<鯨ヶ丘>
住所:茨城県常陸太田市東一町 他
駐車場無し(今回は常陸太田市郷土資料館に停めて歩きました)
<現地解説>
景行天皇の時代(4世紀頃)、日本武尊が東夷征伐のためにこの地を巡った際、
丘陵の起伏があたかも鯨が洋上に浮遊している状に似ているので「久自」と
名付けた。「久自」変じて「久慈」となり「鯨ヶ丘」となった。
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常陸太田市の鯨ヶ丘を散策しました。
鯨ヶ丘の名は日本武尊に遡る歴史あるもの。この地は平安時代末期から戦国時代まで
佐竹氏が治め、古くから物産の集積地として栄えたそうです。
今は街道沿いに古い建物が点在し、昔ながらの雰囲気を感じることが出来ます。
鯨ヶ丘はその名にもある様に丘であり、ここから坂を下る雰囲気もまた良いのです。
鯨ヶ丘では坂道の風景を見るのも良いですね。
<鯨ヶ丘の町並み>
常陸太田市郷土資料館(梅津会館)
鯨ヶ丘にある常陸太田市郷土資料館です。昭和11年に当時の太田町役場
として建築された建物です。
日本の古い町並み
http://rover.seesaa.net/article/21960937.html
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