2014年01月12日

小早川秀秋の墓/瑞雲寺    (岡山県岡山市)

岡山県岡山市にある瑞雲寺に行ってきました。

<瑞雲寺>
瑞雲寺 岡山市.jpg
住所:岡山県岡山市北区番町2丁目6−22
駐車場なし
境内自由

<現地解説>
この寺は歴応年中、多田頼貞の嫡子能瀬太郎左衛門頼仲の創建と言われ、満願山
成就寺と呼んでいたが、岡山城主小早川秀秋を葬ってから、その法号
「瑞雲院殿前黄門秀厳日詮大巨士」にちなみ瑞雲寺と改称。
小早川秀秋の墓は本堂の中にあり、秀秋の木像も安置しており、これを稲葉塚と
呼ぶ。

瑞雲寺 小早川秀秋.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
岡山市にある瑞雲寺に行ってきました。
小早川秀秋は、もともと木下家定(秀吉室ねねの兄)の子として生まれ、秀吉の養子になって
いましたが、豊臣秀頼の誕生とともに状況は変わり、小早川隆景の養子に出される事になり
ました。
関ヶ原の戦いでは、東軍に寝返り関ヶ原の戦いの勝敗を決定づける働きをしています。
関ヶ原の戦いの功により、宇喜多秀家の領地だった岡山の領地を得ます。
しかし関ヶ原から2年後に21歳にして亡くなります。
小早川秀秋の死に関しては、石田三成・大谷吉継の祟りという様な話もありますが、
実際の所はよく分かりません。

岡山で亡くなった秀秋はこの瑞雲寺に葬られたそうです。
お寺の境内には「小早川秀秋菩提寺」の碑があります。
お墓は本堂の中にあるそうですが、中には入れない様です。
外から参拝して帰ってきました。
現地は道路も狭く、車で行くのはしんどいです。しかも駐車場なし。
どこかに停めて歩いて行くしかないですね。

著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html

大河ドラマの舞台
http://rover.seesaa.net/article/112515106.html


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2013年02月20日

本蓮寺   (岡山県瀬戸内市)

岡山県瀬戸内市にある本蓮寺に行ってきました。

<本蓮寺>
本蓮寺1.jpg
住所:岡山県瀬戸内市牛窓町牛窓3194
駐車場なし
掲題自由

本蓮寺は南北朝時代の1347年、京都妙顕寺の座主であった大覚大僧正が法華堂を建立
したことに始まる古刹です。
牛窓は昔から風光明媚な港町として栄え、江戸時代に本蓮寺は朝鮮通信使を持てなす宿と
して利用されました。
本堂は国指定の重要文化財、祖師堂・三重塔は岡山県指定の重要文化財になるなど、歴史
ある建物が残るお寺です。

<本堂>
本蓮寺 本堂.jpg
1492年再建の本堂です。

<祖師堂>
本蓮寺 祖士堂.jpg

<三重塔>
本蓮寺 三重塔.jpg

<本蓮寺からの景色>
本蓮寺より.jpg
本蓮寺より海を望みます。牛窓は「日本のエーゲ海」と言われる風光明媚の地。
その牛窓の海を望む本蓮寺です。

平成24年〜25年・年末年始の旅
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2013年01月03日

しおまち唐琴通り   (岡山県瀬戸内市)

岡山県瀬戸内市にあるしおまち唐琴通りを散策してきました。

<しおまち唐琴通り>
しおまち唐琴通り.jpg
住所:岡山県瀬戸内市牛窓町牛窓

岡山県瀬戸内市にある「しおまち唐琴通り」に行ってきました。
ここは瀬戸内市の中でも旧牛窓町エリア。牛窓はその風景から「日本のエーゲ海」と
言われる場所です。
江戸時代より港町として栄え、岡山城下から牛窓港に至る「牛窓往還」という街道
も整備されました。
しおまち唐琴通りには古い建物が残り、かつての牛窓の繁栄をしのぶ事が出来ます。
また、しおまち唐琴通りでは映画のロケも行われています。
1998年公開『カンゾー先生』、2005年公開『男たちの大和』、
テレビドラマ『蜜の味〜A Taste Of Honey〜』などなどです。

<しおまち唐琴通りの町並み>
しおまち唐琴通り2.jpg

しおまち唐琴通り3.jpg

しおまち唐琴通り4.jpg

しおまち唐琴通り5.jpg

しおまち唐琴通り6.jpg

平成24年〜25年・年末年始の旅
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日本の古い町並み
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五福通り    (岡山県岡山市)

岡山県岡山市にある五福通りを散策してきました。

<五福通り>
五福通り1.jpg
住所:岡山市東区西大寺中三丁目9番地周辺

 五福通りの名前の由来は、人生の五種の幸福、寿(長寿)、富、康寧(健康)、好徳、終年(天命をもって人生を終える事)で、五福通りの南側にある西大寺で催されるはだかまつりで奪い合う宝木は、この五福を授ける意味で与えられたことから、五福通りの名前がついたという事です。
そんな五福通り、レトロなイメージの商店街で、映画「ALWAYS三丁目の夕日」のロケ地になりました。
昭和の雰囲気漂うこの通りが映画のイメージに合ったんでしょうね。
とても良い雰囲気の通りでした。

<五福通りの町並み>
五福通り2.jpg

五福通り3.jpg

五福通り4.jpg

五福通り5.jpg

五福通り6.jpg

平成24年〜25年・年末年始の旅
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日本の古い町並み
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2009年06月30日

名水岩井と岩井滝   (岡山県鏡野町)

岡山県鏡野町にある名水岩井と岩井滝に行ってきました。

<名水岩井と岩井滝>
名水岩井と岩井滝.jpg
住所:岡山県苫田郡鏡野町上斎原中津河
駐車場あり(無料)

中津河の山並みを「通り岩」と称する安山岩が南北に連なり、鳥取県境
まで約25キロ続いている。
岩井滝は通り岩の一部で岩盤が突き出して岩屋えお形成し、不動明王
が祀られており、数少ない裏見の滝の一つです。
昔、この地に住んでいた忠左衛門は子だからに恵まれなかったので、
岩井滝不動に願掛けをし、お告げによって岩井の水を21日間飲んで
念願の女の子を授かり、美しく成長して養子を迎え、家業の木地挽
によって長者となりました。
このことから娘が生まれた7月10日を岩井滝祭りと定め、岩井の水
は美と健康・子宝に恵まれる水として語り継がれています。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
相当前ですが、岡山・鳥取県境付近にある日本名水百選「岩井」に
行ってきました。
湧き水とともに、滝も一緒になって観光スポットになっていました。
ちょっとした山道を登ること10数分で名水岩井と岩井滝に到着。

<岩井滝>
岩井滝.jpg
見ての通り、裏に人がいます。いわゆる裏見の滝です。
滝を裏から見ると不思議な感じになります。
そんでもって涼しさも倍増しますね。

<名水岩井>
名水岩井.jpg
こちらは日本名水百選の名水「岩井」です。
美と健康の水。暑い夏に行ったので、この水のうまい事!
疲れも癒えました(^-^)

日本の名水巡り
http://rover.seesaa.net/article/21971174.html



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2009年02月01日

円通寺   (岡山県倉敷市 観光名所)

岡山県倉敷市の円通寺に行ってきました。

<円通寺>
円通寺 本堂
所在地 岡山県倉敷市玉島柏島451
電話番号 086-522-2444

元禄十一年四月、徳翁良高和尚円通庵を建立。
二世雄禅良英和尚の代に円通寺と改む。
後西天皇の皇女宝鏡寺門跡紫景愛尼公の筆になる「円通寺」の寺号
をたまわり、現在も本殿正面入り口に掲げられている。
以後、高僧が相継ぎ現在にいたっている。

また若き日の良寛が修行した寺としても知られています。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
倉敷市玉島の町並みを散策し、そこからちょっと坂道を上り円通寺に
たどり着きました。
ここは若き日の良寛が修行したお寺だそうで、良寛が寝泊まりした
建物も残っています。

<良寛堂>
円通寺 良寛堂

良寛は、江戸時代の僧、詩人、書家として名高い人物。

良寛について(Wikipedia)

以前、良寛ゆかりの新潟出雲崎を散策した事があります。
岡山にも良寛ゆかりの地があることは今回初めて知りました。

<若き日の良寛像>
玉島の良寛

修行の地であった事を思わせる庭園。石がゴロゴロとしていて、
普通の庭園とは一風違った感じです。

円通寺 庭園

円通寺 庭園

庭園の片隅に種田山頭火の歌碑が。
円通寺 種田山頭火の歌碑.jpg
「岩のよろしさも良寛さまのおもいで」

種田山頭火もこの円通寺を訪れ、良寛について詠んでいるのです。

<円通寺からの風景>
円通寺 玉島の風景
円通寺は高台にあるため景色も良好。玉島の町並みを眺める事が
出来ます。行ったとき、ちょうど菜の花も咲いていました。

平成20年冬旅
http://rover.seesaa.net/article/112075386.html



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2009年01月30日

玉島町並み保存地区  (岡山県倉敷市 古い町並み)

岡山県倉敷市の玉島町並み保存地区に行ってきました。

<玉島町並み保存地区>
倉敷市玉島町並み保存地区1.jpg
住所:岡山県倉敷市玉島中央町 他

玉島港は、17世紀後半、備中松山藩主水谷氏の新田開発に伴い、
藩の外港として整備が図られ、北前船が寄港し高瀬舟が行き交う
物資の集積地として栄えました。
港周辺には白壁の蔵や問屋が建ち並び、山陽の小浪華とも言われ備中
一の産業港として発展し文人墨客の出入りも盛んで、経済・文化の
両面で繁栄した港町であった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
倉敷市玉島町並み保存地区です。
倉敷で古い町並みというと、いわゆる「美観地区」が有名ですが、
玉島町並み保存地区は、旧倉敷ではなく、合併で倉敷になった玉島町
が前身の町並みになります。

海沿いの港町。蔵造りや板塀の建物などなど、昔ながらの町並みが
残っていました。
倉敷の美観地区は観光地として全国区ですが、玉島は知名度が低い
せいもあって、ほとんど観光客がいませんでした。
こちらの町並みもなかなか良いので、是非立ち寄ってみてはいかが
でしょう!

【写真は続きをどうぞ】

平成20年冬旅
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日本の古い町並み
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2006年09月07日

備中高松城   (岡山県岡山市 城跡 史跡 観光名所)

平成18年夏旅3日目(8月12日)は備中高松城からスタートです。

<備中高松城跡>
備中高松城
住所:岡山県岡山市高松561
駐車場あり(無料)
城内自由

古戦場としても有名な高松城に行ってきました。
実は7年前にも1回行ったことがあるので久しぶりの訪問になりました。
高松城というと、香川か?と思う方もいるかと思いますが、備中高松城は
岡山市にあります。
備中高松城が歴史的に名を残すのは、なんと言っても羽柴秀吉による備中
高松城水攻めがあるからでしょう。
1582年、織田信長は毛利氏を攻め羽柴秀吉は高松城を守る清水宗治の
軍と交戦します。攻めあぐねた秀吉は軍師の黒田官兵衛の意見と取り入れ
水攻めに出ます。
備中高松城は完全に孤立し、落城寸前になりますが、この時京都では
本能寺の変が起こり信長が殺されるという事件が起こります。その報を
受け、秀吉は城主清水宗治の自刃と引き替えに城兵の命を保証し、講和の
うえ撤収していくというお話です。

備中高松城 水攻めの図.jpg

現在城跡は公園になり非常に長閑な雰囲気です。

備中高松城.jpg

傍らには自刃した清水宗治の首塚、辞世の句を刻んだ石碑などがあり
ます。
ちょうど蓮の花が咲いていました。昭和57年に岡山市が城沼復元を行った
際、永年眠っていた蓮が自然に花を咲かせたものだそうです。
古代蓮と言って、昔の蓮が花を咲かせる事がある様です。
戦国の世の蓮の花が何百年の時を経て咲いたのかもしれません。

平成18年夏旅
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著名人の墓
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日本の城を巡る
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[ここに地図が表示されます]

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2006年09月04日

吹屋の町並み  (岡山県高梁市 古い町並み 観光名所)

平成18年夏旅2日目の最後の観光地、岡山県高梁市の吹屋の町並みです。

<吹屋の町並み・伝統的建造物群保存地区>
吹屋 岡山
住所:岡山県高梁市成羽町吹屋
駐車場あり(無料)

吹屋銅山とベンガラの生産で栄えた町。
1707年、日本で初めてベンガラを生産し、江戸、明治、大正と賑わい
をみせた。往時をしのぶベンガラ色の町並みが現在も残り、昭和52年に
伝統的建造物群保存地区に指定されている。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
平成18年夏旅の一番の目的地、吹屋に行ってきました。
着いたのがちょうど17時くらい、予想以上に時間が遅くなってしまい
かなり焦りましたが、無事到着。時間より天候の方が気になりました。
ここに着くまでに猛烈な雨がふったりして、一時はどうなるかと思いました
が、吹屋に到着した時には無事雨があがりました。
高梁市(旧成羽町)のかなり標高が高い場所にあります。高梁駅からは
バスで約1時間という距離で途中の道は結構細かったりします。

吹屋の町並みは事前に調べて、ベンガラ色の町並みという事で、非常に期待
しておりました。往々にして期待すると裏切られる事が多いんですが、吹屋
はというと。。。
想像通り!、というより想像以上の感銘を受けました。
「いや〜すごい!」
古い町並みをいろいろ見てきましたが、間違いなく全国でも1・2を争う
良い町並み(僕の印象で)だな〜と思いました。
町全体の色が統一され、茅葺きの町並みや土蔵の町並みとは全然違った
趣があります。町並みは坂道になっており、上の方から下りながら町並みを
散策しました。もう夕方だからでしょうか、それともさっきまで凄い雨が
降っていたからでしょうか、観光客の姿は無し。町で歩いているのは僕一人
みたいな状況でした。そのおかげで、また良い雰囲気を独り占めできて感動
も増しました。

なんて良い町並みなんでしょう。岡山の古い町並みといえば、倉敷は全国区
ですが、僕は吹屋の町並みの方が良いなと思う。それほど人にもおすすめ
したい町並みでした。
観光マニアとしても、ここは超おすすめスポットです。

平成18年夏旅
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日本の古い町並み
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吹屋の町並み

続きをご覧ください

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2006年09月03日

萬歳の泉   (岡山県新見市 史跡 湧き水 観光名所)

岡山県新見市の湧き水「萬歳の泉」に立ち寄りました。

<萬歳の泉>
萬歳の泉
住所:岡山県新見市哲多町矢戸
駐車場なし(停車可)

平安前期宇多天皇がご巡幸の折、この清き水に感嘆され「萬歳」と叫ばれ
たと言われる。
先年の昔より枯れることなく涌く泉は、飲んで玉露の味がすると言われ、
平安中期すでに都では、萬歳の名泉として知られ、和歌にも詠まれている。
また南北朝期には後醍醐天皇がこの泉で休養されたとのこと。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
偶然道ばたで泉を発見しました。
その名も「萬歳の泉」。現地の石碑を見ると上のような解説がありました。
うまい水を飲んで「萬歳」ってのも何か変な気もしますが、まあそれは
良しとしておいて、宇多天皇や後醍醐天皇の伝説の残る泉という事で、
単なる泉ではなく、史跡に選ばれている珍しい泉です。

【萬歳の泉】
萬歳の泉

ちょうど直前にものすごい雨が降っていた関係で、泉は濁っていました。
石灰岩の層からわき出る泉は綺麗らしいのですが、あいにく清らかな泉
を見ることは出来ませんでした。
でもまあ、史跡の泉なんて珍しいので、偶然見つけてちょっと得した気分に
なりました。

平成18年夏旅
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萬歳の泉(史跡・湧き水)

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2006年09月02日

満奇洞   (岡山県新見市 観光名所)

岡山県新見市にある鍾乳洞「満奇洞(まきどう)」に行ってきました。

<満奇洞>
満奇洞(岡山)
住所:岡山県新見市豊永赤馬2276-2
駐車場あり
入洞料:1000円
営業時間:8:30〜17:00

<満奇洞について>
満奇洞は江戸時代末期、猟師が狸を追っているとき発見したと言われ、
古くから知られてきました。
昭和4年、歌人与謝野鉄幹・昌子夫妻はこの地を訪れ「槇」という地名
から「槇の穴」と呼ばれていた名勝を地名にちなんで奇に満ちた洞窟
「満奇洞」と命名されました。

まきの洞 夢にわが見る 世の如く 玉より成れる 殿づくりかな
                       (与謝野鉄幹)

満奇の洞 千畳敷の蝋の火の あかりに見たる 顔を忘れじ
                       (与謝野晶子)

洞窟は迷路にとむ閉塞型の平面に発達した横穴で、総延長は450m、
最大幅は25メートルあります。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
岡山県新見市の満奇洞に行きました。
以前同じく新見市の井倉洞に行ったことがあったんですが、その時は
洞窟2連発も何だな〜と思って満奇洞には行きませんでした。

満奇洞は命名が与謝野鉄幹・晶子夫妻という事で、「へ〜」という感じで
した。
昭和4年に与謝野夫妻が来たという事ですが、もうその時には観光地と
して中を見ることが出来る様になってたんだっていう事に驚きました。
正直鍾乳洞の観光なんて戦後になってからの話かと思ってました。

洞窟内は天井画低く、歩くのが大変。結局帰り間際に背中をぶつけまし
た(^^;
満奇洞の特徴としては地底湖があること。岩手の龍泉洞みたいな深淵の
地底湖ではありませんが、 ライトアップされて独特の雰囲気が良かった
です。
あと満奇洞で思ったのは赤いライトアップが異様な感じを醸し出して
いるなって事。赤いライトアップってあんまり見ないですけどね。
何か地獄の様な光景を思わせました。
ここは1000円しますが、おすすめ出来る観光スポットです。

平成18年夏旅
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満奇洞

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2006年09月01日

津山城   (岡山県津山市 城跡 史跡 観光名所)

岡山県津山市の津山城に行きました。

<津山城>
津山城 備中櫓
住所:岡山県津山市山下135
駐車場あり(有料)
入場料:210円

<津山城について・現地看板より>
津山城はもと山城のあったこの鶴山の地に森忠政が1604年に起工し、
1616年の完成まで13年の歳月をかけて築いた輪郭式の平山城。
往時には五層の天守閣がそびえていましたが、この天守閣は弓狭間、鉄砲
狭間、石落としの備えを持ち、唐破風・千鳥破風等の装飾のない実践的
なものでした。
また本丸・二の丸・三の丸には備中櫓をはじめ、粟積櫓・月見櫓など
数多くの櫓が建ち並び、本丸には七十余の部屋から成る御殿と庭園がありました。
この城が築かれた当時は、日本の築城技術が最盛期を迎えた時期にあたり、
津山城の縄張りの巧妙さは攻守両面において非常にすぐれたもので、近世
平山城の典型とされています。
明治6年(1873)廃城令によって城郭は公売され、翌7年から8年
にかけて天守閣をはじめとする一切の建物が取り壊されましたが、豪壮
堅固な石垣は残りました。
その後明治33年城跡は鶴山公園として津山町の管理となり、昭和38年
に国の史跡に指定されました。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
津山城に行ってきました。実に7年ぶり。
でもここは石垣の雰囲気など非常に印象に残っていました。
入場料210円を払い城内へ。階段を上り天守跡に向かいます。

ここで7年前とは違うことに気がつきます。
7年前は何もなかったんですけど、今回は櫓らしきものがありました。
これが備中櫓です。
平成16年に津山城築城400周年を記念して再建したものだそうです。
中ではビデオによる津山城についての解説などを見ることが出来ます。

津山城は津山市内を一望出来る場所です。景色良好なので、津山の観光で
は外せない場所かと思います。
津山城は、桜の名所としても有名です。出来れば桜の時期に来てみたいです。

平成18年夏旅
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日本の城を巡る
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津山城跡

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2006年08月31日

津山城東町並み保存地区  (岡山県津山市 古い町並み 観光名所)

古い町並みの残る津山を散策しました。

<津山城東町並み保存地区>
津山の町並み
住所:岡山県津山市勝間田町
駐車場なし(民間のコインパーク等利用)

<津山城東地区の古い町並み>
城東地区は丹後山南麓の広範な地域に位置し、江戸時代初期に森忠政によ
って造られた津山城下町の一角である。中世には林田宿と呼ばれ繁栄して
おり、1603年頃には林田町と呼ばれる在町であった。
城下町造りにあたり、この地区の商人を中央部に移住させている。
城下町の整備によって、1630年頃までに上之町の武家屋敷敷地と
数ヶ寺からなる寺院街、出雲往来に沿った6つの町人町が形成される。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
古い町並みの残る岡山の津山に行きました。
津山を観光するのはこれまた7〜8年ぶり。以前は津山城と衆楽園を
散策しただけでした。今回は古い町並みを巡ろうと思って津山に行き
ました。津山の城東地区に古い町並みが残る事を最近知ったからです。
津山に到着し、まずは車を津山城の駐車場にとめます。
そこから歩くこと5分くらいで、城東地区の古い町並みに到着します。
城下町らしくクランクになった道路を進むと、今度は一直線に古い町並み
が続く通りがありました。
基本的に商家の町並みという事で、土蔵があったり、酒蔵があったりとい
う感じです。
ここもあまり観光地化されておらず、観光客もほとんどいませんでした。
また、抜け道か何かになっているのか、やたら車通りが多かったので、
写真を撮るタイミングにも苦慮しました。
古い町並みとしては、まずまず。規模も数百メートルって感じです。


余談ですが、津山といえばB’zの稲葉浩志さんの出身地。
実家は化粧品屋さんです
http://www.momotown.net/beauty_health/inaba/

稲葉さんは津山市の名誉市民にも選ばれているそうです。
僕も昔からB’zは大好きなので、津山市内ではB’zの曲を流しながら
走りました(カラオケでもよく歌ってます)

平成18年夏旅
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日本の古い町並み
http://rover.seesaa.net/article/21960937.html

津山の町並み

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2006年08月30日

宮本武蔵生誕の地   (岡山県美作市 観光名所)

岡山県美作市の宮本武蔵の生家に行ってきました。

<宮本武蔵生家>
宮本武蔵生家
住所:岡山県美作市宮本94
駐車場あり

宮本武蔵は1584年生まれ、父、祖父ともに武術家の家柄。
佐々木小次郎との決闘は有名。

宮本武蔵
http://www.optic.or.jp/musashi/

宮本武蔵について

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
宮本武蔵の生家に行きました。
実は行くの2回目。前回は7〜8年前、本当に久しぶりの訪問になりまし
た。武蔵の生家付近は、生家だけでなく武蔵に関連するものがいろいろ
あって、ぐるっと巡ってみると面白いです。

生家は新しいな〜って思うかとおもいますが、これは昭和17年に焼失
し再建した物だからです。大黒柱の位置等は昔のままだそうです。

続きをどうぞ

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因幡街道大原宿 (岡山県美作市 古い町並み 観光名所)

平成18年夏旅は岡山県に突入。
岡山県美作市の大原宿に行ってきました。

<因幡街道大原宿>
因幡街道大原宿
住所:岡山県美作市古町
駐車場あり

<大原宿について>
因幡街道は山陰で上方街道と呼ばれ、鳥取と姫路を結ぶ経済・文化・政治
に利用された街道。古くは後醍醐天皇や平時範もこの街道を利用したと
言われている。
近世には鳥取藩主の参勤交代で700名の行列が利用した記録があり、本陣
、脇本陣をはじめとして多くの旅籠などでにぎわった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
岡山県で最初の観光地が大原宿になりました。
地図を見ると、「大原の町並み」とあり、何かあるんだろうなと思って
いたんですが、現地近くに着いても標識も出ていないし、大したものじゃ
ないのかなと思い素通りしようかと思ったほどです。
正直どこにあるのか良く分からなくてちょっと迷った末に見つけたのが
大原宿の町並。
「なんだ、結構すごいじゃん!」
これが感想。

国道のひとつ裏通りなんですよ。
そこに因幡街道の宿場町が残っています。何でせっかくの町並みをアピール
しないのか、いまいち疑問です。
国道走ってても気がつかず通りすぎてしまいますよ、これじゃ。

さて、宿場の町並みは数百メートルにわたって続きます。
本陣も残り、本当に昔の雰囲気を感じさせます。
1軒の旧家で中を見ることが出来る様になってます(無料です)
ながく空き家になっていた古民家を開放したものです。
その民家の中をみたり、本陣の写真を撮ったり、ここは結構歩いて散策
しました。隠れた日本の名所だなと思いました。

平成18年夏旅
http://rover.seesaa.net/article/22395156.html

日本の古い町並み
http://rover.seesaa.net/article/21960937.html

因幡街道大原宿

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2006年01月21日

みなとの見える丘公園   (岡山県備前市 公園 観光名所)

岡山県備前市(旧日生町)の港の見える丘公園です。

<港の見える丘公園>
港の見える丘公園.jpg
住所:岡山県備前市日生町日生
駐車場あり(駐車場というか駐車スペース数台分)
国道250号からそれること1〜2キロ程度

<ひとこと>
日生の港を見下ろす楯越山山頂にある公園です。
頂上からは、瀬戸内海にうかぶ大小の島々からなる日生諸島が一望出来る景勝地です。
公園内には、実際に船で使われていた鐘を利用した「幸福の鐘」や、与謝野鉄幹・晶子
夫妻の歌碑などがあります。
ちょうど僕が行った時は天気が悪かったのですが、天気が良ければ非常に良い景色
だなと思える場所でした。また日の出なども良い場所かと思いました。

日生といえば、日生漁港の市場「五味の市」が有名。
すぐ近くなので、両方行ってみるのが良いかと思います。

横浜にも同じ名前の公園がありますが、どちらが先の命名かは不明です。
ここは今回の旅で行ったわけじゃないんですが、ちょうど場所的にも良かったの
で今回紹介致しました。

【幸福の鐘】
港の見える丘公園幸福の鐘.jpg

【与謝野鉄幹・晶子夫妻の歌碑】
港の見える丘公園与モ野夫妻歌碑.jpg
与謝野夫妻の歌碑は全国にありますね。

【眺望】
港の見える丘公園2.jpg

港の見える丘公園3.jpg


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2006年01月17日

正宗白鳥生家   (岡山県備前市 観光名所)

岡山県備前市にある正宗白鳥の生家跡に立ち寄りました。

<正宗白鳥生家跡>
正宗白鳥生家跡1.jpg
住所:岡山県備前市穂浪3106−2
駐車場あり

<正宗白鳥とは>
明治から昭和初期にかけて活躍した作家。
島崎藤村・徳田秋声らと日本ペンクラブを設立。昭和18年(1943年)11月3日から昭和22年(1947年)2月12日まで会長(2代目)。
主な作品は、『寂寞』、『何処へ』 『泥人形』『入江のほとり』 『戦災者の悲み』
『人間嫌ひ』『銀座風景』『人生恐怖圖』など。

<ひとこと>
備前市の海岸線の国道沿いを走っていると、正宗白鳥生家という看板があります。
以前も気になったんですが、通り過ぎていました。今回は時間もあるので寄ってみよう
と思い立ち寄りました。
正宗白鳥の生家は、まさに跡地で、現地には碑が建っているだけでした。
正直言うと、正宗白鳥は大学受験の時に文学史で勉強した程度で、実際に本を読んだ
事が有るわけではないので、感慨もいまいち。
こういう所は本でも読んでから来ると良いのかもしれません。

【正宗白鳥生家跡】
正宗白鳥生家跡2.jpg

正宗白鳥生家跡3.jpg

(正宗白鳥生家跡おすすめ度 ★)
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2006年01月16日

備前福岡の町並み (岡山県瀬戸内市 古い町並み 観光名所)

岡山県瀬戸内市(旧長船町)に残る古い町並み、備前福岡です。

<備前福岡の町並み>
備前福岡の町並み.jpg
住所:岡山県瀬戸内市長船町福岡
駐車場あり

<由緒>
福岡一文字の名前で知られる刀剣の町「長船」。
中世中国筋の南部として栄えた、福岡千軒は、現在も整然とした、家並みにその
面影を残しています。『一遍上人聖絵』にその繁栄振りが描かれています。
幅8メートル、2筋の幹線道路を中心に7つの小路が通じ、飲料水や防火用水を
兼ねた井戸が各小路に設けられています。

<ひとこと>
刀剣の町長船を一度ゆっくり見てみたいと思って行ってきました。
刀剣関係の資料館みたいなものも有るようですが、今回は備前福岡の古い町並み
を見たいと思い、町中を散策しました。
町の範囲は狭いのですが、古い町並みが残ります。また、この福岡の町は吉井川の
水の恩恵と、また反面洪水の被害を受けてきました。
水は豊富な地で、町中には七つ井戸という井戸があり、飲料水や防火用水として
活用された様です。
町中にレトロな資料館がありますので、ここで情報をゲットしてから散策するのが
良いんじゃないかと思います。

【備前福岡郷土資料館】
備前福岡資料館.jpg
建物は、大正3年(1914)に建造された旧平井医院。
地元備前福岡史跡保存会が中心となり運営している。
中世山陽道で随一の繁栄を誇った備前福岡の歴史関係や
平井家所蔵の古い医療関係、日常生活用具など多彩な展示品がある。
開館時間: AM10:00〜PM3:00
開館日: 毎週土・日曜日(年末年始は休館)
料金: 入館無料

残念ながら僕が行ったときは年末でお休みでした。

【備前福岡の町並み】
備前福岡の町並み2.jpg

備前福岡の町並み2.jpg

備前福岡資料館.jpg
古い町並みを見に行ってみてはいかがでしょうか。

日本の古い町並み
http://rover.seesaa.net/article/21960937.html

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posted by 南行 at 00:10| Comment(8) | TrackBack(0) | 岡山県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月15日

妙興寺   (岡山県瀬戸内市 寺 観光名所)

岡山県瀬戸内市(旧長船町)の妙興寺です。

<妙興寺>
妙興寺.jpg
住所:岡山県瀬戸内市長船町福岡
駐車場あり
拝観自由

<由緒>
室町時代に当地を支配した赤松則興の進害供養のため、1403年に建立された。
その後歴代住持として近隣の有力武家の子弟が迎えられた。
戦国のころは寺域2町余十坊一院あり豪壮を誇り、備前法華の中心道場として重きを
なした。1716年、伽藍の大半を焼失したため、今日残る諸堂景観は必ずしも昔日の
面影を伝えるものではない。
境内には秀吉の軍師として知られる黒田官兵衛の祖父、曾祖父の墓及び、宇喜多直家の父
宇喜多興家の墓がある。

<ひとこと>
備前福岡の町を散策中に発見したお寺です。
龍野あたりからこの辺は室町時代に一大勢力を誇った赤松氏の所領だったため、
いろいろな所に赤松氏ゆかりのものが残っています。
このお寺もそのひとつ。1403年ですので、まだ赤松氏の勢力が強大だった頃
のものですね。
境内には黒田官兵衛の祖父の墓や、岡山城を築城した宇喜多直家の父宇喜多興家の
墓など、歴史上の人物の墓があり歴史マニアの心をくすぐる場所だと思いました。
山門や本堂も何年の建築かよく分かりませんが、そこそこ古い建物の様です。

【妙興寺本堂】
妙興寺1.jpg
【宇喜多興家の墓】
妙興寺1.jpg
【黒田官兵衛の祖父・曾祖父の墓】
祖父の墓.jpg

大河ドラマの舞台
http://rover.seesaa.net/article/112515106.html

著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html

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posted by 南行 at 23:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 岡山県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月14日

真光寺   (岡山県備前市 寺 観光名所)

岡山県備前市、国道2号線沿いにある真光寺です。

<真光寺>
真光寺本堂.jpg
住所:岡山県備前市西方上
駐車場あり
拝観自由

<由緒>
行基がもとを開き、その後報恩大師が備前四十八ヶ寺に加えた真言宗の古刹。
当初小滝山真光寺という名前だったが、1602年に心王院勢恵上人が御室仁和寺に
召されて謁見を賜り、御室の「御」の字を使うことを許され、御瀧山真光寺と
称する様になった。
本堂は15世紀初頭の建造と言われ、国指定重要文化財。
【真光寺本堂・国指定重要文化財】
真光寺本堂2.jpg

三重塔は、1613年に牛窓にある蓮華頂寺から移築したもの。
創立はその様式から室町時代のものらしい。
【真光寺三重塔・国指定重要文化財】
真光寺三重塔.jpg

<ひとこと>
国道2号線を走っていると、道路沿いに三重塔が見えたので立ち寄ってみました。
国道2号は何度も走っているのに、今まで気が付かなかったのがとても不思議。
さて、お寺は本堂・三重塔ともに国指定重要文化財。特に本堂は歴史を感じさせる
古い建物に見えました。
国道2号沿いで、皆かなりスピード出して走ってますので、気を付けて行きましょう。
駐車場は分かりづらいですが、細い参道を登り、境内に停める事が出来ます。

(真光寺 おすすめ度 ★★★)
posted by 南行 at 22:26| Comment(3) | TrackBack(1) | 岡山県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

閑谷学校   (岡山県備前市 史跡 国宝 観光名所)

岡山県備前市、江戸時代の学校跡にして国宝建造物の閑谷学校です。

<閑谷学校>
国宝閑谷学校1.jpg
住所:岡山県備前市閑谷784
駐車場:あり(無料)
JR山陽本線吉永駅から車で10分
入場:300円
時間:9時〜17時

<由緒>
1666年、岡山藩主池田光政が津田永忠に命じて作ったのがこの閑谷学校です。
日本最古に庶民教育の道場で、域内の庶民や武家の子弟、そして域外の者も受け入れ
たそうです。現在の建物は、光政の次の藩主池田綱政の頃の建物です。
三木露風や藤原審爾などの出身者の解説や、創建に携わった津田永忠、理念を打ち
だした池田光政についての紹介した閑谷学校資料館が敷地内にあります。

【講堂・国宝】
国宝閑谷学校3.jpg
講堂は国宝建造物です。

【閑谷学校の風景】
国宝閑谷学校2.jpg

国宝閑谷学校_鶴と亀.jpg

国宝閑谷学校石門.jpg
これは閑谷学校の石門です。かなりの高さがあった様ですが、今は埋まってしまい見えて
いるのは一番上の部分だけだそうです。

<ひとこと>
閑谷学校は、子供の頃に小学館の『人物日本の歴史』で池田光政の話しの中で出てきた
事で知りました。武士の時代に庶民の教育という理念で学校を始めた池田光政の先見性に
感銘を覚えます。
さて、閑谷学校に行くのは今回で2回目。前に行ったのはもう8年前になります。
昔のしょぼい写真しか無かったので、思い出す意味も込めて再度行ってみました。
あいにく、大晦日という事で中の見学はお休み。外から眺めるだけになりました。
しかし、さすがに国宝に指定されるだけの事はある建造物です。何か伝わって来る威厳
があります。屋根瓦には備前焼を使っているそうです。
庭には、ワラで作った鶴と亀がありました。あれは何を意味しているのかな??ちょっと
気になりました。紅葉のシーズンには、紅葉も綺麗らしいです。

ここは建造物、また江戸時代の庶民教育最古の学校の史跡という事で、絶対に外せない
観光スポットだと思います。

(閑谷学校 おすすめ度 ★★★★★)
posted by 南行 at 16:49| Comment(0) | TrackBack(1) | 岡山県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする