2015年09月17日

間宮林蔵渡樺出航の地       (北海道稚内市)

北海道稚内市にある間宮林蔵渡樺出航の地碑を見てきました。

<間宮林蔵 渡樺出航の地碑>
間宮林蔵出航の地.jpg
住所:北海道稚内市第二清浜
駐車場あり

<現地解説>
間宮林蔵は二度にわたって樺太を探検しました。第一回目は1808年4月13日
に松田伝十郎とともに宗谷を出発。シラヌシから東海岸を調査した後、西海岸の
ノテトで伝十郎と合流。間宮海峡の存在を確認して、閏6月20日にシラヌシから
宗谷に戻りました。
第二回目の出発は宗谷帰着から20日ほど後の7月13日。単身で渡樺した林蔵は
6人のアイヌを雇い、西海岸を北上。トンナイで一冬を過ごし海峡を確認した後、
ノテトから交易に向かうニブフの一行に同行して大陸のデレンに渡り、その年の
晩秋に宗谷に戻りました。
林蔵の足跡は村上貞助によって『北夷分界余話』『東韃地方紀行』としてまとめ
られ、1811年幕府に提出されました。この2冊は「樺太編」「大陸編」という
べきもので、前者には樺太の地名や地勢・民俗が、後者には清国の仮府が置かれて
いたデレンを中心に、アムール川下流dえの調査が報告されており、現在でも
北方アジアを知る貴重な資料となっています。

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間宮林蔵出航の地碑を見てきました。
間宮林蔵は樺太の探検で、樺太が島であることを発見した江戸時代の探検家です。
伊能忠敬に測量を学び、蝦夷地の測量にも尽力しました。

北海道(蝦夷地)ですら辺境の地である江戸時代に更に先の樺太の探索をした間宮
林蔵の偉業は素晴らしいものだと思います。
今でもその名を冠した間宮海峡が残ってますしね。

宗谷岬の日本最北の地から西にすこし行ったところに間宮林蔵渡樺出航の地碑が
ありますので、宗谷岬と合わせて立ち寄ってみると良いのではないでしょうか。

平成27年夏旅 最北の地へ
http://rover.seesaa.net/article/424226743.html

[ここに地図が表示されます]
posted by 南行 at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 北海道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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