<御着城趾>
住所:兵庫県姫路市御国野町御着
駐車場あり(無料)
<現地解説>
御着城は茶臼山・天川城とも呼ばれ、播磨守護赤松氏の家臣小寺氏の居城。
1519年小寺政隆が築城、則職・政職と継承され、1578年か1579年
に羽柴秀吉の播磨侵攻で滅亡したとされるが、嘉吉年間(1441〜1444)
にはすでに構居が設けられていたとされ、1500年前後には赤松氏の播磨
支配の拠点として守護所の機能をもつ城郭として機能していた。
昭和52〜54年の発掘調査で、御着城が14世紀後半から16世紀後半まで
存在し、16世紀半ばに大・中型の堀や土塁が築かれ本格的な縄張りが行われ
た事が判明。中世の人々の生活に深く関わる土器・陶磁器・木製品・石製品
等の遺物も検出された。
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黒田官兵衛のからみで姫路の御着城に行ってきました。
黒田氏は御着城主の小寺氏の臣下にあり、今回の大河ドラマでも御着城は
序盤で大きくとりあげられました。
現在の御着城趾は小さな公園に整備され、城の様な建物で公民館が造られていま
す。
公園脇には黒田家廟所があります。
こちらは黒田官兵衛の祖父黒田重隆と生母が祀られています。
公園には黒田官兵衛の顕彰碑もありました。
平成26年・27年 年末年始の旅
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