2023年09月28日

蘭麝酒    (福井県福井市)

福井市の青木蘭麝堂で、蘭麝酒を買ってきました。

<青木蘭麝堂>
蘭麝酒5.jpg
住所:福井県福井市脇三ケ町25−19
駐車場あり

福井市の朝倉氏遺跡である一乗谷に蘭麝酒という朝倉氏ゆかりの酒が売って
いるという事を知り訪問しました。

古民家の様な建物の前に蘭麝酒の看板があります。
蘭麝酒4.jpg
正直この看板だけなので、知らないと訪問出来ない様なお店です。

若干びびりながら店を訪問。
玄関先でお店の方がお酒に関して説明してくれました。
買うのは決めていたので、一通りお話を聞いた後、720ml瓶2本購入しま
した。1本は自分用、もう1本は親への土産です。
1本3300円でした。

<蘭麝酒について>
蘭麝酒3.jpg
こちら、お店の方からいただいた蘭麝酒の説明。
朝倉氏の健康酒で、一子相伝400年超の歴史があるお酒です。

昨日やっと開封して飲んでみました。

蘭麝酒2.jpg

蘭麝酒.jpg
蘭麝酒を小早川秀秋グラスに入れ、石田三成のコースターに置いてロックで
いただきます(^^;)

想像通りという感じの味なんですが、甘いシロップの様な味わいのお酒です。
本当に健康に良さそうな感じがプンプンします(笑)

これから味わって飲んでいきたいと思います。

令和5年夏休み旅
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2022年08月17日

小次郎公園   (福井県越前市)

越前市にある小次郎公園に行ってきました。

<小次郎公園>
小次郎公園.jpg
住所:福井県越前市北坂下町
駐車場あり(無料)

<小次郎公園について>
小次郎公園2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
越前市の小次郎公園に行ってきました。
ここは宮本武蔵との決闘で知られる佐々木小次郎生誕の地につくられた公園になり
ます。

小次郎は一乗滝で秘剣つばめ返しをあみだしたという伝説があり、一乗滝も観光名所
となっています。
こちらは生誕の地として公園が整備され、佐々木小次郎の像が造られていました。

小次郎公園4.jpg

<佐々木小次郎像>
小次郎公園3.jpg

小次郎公園5.jpg

令和4年GWの旅
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銅像めぐり
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2022年07月31日

佐柿の町並み   (福井県美浜町)

丹後街道佐柿の町並みを散策しました。

<佐柿の町並み>
佐柿の町並み.jpg
住所:福井県三方郡美浜町佐柿
駐車場あり(国吉城駐車場利用)

<佐柿の町並みについて>
佐柿の町並み2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
丹後街道佐柿の町並みを散策しました。
国吉城訪問後、その麓にある佐柿の町が昔ながらの雰囲気の町並みという事で
少し散歩しました。

秀吉の家臣木下定光が国吉城主になってから町並みが整備されたとの事。
現在は江戸〜明治時代の建物が何軒か残り昔ながらの雰囲気を感じる町並みを
形成しています。

佐柿の町並み6.jpg

佐柿の町並み8.jpg

佐柿の町並み4.jpg

佐柿の町並み3.jpg

佐柿の町並み9.jpg

<吉右ヱ門さん家バス停>
佐柿の町並み5.jpg
佐柿の町中にあった吉右ヱ門さん家バス停(^-^)
佐賀県の歌にある「山下さんち前」みたいな感じか(笑)

令和4年GWの旅
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日本の古い町並み
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国吉城    (福井県美浜町)

美浜町にある国吉城に行ってきました。

<国吉城>
国吉城.jpg
住所:福井県三方郡美浜町佐柿25−2
駐車場あり(無料)
資料館:入館100円

<国吉城について>
国吉城5.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
若狭国守護大名の武田氏重臣であった粟屋勝久が戦国時代に築き、越前国の朝倉氏
の度重なる来襲に対して籠城戦などで守り抜いた名城です。

織田信長の越前侵攻に際し、信長がこの城に入城したという城でもあります。
国吉城4.jpg

現在は続日本100名城にも指定されています。

まずは資料館に入館して国吉城の歴史を勉強します。
国吉城2.jpg
入館料100円です。ここに入らなくても登城は可能です。

国吉城9b.jpg
明智光秀ゆかりの地でもあります。

資料館を見た後登城しました。片道20分位の山道攻めです。
国吉城3.jpg

国吉城6.jpg

国吉城8.jpg

<本丸跡>
国吉城9a本丸.jpg

<本丸からの風景>
国吉城9a本丸2.jpg

国吉城7.jpg

国吉城9.jpg

GWという事もあり登城している人が結構いて驚きました。

令和4年GWの旅
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大河ドラマの舞台
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日本の城を巡る
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2022年07月13日

松源寺で梅田雲浜の墓を参拝  (福井県小浜市)

小浜市にある松源寺で梅田雲浜の墓を参拝しました。

<松源寺>
松源寺.jpg
住所:福井県小浜市北塩屋14−6
駐車場あり(無料)
境内自由

<梅田雲浜について>
松源寺2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
小浜で梅田雲浜の墓を参拝しました。
梅田雲浜は幕末に活躍した儒学者・小浜藩士。
ペリー来航とともに攘夷運動に傾倒し、幕府批判をしたことから安政の大獄で捕縛。
拷問の末獄死しました。

梅田雲浜の出身地である小浜の松源寺にお墓と銅像があります。
国道162号線を走っていると梅田雲浜の墓の案内が出ているので、それに引き込ま
れての訪問でした。

<梅田雲浜像>
松源寺  梅田雲浜像.jpg

<梅田雲浜の墓>
松源寺  梅田雲浜の墓.jpg

令和4年GWの旅
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大河ドラマの舞台
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著名人の墓
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気比神宮    (福井県敦賀市)

敦賀市にある気比神宮に行ってきました。

<気比神宮>
気比神宮2.jpg
住所:福井県敦賀市曙町11−68
駐車場あり(無料)
境内自由

<気比神宮について>
気比神宮3.jpg
クリックすると拡大します。

社伝では、上古に主祭神の伊奢沙別命は東北方の天筒山に霊跡を垂れ、境内北東方
にある土公の地に降臨したという[2]。そして『気比宮社記』によれば、仲哀天皇の
時に神功皇后が三韓征伐出兵にあたって気比神に祈願をすると、海神を祀るように
神託があり、皇后は穴門に向かう途中で海神から干・満の珠を得た。

そして仲哀天皇8年3月に神功皇后と武内宿禰が安曇連に命じて気比神を祀らせたと
いい、これが神宮の創建になるとしている。

またこの時、気比大神は玉姫命に神憑りして三韓征伐の成功を再び神託したとも
伝える。
その後大宝2年(702年)に文武天皇の勅によって社殿を造営し、本宮に仲哀天皇・
神功皇后を合祀、東殿宮・総社宮・平殿宮・西殿宮の4殿に各1柱を祀ったという。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
敦賀市の気比神宮に行ってきました。
702年の創建と言われる神社で、越前国一之宮でもあります。

気比神宮の境内にある角鹿神社という神社が「敦賀」の名前の由来になっている
そうです。

気比神宮は20年以上前に行っているんですが、今回久しぶりに訪問しました。
寺とか神社とか、一度行くと次に行くのが最低でも10年位はあきますね。
それだけあくともうほとんど覚えていない様な感じになります。
気比神宮もそんな状況。ホテルを出て朝一で訪問しました。

早朝という事もあり、参拝客もほとんどいなくてゆっくり参拝しました。

気比神宮.jpg

松尾芭蕉は奥の細道の中で気比神宮を参拝し、以下の句を残しています。

「月清し遊行のもてる砂の上」

これは芭蕉が気比神宮を参拝し、月明かりに照らされた神前の白砂やかつてこの地
を訪れた遊行上人を思っての句になります。

<芭蕉像>
気比神宮 松尾芭蕉.jpg

<旗掲の松>
気比神宮 旗掛け松.jpg
南北朝の騒乱時、北朝の足利軍に対し気比神宮の大宮司気比氏治が南朝後醍醐
天皇を奉じ気比大明神の神旗を掲げたと伝えられる松です。
今の木は二代目との事です。

令和4年GWの旅
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奥の細道の旅
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2022年07月10日

三方五湖テラス   (福井県若狭町)

福井県若狭町にある三方五湖テラスに行ってきました。

<三方五湖テラス>
三方五湖.jpg
住所:福井県三方上中郡若狭町気山
駐車場あり(無料)
入園料(1000円・リフト代込み)
別途レインボーラインの通行料1060円がかかります。

<三方五湖について>
三方五湖2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
三方五湖に行ってきました。
以前、一度三方五湖に訪問したときは、夕方だったんですが、三方五湖の有料道路で
あるレインボーラインが閉鎖時間直前という事で行く事が出来ませんでした。

有料道路ゆえ、せっかく行くなら天気が良い日でないとという事で、なかなか行けず
にいましたが、今回初訪問となりました。
レンボーラインは1060円。結構高いです。

その最頂部にあるのが三方五湖テラスです。
ここから、三方五湖や日本海を一望する事が出来ます。

GWという事もあり、駐車場も満車、少しさまよいましたが一番近い駐車所に入る
事が出来ました。駐車料金は無料です。

三方五湖テラスにはリフトに乗って向かいます。1人1000円です。
三方五湖4.jpg

三方五湖3.jpg
これはリフト乗り場にあったタヌキ(^-^)

リフトに乗って一気に頂上へ。ここからの展望は見事でした。
三方五湖、5つの湖の総称です。三方五湖テラス、三方五湖全てをくっきり見えるの
かと思われますが、実はよく見えるのは水月湖だけかなという感じです。
日本海は良く見えるんですが、他の4湖は小さく見える程度でした。
でも、絶景は絶景。素晴らしい景色に感動しました。

三方五湖5.jpg
こちら水月湖。水月湖は大きく見えます。その水月湖の奥に小さく三方湖が見えます。

三方五湖6.jpg

三方五湖7.jpg

三方五湖8.jpg
日本海は絶景です!素晴らしい。

<五木の園>
三方五湖9.jpg
五木の園なんてのがありました。
五木ひろしさんは福井県美浜町の出身なんですね。
三方五湖のふもとの町です。美浜原発で有名な町です。

GWゆえ混み方が半端なかったです。
自分は三方湖の方からレインボーラインに入りましたが、帰りに日向湖側に降りていった
ところ、これからレンボーラインに入ろうとする車の大渋滞を目撃しました。

三方湖側からの方が比較的空いてる様な気がしました。

令和4年GWの旅
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2022年07月03日

蘇洞門巡り      (福井県小浜市)

福井県小浜市で蘇洞門巡りをしてきました。

<蘇洞門巡り>
蘇洞門巡り9.jpg
住所:福井県小浜市川崎1丁目3−2 若狭フィッシャーマンズ・ワーフ内
駐車場あり(無料)
遊覧船:2200円

小浜市で蘇洞門巡り遊覧船に乗ってきました。
蘇洞門は福井県小浜市の内外海半島にある、日本海に面した海岸景勝地です。
約6kmにわたって洞門、瀑布、断崖を見る事が出来ます。

今年は知床遊覧船の事故の件もあり、遊覧船に抵抗がある人もいるかもしれ
ませんが、逆に各所で安全により気をつけているでしょうから、むしろ安全
と思っております。

GWという事もあり、朝一の便でしたが結構混んでました。

滝やら洞門やら、いろいろ綺麗でした!

こちらが乗った遊覧船です。
蘇洞門巡り.jpg

蘇洞門巡り5.jpg

蘇洞門巡り8.jpg

蘇洞門巡り4.jpg

蘇洞門巡り2.jpg

蘇洞門巡り7.jpg

蘇洞門巡り6.jpg

蘇洞門巡り3.jpg

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御誕生寺でネコと戯れる   (福井県越前市)

福井県越前市の御誕生寺に行ってきました。

<御誕生寺>
御誕生寺.jpg
住所:福井県越前市庄田町32−1−1
駐車場あり(無料)
境内自由

御誕生寺に行ってきました。
このお寺、最近雑誌とかでネコ寺としてよく紹介されているお寺です。
どんなところなのかなと気になっていました。

行ってびっくり、GWとはいえここまで観光客がいるとは思わなかった。激混み!
駐車場は満車でお坊さんが交通整理中。
境内も多くの観光客で賑わってました。

みんなネコに癒やされに来てるんですね〜。自分もそうですが(笑)
御誕生寺2.jpg

御誕生寺4.jpg

御誕生寺5.jpg
ちょうどネコの餌やりの時間で、皆盛り上がってました。

御誕生寺6.jpg
自宅警備隊の方もいらっしゃいました(^-^)

令和4年GWの旅
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2022年06月26日

玄蕃尾城     (福井県敦賀市)

玄蕃尾城址に行ってきました。

<玄蕃尾城>
玄蕃尾城.jpg
住所:福井県敦賀市刀根
駐車場あり(無料)

<玄蕃尾城について>
玄蕃尾城2.jpg

玄蕃尾城3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
玄蕃尾城に行ってきました。
続日本100名城に指定されているお城です。今回の旅で行く予定は無かったの
ですが、旅の流れの中で行く事になりました。
旅は毎度気の向くままにって感じです。

玄蕃尾城は福井県敦賀市と滋賀県長浜市の境にある柳ヶ瀬山の山頂にある山城です。
余呉湖の北にあり、賤ヶ岳の戦いにおいて柴田勝家が本陣を置いたばしょでもあり
ます。

旧北陸本線の柳ヶ瀬トンネルを車でくぐり、すぐ玄蕃尾城への分かれ道があります。
そこからは玄蕃尾城へ向かう一本道です。
道は狭いですが、城に向かう人しか使わない道なので、すれ違いのリスクは低いと
思われます。

駐車場は数台分あり。そこから山道を片道20分ほどの登山になります。
20分の登山ですが、そんな難所ではありません。普通に整備された山道があります。

20分で着く本丸周辺は土塁や虎口、空堀など遺構が綺麗に残っていました。
賤ヶ岳の戦い後、そのまま忘れ去られた感じも漂う城の遺構です。
続100名城に指定されるだけの事はありますね。
往復で1時間くらい時間を見ておくと良いと思います。

<玄蕃尾城>
玄蕃尾城 南虎口.jpg
南虎口

玄蕃尾城 東虎口.jpg
東虎口

玄蕃尾城 土塁.jpg
土塁

玄蕃尾城 主郭.jpg
主郭

玄蕃尾城4.jpg

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2022年06月15日

永平寺    (福井県永平寺町)

永平寺町にある永平寺に行ってきました。

<永平寺>
永平寺.jpg
住所:福井県吉田郡永平寺町志比5−15
駐車場あり(有料)
拝観料:500円

永平寺に行ってきました。
永平寺は1244年に道元禅寺によって建立された坐禅道場です。
山中に大小70あまりの建物が並んでいます。
曹洞宗の総本山になります。

このブログは有名処はあえて書いておりません。
永平寺もある意味福井県の定番中の定番の様な観光地でもあるので、
どうしようかと思ったのですが、軽く記事にしておく事にしました(^^;

永平寺に前回行ったのが写真のタイムスタンプを確認すると1997年
5月5日。
人生で初めて福井に行った時に、真っ先に行ったのが永平寺です。
という事で25年ぶりの訪問です。

25年もたつとまったく覚えていないものですね。初訪問と一緒です。
駐車場は寺の近隣の場所は激混みなうえに、有料。
今回は少し離れた場所にある町営の駐車場に停めました。無料です。
ただ、永平寺までは歩いて7〜8分位は歩いて行きました。

さすが曹洞宗総本山。大きいですね。資料館みたいなものも含め1時間
くらい時間をかけて参拝しました。

<永平寺>
永平寺2.jpg
この植生を見るに紅葉も綺麗そうです。

永平寺3.jpg

永平寺4.jpg
天井画が見事。

永平寺5.jpg

永平寺6.jpg

永平寺7.jpg

永平寺8.jpg

永平寺9.jpg

永平寺9a.jpg

永平寺9c.jpg

永平寺9b.jpg

令和4年GWの旅
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仏御前の滝    (福井県大野市)

大野市にある仏御前の滝を見に行ってきました。

<仏御前の滝>
仏御前の滝.jpg
住所:福井県大野市仏原
駐車場あり(無料)

<仏御前の滝について>
仏御前の滝2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「日本百名山」荒島岳から流れ出る高さ100mに及ぶ滝です。

名前の由来は平清盛の愛妾・仏御前がこの滝で髪を洗ったというものです。
国道158号線沿いにあり、何度もこの前を通っていたのですが、訪問するのは今回
が初めてです。

国道沿いにある駐車場に車を止めて、整備された山道を10分ほどで仏御前の滝に
到着します。
仏御前の滝3.jpg

<仏御前の滝>
仏御前の滝4.jpg

仏御前の滝5.jpg
3段の滝との事なのですが、現地では2段しか確認出来ませんでした。
もうちょっと引いて全体が見える様な観瀑台があれば良いんですが・・。

訪問時、水量は多くかなり激しい水の流れでした。
これで髪を洗うのはかなりハードモードだなと思った次第です(笑)

日本の滝巡り
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令和4年GWの旅
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2022年01月23日

立石岬灯台    (福井県敦賀市)

福井県敦賀市にある立石岬灯台に行ってきました。

<立石岬灯台>
立石岬灯台.jpg
住所:福井県敦賀市明神町
駐車場あり(無料)

<立入岬灯台について>
立石岬灯台8.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
敦賀市の敦賀半島の先端にある立石岬灯台に行ってきました。
明治14年に建造された日本海側で2番目の灯台だそうです。
明治時代、洋式灯台が日本各地に造られますが、大体外国人の設計によるもの。
そんな中、この立石岬灯台は日本人が設計した灯台で、貴重な国策灯台だった
様です。

立石岬灯台は、駐車場に車を停め、500〜600m歩く事になります。
立石岬灯台5.jpg
入口にはこんな看板が!
熊がでるんかい(・o・)
大丈夫かな〜、心配しつつ向かいます。

途中からかなり厳しい道になりました。
立石岬灯台7.jpg
この道、かなりのしんどさ。ヒーヒー言いながら登りました。

駐車場から途中休みも入れながら15〜20分位。立石岬灯台に到着しました。

<立石岬灯台>
立石岬灯台2.jpg

立石岬灯台3.jpg

これが明治時代の国産灯台なんですね。小さい灯台です。
島根の日御碕灯台みたいな迫力ある灯台とは対極にある様な感じです。

残念だったのは苦労して登った割には灯台付近での眺望がいまいち。
360度視界が開けてないんですね。

立石岬灯台4.jpg

立石岬灯台6.jpg

令和3年夏旅1
http://rover.seesaa.net/article/482621174.html

岬・灯台巡り
http://rover.seesaa.net/article/107423997.html



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2017年07月23日

吉崎御坊       (福井県あわら市)

福井県あわら市にある吉崎御坊に行ってきました。

<吉崎御坊>
吉崎御坊跡.jpg
住所:福井県あわら市吉崎
駐車場あり(無料)

<吉崎御坊について>
吉崎御坊跡7.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
あわら市にある吉崎御坊に行ってきました。
浄土真宗、本願寺第8世法主蓮如が北陸での布教の拠点とした場所です。
1471年に建立され、1506年に朝倉氏に攻め滅ぼされるまで、
約40年間浄土真宗布教の場として寺内町を形成しました。

現在は江戸時代に建築された東西本願寺の別院などがあり、その裏山に
吉崎御坊跡があります。
御坊跡の前に蓮如上人記念館なる施設があるんですが、これは本願寺とは
まったく関係無い団体が運営しているとの事で、本願寺の方が批判して
いたのが印象的でした。

<吉崎御坊跡>
吉崎御坊跡2.jpg
吉崎御坊は城の役割も果たしました。ちょっとした山城です。

<蓮如上人像>
吉崎御坊跡3.jpg
高村光雲作の蓮如上人像です。

<念力門>
吉崎御坊跡5.jpg
もともと京都の西本願寺の門でした。蛤御門の変の時、この門が本願寺の
延焼を防いだことから火消し門とも言われるそうです。

<本堂>
吉崎御坊跡6.jpg

吉崎御坊跡4.jpg

平成29年GWの旅
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2017年07月12日

丸岡藩砲台跡       (福井県坂井市)

福井県坂井市にある丸岡藩砲台跡を見に行ってきました。

<丸岡藩砲台跡>
丸岡藩砲台跡.jpg
住所:福井県坂井市三国町梶
駐車場あり(無料)

1852年、高島秋帆の門人と伝えられる栗原源左衛門の設計で築造された
丸岡藩の砲台跡です。
翌年にはペリーが浦賀に来港しており、この時期は諸外国による開国の圧力
および、国内では尊皇攘夷の動きが出てきた時期。
丸岡藩も沿岸警備を強化する為に砲台を作ったんでしょうね。

現地には砲台を置く石積みが綺麗に残っていました。
この場所は名勝・東尋坊に近く観光客は皆東尋坊に向かっていきますが、
ほぼ全員ここはスルーって感じでした(^^;

<丸岡藩砲台跡>
丸岡藩砲台跡2.jpg

丸岡藩砲台跡4.jpg

丸岡藩砲台跡5.jpg

丸岡藩砲台跡3.jpg

平成29年GWの旅
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2017年06月29日

蝉丸の墓      (福井県越前町)

福井県越前町にある蝉丸の墓を参拝しました。

<蝉丸の墓>
蝉丸の墓.jpg
住所:福井県丹生郡越前町陶の谷67-8
駐車場なし

<蝉丸の墓について>
蝉丸の墓2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
蝉丸は平安時代前期の歌人。
百人一首にある以下の句で有名です。
「これやこの 行くも帰るも分かれては 知るも知らぬも逢坂の関」

この句が超有名ですが、これ以外まったく蝉丸について知りません(^^;
実際出自などよく分かっていない人物だそうです。
醍醐天皇の皇子ではないかなど、諸説あるようですが。

そんな放浪の歌人蝉丸の墓と言われる墓が福井にありました。
たまたまカーナビで目的地を探していたら、その途中に蝉丸の墓を発見
して立ち寄った次第です。

現地はちょっとした住宅が並ぶ場所ですが、裏には田んぼが広がって
いました。そんな中、ぽつんと蝉丸の墓です。
墓の脇には有名な百人一首の句の句碑も建てられていました。
蝉丸句碑.jpg

平成29年GWの旅
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著名人の墓
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2016年09月04日

小浜神社 / 小浜城址     (福井県小浜市)

福井県小浜市にある小浜神社(小浜城址)に行ってきました。

<小浜神社>
小浜神社.jpg
住所:福井県小浜市城内1−7−55
駐車場あり(無料)

<小浜神社について>
小濱神社由緒.jpg

小浜神社2.jpg

小浜市にある小浜神社に行ってきました。
小浜神社はかつて小浜城の本丸があった場所に明治時代になってから造られた
神社です。
御祭神は酒井忠勝公。江戸時代初期の老中・大老で小浜藩主つとめました。

<酒井忠勝について>
小浜神社3.jpg

酒井忠勝は3代将軍家光の側近でもあり、家光に重用され大老まで上り詰め
ます。小浜藩主になる前はわが地元川越藩主であり、その関係もあって、
福井県小浜市と埼玉県川越市は姉妹都市の取り交わし、友好関係の深い間柄
です。

上の解説を見て僕も知りましたが、酒井忠勝の初陣は第二次上田合戦だったん
ですね。初陣が大敗ってのも大変だ(・д・)

この小浜神社は小浜城の本丸跡に建てられています。
自然の川を堀に使い、地形をうまく利用した城というイメージです。
城の写真は続きをご覧ください。

続きを読む
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2016年09月02日

エンゼルラインで久須夜ヶ岳山頂へ    (福井県小浜市)

福井県小浜市にあるエンゼルラインを走ってきました。

<エンゼルライン>
エンゼルライン.jpg
住所:福井県小浜市内外海半島
料金:無料
夜間閉鎖:午後7:00〜翌朝7:00
冬季閉鎖:12月1日〜3月31日

エンゼルラインは久須夜ヶ岳頂上(619m)に続く観光道路。以前は
有料道路でしたが、2002年に無料開放されています。僕は無料になって
から一度訪問しています。
夕暮れを見たいなと思って行きましたが、19時に門が閉じられるという事で
そこまでに戻らないといけません。登り始めたのが18時10分。山頂に
行って景色眺めて戻るにはギリギリの時間です。

道路幅は2車線確保されており、非常に快適な道路ですが、登ってる途中で
イノシシが横切ったりしたので、動物には注意が必要そうです。

片道約10キロの山岳道路を走破して山頂に到着します。
山頂には広い駐車場が確保されています。駐車場に着きましたが、車は1台
も泊まってませんでした。いたのは鹿が1匹(^^;
写真撮ろうかと思ってカメラ持ってたら、鹿は逃げて行きました(-_-)
鹿は珍しいものでもないので、まあ良いです。

山頂展望台からの景色は素晴らしいです。
小浜湾を一望するとともに、常神半島や大島半島方面に沈む夕日を見る事が
出来ました。
夕日はとても幻想的で良かったな〜。これを見る事が出来ただけで来た甲斐
があります。癒やされました。

<久須夜ヶ岳からの景色>
エンゼルライン2.jpg

エンゼルライン3.jpg

エンゼルライン4.jpg

エンゼルライン5.jpg

エンゼルライン6.jpg

クリックすると拡大します。
エンゼルライン大.jpg

平成28年夏旅 目指せ名護屋城ツアー
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来迎寺     (福井県敦賀市)

福井県敦賀市にある来迎寺に行ってきました。

<来迎寺>
来迎寺.jpg
住所:福井県敦賀市松島町2丁目5−32
駐車場あり(無料)

敦賀の来迎寺に行ってきました。
この寺の事はまったく知らずでの訪問です。

来迎寺2.jpg

何で立ち寄ったかと言うと、車で走っていたら「大谷吉継ゆかりの寺」という
案内看板が建っていたからです。

敦賀市では、敦賀にゆかりの大谷吉継、お江、お市ゆかりの地巡り観光コース
っていうのを設定してるんですね。そのルートの中の来迎寺が入ってました。
http://www.turuga.org/places/mcourse_otani/mcourse_otani.html

来迎寺には大谷吉継が寄進したという腰高障子(福井県指定文化財)が残されて
いるとともに、居城であった敦賀城の中門が移築されています。

来迎寺3.jpg

来迎寺4.jpg

また、この寺は武田耕雲斎ら天狗党が捕らえられた後、斬首された寺としても
知られているそうです。
この寺の裏に武田耕雲斎らの墓があります。

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2016年08月31日

武田耕雲斎ら天狗党の墓     (福井県敦賀市)

福井県敦賀市にある武田耕雲斎ら天狗党の墓を参拝してきました。

<武田耕雲斎らの墓>
武田耕雲斉の墓4.jpg
住所:福井県敦賀市松島町2
駐車場あり(無料)

<現地解説>
武田耕雲斉の墓5.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
敦賀市にある武田耕雲斎ら天狗党墓所に行ってきました。
尊皇攘夷を掲げ筑波山で挙兵した天狗党は、幕府から追討される状況
となり、一橋慶喜をたより西上するも、越前国新保宿で進退窮まり
投降。武田耕雲斎ら300数十名が斬首となりました。
この墓は斬首された場所に建立されたもので、史跡に指定されています。

天狗党の乱で多くの有能な藩士を失った水戸藩は、尊皇攘夷を水戸学の
形でリードしながら新政府において要職を排出する事が出来なくなりました。

武田耕雲斎ら天狗党の墓には過去にも来たことがあり、今回で3回目。
まあそんなに行く場所でも無いですが、たまたま前を通りかかったので、
立ち寄りました。

<武田耕雲斎らの墓>
武田耕雲斉の墓.jpg

武田耕雲斉の墓2.jpg

武田耕雲斉の墓3.jpg
真ん中が武田耕雲斎の墓。武田伊賀守と書いてあります。

<武田耕雲斎像>
武田耕雲斉の像.jpg

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銅像めぐり
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著名人の墓
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真柄直隆の墓参拝 / 興徳寺   (福井県越前市)

福井県越前市にある真柄直隆の墓を参拝してきました。

<興徳寺>
興徳寺.jpg
住所:福井県越前市宮谷町29−20
駐車場あり(無料)

越前市の興徳寺というお寺に朝倉氏の家臣・真柄直隆の墓があります。
信長の野望とかをやってる方なら分かる武将ですが、一般にはあまり
知られていない人物かと思います。

<真柄直隆について>
真柄直隆の墓2.jpg

全長221,5cm、重さ4,5kgもの太郎太刀という武器を振りかざして
戦った豪傑です。太郎太刀は名古屋の熱田神宮所蔵の様です。普段
見れるんでしょうかね??

寺の墓地にある真柄直隆のお墓です。
真柄直隆の墓.jpg
真柄十郎左衛門ってありますね。
真柄直隆は、姉川の戦いで討ち死にしています。朝倉家で一番の剛勇
を誇った武将を偲びました(-_-)

真柄直隆の墓3.jpg
お寺の絵馬です。真柄直隆の図柄。願いがかないそうです(^-^)

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著名人の墓
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2016年08月29日

小丸城址      (福井県越前市)

福井県越前市にある小丸城址に行ってきました。

<小丸城址>
小丸城址.jpg
住所:福井県越前市五分市町
駐車場あり(無料)

<小丸城について>
小丸城址5.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
越前市にある小丸城址に行ってきました。
小丸城って正直よく知らなかったんですが、大河ドラマ『利家とまつ』
を見まして、そこで佐々成政の居城として出てきて小丸城を認識する
事となりました。
現地には、大河ドラマと連動して設置されたと思われる関連地の案内板
がありました。

小丸城址6.jpg

柴田勝家の目付として、佐々成政・前田利家・不破光治の3名が越前に
入り府中三人衆と称されました。その佐々成政が築城したのがこの小丸城
です。

現在は小さい丘の様なところに石垣の一部と思われるものが僅かに残って
います。天守は無かったものと思われますが、館があったであろう場所には
忠魂碑が設置されていました。

小丸城址2.jpg

小丸城址3.jpg

小丸城址4.jpg

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大河ドラマの舞台
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日本の城を巡る
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2016年08月28日

龍門寺城跡      (福井県越前市)

福井県越前市にある龍門寺城跡に行ってきました。

<龍門寺城跡>
龍門寺城4.jpg
住所:福井県越前市本町9−5
駐車場あり(無料)

<龍門寺城について>
龍門寺城2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
越前市にある龍門寺城跡に行ってきました。
現在は龍門寺というお寺になっていますが、ここがかつて城として利用
された龍門寺城跡です。

龍門寺城.jpg

龍門寺城3.jpg

今は城跡という感じもしない場所ですが、賤ヶ岳の戦いに敗れた柴田勝家
を前田利家が一端迎えたのはこの龍門寺城、またその後それを追ってきた
秀吉をこの龍門寺城に迎え、利家は以後秀吉傘下になったという歴史の
大きな舞台となった城でもあります。

そういう歴史の大きさを感じながら龍門寺城跡を見てきました(^-^)

現地への道は難路です。
結構狭い道を曲がって行きます。カーナビに従って行こうとしましたが、
あまりに狭い道だったので躊躇。回り込んで現地に到達しました。
駐車場は寺の北側にあり分かりづらいです。ご注意ください。

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大河ドラマの舞台
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宝円寺       (福井県越前市)

福井県越前市にある宝円寺に行ってきました。

<宝円寺>
宝円寺2.jpg
住所:福井県越前市高瀬1丁目27-4
駐車場あり(無料)
境内自由

<宝円寺について>
宝円寺3.jpg

宝円寺.jpg

宝円寺5.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
福井県越前市にある宝円寺に行ってきました。
紫式部公園から龍門寺城に向かう途中、車で走っていると「利家とまつ」
ゆかりの寺という案内板を発見。
とりあえず寄ってみることにしました。

行ってみると、加賀前田家菩提所とあるじゃないですか。
宝円寺6.jpg

へ〜、こんなところに前田家の菩提所ってあるんだ、全然知らなかった。
前田家の墓所といえば金沢の野田山墓地ですものね。
解説を見ると分かりますが、利家が柴田勝家の目付として越前に赴任し、
府中三人衆と言われた頃、宝円寺住職に深く帰依し、ここを菩提寺に定めた
というものです。

境内には前田利家の父利昌と母の供養塔があります。
宝円寺 前田利家両親の供養塔.jpg

大河ドラマ『利家とまつ』では、父利昌を菅原文太さん、母たつを加賀まりこ
さんが演じておりました。

境内には大河ドラマの時にでも作られたのかな、こんなキャラも(笑)
宝円寺4.jpg

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2016年08月26日

紫式部公園     (福井県越前市)

福井県越前市にある紫式部公園に行ってきました。

<紫式部公園>
紫式部公園2.jpg
住所:福井県越前市東千福20
駐車場あり(無料)

紫式部は996年、越前国司に任じられた父と一緒に越前武生に移り
住みました。そこから約2年間、国府のあったこの地に滞在したという
事です。
そんな紫式部のゆかりの地に、平安時代の国府の館を再現した公園が
整備されました。それが紫式部公園です。

紫式部公園.jpg

紫式部も見たであろう景色を再現したこの公園は、雅な雰囲気を味わえる
とても素晴らしい公園です。

紫式部公園5.jpg

紫式部公園4.jpg

紫式部公園3.jpg

僕は紫式部公園は2回目の訪問です。まだ旅デビューしたばかりの頃、紫式部
公園を訪問してました。
今回残念だったのは、お目当ての紫式部像。

紫式部公園6.jpg
足場がかかって修復中でした(>_<)
せっかく見にきたのに・・・・。

こちらが昔撮った紫式部像です。
紫式部公園7.jpg
35万画素のカラリオフォト(CP100)で撮った写真です。
懐かしい(・o・)

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2015年06月14日

武家屋敷内山家     (福井県大野市)

福井県大野市にある武家屋敷内山家に行ってきました。

<武家屋敷内山家>
武家屋敷内山家.jpg
住所:福井県大野市城町10−7
駐車場(近隣観光用駐車場あり・無料)
平日9時〜16時、日曜祝日9時〜17時

<現地解説>
この建物は幕末期に大野藩家老として活躍した内山七郎右衛門良休やその弟の
良隆を排出した内山家の旧宅です。
母屋は平入りの木造切妻造り桟瓦葺き二階建てで、明治15年頃に建てられた
ものですが、大野城下の武家屋敷の形態を比較的良く残していると言われています。
内山七郎良休は大野藩の藩政改革に尽力し、特に大野屋の開設など経済面で手腕を
発揮しました。
藩主土井利忠・利恒の信任もあつく1860年、家老に任ぜられました。
廃藩後も大野屋を経営し、士族の救済を図るなどしました。
明治14年75歳で亡くなりました。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
福井県大野市、大野城のふもとにある武家屋敷内山家に行ってきました。
武家屋敷なんですが、明治時代に建てられたものという事で、元武家の方の屋敷
ってのが正確なところなんでしょうね。

庭の庭園が綺麗なお屋敷です。

武家屋敷内山家4.jpg

武家屋敷内山家2.jpg

武家屋敷内山家6.jpg
屋根裏収納。

武家屋敷内山家5.jpg

武家屋敷内山家3.jpg

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2015年05月24日

イトヨの里 / 本願清水      (福井県大野市)

福井県大野市にあるイトヨの里に行ってきました。

<イトヨの里>
本願清水.jpg
住所:福井県大野市糸魚町8-44
入館:9:00〜17:00
料金:200円

<現地解説>
織田信長の武将・金森長近が城下町に生活用水を引くために整備したと言われる
本願清水。木本扇状地の伏流水が湧き上がる最大の池です。
この池は日本の中で陸封型イトヨが住む一番南の場所として昭和9年に国の天然
記念物に指定されています。
また本願清水イトヨの里が整備され、イトヨと水の関わりや、環境、歴史などを
学ぶことが出来ます。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
イトヨの里に行ってきました。
本願清水という綺麗な湧き水の湧く池のほとりに整備された施設です。

この本願清水の池には国の天然記念物に指定されるイトヨが生息していますが、
上から見てもあまりよく分かりません。
そこでこの施設に入館します。

本願清水2.jpg

入館するとイトヨに関する説明や大野市の湧き水に関する紹介などがされています。
そして、この本願清水を水の中から見る事が出来る部屋がありました。
ガラス張になっていて、本願清水の中をのぞけるんですね(^-^)
イトヨの泳いでいる姿を見ることが出来ました。

イトヨの里.jpg

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2015年05月20日

剱神社 / 織田氏発祥の地    (福井県越前町)

福井県越前町にある剱神社に行ってきました。

<剱神社>
剱神社.jpg
住所:福井県丹生郡越前町織田113−1
駐車場あり(無料)
境内自由

<現地解説>
神功皇后摂政の頃、第十四代仲哀天皇第二皇子、忍熊王が賊徒討伐の際、
素盞嗚大神の御神助を得て平定されたので、王がその神恩報謝のため織田
の地に社を営み、それまで座ケ岳(当社、北に位置)の峰に祀られていた素
盞嗚大神の御神霊を“劔大明神”と仰ぎ奉られたのが当社のはじまりと、
社記は伝えています。

奈良時代より祈願の霊場として朝廷をはじめ多くの人々から厚い信仰を受け、
現在所蔵する国宝の梵鐘は第四十九代光仁天皇による御奉納といわれています。
中世以降武門の崇敬も厚く、特に織田信長公は氏神の社と崇め、格別の信仰を
もって神領を寄進し神社を保護しました。
江戸時代後期には伏見宮家の祈願所と定められ、拝殿の御寄進をはじめ厚いご
尊崇をうけて今日に至っています。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
越前町織田にある剱神社に行ってきました。
ここ越前町織田は織田信長の祖先の故郷にあたります。
織田氏は織田の荘の荘官として、また越前国二宮剱神社の神官として代々神に仕え
てきました。
室町時代、神官の子に常昌という立派な人物がいて、時の越前守斯波氏にその才能
を見いだされ、家臣として取り立てられました。尾張国に派遣されましたが、
苗字は故郷の地名をとって織田と名乗る様になったそうです。

ゆえにこの地は織田氏発祥の地という事になっています。
剱神社内には「織田家発祥の地」碑があります。

剱神社 織田一族発祥の地.jpg

<本殿>
剱神社2.jpg

<護摩堂>
剱神社 護摩堂.jpg

<摂社・織田神社>
織田神社.jpg

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2015年05月15日

北陸道・杉津PAからの夕陽   (福井県敦賀市)

福井県敦賀市、北陸道杉津PA(下り)で夕陽を見てきました。

<杉津PA下り>
杉津PA 夕陽.jpg
住所:住所:福井県敦賀市杉津(北陸道 杉津PA下り)

敦賀市の夕陽の名所、杉津PA下りの展望台から夕陽を眺めてきました。
敦賀市は立地からも日本海に沈む夕陽が綺麗に見える場所が多いです。
そんな中でも、ここ杉津PA(下り)の展望台は高台から日本海を眺め下ろす
立地で、その夕陽は特に美しいです。

北陸道は新潟方面に向かう道が下りになります。
この杉津PA(下り)は敦賀ICから今庄ICに向かう途中にあります。
最短距離で到着したい場合、敦賀ICから高速に乗って福井・金沢方面
に走ればOKです。

展望台にはこんなものが。
杉津PA 夕陽2.jpg
余計だな〜(^^;

<杉津PAからの夕陽>
杉津PA 夕陽4.jpg

杉津PA 夕陽6.jpg

杉津PA 夕陽5.jpg

間違ってPA(上り)に行くとこの夕陽を見る事は出来ませんのでご注意を。

平成27年GWの旅
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2015年05月13日

城下町大野の町並み      (福井県大野市)

福井県大野市、城下町大野の街を散策してきました。

<越前大野の町並み>
大野の町並み6.jpg
住所:福井県大野市元町他
駐車場あり(越前大野城の麓に無料観光駐車場があります)

大野は越前大野城の城下町として栄え、今も昔ながらの町並みを残すこと
から「越前の小京都」と呼ばれています。
越前大野城の麓からのびる七間通りや寺町など見所も多いです。
大野の歴史は織田信長配下の金森長近が大野城主になり城下町を整備した
事に始まります。
江戸時代には越前松平家、土井家と親藩・譜代の重臣が藩主をつとめ城下
は発展しました。

越前大野城から歩いて七間通りから観光すると当時の面影を感じる事が
出来ます。

<城下町大野の町並み>
大野の町並み4.jpg

大野の町並み5.jpg

大野の町並み2.jpg

大野の町並み.jpg

大野の町並み3.jpg

大野の町並み7.jpg
真ん中のキャラは織田信長かと思いきや、朝倉義景でした(^^;
左前が金森長近らしいです。

日本の古い町並み
http://rover.seesaa.net/article/21960937.html

平成27年GWの旅
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義景清水     (福井県大野市)

福井県大野市にある義景清水(よしかげしょうず)に行ってきました。

<義景清水>
義景清水.jpg
住所:福井県大野市泉町
駐車場なし

<現地解説>
近くに戦国大名の朝倉義景の墓がある事から名付けられた清水です。
現地は義景公園として整備されています。
湧き水の量は減っていましたが、現在もスイカや瓜を冷やす様子が
時折見られます。

またこの清水には環境省が絶滅危惧種の指定をしたイトヨが生息して
います。約100匹が確認されているそうです。
越前大野は湧き水の町。この様な清水(しょうず)が各地に点在して
います。

義景清水2.jpg

日本の名水巡り
http://rover.seesaa.net/article/21971174.html

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2015年05月10日

越前岬の夕陽     (福井県越前町)

福井県越前町、呼鳥門付近で夕陽を見てきました。

<呼鳥門>
呼鳥門.jpg
住所:福井県丹生郡越前町梨子ヶ平
駐車場あり(無料)

福井県越前町の越前岬で夕陽を見ようと思って越前岬に向かいました。
越前岬の突端ではないんですけど、すぐ近くの呼鳥門のところで夕陽を見る事に。
呼鳥門は越前海岸の景勝地。礫岩でできた洞穴で高さ15mあります。

呼鳥門2.jpg
以前はこの中を国道が走り、車でくぐれたんですが、岩の崩落が続いたため、
呼鳥門トンネルが建設され、呼鳥門はくぐれなくなりました。
今も崩落が続いているので、近づけなくなっています。

【昔の呼鳥門】
呼鳥門3.jpg
これは1999年当時、まだくぐれた呼鳥門です。

この日はこの呼鳥門付近で夕陽を見ました。

<越前岬の夕陽・平成27年5月2日撮影>
越前岬の夕陽3.jpg

越前岬の夕陽2.jpg

越前岬の夕陽.jpg
綺麗な夕陽でした(^-^)

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宝慶寺      (福井県大野市)

福井県大野市にある宝慶寺に行ってきました。

<宝慶寺>
宝慶寺1.jpg
住所:福井県大野市宝慶寺1-2
駐車場あり(無料)
境内自由

宝慶寺は今から約700年前、寂円禅師によって開かれた古刹です。
清滝川上流、標高五百メートルの谷ふところにあり、大野市の中心部からは
約12キロの距離になります。
同じ福井県内にある大本山永平寺は曹洞宗の総本山として有名ですが、この
宝慶寺は永平寺に次ぐ日本曹洞宗の第二道場として坐禅体験なども出来る
曹洞宗の大寺院との事です。

永平寺は観光客も多いですが、宝慶寺は静寂につつまれた感じで、雰囲気の
良いお寺でした。

<宝慶寺山門>
宝慶寺2.jpg

<宝慶寺・法堂>
宝慶寺3.jpg

<宝慶寺・義雲杉 大野市指定天然記念物>
宝慶寺 義雲杉.jpg
宝慶寺の二世義雲禅師お手植えの杉。

<宝慶寺・湧き水>
宝慶寺4.jpg

<宝慶寺・織田家墓所>
宝慶寺 織田家の墓.jpg
織田信長の甥にあたる織田信益その嫡男の織田信勝は2代にわたり宝慶寺の
再建に尽力したとの事で、ここにその墓があります。
織田信益の娘は初代福井藩主の結城秀康に嫁いでいます。

<宝慶寺からの風景>
宝慶寺5.jpg
景色も良いです。遠くに見える山にはまだ雪も見えました。

<橋本家住宅・国指定重要文化財>
橋本家住宅.jpg
かつて宝慶寺門前には集落があり、約100戸の家があたそうです。
そのひとつが門前で代々庄屋をつとめた橋本家です。
建築は18世紀前半と推定されています。国指定の重要文化財です。

平成27年GWの旅
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著名人の墓
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2014年10月16日

北国街道 板取宿     (福井県南越前町)

福井県南越前町にある北国街道板取宿を散策してきました。

<北国街道 板取宿>
板取宿.jpg
住所:福井県南条郡南越前町板取
駐車場あり(無料)

<現地解説>
戦国時代まで、越前への陸路は山中峠を超える古道と木ノ芽峠を越える北陸道
だけであった。柴田勝家が北ノ庄に封じられ信長の居城安土に赴く最短路とし
て、1578年栃ノ木峠の大改修を行って以来、人馬の往来は頻繁となり、越前
南端の重要な関門の地として板取宿を置き、宿馬三十頭、人足六十人が常備
された。板取宿は北国街道の玄関口として、あるいは近江・越前・両国を結ぶ
要の宿として発達したのである。
江戸時代には家康の子、結城秀康が入国以来関所を設けて旅人を取り締まった。
後に板取番所として藩士が駐在した。番所の構造は宏荘な門構えの内に間口
三間、奥行き三間半の平屋建ての棟をもうけ、刀、弓矢、火縄銃、具足を
そなえ、役人三人、足軽一人が常駐し、厳重な警戒にあたっていた。
板取には幕末の頃、戸数53戸のうち3軒の問屋をはじめ、7軒の旅籠、
3軒の茶屋のほか継立従事の家が建ち並んで賑わったという。
今も甲造り型や、妻入り型の茅葺の民家が昔のまま保存されている。

板取宿2.jpg

板取宿3.jpg

板取宿4.jpg

板取宿5.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
北国街道板取宿に行ってきました。
国道365号線を滋賀県方面から北上、または国道476号線を敦賀方面から北上
して来ると県境の福井県側に板取宿があります。
国道に案内板が出ており、駐車場があるので、そこに車を停めて歩いてきました。
石畳の街道に茅葺きの昔ながらの建物が数軒残っています。
宿場町だと旅籠など板葺の建物があるイメージでしたが、ここは農家の様な茅葺き
の家が残っており、宿場町なんですけど、少し変わったイメージです。
宿場の最上部に、板取関所跡が残ります。
上の解説にあるように、結城秀康によって設置されたものだそうです。
北国街道と敦賀方面へ分かれる交通の要衝という事で、かつては重要な場所だった
であろう事がうかがい知れます。

平成26年夏旅
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日本の古い町並み
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2014年10月05日

北国街道・新保宿     (福井県敦賀市)

福井県敦賀市にある北国街道新保宿を散策してきました。

<新保宿>
新保宿.jpg
住所:福井県敦賀市新保
駐車場なし

北国街道の難所である木ノ芽峠から数キロ下ったところにある宿場町です。
坂道沿いに建物が数十戸並んでいます。
ここは平安時代から続く古道で、かつては紫式部や松尾芭蕉などが往来した記録も
あるそうです。
新保宿は幕末の歴史のひとつの舞台になっています。
水戸天狗党はその志を京都にいる一橋慶喜を通じて伝えようと西に向かいますが、
ここ新保宿に宿陣の際降伏を決め投降します。
当時の建物は残っていませんが、宿陣地の門が残っています。

<武田耕雲斎宿陣地跡>
新保宿 武田耕雲斉陣屋.jpg

<新保宿>
新保宿3.jpg

新保宿2.jpg

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北国街道・今庄宿      (福井県南越前町)

福井県南越前町にある北国街道今庄宿を散策してきました。

<北国街道/今庄宿>
今庄宿.jpg
住所:福井県南越前町今庄
駐車場あり(無料)

今庄宿は京都と北陸を結ぶ北国街道屈指の宿場町。栃ノ木峠、木ノ芽峠、山中峠
といった難所の峠を目前にする事から北陸の玄関口として知られ、中世から江戸時代
にかけて発展した。1578年北ノ庄城主の柴田勝家が信長の居城である安土城
参勤のため北国街道を整備し、1683年には240戸を超える宿場町として
栄えた。
緩いカーブを描く街道沿いには本陣跡や御札場跡、商家、旅籠などが約1kmに
わたって軒を連ねる。切り妻造りで袖壁や格子を設けた昔ながらの町並みは宿場
町として栄えた当時の名残を色濃くとどめている。

今庄宿 map.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
福井県南越前町の今庄宿を散策してきました。
JR今庄駅のすぐ北側が今庄宿の町並みになります。
大きな峠をひかえた宿場は発展するもので、中山道でも妻籠宿や奈良井宿など
とても大きな宿場が今も残っています。
今庄宿も大きな峠の手前にあり、その事によってこの宿場に宿泊する旅人も多かった
と思われます。

今回初めて今庄宿を散策しましたが、昔ながらの町並みが残りとても風情がありました。
宿場を歩いている時に急な豪雨になったのには参りましたが(^^;

<今庄宿>
今庄宿1.jpg

今庄宿2.jpg

今庄宿4.jpg

今庄宿6.jpg

今庄宿7.jpg

今庄宿5.jpg

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2011年02月16日

常高寺     (福井県小浜市)

福井県小浜市にある常高寺です。

<常高寺>
常高寺(小浜).jpg
住所:福井県小浜市小浜浅間1
電話:0770-53-2327
駐車場あり(無料)
境内自由

常高寺(小浜)2.jpg

常高寺は1630年、若狭国主京極高次の後室栄昌尼が槐堂和尚を
開山として創建した。
栄昌尼は戦国の動乱の悲劇を背負った女人として知られる、お市の方
が遺した三姉妹の中のお初である。
大阪夏の陣では豊臣と徳川の将来を案じて和睦交渉の仲介に活躍した。
1633年8月27日、67歳で没し、常高寺に葬られた。
常高寺の寺名は栄昌尼の法号常高院より名付けられたものである。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
7〜8年前に小浜にある常高寺に行ってきました。
今年はちょうど大河ドラマが「お江」という事で、関連の地なので
記事にしてみました。
常高寺はお江の姉の初が創建した寺で、お初の墓があります。
寺自体は本堂も新しく歴史をあまり感じませんでしたが、お初の墓
を参拝して歴史にふれて帰ってきました。
今年は参拝する人も多いでしょうね。

<お初(常高院)の墓>
常高寺 お初の墓.jpg

大河ドラマの舞台
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著名人の墓
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2010年08月31日

新田義貞公墓所    (福井県坂井市)

福井県坂井市の称念寺というお寺に新田義貞公墓所を参拝に
行っていました。

<称念寺>
新田義貞公墓所.jpg
住所:福井県坂井市丸岡町長崎19-17
境内自由

南北朝の争乱の時代、新田義貞公は南朝方として戦いましたが、1338年に
灯明寺畷の戦いで戦死しました。その遺骸は時宗の僧八人にかつがれて称念寺に
手厚く葬られたことが『太平記』に記録されています。
称念寺は室町将軍家は1458年に安堵状と寺領を寄進し、将軍家の祈願所として栄えました。
1562年には浪人中の明智光秀公が称念寺を訪ね、門前に寺子屋を建て生活しました。
江戸時代には松尾芭蕉が称念寺を訪れ「月さびよ 明智が妻の咄せむ」と詠んでいます。
徳川将軍家は新田氏が先祖にあたるという事で、その菩提所を大切にしました。
しかし明治の版籍奉還により、寺領が没収され、無檀家になり称念寺は無住になりました。
新田義貞公や称念寺の歴史を惜しむ人が力を合わせて大正13年、ようやく再建しました。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
新田義貞公の墓所のある称念寺に行ってきました。
丸岡城から車で数分のところでした。
見学自由、称念寺は誰でも入ることが出来ます。明智光秀や松尾芭蕉の歴史
もあり、由緒あるお寺ですが、今は新田義貞公のお墓がひっそりとあるのみ
という感じです。

新田義貞公墓所2.jpg

新田義貞公墓所3.jpg
重厚な門の内に義貞公の墓がありました。

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2010年08月30日

丸岡城   (福井県坂井市)

福井県坂井市にある丸岡城に行ってきました。

<丸岡城>
丸岡城.jpg
住所:福井県坂井市丸岡町霞町1-59
駐車場あり(無料)
入城料:300円

織田信長の北陸攻略で、柴田勝家は北ノ庄に城を築きます。
柴田勝家は甥の勝豊を豊原に派遣し豊原城を構えますが、翌1576年に
豊原から丸岡に移り丸岡城を築城します。これが現在の丸岡城です。
勝豊以降、安井氏、青山氏、今村氏、本多氏、そして有馬氏と城主が
替わります。
大正〜昭和初期に濠は埋められ、現在は本丸と天守閣が公園となって
いる。丸岡城は現存する天守閣の中でもっとも古い建築で、外観は
上層望楼を形成して通し柱がなく、一層は二層、三層を支える支台
をなし、屋根は二重で内部は三階となっている。

丸岡城 内部.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
丸岡城に行ってきました。
10年ぶりくらいの訪問です。全回来たときは中に入らず、外観だけ
写真を撮って帰りましたが、今回は中に入りました。
16時半くらいに着いてかなりあせりましたが、ギリギリで中を見る
事が出来ました(17時に閉まります)

数少ない現存天守、松本城に入ったときのようにとても重厚な造り
だなと思いました。急な階段で、縄をつたって上るあたりも、いか
にもって感じがします。

丸岡城は昭和23年の福井大震災で倒壊。その後、その部材を使って
修復再建されています。現存天守で最古との事ですが、修復歴ゆえ
国宝に選ばれていないのかな。いずれ国宝に選ばれてもおかしくない
お城かと思います。

<人柱お静の慰霊碑>
人柱お静の慰霊碑.jpg
築城の時、人柱になったお静の慰霊碑です。

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北ノ庄城   (福井県福井市)

福井県福井市の北ノ庄城に行ってきました。

<北ノ庄城>
北の庄城.jpg
住所:福井県福井市中央1-21-17
駐車場なし(近隣コインパーク利用)

織田信長は1575年、一向一揆を壊滅させたあと越前49万石を
柴田勝家に与えた。勝家は足羽川と吉野川の合流点に北ノ庄城を構築した。
1581年、北ノ庄を訪ねてきたルイス・フロイスは本国宛ての書簡の中
に「この城は甚だ立派で、今、大きな工事をしており、予が城内に進み
ながら見て、もっとも喜んだのは、城および他の家の屋根がことごとく
立派な石で葺いてあって、その色により一層城の美観を増したことである」
と報告している。
また、羽柴秀吉が勝家を攻めたときに、その戦況を小早川隆景に報じた
天正11年5月15日の書簡の中では北ノ庄城について「城中に石蔵を高く
築き、天守を九重に上げ候」と記しており、九層の壮大な天守閣であった
事が知られる。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
福井県福井市の北ノ庄城に行ってきました。
以前来たときは発掘最中なのか、工事していましたが、今回行ったところ
綺麗に公園として整備されていました。

北ノ庄城は柴田勝家の居城として有名ですが、落城で炎上。
江戸時代に入り結城秀康は現在の福井城の地に城を移転。
のちに北ノ庄の「北」の文字が縁起が悪いという事で、城の名も福井に
改められました。

現在の北ノ庄城跡は公園になっており、敷地内には無料の資料館があります。
(最近出来たんですかね、前に来たときにはありませんでした)
また、柴田勝家の銅像、お市の方の銅像、慰霊碑、辞世の句碑など勝家、
お市の方を偲ぶものが数々あります。

<柴田勝家像>
北の庄城 柴田勝家像.jpg

<お市の方像>
北の庄城 お市の方像.jpg

<慰霊碑>
北の庄城 お市の方慰霊碑.jpg

<三姉妹神社>
北の庄城 三姉妹神社.jpg
三姉妹神社というのがありました。おそらく茶々、初、江の事かと思います。
ここにも祀られているんですね。

<辞世の句碑・クリックすると拡大します>
北の庄城 辞世の句碑.jpg
お市の方辞世の句
「さらぬだに打ちぬる程も夏の夜の 夢路をさそう郭公かな」
柴田勝家辞世の句
「夏の夜の 夢路はかなき 後の名を 雲井にあげよ 山ほととぎす」

この辞世の句はお市の句に対して、勝家が返す形になっているものです。

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一乗谷朝倉氏遺跡   (福井県福井市)

福井県福井市、一乗谷朝倉氏遺跡に行ってきました。

<一乗谷朝倉氏遺跡>
一乗谷朝倉氏館.jpg
住所:福井県福井市城戸ノ内町
駐車場あり(無料)
入場料:復元町並み(210円)、資料館(100円)

一乗谷朝倉氏遺跡は福井市郊外にある戦国時代の城下町跡です。
400年以上も埋もれていました。
昭和46年に278haが特別史跡に指定されました。城下町は
東の一乗谷城、西の東郷槙山城、北の成願寺城、南の三峰城で
厳重に守られています。
一乗谷川に沿った平地には朝倉氏館、武家屋敷、寺院、職人達
の町屋がならんでいたことが明らかになりました。
朝倉氏館は朝倉義景の屋敷跡で、6400平米の敷地に17棟
の建物が建っていました。

<朝倉氏館>
一乗谷朝倉氏館2.jpg
礎石だけですが、その大きさを感じることが出来ます。

<中の御殿>
一乗谷朝倉氏館 中の御殿.jpg
中の御殿跡です。朝倉義景の母光徳院の屋敷跡と言われています。

<湯殿跡庭園>
一乗谷 湯殿跡庭園.jpg
一乗谷で一番古い孝景の頃の庭園跡です。

<諏訪館跡庭園>
一乗谷朝倉氏館 諏訪館跡.jpg
朝倉義景の妻小少将の館跡です。

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金前寺   (福井県敦賀市)

福井県敦賀市の金前寺に行ってきました。

<金前寺>
金前寺(敦賀).jpg
住所:福井県敦賀市金ケ崎町1‐4
駐車場あり(無料)

<現地解説>
736年聖武天皇の勅により建立された古刹。
811年、弘法大師のご留錫あり、その頃は十二坊を有し壮麗であった。
南北朝の一大血戦の本営となり、足利尊氏の軍に敗れた新田義貞は敗走し
後醍醐天皇の第二皇子尊良親王及び新田義顕は金前寺観音堂にて自害。
1570年には織田信長の天筒山攻めの兵火により堂宇全焼。
1662年観音堂再建。
1689年、松尾芭蕉が訪問し以下の句を残す。
「月いづこ 鐘は沈る うみのそこ」
1945年米軍機の爆撃により堂宇全焼。
1988年に壇信徒の浄財により再建。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
金ヶ崎城の入り口にある金前寺に行ってきました。
現地にある金前寺の解説を読みましたが、とにかく波乱の歴史。
決戦の地になったり、爆撃で燃えたり。。

合戦の歴史が詰まったお寺です。

<弘法大師の碑>
金前寺(敦賀)2.jpg

<芭蕉句碑>
金前寺(敦賀) 芭蕉句碑.jpg

平成22年夏旅
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金ヶ崎城   (福井県敦賀市)

福井県敦賀市の金ヶ崎城に行ってきました。

<金ヶ崎城>
金ヶ崎城.jpg
住所:福井県敦賀市金ヶ崎町44
駐車場あり(無料)
見学自由

金ヶ崎城は『太平記』に「かの城の有様 三方は海によって岸高く 厳なめら
かなり」とあり、この城が天然の要害の地であった事が分かる。
南北朝時代の1336年10月、後醍醐天皇の命を受けた新田義貞が尊良親王・
恒良親王を奉じて金ヶ崎城に入城。約半年間足利勢と戦い、翌年落城。
尊良親王、新田義顕(新田義貞嫡子)以下300余名が亡くなったと伝えられる。
戦国時代、1570年には織田信長が朝倉義景討伐の軍をおこして徳川家康、
木下藤吉郎らが敦賀に進軍、天筒城、金ヶ崎城を落とし越前に攻め入ろうとした
とき、近江浅井氏が朝倉氏に味方するとの報告(お市の方の小豆袋の逸話)、
信長は朝倉・浅井に挟まれ窮地に陥り急遽総退却、この時金ヶ崎城に残り殿軍を勤め
たのが秀吉で、その活躍で無事帰還できたと伝えられる。

金ヶ崎古戦場.jpg

現在は三つの城戸跡などを残し、急峻な斜面は当時の面影をしのばせる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
福井県敦賀市の金ヶ崎城に行ってきました。
ここも前回行ったのが10年以上前という事で、うっすらとしか
イメージに残っていませんでした。
まずは金ヶ崎城にたどり着けず(^^;
カーナビ上はすぐ近くなんですけど、登り口が見つからずウロウロ。
近くにあった観光案内所みたいなところで聞いてやっとで分かりました。
(10年前はカーナビ無しでもたどり着けたんですけど。。。)

金前寺というお寺の前に無料駐車場があり、そこから登る事になります。
途中金崎宮という神社があり南北朝時代にこの地で亡くなった尊良親王・
恒良親王を祀っています。
金崎宮.jpg

金崎宮から金ヶ崎城に入り最上部の月見御殿という所までは歩いて
5分くらいですかね。そんなに遠くありませんがちょっと登ります。
月見御殿は昔から武将たちが月見をしたという場所で、見晴らし良好です。

金ヶ崎城 月見御殿.jpg
見晴らしは良いんですが、目の前にセメント工場(^^;
ちょっと違和感がありました。

金ヶ崎城はぐるっと歩いて30分くらいで観光出来ます。
金ヶ崎城 焼き米出土.jpg
織田・朝倉軍の戦闘の時の焼き米出土なる看板がありました。

駐車場には早くも来年の大河ドラマの宣伝。
お市の方の「小豆袋」の話の地という事で、来年はにぎわうかもしれません。
金ヶ崎城 退き口.jpg

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2010年08月29日

福井城    (福井県福井市)

福井県福井市の福井城に行ってきました。

<福井城>
福井城 堀2.jpg
住所:福井県福井市大手3
駐車場:近隣有料パーキング利用
城内見学自由(無料)

福井藩初代藩主結城秀康は1601年から6年をかけて福井城(北の庄城)を築城し、
本丸には壮大な天守閣が偉容を誇っていた。
1669年4月の大火で焼失、以後財政難等の理由で再建されなかった。
福井藩第3代藩主松平忠昌は「北」の字は不吉であるとして、「北庄」から「福井」に
名前を変えました。
城内には「福井」の由来になった福の井という井戸が残されており、この井戸は有事
の際の抜け道ではないかとも言われています。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
久しぶりに福井城に行ってきました。福井城は福井駅からすぐ近く、大きな
石垣と堀を備えた平城です。

福井城 堀.jpg
正直、この城は日本100名城に入っているのかなと思っていたんですが、
入っていないそうで、日本100名城がどういう基準で選ばれているのか
なと思ってしまいました。

福井城の城郭の中には福井県庁・福井県警本部などり、今でも福井県の
行政の中心という感じになっています。

城内には福井の名前の由来になった福の井。なんでも抜け道になっていると
いう噂も。
福井城 福の井.jpg

昭和に入ってから福井をおそった福井地震で一部石垣が崩れたところがあり、
自然の猛威を感じることが出来ます。
福井城 震災の傷.jpg

こちらは再建された御廊下橋です。
福井城 廊下.jpg

福井城公園には数々の銅像がありますが、それは続きをどうぞ。

平成22年夏旅
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大河ドラマの舞台
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銅像めぐり
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日本の城を巡る
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福井神社   (福井県福井市)

福井県福井市にある福井神社に行ってきました。

<福井神社>
福井神社.jpg
住所:福井県福井市大手3-16-1
駐車場(不明・たぶん無いと思います)
境内自由

福井神社は昭和18年の創建。日本中で最後の別格官幣社に指定された神社でもあります。
祭神は幕末の福井藩主松平慶永(春嶽)。松平春嶽は幕末期の有力な藩主として幕政にも関与。
幕末の三賢公の一人にも数えられています。
福井神社は創建早々の昭和20年に第二次大戦の戦火で焼失。
その後コンクリート造りで再建されました。
摂社には幕末に活躍した福井藩士、中根雪江・鈴木主税・橋本左内が祀られています。
福井 恒道神社.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
松平春嶽が祀られているという福井神社に行ってきました。
以前福井城は行ったことがありましたが、すぐ近くにある福井神社はスルー
してました(^^;

福井神社に松平春嶽公の銅像があるというので、見てみたいなと思って
行ってみました。

<松平春嶽公像>
福井神社 松平春嶽像.jpg
凛々しいですね。実際写真も残っているので、銅像も造りやすいんでしょう。
幕末もののドラマとかには必ず出てくる重要人物。今年の大河ドラマ『龍馬伝』でも
登場しています。

平成22年夏旅
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大河ドラマの舞台
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銅像めぐり
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2010年08月28日

永賞寺     (福井県敦賀市)

福井県敦賀市の永賞寺に行ってきました。

<永賞寺>
永賞寺.jpg
住所:福井県敦賀市栄新町11-20
駐車場あり(無料)
境内自由

永賞寺 敦賀2.jpg

福井県敦賀市にある永賞寺に行ってきました。
このお寺に行った理由は、ここに敦賀城主大谷吉継の供養塔があるためです。

こちらの石塔が大谷吉継の供養塔です。
永賞寺 大谷吉継供養塔.jpg

大谷吉継は1559年大分県の生まれ(異説あり)、石田三成の紹介で羽柴秀吉とむすばれ、
九州の遠征で軍功をたて敦賀城主に登用された。
城下の整備と港湾の構築・拡充に功績がある。
大谷吉継は病気がちのために信仰心が厚く神社仏閣に多くの寄進をした。
東郷中区にあった天台宗のお寺をここに移し、回船問屋豪商・道川家を開基として
再興、武山栄文禅師を招いて曹洞宗永賞寺とし、菩提寺として優遇した。
関ヶ原の戦いに敗れ42才で自刃。この塔は慰霊のため1609年に建てられた
ものと伝えられる。


平成22年夏旅
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大河ドラマの舞台
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著名人の墓
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2010年08月21日

一乗の滝    (福井県福井市)

福井県福井市にある一乗の滝に行ってきました。

<一乗の滝>
一乗の滝.jpg
住所:福井県福井市浄教寺町
駐車場あり(無料)

<現地解説>
一乗谷の一番奥まったところ、一乗山(標高740m)の山懐にある木々
に囲まれた流水の滝を一乗滝という。落差は12m。
養老元年、奈良朝、元正天皇の時代に越の大徳泰澄大師が開いたとされ、
不動明王を祀り、白滝神社を一乗滝の上方に建てたところとして知られ
ている。
また、剣豪佐々木小次郎は修行場とし、心技の秘術「燕返し」をあみだした
ところと伝えられ、一方怪力の力士北国兵太夫がそこ怪力を授かったとこ
ろと伝えられている。

小白山一乗山より霊水が深樹の間を白布のごとく落下する一乗滝の壮観は、
永遠にその名をとどめおかれる名瀑である。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
僕が最初に一乗滝に行ったのは1997年5月5日でした。
<1997年5月5日撮影>
一乗の滝 1997.jpg

その後、5年くらい前に行こうと思ったら道路工事中で入れず、結局今回
の訪問は13年ぶりの訪問になりました。

佐々木小次郎が秘剣ツバメ返しを体得したという伝説のある一乗の滝、
その入り口付近には佐々木小次郎の銅像がありました。
一乗の滝 佐々木小次郎.jpg

13年ぶりの訪問でも、滝の姿はよく覚えていました。とても懐かしい!
夏休み中という事もあり、子供連れの家族も多く、滝の下の沢で水浴び
など楽しんでいました。
ここだけは、涼しくて、猛暑とは別世界って感じでした(^-^)

<動画もどうぞ>


日本の滝巡り
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2009年07月15日

五太子の滝    (福井県福井市)

福井県福井市の五太子の滝です。

<五太子の滝>
五太子の滝.jpg
住所:福井県福井市大丹生町五太子
駐車場あり(無料)

越前海岸から福井市街方面に数キロ入ったところにある滝です。
平成15年5月29日早朝に訪問しました。

落差は約15メートル。直瀑です。
入り口には駐車場があり、そこから遊歩道を数分歩くと五太子の
滝に着きます。
ライトがあるあたり、何かの機会にはライトアップもあるのかもし
れません。
このあたりに行くと、どうしても越前海岸の海に目が行ってしま
いますが、滝も良いですね!

日本の滝巡り
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五太子の滝

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2008年07月30日

熊川宿    (福井県若狭町 観光名所)

福井県若狭町にある熊川宿です。

<熊川宿>
熊川宿
住所:福井県三方上中郡若狭町熊川
駐車場あり(無料)

熊川宿はかつて、若狭と京都・大阪を結んだ「鯖街道」の宿場町
です。若狭でとれたサバを京都に運んだ事からこの名前がついた
と言われています。
現在、熊川宿には400メートルにわたって当時の町並みが残って
います。

ここを訪問したのは、おそらく5〜6年前。
暑い中、熊川宿を散策した記憶があります。
名物に「さば寿司」があります。鯖街道の名前の通り、鯖が名物。
是非食べてみてはいかがでしょう。
個人的には、鯖寿司より、焼き鯖寿司の方が好きです。

<熊川宿の風景>
熊川宿

熊川宿

熊川宿

熊川宿

日本の古い町並み
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2008年06月05日

道の駅河野からの風景   (福井県南越前町)

道の駅河野からの風景をご紹介します。

<道の駅河野>
道の駅河野
住所:福井県南条郡南越前町大谷

国道8号線、敦賀から少し北に行ったところに道の駅河野があります。
この辺をドライブしていて、まあちょうど良い休憩場所という事も
ありますが、僕はここの景色が好きでよく立ち寄ります。

道の駅河野は敦賀湾を一望出来る素晴らしい場所です。
南の方は敦賀の町まで見渡すことが出来ます。

<道の駅河野からの風景>
道の駅河野

道の駅河野

道の駅河野

何度来ても良いところです!

道の駅河野

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