2015年02月25日

正宗寺     (茨城県常陸太田市)

茨城県常陸太田市にある正宗寺に行ってきました。

<正宗寺>
正宗寺.jpg
住所:茨城県常陸太田市増井町1514
駐車場あり(無料)
境内自由

<現地解説>
臨済宗円覚寺派で萬秀山正宗寺と称し、佐竹氏の菩提寺であった。
923年に平良将が律宗の増井寺を建立したことに始まる。
その後真言宗に変わり勝楽寺と改称され、鎌倉時代には八代行義が
寺中に正法寺を建立した。
南北朝時代になり九代貞義の庶子月山周枢が臨済宗に改め、夢想国師
を中興の勧請開山とし、自らは開基二世となり寺中に正宗庵を営んだ。
室町時代、十代義敦が庵を寺とし、正宗寺が初めて興った。
江戸時代には徳川家光義御朱印100石を拝領し、水戸家初代頼房
以来歴代水戸藩主の尊崇も厚い寺であった。
1838年総門を残し焼失し、現在の本堂は昭和63年に建てられた。
裏山の中腹には佐竹一族の墓と言われる宝篋印塔や,水戸黄門の「助さん」
のモデルとされる佐々宗淳の墓がある。

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10年以上ぶりですが、常陸太田市にある正宗寺に行ってきました。
ここは佐竹氏の菩提寺のひとつであり、1000年の歴史を誇る古刹であるとともに
水戸黄門に出てくる「助さん」こと佐々宗淳の墓があることで知られています。
助さんのお墓、だいぶ昔に参拝しましたが、久しぶりに訪問です。

<助さんの墓>
佐々宗淳の墓.jpg
助さんは佐々宗淳と言い、通称を助三郎といいます。
戦国大名佐々成政の姉の孫にあたり、徳川光圀に仕えました。
光圀の『大日本史』の編纂事業に従事し、彰考館総裁を務めました。
水戸黄門では諸国漫遊して、悪を撃退しますが、それはフィクションです。

同じく、水戸黄門に出てくる格さんこと安積澹白の墓は水戸市の常磐共有
墓地にあります。
<常磐共有墓地>
http://rover.seesaa.net/article/232370476.html

また風車の弥七のモデルとなった忍者松之草村小八兵衛の墓は常陸大宮市
にあります。
<風車の弥七の墓>
http://rover.seesaa.net/article/104482019.html

正宗寺はもともと佐竹氏の菩提寺。助さんの墓の奥に佐竹氏の墓と言われる
宝篋印塔が並んでいます。

<佐竹氏宝篋印塔>
佐竹一族の墓.jpg

<正宗寺の柏槙・天然記念物>
正宗寺の柏槙.jpg
樹齢600年の柏槙です。

著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html

[ここに地図が表示されます]

posted by 南行 at 12:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 茨城県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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