<大河内城>

住所:三重県松阪市大河内町城山
駐車場あり(無料)
<現地解説>
標高110メートル余りの丘陵突端部一帯、300メートル四方の範囲内に
築造され、東裾には阪内川、北裾には矢津川が流れ、南裾と西裾には深い谷
が巡って自然に要害の地を形成している。
城の縄張りは本丸を中心に北を大手口、南を搦め手口とし、西に西の丸、
東に二の丸・御納戸・馬場などを配し、随所に堀切や台状地が残る。
大河内城は1415年、伊勢国司北畠満雅により築城され、弟顕雅が入城して、
その子孫は代々大河内御所を称した。1569年8月、本城をめぐって
北畠具教と織田信長が対峙し、北畠氏は50日にもおよぶ籠城戦に耐え、
やがて和睦が成立している。
この一大攻防戦の結果、城は難攻不落の堅城と賞賛されたが、1575年には
信長の次男北畠信雄により廃城となる。
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織田信長と北畠具教の戦い「大河内合戦」の地大河内城に行ってきました。
場所が分かりづらいですが、国道166号線沿いの大河内地区市民センターを目指して
行けばたどり着けます。
そこにある駐車場から歩いて数分、そこからちょっとした山登りです。
10分もかかりませんが、山城の山道を歩いて行きます。

こちら本丸跡です。

本丸跡には大河内神社が鎮座しています。
また信長との「大河内合戦」400周年を記念した碑も建っています。

ここは信長の包囲にも落城しなかった名城なんですね。
いまは長閑な雰囲気で、とてもそんな攻防戦があった事を感じさせるものは残って
いませんでした。

平成26年・27年 年末年始の旅
http://rover.seesaa.net/article/411697633.html
日本の城を巡る
http://rover.seesaa.net/article/21222307.html
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