長野県小布施町、岩松院にある福島正則の墓を参拝しました。
<福島正則の墓>
住所:長野県上高井郡小布施町雁田615
駐車場あり
福島正則は尾張の国に生まれ、加藤清正と共に豊臣秀吉子飼いの武将として
活躍。関ヶ原の戦いでは徳川家康に味方し、安芸・備後49万石を領する
大大名となった。
1619年、広島城石垣修築が武家諸法度にふれたとして、信州川中島2万石、
越後魚沼郡2万5千石計4万5千石に減封となった。
高井野村に屋敷を構えた正則は松川の治水事業などに取り組んだが、1624年
64歳でこの世を去った。
その際幕府検死役を待たずに遺体を火葬したとして領地は没収された。
正則は仏教を深く信仰し、岩松院を菩提寺と定めて海福寺の寺号をつけた。
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長野県小布施にある福島正則の墓です。
賤ヶ岳の七本槍の一人として活躍した秀吉旗下の有力武将です。
江戸時代以降は、恐らく追い落としと思われる転封や領地没収に
あいます。加藤家も同様な扱いを受けています。
豊臣の息のかかったものは排除しようという事なんでしょうね。
そんな福島正則の墓は長野小布施の岩松院というお寺の中にあります。
小さな御霊屋があります。
名を馳せた武将の墓が、こんなところにひっそりとあると感慨深いものが
あります。
このお寺、小林一茶が「痩せかえる 負けるな一茶 これにあり」という句
を詠んだお寺としても知られています。
著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html
2013年08月15日
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