<片倉家廟所>
住所:宮城県白石市福岡蔵本字愛宕山
駐車場あり(無料)
<片倉家廟所について>
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最近大河ドラマ『独眼竜政宗』を再び見ていまして、ふとそのゆかりの
地めぐりをしたくなりました。
片倉家廟所も相当前に一度訪問しているんですが、まあ記憶の彼方と
いう事もあり久しぶりに訪問する事にしました。
ここには片倉家初代景綱から10代宗景までの墓碑が並びます。
この片倉家廟所を作ったのは3代片倉小十郎景長です。
片倉家は代々小十郎の名を踏襲しています。
1680年に初代景綱、2代重長の墓もこの地に移し、仙台から石工を
招いて阿弥陀如来像を作らせたとの事です。
大名墓所には珍しく、その片隅には初代景綱に殉じた家臣6名の墓も
併せて作られています。
片倉家廟所を訪問し、一旦駐車場に戻ります。
そこから片倉喜多の墓に向かいます。片倉家廟所とは繋がっていないので、
一旦国道113号線に出て歩いて数分です。
<片倉喜多について>
<片倉喜多の墓>
片倉喜多は片倉小十郎景綱の異父姉で、父は鬼庭左月。
伊達政宗の養育をするとともに、政宗の正室愛姫付として京都にも
のぼっています。
晩年はよく分かっていない様なのですが、片倉家の領地白石で過ごし亡くなった
様です。
大河ドラマ『独眼竜政宗』では竹下景子さんが喜多役を演じています。
前回来たときには喜多の墓は参拝していなかったので、今回初訪問です。
伊達政宗の人生において、片倉小十郎だけでなくその姉の喜多も大きな影響を
及ぼしたことは間違いないです。
片倉家の黒い釣り鐘の旗印は、片倉家の名を天下に響き渡らせるという意味
で、喜多が考えたものと言われています。
<片倉景綱像および釣り鐘の旗印>
平成28年秋旅1
http://rover.seesaa.net/article/442550291.html
著名人の墓
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大河ドラマの舞台
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