりまし
た。観光計画も修正を余儀なくされました。
修正計画での第一観光地になったのが美濃国分寺。
全国の国分寺、一之宮などを巡っていますが、意外にも美濃国分寺には
行ってませんでした。
ちょうど関ヶ原に向かう途中なので立ち寄りました。
車通りの多い県道沿いに看板があり、国分寺跡へ。
まあ跡というくらいですから、まさに「跡」です。
何もございません、というか基礎の礎石のみが残ります。
国分寺は現存寺と跡がありますが、「跡」の場所はどこもこんな感じです。
今は史跡公園として、美濃国分寺跡歴史民族資料館があり、国分寺に関する
資料を展示しています。
http://www.city.ogaki.lg.jp/kankou/kankouspot/kokubunji.htm

僕は時間も無かったため、資料館には行きませんでした。
こういう場所が初めての方は、資料館で国分寺の歴史を知るってのも良い
かと思います。

平成18年夏旅
http://rover.seesaa.net/article/22395156.html

美濃国分寺跡

【美濃国分寺跡】
美濃国分寺

美濃国分寺跡
こんな感じです。
posted by 南行 at 00:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 岐阜県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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