<延岡城>
住所:宮崎県延岡市東本小路
駐車場あり
<現地解説>
延岡城は、延岡藩主高橋元種によって1601〜1603年にかけて築かれました。
元種は松尾城を拠点としていましたが、鉄砲の普及による戦法の変化に対応するた
め五ヶ瀬川と大瀬川に囲まれた丘陵に県内最大の近世城郭を築きました。
当時は県城と呼ばれ、二つの河川を外堀とし、城内に内堀が造られました。
城は天守台、本丸、二の丸、三の丸からなる本城(城山公園)と、藩主の居宅である
西の丸(内藤記念館・亀井神社)の二郭で構成され、門・櫓などが整備されました。
なかでも二の丸にそびえる高さ22m、総延長約70メートルの石垣は「千人殺し」
と呼ばれ、本城郭を代表する石垣となっています。
江戸時代、延岡藩は有馬家、三浦家、牧野家などが入封し、幕末は内藤家7万石で
明治維新を迎えました。
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延岡城に行ってきました。
かなり大きな城であったことがよく分かる城跡です。
今は櫓などは残っておらず、石垣のみがその偉容を感じる唯一のものです。
特に見るべきものは「千人殺し」という石垣です。
二の丸にある高い石垣(この記事の上の写真)は、石垣の一部を外すと石垣が
崩れ、千人の敵を一気に殺すといわれたものです。
<延岡城跡>
本丸跡
延岡城からの景色
内藤政挙像(最期の延岡藩主)
平成26年夏旅
http://rover.seesaa.net/article/403847749.html
銅像めぐり
http://rover.seesaa.net/article/142026310.html
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