2007年01月15日

真正極楽寺・真如堂  (京都市左京区 紅葉 観光名所)

京都市左京区の真正極楽寺(真如堂)に行ってきました。

<真正極楽寺・真如堂>
真如堂
住所:京都府京都市左京区浄土寺真如町82
境内自由(本堂拝観500円)
駐車場はある様です(曖昧ですいません)

<由緒・現地看板より>
鈴声山真正極楽寺と称し、天台宗に属する。
叡山の戒算上人が永観2年(984)に一条天皇の御母東三条院藤原詮子の
御願によって神楽岡東の離宮内に堂を建て、慈覚大師の作と伝える阿弥陀如来
の像を安置したのがこの寺の始まりである。
その跡は、現寺地の東北に当たり、元真如堂という。
のち、幾度か寺地を変え、1485年足利義政が旧地に再興したが、その後
また他に転じ1693年、旧址の西南現在地に復した。
今の堂舎は1705年再建で、本堂の阿弥陀如来立像一体(国指定重要文化財)は平安時代後期の作である。

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平成18年12月2日、真如堂を訪問しました。
真如堂には平成14年の12月に来ているので、4年ぶりの訪問になりま
した。真如堂といえば、なんと言っても紅葉です。
4年前、永観堂の紅葉を見ようとこの辺を歩いていて、真如堂については
まったく知らずに立ち寄ったところ、その紅葉の綺麗さに驚いたのを覚え
ています。
今回は天気も良く、紅葉を見るには絶好の日。勇んで真如堂へ行きました。
紅葉は予想通りの綺麗さ!

赤に黄色に、光を浴びて何とも言えない良さです。
ここは観光客も多く、京都で有数の紅葉の名所と言えるでしょう。

紅葉の有名さゆえに、紅葉を見る客は多いですが、歴史マニアの僕は墓場へ。
真如堂には江戸時代初期の絵師海北友松、春日局の父にあたる明智光秀の家臣
斉藤利三の墓があります。
海北友松(Wikipedia)
斉藤利三(Wikipedia)
歴史マニアはこのお墓も外せないところです。

著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html

紅葉の名所巡り
http://rover.seesaa.net/article/22577081.html

滋賀・京都紅葉巡りツアー(平成18年秋旅)
http://rover.seesaa.net/article/28834314.html


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2007年01月14日

金戒光明寺・黒谷  (京都市左京区 新撰組 観光名所)

京都市左京区の金戒光明寺(黒谷)に行ってきました。

<金戒光明寺>
金戒光明寺
住所:京都府京都市左京区黒谷町121
拝観自由
駐車場あり(有料:60分400円、1日最大800円)

<由緒・現地看板より>
紫雲山と号する浄土宗の大本山で、通称黒谷の名で親しまれている。
寺伝によれば、1175年法然上人が浄土宗の確立のために、比叡山西塔
の黒谷にならって、この地に庵を結んだのが当寺の起こりと伝えられている。
以後浄土宗の念仏道場として栄え、後光厳天皇より「金戒」の二字を賜り、
金戒光明寺と呼ばれるに至った。
1428年、後小松天皇より上人が浄土宗の真実義を悟った由緒により、
「浄土真宗最初門」の勅願を賜った。
御影堂脇壇には、京都七観音・洛陽三十三観音のひとつ、吉田寺の旧本尊
と伝えられる千手観音を安置している。
また御廟には上人の分骨をおさめ、廟前には熊谷直実と平敦盛の供養塔が
たてられている。

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平安神宮から歩いて黒谷(金戒光明寺)へ向かいました。
真如堂の隣にあるお寺で、僕の中では新撰組関連の史跡として認識して
いるところです。

ここは、幕末に京都守護職を勤めた会津藩主松平容保が本陣を置いた場所。
浪士組として京都に来ていた芹沢鴨、近藤勇らは、松平容保から「新撰組」
の名を賜り、京都での活動をします。
新撰組の本拠であった壬生から、容保のいた黒谷との間には緊密な連絡関係
があったそうです。
そんな事もあり、黒谷には新撰組発祥の地のポスターが貼ってありました。
会津藩の本陣があった関係で、黒谷には戊辰戦争で亡くなった会津藩士の
供養塔もあります。

また、ここ黒谷には源平の合戦で活躍した熊谷直実の足跡もあります。
源平の合戦で平敦盛を討った直実は、1193年に法然上人を訪ね、ここ
の池で鎧を洗い、松の木に鎧をかけて出家したそうです。
その後、直実は埼玉県熊谷市に熊谷寺を創建します。

源平の武将と、幕末の歴史。
金戒光明寺(黒谷)は、両方を感じる事が出来るお寺です。

滋賀・京都紅葉巡りツアー(平成18年秋旅)
http://rover.seesaa.net/article/28834314.html

新撰組関連の史跡
http://rover.seesaa.net/article/26835008.html

大河ドラマの舞台
http://rover.seesaa.net/article/112515106.html


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平安神宮   (京都市左京区 観光名所)

京都市左京区の平安神宮に行ってきました。

<平安神宮>
平安神宮
住所:京都府京都市左京区岡崎西天王町
駐車場なし
拝観自由(神苑拝観600円)

<由緒>
明治28年(1895)桓武天皇平安遷都1100年を記念し、桓武天皇
を祭神として創建された神社である。
紀元2600年にあたる昭和15年(1940)には、平安京最後の天皇
である孝明天皇も合祀された。
社殿は平安京の政庁の中心である朝堂院の形式を、およそ3分の2に縮小
して復元した物である。
本殿の背後一隊は約3万平方メートルからなる広い神苑で、四つの池を中心
に各時代の庭園形式を取り入れた池泉回遊式の明治を代表する庭園で、国
の名勝に指定されている。

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平成18年12月2日、最初に立ち寄ったのが平安神宮です。
浜大津から京阪電車に乗って、京阪三条で下車。
真如堂に行こうと、歩いている途中で、平安神宮の前を通りかかったので
立ち寄った感じです。
平安神宮に来るのは2回目。久しぶりの平安神宮です。
前回も、ちょこっと立ち寄っただけで帰ってきたので、今回は庭園も見たい
なと思って行ったのですが・・・、あまりに朝早かったため庭園はまだ開いて
いませんでした(庭園は8時半開園)

結局今回も神社をダラダラ歩いただけで帰還という事になりました。

<平安神宮本殿>
平安神宮
平安神宮って敷地が広いんですよね。
個人的なイメージですが、中国の紫禁城に似ているなとという気がします。
桜の名所としても知られる神社なので、桜のシーズンにでも再戦したいと
思います。

滋賀・京都紅葉巡りツアー(平成18年秋旅)
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平安神宮

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2006年10月27日

法然院    (京都市左京区 紅葉 観光名所)

京都市左京区の法然院に行ってきました。

<法然院>
法然院 紅葉
住所:京都府京都市左京区鹿ヶ谷御所ノ段町30
電話:075-771-2420
拝観:6:00〜16:00
料金:無料
駐車場:なし

<由緒・現地看板より>
浄土宗捨世派の本山。この地はもともと法然上人が弟子の住蓮、安楽と
六時礼讃を勤めた旧跡で、寛永年間(1624〜1644)ほとんど廃絶
していたものを延宝8年(1680)知恩院第38世万無心阿上人と
弟子忍徹が中興したものである。
本堂には恵心僧都作阿弥陀如来座像と法然上人自作木像を安置し、直壇には
毎朝に二十五の生け花を散華する。

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平成14年12月1日、永観堂を出て哲学の道を歩き、銀閣寺にほど近い
法然院にを参拝しました。
法然院は事前に調べて、紅葉が綺麗だという事で行ってみました。
行ってみて、確かに良い!
まず拝観料が無料ってのが良いですね。京都の寺は拝観料取られるところ
が多いですからね〜、紅葉綺麗で拝観無料なのはありがたいです。
法然院という名前から、法然上人に関連するんだろうなと思いつつ、実は
よく知らないで行ったんですが、現地の看板の解説からして、法然が創建
したとかそういうお寺では無いようで、関係的にはうすいのかなって
気がしました。

紅葉の名所巡り
http://rover.seesaa.net/article/22577081.html

法然院で紅葉を見る

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2006年10月25日

哲学の道   (京都市左京区 紅葉 観光名所)

京都市左京区の哲学の道です。

<哲学の道>
哲学の道
住所:京都府京都市左京区鹿ケ谷西寺ノ前町
駐車場なし

京都市左京区の哲学の道を歩いてきました。
哲学の道とは若王子橋から銀閣寺橋へと続く約2kmの散策路で、西田幾多郎
ら哲学者が物思いしながら散策した事から名付けられたものです。
法然院近くには西田幾多郎の「人は人吾はわれなり とにかくに 吾行く
道を 吾は行くなり」の碑が建ちます。

平成14年12月1日、永観堂で紅葉を見た僕は法然院に向かうため、この
哲学の道を歩きました。
京都と哲学っていまいち僕には結びつかないんですが、ここ哲学の道は
著名哲学者の散歩道だったそうで、それにちなんで昭和45年に整備され
たものだそうです。
予想外に良かったのは紅葉。哲学の道もちょうど紅葉しており、道にそって
流れる疎水沿いには赤く染まった木々が綺麗に並んでいました。

紅葉の名所巡り
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哲学の道

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2006年10月20日

永観堂   (京都市左京区 紅葉の名所)

京都市左京区の永観堂(禅林寺)です。

<永観堂>
紅葉の永観堂
住所:京都府京都市左京区永観堂町48
駐車場あり(紅葉シーズンは停めるのは無理かと)
拝観料:600円(秋の特別展時は1000円)

<由緒>
文人藤原関雄が空海の孫弟子の真紹僧都に別荘を寄進したとも、真紹が仁明
天皇の恩に報いる為寺とし、河内の観心寺で造った五尊像を運んで真言宗の
道場にしたともいう。
863年に清和天皇が禅林寺号を与え、定額寺となった。
承暦年間、中興の祖永観律師は浄土念仏を普及し、本尊を大日如来から阿弥陀
如来に変え、西南院(施薬院)を建てて、貧者の救済につとめ、寺は永観堂
と呼ばれるようになった。

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平成14年12月1日、京都の永観堂に行ってきました。
永観堂を語るとき、接頭語に「もみじの」という言葉がよくつきます。
洛東屈指の紅葉の名所として「もみじの永観堂」は有名
な場所です。
そんな永観堂の紅葉を見てみたい!と思い行ってきました。
12月に入ってからの訪問で、どうかな〜と思ったんですが、まだまだ
充分に紅葉を見ることが出来ました。

秋の寺宝展という事で、紅葉のシーズンは特別展が開催中で拝観料は
1000円になります。ちょっとこの値段には抵抗感がありました。
まあ名高い永観堂の紅葉、一度は見る価値はあると思います。

平成18年の予定
特別寺宝展 平成18年11月1日〜11月30日
ライトアップ 平成18年11月8日〜11月30日

紅葉の名所巡り
http://rover.seesaa.net/article/22577081.html

紅葉の永観堂

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2006年08月27日

美山町茅葺きの町並み   (京都府南丹市 古い町並み 観光名所)

平成18年夏旅初日(8月10日)最後の観光地が京都府南丹市美山町の茅葺きの町並みです。

<茅葺きの町並み>
美山 かやぶきの里
住所:京都府南丹市美山町北
駐車場あり
見学自由

<茅葺きの町並み>
地理的には丹波の国に属しますが、京都と日本海の玄関口若狭小浜との
中間に位置しますので、建築や文化にはいろいろな地域の影響が見られます。現在のかやぶき屋は1796年建築の物が最古ですが、19世紀中頃
迄の建物が18戸と江戸時代に建てられたものが多く、北山型民家に分類
される特徴をよく伝えています。

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夏旅は滋賀県から京都府へ。夕暮れが近くなり、かなり車をとばして明るい
うちに美山の町並みに到着しました。
ここは以前雑誌で見たことがあり、是非行ってみたい町並みでした。
町並みは茅葺きの民家集落。今日行った滋賀県高島市の在原の集落と建築
様式はほぼ一緒でした。
在原の集落が茅葺き屋根の家が点在しているのに対し、美山の町並みは
かなり集中して茅葺き民家があるので、見ていて昔の雰囲気がより良く
伝わってきました。
茅葺きの民家は今でも人が実際に住んで生活をしています。
民家集落の中をフラフラ散歩してきました。
岐阜県の白川郷合掌集落や、富山県の五箇山合掌集落みたいなイメージも
受けました。こちらは白川郷ほど知名度高くない分、穴場で良いかもしれ
ないですね。

平成18年夏旅
http://rover.seesaa.net/article/22395156.html

日本の古い町並み
http://rover.seesaa.net/article/21960937.html

かやぶきの里

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2006年08月03日

安国寺   (京都府綾部市 足利尊氏関連 観光名所)

平成17年夏旅、兵庫県篠山市を出て京都府へ突入。
綾部市で安国寺に立ち寄りました。

<安国寺>
????Λ.jpg
住所:京都府綾部市安国寺町寺ノ段1
交通:梅追駅下車
駐車場あり(無料)
拝観自由

<由緒・寺の看板より>
安国寺は993年ごろ地蔵菩薩を本尊として創建されたと伝えられ、もとは
光福寺と称した。
1252年、勧修寺重房が上杉荘を賜りこれより上杉姓とすることとなった。その後光福寺は上杉氏の菩提寺となり釈迦三尊を合わせ祀った。
1305年、足利尊氏の生誕によって、当寺は上杉、足利氏の尊崇を受ける
ようになった。1338年、足利尊氏は夢想礎石のすすめによって、国毎に
安国寺、利生塔を建立するにあたり光福寺を丹波の安国寺とし、諸国安国寺
の筆頭において安国光福寺としたものである。
1345年、尊氏は南禅寺に住した天庵妙受禅師を招請して安国寺の始祖と
し、多くの寺領を寄進した。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
安国寺の標識を見て立ち寄ってみました。
安国寺は国分寺や一之宮と同じく、旧国に1つずつ造られたお寺です。
うえの説明にもありますが、安国寺の建立は足利尊氏によるもので、
この綾部市の安国寺は足利尊氏生誕の地でもあります。
足利尊氏って、僕はてっきり下野出身かと思っていただけに、ここが
生誕の地というのは行ってみて初めて知りました。
歴史的由緒もそうですが、建物も仏殿は茅葺きで重厚感があり、中に
鎮座する本尊の釈迦如来に厳かさを感じました。
歴史好きなら一度は立ち寄って見たい場所です。

平成17年夏旅
http://rover.seesaa.net/article/19481587.html

安国寺(足利尊氏生誕の地)

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2006年03月08日

首途八幡宮  (京都市上京区 源義経 観光名所)

京都市上京区の首途八幡宮(かどではちまんぐう)です。

<首途八幡宮>
首途八幡宮1.jpg
住所:京都府京都市上京区智恵光院通今出川上ル桜井町
駐車場なし

<由緒>
大内裏の北東に位置するため、王城鎮護の神とされ、もとの名を「内野八幡宮」という。
宇佐八幡宮を勧請したのが始まりと伝えられ、誉田別尊(応神天皇)、息長帯姫命(神宮皇后)を祀る。
かつて、この地に金売吉次の屋敷があったと伝えられ、源義経が奥州平泉に赴くに際し、
道中の安全を祈願して出立したと伝えられる。
「首途(かどで)」とは出発の意味で、以来この由緒により「首途八幡宮」と呼ばれる様に
なった。この故事により、特に旅立ち、旅行安全の信仰を集める。

<ひとこと>
北野天満宮から京都御苑に向かってフラフラ歩いている途中に偶然見付けた神社です。
本当に小さな神社で、通り過ぎるところだったんですが、解説の看板があったので、
とりあえず立ち止まって読んでみました。
そしたら何と、ここが源義経の奥州出発の地との事。こりゃびっくり。
そんな由緒のあるだったとは、驚きました。
源義経一行はその後、数々の難所を乗り越え奥州平泉にたどり着きます。
そんな事もあり、旅の安全の御利益があるとの事でした。
旅に生きる私としては、是非とも御利益にあずかりたいという事で、しっかりと
参拝してきました。

そうとうマニアな場所ですが、源平の史跡巡りをされている方などにはお勧め
スポットです。
【首途八幡宮】
首途八幡宮2.jpg
【源義経出発の地】
義経門出の地.jpg

(首途八幡宮 おすすめ度 ★★)

首途神社(源義経旅立ちの地)
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2006年03月07日

京都御苑 蛤御門と梅林  (京都市上京区 梅 史跡 観光名所)

京都市上京区、京都御苑で梅を見てきました。
京都御苑は広いので、梅園と蛤御門について書きます。

<京都御苑・蛤御門>
蛤御門1.jpg
住所:京都府京都市上京区京都御苑
地下鉄烏丸線今出川または丸太町駅より徒歩数分
駐車場あり(有料)
京都御苑自体は無料で自由に散策出来ます

<蛤御門について>
蛤御門は1864年にこの周辺で、長州藩と御所の護衛にあたっていた会津・薩摩藩との間
で激戦が行われた場所です。
この戦いが蛤御門の変(禁門の変)で、門にはその時の鉄砲の弾痕が残っています。
この門は新在家門と言われていましたが、宝暦の大火(1708年)のさい、それまで
閉ざされていた門がはじめて開かれたため、「焼けて口開く蛤」にたとえて、蛤御門と
呼ばれるようになったと言われています。
【蛤御門の弾痕】
蛤御門弾痕.jpg

<ひとこと>
京都御苑は、もともと公家の屋敷があった場所でしたが、明治維新のおりに取り壊されて、
その跡地を公苑にしたものです。
丸太町通りから今出川通りまで南北に非常に広い敷地、南北2キロ位あるのかなという
広さです。
その広い京都御苑、中心には京都御所がありますが、こちらは普通に観光出来る場所では
なく、中を見るには申し込みが必要という場所ですので、今回見ることは出来ませんでし
た(それは知っていたので、見ようと思って行ったわけではないですが)
今回は、京都御苑で梅が咲いているというので行ってきました。
場所は、蛤御門から入り、右に曲がりすぐの場所にあります。
まずその蛤御門ですが、幕末の有名な事件「蛤御門の変」で知られる場所です。
今もその門が残ります。幕末の弾痕がそのまま残る門は歴史を感じさせます。
京都御苑の梅園はそんな蛤御門の近くにあります。
本数はそんなに多くありませんが、白梅・紅梅と混ざる様に咲いていました。

【京都御苑の梅・平成18年3月4日撮影】
京都御苑梅園1.jpg

京都御苑梅園2.jpg

京都御苑梅園3.jpg

京都御苑梅園4.jpg

3月4日時点で4分咲き位でしょうか。中旬くらいが見頃かと思います。

<梅の名所まとめのページはこちら>
http://rover.seesaa.net/article/13842621.html

京都御苑(蛤御門と梅園)
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2006年03月05日

北野天満宮   (京都市上京区 国宝 梅 観光名所)

京都市上京区、梅の名所北野天満宮に行ってきました。

<北野天満宮>
北野天満宮1.jpg
住所:京都府京都市上京区御前通今出川上ル馬喰町
駐車場あり(無料)
市バス北野天満宮前すぐ

<由緒>
菅原道真を祀る神社。
道真は太宰府に左遷され、現地で没したが、その後都で天災があいついだ。
その天災は道真の祟りだという噂になり、942年に北野の地に社殿を造り祀れとの
託宣があり、947年の創建と伝えられる。
藤原師輔によって社殿が整備され、1587年には、豊臣秀吉が付近一帯の松原で北野
大茶会を催した。
本殿(国宝)は豊臣秀頼が1607年に造営したもので、権現造りの代表的遺構である。
また、中門は三光門とよばれ、後西天皇筆の勅額「天満宮」を掲げている。

【本堂(国宝)】
北野天満宮本堂.jpg

【中門(国指定重要文化財)】
北野天満宮中門.jpg

【山門】
北野天満宮山門.jpg

<ひとこと>
菅原道真ゆかりで梅の名所の北野天満宮。京都でまだ行っていなかった有名寺社のひとつ
でしたが、それは梅の時期にどうしても行きたかったから。今回機会をえて、遂に行くこと
が出来ました。
梅のシーズンという事で、京都の寺社でも一番の混み具合ではないかという状況でした。
門を入って左側に梅園があります。梅園は有料で、値段は忘れましたが数百円かかります。
ただ、北野天満宮は梅園に入らなくても、充分に梅を楽しめます。
何と言っても神社の境内中梅だらけだからです。
ここまで梅に埋め尽くされた神社も珍しいかなと思いました。
白梅・紅梅がほどよく分散し、神社中咲き乱れます。
桜も良いですが、梅でここまで良い神社も珍しいなと思いました。
また、北野天満宮といえば学業の御利益。
本堂への参拝は行列になっており、それにも驚きました(もう受験シーズンは終わりかな
と思ったんですが・・)
駐車場は広く、しかも無料ですが、梅のシーズンだけあって大変混み合ってました。
僕は二条駅からバスで向かいましたが、バスの本数が少なくちょっと苦労しました。
もうちょっと交通が便利だと良いんですけど。

【北野天満宮の梅・平成18年3月4日撮影】
北野天満宮梅1.jpg

北野天満宮梅1.jpg

北野天満宮梅3.jpg

北野天満宮梅4.jpg

3月4日現在、五分咲き位でしょうか。早咲きのものは満開ですが、まだまったく咲いていな
い木もあります。梅園は3月中旬位が見頃ではないかと思います。

(北野天満宮おすすめ度 ★★★★★)

<梅の名所まとめのページはこちら>
http://rover.seesaa.net/article/13842621.html

北野天満宮(梅の名所)
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大善寺   (京都市伏見区 六地蔵 梅 観光名所)

京都市伏見区にある、六地蔵のひとつがある大善寺です。

<大善寺>
大善寺.jpg
住所:伏見区桃山町西山24
京阪六地蔵駅徒歩3〜4分
JR、地下鉄六地蔵駅徒歩7〜8分

<由緒>
705年、定慧の開基、浄土宗のお寺。
平安時代に小野篁により6体の地蔵が造立され、そのうち1体が
平清盛により、奈良街道の入り口にあるここ大善寺に安置された。
伏見城時代、藤堂高虎の屋敷と、小堀遠州の六地蔵屋敷があったとされる。

◆小野篁と六地蔵
894年、48歳の時に、熱病を患い意識を失い、地獄におちた人々の苦しんで
いる姿を見ました。そのとき一人の僧が人々の苦悩を救っている場に出会いました。
その僧は「私は地蔵菩薩である」と名乗られ、「この地獄だけでなく、餓鬼、畜生
修羅、人間、天上など六道の迷いの世界をめぐりながら、縁のある人々を救っている。
すべての人を救いたいが、縁の無い人を救うことが出来ない。私にとってもとても残念
なことだ。貴方はこの地獄の苦しい有様と地蔵菩薩のことを人々に知らしめてほしい」
と聞いて蘇った篁公は、木幡山から一本の桜の木を切り出し、地蔵菩薩像を刻み
この地に納めました。それよりここを六地蔵と言います。(現地看板より)

<ひとこと>
奈良から京都山科の随心院に向かう途中、JR奈良線から地下鉄に乗り換える
駅がここ六地蔵でした。六地蔵なんて名前だけに、なにがしかの由来があるんだろう
なと思い調べたところ、京都の六地蔵のお話があることを知りました。
小野篁は魔界と現世を出入りしているなんて伝説があって、以前六道珍皇寺に行った
ときにその出入り口なる井戸を見たことがあります。まあ不思議な人なんですね。
ここ大善寺も小野篁の由緒があるお寺。
大善寺に入ると、一角に六地蔵堂があり、中に地蔵菩薩像(国指定重要文化財)が安置
されていました。

【六地蔵堂】
大善寺六地蔵堂.jpg
【木造地蔵菩薩像・国指定重要文化財】
大善寺六地蔵.jpg
ここをはじめ京都に点在する六地蔵めぐりをする信仰があるそうです。
西行法師が最初に六地蔵めぐりをした人物だそうです。

【大善寺】
大善寺.jpg

大善寺碑.jpg

【大善寺の梅・平成18年3月4日撮影】
大善寺の裏のお墓に梅の木が植えられていました。
紅梅で、もう少しで見ごろかなと思いました。
大善寺梅1.jpg

大善寺梅2.jpg

大善寺梅3.jpg

<梅の名所まとめのページはこちら>
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(大善寺 おすすめ度 ★★★)
六地蔵大善寺
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随心院    (京都市山科区 史跡 梅 観光名所)

京都市山科区、小野小町のゆかりの地、また梅の名所でもある随心院です。

<随心院>
随心院.jpg
住所:京都府京都市山科区小野御霊町35
電話:075−571−0025
駐車場あり(無料)
地下鉄東西線小野駅徒歩5分
拝観料400円(梅園は別途400円)

<由緒>
真言宗善通寺派の大本山。
991年に弘法大師第8世の法孫仁海僧正の開基。
一条天皇の正暦2年(991年)に奏請してこの地を賜り、一寺を建立。
1229年には後堀河天皇より門跡の宣旨を賜り、以来随心院門跡と称されて
います。
七堂伽藍は壮美を誇っていましたが、承久の乱の兵火を受け焼失。
1599年に本堂が再建され、阿弥陀如来像は徳川秀忠夫人天真院尼の寄進。

<小野小町の話>
ここ、小野の地は小野篁、小野道風などで知られる小野氏の栄えた場所として
知られます。平安時代の歌人小野小町は、仁明天皇に更衣として仕えた人物で、天皇崩御
後はここ小野の地で余生を送ったそうです。
ここ随心院境内には、小町の化粧井戸や文塚などの史跡が残ります。
小町に絡む話として、深草少将の百夜通の話があります。
小町を慕う深草少将は小野の里に雨の夜も雪の夜も通いつづけ、九十九日目の夜、降る雪と
発病により最後の一夜を前に世を去ったという伝説です。

【小野小町歌碑】
随心院小野小町歌碑.jpg
歌碑は小町の代表的な歌が刻まれています。
「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」
百人一首でも有名ですね。

【小野小町化粧井戸】
随心院小町化粧井戸.jpg

【小野小町文塚】
随心院文塚.jpg
深草少将の恋文を埋めた場所だとか・・・。
小町は絶世の美女であった事から、思いをよせる男達も多かった様で、この文塚には
深草少将の他、千枚もの恋文が埋められたという話しです。

<ひとこと>
随心院に久しぶりに行ってきました。
ここに以前来たのはもう何年前か・・。傷心でここを訪れてました。
深草少将の話は何かで知っていました。その話を知ってたが故にここに来てみたかった。
その時は一人庭園を見ながらぼーっとしてたのを覚えています。
それから時間が流れ、今はそんな事はどこへやら、今回は梅を見よう!の気持で訪れ
ました。
以前は車で来たんですが、今回は電車。地下鉄小野駅から歩くこと数分で到着。
期待して門の中へ。さて、肝心の梅は??
「あれ〜、全然咲いてない・・・」そう、ここの梅は遅咲きだったのです。
見頃は3月下旬との事。事前のチェックが甘かった事を悔やみました。
仕方ないので、また庭園を見に行く事に。400円を払い庭園へ。

3月26日写真差し替えました。

【随心院庭園】
随心院庭園1.jpg

随心院庭園2.jpg
ここに座ってぼーっとしてた過去が懐かしい。
綺麗な庭園です。
400円で、随心院庭園他、建物の中もいろいろ見て回れます。

【小野小町】
随心院小野小町.jpg
以前来たときには無かった小町の絵がありました。こういう画風は好きです。

しかし、深草少将の死ぬまで小町のもとに通ったというすさまじい執念。おそるべしです。
今の世であれば、間違いなくストーカーの類でしょうね(^^;

(随心院 おすすめ度 ★★★)
随心院(小野小町ゆかり、梅の名所)

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posted by 南行 at 00:23| Comment(4) | TrackBack(0) | 京都府 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする