2007年03月25日

泉穴師神社   (大阪府泉大津市 観光名所)

大阪府泉大津市の泉穴師神社に行ってきました。

<泉穴師神社>
泉穴師神社
住所:大阪府泉大津市豊中700
駐車場あり(無料)
拝観自由

<泉穴師神社について>
西暦672年の創建。泉州5大社の二ノ宮にあたり、祭神は
天忍穂耳命と栲幡千々姫命。
本殿と摂社の住吉神社本殿・春日神社本殿はいずれも国指定重要
文化財。

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大阪市内を出て、泉大津市の泉穴師神社に立ち寄りました。
泉穴師神社に行ったのは、国指定重要文化財の建造物があると
いうのが理由です。

神社自体は、住宅街の中にある氏神様みたいな雰囲気で、
観光地という様な雰囲気は微塵も感じられません。

本殿は、国指定重要文化財。昭和24年に解体修理され、桃山
時代の様式に復元されたものだそうで、確かに威厳ありだな
という感じでした。

泉穴師神社 本殿

平成18年冬旅(主に大阪ツアー)
http://rover.seesaa.net/article/30664290.html

泉穴師神社

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住吉大社   (大阪市住吉区 一之宮 観光名所)

大阪市住吉区にある住吉大社に行ってきました。

<住吉大社>
住吉大社
住所:大阪府大阪市住吉区住吉2-9-89
拝観自由
駐車場あり(有料)

<住吉大社について>
西暦211年に神功皇后ご自身が住吉大神をお祭りになって
建てられました。
やがて神功皇后ご自身も御祭神として祭られるようになりまし
た。住吉大神さまは底筒男命・中筒男命・表筒男命といわれる
三柱の神さまの総称をいいます。この住吉大神さまは、お祓い
・航海安全・和歌の道・産業育成などのご守護をされることで
有名です。
本堂は住吉造りと言われ、4棟の建物からなる(いずれも国宝)

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住吉大社に行ってきました。ここは、摂津の国一之宮という事
で、一之宮巡りをしている僕としては絶対にいかねばならない
神社のひとつでした。

住吉大社と言えば、何と言っても正月の初詣が有名。
全国でも屈指の初詣スポットです(3が日で200万人が参拝
するそうです)
そんな印象もあって、混んでるんだろうなという事で、なかなか
足が向きませんでした。
今回は、朝早いという事もあり、そんなに観光客もいません
でした。

とりあえず参拝なんですけど、4つ本殿があるので、4つすべて
参拝しました。
4棟の建物は、伊勢神宮と同じように、20年に一度作り替える
というしきたりだったそうですが、中世にはその流れが止まって
今に至っている様です。
そのおかげで、重厚な建物が残ってるという事で、歴史的
建造物マニアには嬉しいところです。

写真は12月31日の朝です。
おそらく夕方くらいから、凄い人混みになるんだろうなと思いつ
つ、1年の厄払いという事で参拝させてもらいました。

一之宮を巡る
http://rover.seesaa.net/article/26834634.html

国宝建造物を巡る
http://rover.seesaa.net/article/21220842.html

平成18年冬旅(主に大阪ツアー)
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住吉大社

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2007年03月24日

四天王寺   (大阪市天王寺区 観光名所)

大阪市天王寺区にある四天王寺に行ってきました。

<四天王寺>
四天王寺
住所:大阪府大阪市天王寺区四天王寺1−11−18
拝観自由
駐車場あり(有料)

<四天王寺について>
四天王寺は、聖徳太子の創建のお寺で、建立されたのは593年。
蘇我氏と物部氏の戦いの中、聖徳太子は四天王に戦勝を祈願。
蘇我氏が物部氏を倒すと、聖徳太子は四天王を祀る四天王寺を
創建したということです。
四天王寺はどの仏教宗派にも属さない官寺として知られ、伽藍配置
は「四天王寺式」と呼ばれる。
また四天王寺は、鎮護国家の思想と八宗兼学の庶民の寺院として
多くの人の崇敬を集めてきた。(一部『大阪府の歴史散歩』山川出版社より引用)

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大阪市の天王寺区にある四天王寺に行ってきました。
四天王寺に行くのは6年ぶりという事で、久しぶりにの訪問に
なりました。

四天王寺は、聖徳太子創建の古刹。
昔、子供向けの歴史漫画で、蘇我氏と物部氏の戦いを仏法を護る
戦いと位置づけ、聖徳太子が自ら四天王像を造り、蘇我氏の
軍と共に戦うっていうお話を見たのを、今でも強烈に覚えて
います。
その戦いの後に、聖徳太子が四天王への感謝の意を込めて造った
のがこのお寺という話の流れ。
そういう基礎知識で、訪れています。

どんなお寺なんだろうなと思って、6年前に来たときには、
境内に浮浪者みたいな人がいて、ちょっと驚いた覚えがありま
す。今回はさすがに浮浪者みたいな人はいませんでした(笑)
広い境内には、五重塔や数々の堂宇が並びます。
度重なる戦火や、自然災害により、今ではそんなに古い建物が
残っていないのが残念ですが、江戸時代の建築物などが今でも
残っています。
大阪市内では、最大級の広さを誇るこのお寺は、大阪の歴史
観光では外せないお寺かと思います。

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2007年03月23日

適塾跡   (大阪市中央区 史跡 観光名所)

大阪市中央区にある適塾跡に行ってきました。

<適塾跡>
適塾跡
住所:大阪府大阪市中央区北浜3−3−8
駐車場なし
京阪本線淀屋橋駅徒歩5分

適塾は幕末の医師であった緒方洪庵によって開かれた蘭学塾です。
この建物は1843年に緒方洪庵が購入したもので、約200年
前のものと考えられている。
木造2階建て、敷地面積470平米。福沢諭吉や橋本左内など
多くの学生がここで学んだ。
1940年に大阪府の史跡、翌年国の史跡に指定。

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適塾跡に行ってきました。
うちの会社の大阪の事務所が淀屋橋から近いこともあり、この
辺は出張でよく行く場所なんですが、適塾跡は今回はじめて
訪問しました。
幕末維新のお話では、ここ緒方洪庵の適塾は外すことが出来ない
場所。維新の土台を担う人物がここ適塾から巣立って行った
んですよね。

大阪も第二次大戦の戦火で、焼失しているんですけど、よくぞ
残ったこの建物という感じです。

建物の脇には緒方洪庵の銅像がありました。

緒方洪庵

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適塾跡

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2007年03月21日

葛井寺   (大阪府藤井寺市 観光名所)

大阪府藤井寺市にある葛井寺(ふじいでら)に行ってきました。

<葛井寺>
葛井寺
住所:大阪府藤井寺市藤井寺一丁目16番21号
近鉄 南大阪線 藤井寺駅 徒歩3分
拝観自由
駐車場あり(有料)

<由緒・現地看板より>
葛井寺は7世紀代に葛井氏の氏寺として建立されたと考えられます。
その後、荒廃した時期もありましたが、何度かの修理や改築を
経て現在にいたっています。
当寺が所蔵する室町時代の「葛井寺参詣曼荼羅」もじゃ堂塔は、
薬師寺式伽藍配置として描かれており、創建時にも同様の伽藍
配置をとっていたものと推定されます。
現在では、境内に残された、塔心礎をはじめとしたいくつかの
礎石に当寺の名残をとどめています。
本尊は脱活乾湿造の千手観音菩薩像で、芸術的にも優れ、天平時代
の代表的な仏像として国宝に指定されています。

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藤井寺市の葛井寺(ふじいでら)に行ってきました。
実は5年くらい前に葛井寺に行こうと思って、正月(1月3日
くらい)に行ったところ、ものすごい人の波の中に車で突入し
てしまい、白い目で見られて退散してきたという苦い思い出が
あります。
結局その時は行かずに帰ってきたので、今回が初の訪問になり
ました。その時の記憶から、道が狭かったので、寺に接近する
のは危険と思い、駅前の市営駐車場に車を停めて歩いて行くこ
とにしました。
寺の駐車場(有料)もあるんですけど、あまり長い時間滞在しな
い様でしたら、市営駐車場の方が安いです。

市営駐車場からアーケードの商店街を歩いて数分で葛井寺に到着。
地元では「観音様」と呼ばれて信仰されているお寺だそうです。
本尊の千手観音は国宝。かつては大伽藍を誇ったお寺だそうですが、現在はかすかにその面影をとどめるのみという感じです。
境内には聖武天皇寄進の燈籠や、楠木正成の旗掛け伝説の残る
松の木などがありました。

寺は葛井寺で市の名前は藤井寺。その辺はどういう事なのかな
ってのがいまだに疑問です。

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葛井寺


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2007年03月19日

錦織神社   (大阪府富田林市 観光名所)

大阪の富田林にある錦織神社に行ってきました。

<錦織神社>
錦織神社
住所:大阪府富田林市甲田町378
駐車場あり
境内自由

<錦織神社について>
錦織神社の所在する富田林市宮甲田は古代律令制における河内の国
錦部郡の最北端に当たり、古来より錦部郡内の水流の集まるところ
として水郡天王宮と呼称され広く信仰されてきた。
明治時代より錦織神社として周辺五ヶ村の神霊を合祀し地元の氏神
として信仰されている。
現社殿の創建は室町時代正平18年(1363年)と伝えられて
、本殿を中央に、東隣に摂社春日社本殿、西隣に摂社天神社本殿
の三棟が並ぶ配置をとっている。

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富田林巡りの最期に錦織神社に行きました。
国道170号線バイパスをカーナビに従って走ったんですが、
神社への入り口がよく分からずウロウロ。
結局神社の前まで車で行けず、変なところに車を停めて、歩いて
神社に向かいました。(駐車場はあります)
朱塗りの社殿は、室町時代の建造物で、国指定重要文化財。
その朱塗りが夕陽をあびて、良い感じに映えていたのがまた
良かったです。

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錦織神社

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2007年03月16日

瀧谷不動明王寺   (大阪府富田林市 観光名所)

富田林市の瀧谷不動明王寺に行ってきました。

<瀧谷不動明王寺>
瀧谷不動明王寺
住所:大阪府富田林市彼方1762
駐車場あり(無料)
拝観自由

<由緒>
821年に弘法大師によって開基。
本尊の不動明王と、脇侍は弘法大師の作と言われ国指定重要文化財
となっています。
度々兵火にあって焼失しますが、復興し現在に至っています。
日本三大不動の一と言われ、眼病に御利益があります。

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富田林に入って、最初に行ったのがこの瀧谷不動明王寺です。
特に知ってたわけじゃないんですが、車で走っていたら大きな
お寺があったので立ち寄りました。

瀧谷不動明王寺

日本三大不動の一と呼ばれる有名な不動明王があるそうで、
御利益は眼病。何はともあれ参拝です。
本堂背後の山には、最近再建された多宝塔があり、かなり疲れま
したが、多宝塔まで登ってきました。
多宝塔はあいにく、うまい写真が撮れなかったので、写真は
無しです(残念)

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瀧谷不動明王寺

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2007年03月11日

楠木正成生誕の地  (大阪府千早赤阪村 観光名所)

大阪府千早赤阪村にある楠木正成公生誕の地に行ってきました。

<楠木公生誕の地>
楠木正成公生誕の地
住所:大阪府南河内郡千早赤阪村二河原辺7
駐車場あり(無料)

<現地解説より>
楠木正成は1294年、この地に誕生したと伝えられている。
文禄年間に増田長盛が豊臣秀吉の命を受け、土塁を築き、建武
以後楠木邸にあった百日紅を移植したという記録が残っている。
また元禄年間には、領主石川総茂が保護を加え、その後、明治
8年、大久保利通が楠木遺跡巡りの際、ここに石碑を建立し顕彰
した。
碑文の「楠公誕生地」は、幕末勤皇派の三剣豪の一人で、当寺誉田
八幡宮の祠官であった桃井春蔵によるものである。

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千早赤阪村にある楠木公生誕の地に行ってきました。
ここは道の駅になっています(道の駅「ちはやあかさか」)
道の駅の一角に、楠木公生誕の地の石碑があります。
上の解説の通りですが、幕末の剣豪桃井春蔵による「楠公誕生地」
という碑があり、その碑も趣がありました。
歴史好きの僕にとって、楠木正成は悲劇の武将だったなという
イメージです。もっと政治力があって、活躍できていれば、足利
の天下もいかがなものだったかと思ってしまいます。
それは、大阪の陣での真田幸村と重なるものがあります。
もっと活躍してほしかった武将です。

そんな楠木正成の生誕の地という事で、しみじみと見学してきま
した。
道の駅を挟んで反対側の畑の下に、楠木正成産湯の井戸というの
もありました。
千早赤阪村は、楠木氏ゆかりの史跡がいろいろありますが、こ
こは、そのスタート地点って感じがしますね。
歴史好きさんは是非どうぞ。

平成18年冬旅(主に大阪ツアー)
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楠木正成生誕の地

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2007年02月25日

建水分神社   (大阪府千早赤阪村 観光名所)

大阪府千早赤阪村にある建水分神社(たけみくまりじんじゃ)に
行ってきました。

<建水分神社>
建分水神社
住所:大阪府南河内郡千早赤阪村水分357
駐車場あり(無料)
拝観自由

<由緒・現地看板より>
楠木家の氏神で、創立古く人皇第十代の崇神天皇の五年天下
き疫の際勅して金剛葛城の山麓に水神を祭られた。
後醍醐天皇の勅命によって、楠木正成が水越川のほとりの下
宮にあった社を移して再建したもので、本殿は三殿よりなり、
中殿は春日造りで天御中主神を祭り、左右両殿は流造で、水
分を祭る三殿は渡り廊下で連なりその構造巧緻で、建築上の
模範である。神社建築としては全国の唯一の形式で、明治33
年国宝に、昭和25年に重要文化財に指定された。

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弘川寺を出て、千早赤阪村へ。
以前千早赤阪村の千早城跡に行ったことがありましたが、今回
は他のところに行ってみようという事で、この神社に立ち寄り
ました。千早赤阪村といえば、何と言っても楠木正成!
千早城で、幕府軍と戦ったりしてますものね。
そんな楠木氏の氏神がこの建水分神社だそうです。

本殿は、よく見えない場所にあるため、その建築上のすごさ
が良く分かりませんでしたが、楠木氏の氏神を拝んでこれただけ
でまずは満足という感じです。

明治時代に国宝(旧国宝)になるほどのものですので、出来れば
よく見たいものですね。

建水分神社

平成18年冬旅(主に大阪ツアー)
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建水分神社

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2007年02月20日

弘川寺    (大阪府河南町 観光名所)

大阪府河南町にある弘川寺に行ってきました。

<弘川寺>
hirokawadera_hondo.jpg
住所:大阪府南河内郡河南町弘川43
駐車場あり(無料)
拝観自由

<由緒>
弘川寺は665年役行者の創建にかかり、677年に勅命あって
当寺に請雨を祈り、験著しかったので、龍池山弘川寺の寺号を
賜り、勅願寺となった。737年に行基がここで練行また、弘仁
年間には弘法大師が嵯峨天皇の命により中興された。
歌聖西行は晩年当寺の座主空寂上人の法徳を慕って来られ、11
90年ここで入寂する。
その後南北朝時代には楠木氏の戦場となり、また戦国時代には
畠山政長と畠山義就の戦いのすえ、寺はことごとく焼失した。

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大阪に入って、最初に行った観光地が弘川寺です。
山川出版の『大阪府の歴史散歩』を見て、河南町に西行ゆかり
のお寺があるというので、行きました。
この寺には、西行の資料館もあり(期間限定で開館)、西行に
関する資料も展示されている様でした。

あいにく僕が行ったときは西行資料館は開いていなかったので、
まずは本堂に参拝し、本堂裏にある西行堂と、西行のお墓に
行ってきました。
西行と言えば、歌人として知られ、百人一首を覚えた僕として
は「なげけとて月やは物を思はするかこち顔なるわが涙かな」
という歌がまず思い浮かびます。

西行のお墓は本堂から少し登った丘にあります。
特に観光客が来るわけでもない、静かなお寺に歌聖と言われた
西行のお墓がひっそりとあって、僕もしみじみお墓参りして
きました。

弘川寺は桜も有名な様で、春には綺麗な桜の花を見ることが
出来るそうです。

著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html

平成18年冬旅(主に大阪ツアー)
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弘川寺

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2007年02月14日

高槻ネオポリスの夜景  (大阪府高槻市 夜景の名所)

大阪府高槻市の住宅地にある隠れ夜景の名所に行ってきました。

<高槻ネオポリスの夜景>
高槻ネオポリス
住所:大阪府高槻市大和2

平成18年12月30日夜、高槻市の住宅地の一角で夜景を
眺めました。
ちょうどこの日は茨木市で飲もうという話だったので、宿を
高槻に取っていました。わけあって飲み会が中止になってし
まったため、夜景でも見に行こうという事で、高槻の高台の
住宅地にやってきました。

ここは本当に夜景の穴場的な名所です。
観光地でも何でもないんですが、ここから見る高槻市街、茨木
方面の夜景は素晴らしいです。
高槻も高層マンションが沢山建ったため、夜景も綺麗です。
ちょっと場所が分かりづらいですが、地図を参考にしていただ
ければと思います。

平成18年冬旅(主に大阪ツアー)
http://rover.seesaa.net/article/30664290.html

夜景の名所巡り
http://rover.seesaa.net/article/23565397.html

高槻ネオポリスの夜景

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2007年01月20日

富田林寺内町   (大阪府富田林市 古い町並み 観光名所)

大阪府富田林市に残る古い町並み(寺内町)を散策して来ました。

<富田林寺内町の町並み>
富田林寺内町
住所:大阪府富田林市富田林町
駐車場なし(近隣コインパークなどを利用)
近鉄長野線富田林駅徒歩5分くらい

◆富田林寺内町の町並み(大阪府富田林市)
富田林寺内町は16世紀中頃、京都興正寺の証秀上人が町衆と協力してつく
った自治都市。 江戸時代に入って農産物の集積や活発な商業活動によって
発達し、酒や木綿など約150の店舗が軒を連ねたという事です。
今でも富田林の駅から徒歩数分のところに、この様な古い町並みが残ってい
ます。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
富田林の寺内町を散策してきました。
以前から、是非行きたいと思っていたんですが、なかなか機会が無くて
行ってませんでした。

大阪は、石山本願寺の勢力もあり、お寺を中心とした寺内町がいくつも
発展してきたそうです。そのひとつが富田林の寺内町。

富田林に到着し、市役所のあたりから細い道を曲がると、すぐに古い町並み
が広がってました。
ただ、車を停めようにも停める場所が無く、ちょっとさまよいました。
結局、コインパークに車を停めて歩いて寺内町へ。

富田林の寺内町はとにかく規模が大きい!!
それが驚きです。
これだけ古い建物が残る町並みは、全国でも少ないのではないでしょうか。
イメージ的に奈良県橿原市の今井町を思わせる町並みです。

細い路地状の町並みを歩くこと30〜40分、大阪にもこんな良い町並みが
あるんだなって感動して癒されてきました。

ここは本当におすすめです!

平成18年冬旅(主に大阪ツアー)
http://rover.seesaa.net/article/30664290.html

日本の古い町並み
http://rover.seesaa.net/article/21960937.html

[ここに地図が表示されます]


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2006年03月04日

枚岡神社    (大阪府東大阪市 一之宮 梅 観光名所)

大阪府東大阪市、河内国一之宮、そして梅の名所である枚岡神社(ひらおかじんじゃ)です。

<枚岡神社>
枚岡神ミ.jpg
住所;大阪府東大阪市出雲井町7−16
駐車場あり(無料)
近鉄奈良線枚岡駅徒歩1分(駅前です)
境内自由
梅園も無料です

<由緒>
古くからこの地にあった神社を、650年に中臣・平岡連が現在地に移したもの。
河内国一之宮。奈良の春日大社に天児屋根命と比売大神とを勧請した神社であったため、
元春日平岡大社と称され藤原氏の繁栄とともに崇敬された。
859年に正一位を贈られ、1871官幣大社になった。
本殿は豊臣秀頼が片桐且元を奉行として造営したと伝えられているが、現在の本殿は
1826年の再建。

<ひとこと>
全国の一之宮を巡っている者として、いつかは行かねばならない神社だったんですが、
梅園があるという事もあり、そういう時期をねらって待っていました。
今回は絶好のチャンスという事で、電車を乗り継いで行ってきました。
難波から近鉄奈良線に乗って枚岡駅へ。近鉄に乗ったのは今回が初めてだったので、
ちょっと新鮮な気分でした。
枚岡駅の目の前に枚岡神社があります。
一之宮ではありますが、神社の境内の広さとしてはそんなに広い方ではないかなという
感じです。
本殿は江戸時代の再建との事ですが、連棟の建物が威厳を感じさせてくれました。

【枚岡神社】
枚岡神ミ1.jpg

枚岡神ミ2.jpg

枚岡神ミ3.jpg

枚岡神社(一之宮、梅の名所)

梅の記事は続きをご覧下さい。続きを読む
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