2017年07月23日

ハニベ巌窟院      (石川県小松市)

小松市にあるハニベ巌窟院に行ってきました。

<ハニベ巌窟院>
ハニベ巌窟院1.jpg
住所:石川県小松市立明寺町イ1
駐車場あり(無料)
入場料:800円

<公式解説>
ハニベとは 昔 埴輪を作る 土で彫刻を作る人の事を言い 現在の
彫塑家の事を言います。
巌窟は 洞窟を意味し 院は寺と言う事で つまり彫塑家のつくった
洞窟の寺と言う事です。

という解説がありました。洞窟の中の寺、どんな感じでしょうか。
突撃です(^-^)

まず入り口の巨大な仏頭に威圧されます。でかいです。
ハニベ巌窟院2.jpg
なんなんでしょう(^^;
ひるまず進みます。
ハニベ巌窟院3.jpg
あやしげな像が。

ハニベ巌窟院4.jpg
更に進みます。

ハニベ巌窟院5.jpg
象だ!

ハニベ巌窟院7.jpg
ライオンだ!

ハニベ巌窟院6.jpg
西田幾多郎だ!?

もう何なのかよく分かりません(^^;

ハニベ巌窟院8.jpg
さあ、ここから洞窟に入ります。ここからが本番です(笑)

続きをご覧ください。


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今江城址     (石川県小松市)

石川県小松市にある今江城址に行ってきました。

<今江城址>
今江城址3.jpg
住所:石川県小松市今江町6
駐車場なし

<今江城について>
今江城址4.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
今江城址に行ってきました。
富樫高家によって築城された城ですが、後に一向一揆に占拠されます。
織田軍の柴田勝家によって攻略され、佐久間盛政が入城。
しかし、本能寺の変後再度一向一揆が占拠。
その後秀吉の攻撃によって再度落城します。
関ヶ原の戦いにおいては、前田の先鋒部隊がこの城に入城しました。

小さな城ですが、戦国期の戦いの舞台として数々の戦いが行われたお城
の様です。

現在は今江小学校脇の丘に碑がたっている位で、城跡を思わせる物は
特に残っていませんでした。

今江城址.jpg

今江城址2.jpg

一番上の「今江城址」の碑は岸信介首相の筆によるものです。

平成29年GWの旅
http://rover.seesaa.net/article/449677065.html

日本の城を巡る
http://rover.seesaa.net/article/21222307.html

[ここに地図が表示されます]

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2011年07月07日

手取川古戦場    (石川県白山市)

石川県白山市にある手取川古戦場に行ってきました。

<手取川古戦場>
手取川古戦場の碑.jpg
住所:石川県白山市湊町ヨ146
駐車場あり

1577年9月23日、上杉謙信と織田軍の戦いがこの手取川
一帯で行われた。
9月15日、上杉謙信は七尾城を攻略したが、織田軍総勢5万
が加賀手取川を越えたという情報を受け9月18日、馬を走らせ
南下した。
柴田勝家を総大将に前田利家、滝川一益らの勇将が謙信を待ち受けて
いたが、折しも七尾城落城の悲報が伝わると織田軍は浮き足立ち、
士気が低下したため、不利を悟った織田軍は9月23日夜陰に乗じて
退却を始めた。
ところが運悪く手取川の増水で逃げ場を失い、織田軍は千人余が
討ち取られ川に流された者、その数を知らずと言われたほど大打撃
を受けて退散した。
このとき謙信は「信長と雌雄を決する覚悟で臨んだが案外弱く、この
分なら天下を統一することは簡単だ」と言っている。
手取川での両軍の激突の様子を後世の人は
「上杉に逢うては織田も名取川(手取川) はねる謙信逃ぐるとぶ長(信長)」
という狂歌に詠んでいる。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
手取川古戦場に行ってきました。
上杉謙信と織田軍の唯一の大合戦。どこかに石碑でもあるのかなと
思って探したところありました。
白山市、手取川の河口近くに呉竹文庫という施設があり、そこの
駐車場に手取川古戦場の碑があtりました。

今の手取川の風景はこんな感じです。
手取川古戦場2.jpg

手取川古戦場1.jpg
河口付近のため、河川敷も広く大きな川という感じ。
長閑な雰囲気でした。

平成23年GWの旅
http://rover.seesaa.net/article/199314988.html

古戦場めぐり
http://rover.seesaa.net/article/159539121.html


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2011年06月20日

世界一長いベンチ   (石川県志賀町)

石川県志賀町にある世界一長いベンチに行ってきました。

<世界一長いベンチ>
世界一長いベンチ.jpg
住所:石川県羽咋郡志賀町富来領家町
駐車場あり

能登半島の国道を走っていると、「世界一長いベンチ」なる表示を発見。
なんだろうと思って立ち寄りました。

なんでも長さ460.9メートル、組み立てには800人が動員された
そうです。
ギネスにも登録されていて、1346人が同時に座ったという記録
が残っているそうです。

世界一長いベンチ2.jpg

世界一長いベンチ3.jpg

僕が行ったときには、座っている人もなく、寂しい状況。
話題作りに造られたのでしょうけど、こうなると寂しいもので。
ここから見る夕陽は綺麗との事。もっと観光客に来てもらって座って
もらわないとダメそうですね。

B級観光スポット・珍スポット
http://rover.seesaa.net/article/106120393.html

平成23年GWの旅
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2011年06月10日

弁慶謝罪の地   (石川県能美市)

石川県能美市(旧根上町)にある弁慶謝罪の地に行ってきました。

<弁慶謝罪の地>
弁慶謝罪の地.jpg
住所:石川県能美市道林町へ106
駐車場あり(無料)

石川県能美市にある弁慶謝罪の地です。

1187年2月10日、源義経は安宅の関所を弁慶と富樫の勧進帳
の問答により無事通過することが出来た。
そのあと、当道林寺で弁慶は「主を金剛杖で打った罪」を心から
謝罪しました。
義経は「機知の働きは天の加護」とその忠誠心を厚くねぎらった
という事です。

現在、その道林寺は残っていませんが、跡地に弁慶謝罪の地の石碑
及び、その銅像が造られていました。

<弁慶謝罪の像>
弁慶謝罪の地2.jpg
以前、安宅の関には行きましたが、こんな場所もあったのには
びっくり。歴史マニアとしては、こちらの方がぐっとくるもの
がありました(笑)

平成23年GWの旅
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大河ドラマの舞台
http://rover.seesaa.net/article/112515106.html

銅像めぐり
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2011年05月29日

義経の舟隠し    (石川県志賀町)

石川県志賀町にある義経の舟隠しに行ってきました。

<義経の舟隠し>
義経の舟隠し 石川県.jpg
住所:石川県羽咋郡志賀町前浜
駐車場あり(無料)

義経の舟隠しは文治2年、兄頼朝の厳しい追手から逃れる義経と
弁慶が奥州へ下る途中に折からの海難を避けるため、入り江に48
隻の舟を隠したと伝えられる岩場です。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
義経伝説の残る断崖絶壁です。
松本清張の小説『ゼロの焦点』の舞台になったヤセの断崖から
歩いて数分の所にあります。

長く窪んだ岩場になっており、ここに舟を隠した事になっています。
が、実際波が激しく、ここに隠したら舟が沈んでしまうのでは??
なんて思ってしまいました(^^;

義経の舟隠し 大.jpg
クリックすると拡大します。

平成23年GWの旅
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大河ドラマの舞台
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2011年05月27日

七尾城     (石川県七尾市)

石川県七尾市にある七尾城に行ってきました。

<七尾城>
七尾城趾.jpg
住所:石川県七尾市古城町
駐車場あり(無料)

七尾城は室町幕府三管領のひとつ、畠山氏から分かれた能登畠山氏
の居城である。
石動山山系の北端に位置し、標高約300メートルの尾根に長屋敷、
本丸・西の丸・二の丸・三の丸など曲輪を配置、この尾根から枝分かれ
する幾筋もの尾根にも大小無数の砦を配置している。
それ故に、七尾という地名は七つの尾根に由来すると言う。
築城年代は明かではないが、戦国期に入ってから逐次拡張・増強
されたとみられる。永正・天文の時代は最も政治的に安定し、文化が
栄えた。1526年、当代一流の歌人冷泉為広・為和親子が七尾城
に来訪し、1544年の記録では、城山山麓に城下町「千門万戸」
が一里あまりも連なったと見える。
1577年、越後の上杉謙信の攻略にあって落城、能登畠山氏は滅亡
した。本丸から三の丸にかけての一帯は、地形を巧みに利用した規模
雄大な縄張りと、石垣・土塁・空堀・それらを備えた曲輪の保存状態
が良いというので、昭和9年に国指定の史跡となった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
七尾城に行ってきました。
10年ぶりくらいの訪問で、すっかり記憶もふっとび、初めての
訪問みたいな感じでした。
標高300メートルの山城で、山頂付近まで車で登っていけます。
駐車場に車を停め、そこから本丸までは歩いて10分ほどです。

途中、石垣が残り、かつての壮大な城の面影を残しています。
七尾城趾2.jpg

七尾城趾3.jpg

七尾城趾4.jpg

本丸からは七尾湾を望み、景色は良好。上杉謙信も七尾を落とした時、
この景色を堪能した事でしょう。
七尾城より.jpg

城は広く、本丸から三の丸まで歩いて巡ろうとすると、40分くらい
時間がかかります。
また、百名城スタンプは麓の資料館にありますのでご注意ください。

平成23年GWの旅
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日本の城を巡る
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2009年03月18日

主計町茶屋街   (石川県金沢市)

石川県金沢市の主計町茶屋街に行ってきました。

<主計町茶屋街>
主計町茶屋街
住所:石川県金沢市主計町
駐車場(近隣有料駐車場利用)

<現地解説>
藩政時代、金沢城下に入る浅野川大橋の畔のこの界隈は、人や物資
が行き交う大変繁華な場所であった。
明治も中程になると「ひがし」「にし」と並ぶ茶屋街として大いに
賑わったとされ、その頃の様子は、隣町の下新町に生まれ育った
泉鏡花の作品によく描かれるところとなった。
通りに面して一階を揃いの出格子とし、背の高い二階には吹き放し
縁側と座敷を備える姿は茶屋建築の特徴を良く残すとともに、その
多くは明治後期以降に三階建てとされた珍しい姿を見せている。
今も夕暮れ時には軒を連ねる茶屋の明かりが川面を照らし、
どこからともなく笛や三弦の音が聞こえる風情のある茶屋街である。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
主計町茶屋街は、「かずえまちちゃやがい」と読み、加賀藩士
富田主計の屋敷があった事から名付けられた名前だそうです。

川沿いに並ぶ町並みは、「ひがし茶屋街」とはひと味違った風情を
感じます。
夕暮れが良いと解説にも書いてありますが、確かにそんな感じがしま
す。今回は見ることが出来ませんでしたが、綺麗な夕暮れと主計町の
町並み、是非見てみたいです。

主計町茶屋街

主計町茶屋街

主計町茶屋街

平成19年GWの旅
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日本の古い町並み
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2009年03月17日

総持寺祖院   (石川県輪島市)

石川県輪島市の総持寺祖院に行ってきました。

<総持寺祖院>
総持寺祖院
住所:石川県輪島市門前町門前1-18番甲地
駐車場あり(無料)
拝観:8:00〜17:00
拝観料:400円

総持寺祖院は、1321年瑩山禅師が創建した曹洞宗の大本山。
明治時代に火災に遭い、その後大本山の機能が横浜市の鶴見区に
移り、旧総持寺は総持寺祖院と呼ばれる様になった。
その後、建物は再建され、その大きな山門はこのお寺の存在感を
あらわしている。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
石川県輪島市の総持寺祖院に行ってきました。
今回で2回目の訪問です。

総持寺は横浜の鶴見にもあるんですが、ここが移転先で、元々は
石川県の輪島市にありました。
明治期の火災で、横浜に移転。
移転はしていますが、元の場所にも巨大な山門やお堂など、とても
威厳のある建造物が数多く並んでいます。
建物の感じが、明治期の再建とは思えない様な感じで、歴史を
知って驚いた覚えがあります。

総持寺祖院

総持寺祖院

この時は、平成19年3月に起こった能登半島地震の影響で、総持寺
祖院の建物にも被害が及んでいました。
総持寺祖院 地震の影響

総持寺祖院 地震の影響

あれから2年、地震からの復旧はなったのか、気になるところです。

平成19年GWの旅
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大本山總持寺祖院

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2009年03月16日

ヤセの断崖    (石川県志賀町)

石川県志賀町にあるヤセの断崖に行ってきました。

<ヤセの断崖>
ヤセの断崖
住所:石川県羽咋郡志賀町笹波地内
駐車場あり(無料)

高さが35メートルあるヤセの断崖から見る景色は迫力満点。
昔、その土地がやせていたとか、断崖から景色を見下ろすとやせる
思いがする、という事から名付けられたと言われています。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
石川県志賀町のヤセの断崖に行ってきました。
ここに行くのは今回で2回目です。
昔、松本清張の小説『ゼロの焦点』を読んで、この断崖が舞台として
出てきたため、行ってみたいと思い訪問しました。
『ゼロの焦点』では、ヒロインがこの断崖から飛び降りるという話
でした。

確かにすごい断崖。荒々しい断崖で、とても迫力があります。
荒波が打ち寄せる風景はとても良いです。
断崖の反対側は、広々とした能登半島の風景。

ヤセの断崖
こちらの風景もまた良いですね。

こちらはヤセの断崖にある松本清張の歌碑です。
松本清張句碑
「雲たれて ひとりたけれる荒波を かなしと思へり能登の初旅」
この断崖から身を投げた女性の冥福を祈り詠んだ詩だそうです。

<クリックすると拡大します>
ヤセの断崖 大

平成19年GWの旅
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2009年03月14日

平時忠の墓   (石川県珠洲市)

石川県珠洲市にある平時忠の墓に行ってきました。

<平時忠の墓>
平時忠の墓
住所:珠洲市大谷町則貞
駐車場あり

平時忠の墓

この石塔群は、平時忠一族の墓と伝承され、もっとも背の高い
五輪の塔が時忠の墓とされる。
時忠は代々朝廷に仕えた公家で、智略家として知られた。
姉の時子は平清盛の妻、妹滋子は後白河天皇の女御となり憲仁親王
(のちの高倉天皇)を生んだことから権勢をふるい、正二位権大納言
にまで昇った。また源義経は娘婿でもあった。

1185年、壇ノ浦の合戦で捕縛され、能登の国配流となる。
『吾妻鏡』によれば、1189年に没し、源頼朝もその死を
惜しんだという。

この墓は室町時代後半に整備されたものとみられる。

平成19年GWの旅
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著名人の墓
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平時忠の墓

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2009年03月13日

白米の千枚田    (石川県輪島市)

石川県輪島市にある白米の千枚田を見てきました。

<白米の千枚田>
白米の千枚田
住所:石川県輪島市白米町
駐車場あり(無料)

水田は実際には1004枚ものミニ水田からなっている。
田の枚数が多いので千枚田と称するが、「狭い田」なので千枚田
だという説もある。
最も小さい水田は0.2平米、現在13戸の農家が幾多の苦労を重ね
ながら耕作を続けている。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
石川県輪島市の白米の千枚田です。
千枚田は日本各地にあり、観光地として整備されているところも
多くあります。
傾斜地に小さな田んぼが連なる風景は、いかにも狭い土地を有効
活用した日本農業の偉大さを感じさせてくれます。

この白米の千枚田は観光地として、駐車場やお土産屋さんなども
ある千枚田観光の代表的な場所です。

白米の千枚田

田んぼのすぐ下が海で、とても美しい千枚田です。
道の駅になっているので、休憩がてら立ち寄ってみると良いでしょう。

平成19年GWの旅
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2009年03月12日

大谷川鯉のぼりフェスティバル  (石川県珠洲市)

石川県珠洲市で、大谷川鯉のぼりフェスティバルを見てきました。

<大谷川鯉のぼりフェスティバル>
大谷川鯉のぼりフェスティバル.jpg
住所:石川県珠洲市大谷町
駐車場あり(ありですが、混みます)

平成19年5月4日、石川県珠洲市の大谷川河口付近で開催中の
大谷川鯉のぼりフェスティバルを見てきました。
おそらく毎年開催なんだと思いますが、5月3・4日に開催との事
でした。

大谷川河口付近に約450本の鯉のぼりがはためいていました。
この日は風が強くて、まさに鯉のぼり日和。
非常に元気そうな鯉のぼりが非常に良かったです(^-^)

大谷川鯉のぼりフェスティバル1.jpg

大谷川鯉のぼりフェスティバル2.jpg

大谷川鯉のぼりフェスティバル3.jpg

平成19年GWの旅
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大谷川鯉のぼりフェスティバル

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2009年03月11日

椿の展望台   (石川県珠洲市)

石川県珠洲市の椿の展望台に行ってきました。

<椿の展望台>
椿の展望台
住所:石川県珠洲市折戸町木ノ浦
駐車場あり(無料)

石川県珠洲市の椿の展望台に行ってきました。
能登半島最北端、禄剛崎からほど近い所にある展望台です。

この展望台からは、能登半島の荒々しい海岸線と日本海を眺める
事が出来ます。

景色で言えば、禄剛崎よりこちらの方が良い景色です。
雄大な日本海、良いですね(^-^)
夕陽とかながめたら最高に良い場所かな〜と思います。

平成19年GWの旅
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椿の展望台

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禄剛崎    (石川県珠洲市)

石川県珠洲市の禄剛崎に行ってきました。

<禄剛崎>
禄剛崎灯台
住所:石川県珠洲市狼煙町
駐車場あり(有料)

この岬は能登半島の最北端で秋晴れの日には佐渡を望むことが出来
ます。
灯台下の集落を狼煙と言い、昔、北海警備の為に山伏山に狼煙台を
設け、狼煙をあげたことからこの地名がついたと言われています。

禄剛崎には灯台があります。この灯台は1883年点灯。
今も建設当時の明治の面影を残しながら、禄剛崎沖を運行する船舶
の道しるべとして重要な役目をはたしています。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
能登半島最北端の禄剛崎に行ってきました。
狼煙の集落から丘の上に登ったところに禄剛崎灯台があります。
この灯台は、日本で唯一菊の紋章の入った灯台という事で、ちと
変わった灯台だそうです。

禄剛崎から眺める海は、綺麗で爽やかな感じです。
禄剛崎
この日は佐渡は見えませんでしたが、空気が澄んでいる日には佐渡
まで見ることが出来るという事です。

禄剛崎
ここからは釜山やウラジオストクまで800キロ未満。
そんな標識がたっていました。

禄剛崎

禄剛崎灯台前は、こんな感じで緑の広場。サッカーでもしたくなり
ますね(笑)

平成19年GWの旅
http://rover.seesaa.net/article/40884949.html

岬・灯台巡り
http://rover.seesaa.net/article/107423997.html

禄剛埼灯台

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2009年03月09日

ゴジラ岩   (石川県珠洲市)

石川県珠洲市でゴジラ岩を見てきました。

<ゴジラ岩>
ゴジラ岩
住所:石川県珠洲市馬緤町
駐車場あり

石川県珠洲市で奇岩「ゴジラ岩」を見ました。
道路を走っていると、上の様な看板。
奥能登の奇岩ですか、どんなのでしょう・・・。

ゴジラ岩
これがゴジラ岩。
ううむ、確かにゴジラが歩いている様にも見えますね。
言われればという感じですが(^^;

平成19年GWの旅
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さかさ杉   (石川県珠洲市)

石川県珠洲市にある「さかさ杉」を見てきました。

<さかさ杉>
さかさ杉
住所:石川県珠洲市上戸町寺社
駐車場あり(無料)

さかさ杉は樹齢約850年と推定され、幹周り6.74メートル、
高さ12メートル樹高に比べて枝の広がりがあり、それは30メー
トルにも及ぶ。
すべての枝が下方に垂れ、地面につくものもある。
こうした樹形はまことに珍しく見事であり、この名の由来がある
と思われる。(石川県指定天然記念物)

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
車で走っていると、「さかさ杉」なるものをカーナビで発見して
立ち寄ってみました。
遠くからでもすぐに分かる大きな杉の木。
枝も不思議な感じに垂れていて、印象深い木です。

さかさ杉

自然の不思議というのか、木も変わったものが出来るものですね。
この木は一見の価値ありかと思います。

平成19年GWの旅
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倒さスギ

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恋路海岸    (石川県能登町)

石川県能登町の恋路海岸に行ってきました。

<恋路海岸>
恋路海岸
住所:石川県鳳珠郡能登町恋路
駐車場あり(無料)

約700年の昔、木郎の里の助三郎と、多田の里の鍋乃は、人目
をしのんでこの浜で逢瀬を重ねていた。暗い夜、鍋乃のともす灯は
助三郎の唯一の目標であり、愛する二人を結ぶ希望の灯でもあった。
鍋乃に想いをよせるもう一人の男源次は二人の仲をねたみ、灯を
崖のはずれに移してだまし、助三郎は深い海から帰らぬ人となり、
鍋乃も源次の求愛を退け、海に身をなげ助三郎の後を追った。
この悲しい恋の物語を秘めた浜は、いつの頃から「恋路」と呼ばれ
る様になったと伝えられる。

助三郎と鍋乃の像
恋路物語

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
平成19年5月4日、石川県の恋路海岸に行ってみました。
前日和倉温泉に泊まっていて、そこから禄剛崎を目指す途中にある
海岸です。

恋路海岸

非常に穏やかな海岸で、朝早かったせいもあり、ひっそりとしていま
した。悲しい恋の物語のある海岸で、普段はカップルで賑わっている
という話です。
奇岩などあり、不思議な感じの海岸でした。

恋路海岸

恋路海岸

恋路海岸

平成19年GWの旅
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2007年07月29日

ひがし茶屋街  (石川県金沢市 古い町並み)

石川県金沢市のひがし茶屋街に行ってきました。

<ひがし茶屋街>
ひがし茶屋街
住所:石川県金沢市東山1丁目
駐車場あり(有料)

<ひがし茶屋街について>
藩政時代、金沢城下への入り口にあたる北国街道の浅野川、犀川両
大橋界隈には、お茶屋が建ち並んでいた。
文政三年(1820)になり正式に加賀藩の許しをえて、この
「ひがし」の茶屋街が犀川外の「にし」と共に開かれ、以来城下
随一のいんぎわいを見せた。
通りに面して一回を揃いの出格子、座敷を備える背の高い二階を
吹きっぱなしの縁側とする姿のお茶屋が並ぶ町並みは、藩政末期
以来の茶屋街の特徴をよく残している。
今も夕暮れ時には芸妓衆が行き交い、どこからともなく笛や三弦
の音が聞こえる風情あふれる茶屋町である。

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金沢の名観光スポット「ひがし茶屋街」に行ってきました。
「ひがし茶屋街」は古都金沢の風情をもっともよく残している場所
だと思います。
僕が「ひがし茶屋街」に行くのは今回が2回目。5年ぶりくらいで
しょうか久しぶりに散策してきました。

古い町並み好きの私にとって、ここ「ひがし茶屋街」は非常に心
やすらぐ街です。
京都の祇園新橋を思わせるような感じもします。
重要文化財にも指定された建物もあり、歴史的にも価値の高いところ
です。
ここは何度でも行きたい場所ですね。

平成19年GWの旅
http://rover.seesaa.net/article/40884949.html

日本の古い町並み
http://rover.seesaa.net/article/21960937.html

ひがし茶屋街
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posted by 南行 at 23:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 石川県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月05日

安宅の関   (石川県小松市 源平関連 観光名所)

平成17年夏旅、最後の観光地安宅の関です。

<安宅の関>
安宅の関
住所:石川県小松市安宅町ヨ132
駐車場あり(無料)

守護富樫氏により設けたと言われる関所。
奥州へ逃れる途中の源義経主従がこの関を通過する折の話は、歌舞伎の
「勧進帳」でも有名です。
この安宅の関に行くのは今回で3回目。過去2回はそうとう前だったので
久しぶりに行ってみようかなと思って行ってみました。
安宅の関にある神社では、神社の方による安宅の関の解説、義経主従の
安宅の関でのお話などを聞くことが出来ます。

神社では、お守りをすすめられます。
突破するのが難しいこの「安宅の関」を突破出来た義経主従にちなんでの
お守りで、難関校突破などの御利益があるそうです。
私は特に試験なども控えておりませんので購入はしませんでした。

安宅の関には勧進帳を読み上げる弁慶像などあり、歴史を感じることが出来るスポットです。

平成17年夏旅
http://rover.seesaa.net/article/19481587.html

安宅の関(源平関連)

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posted by 南行 at 21:19| Comment(2) | TrackBack(1) | 石川県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

那谷寺   (石川県小松市 奥の細道 観光名所)

平成17年夏旅8月12日(最終日)は最初に小松市の那谷寺に行きました。

<那谷寺・なたでら>
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住所:石川県小松市那谷町ユ122
料金 拝観500円(庭園・書院拝観込みで700円)
拝観時間:8時30分〜16時45分

<由緒・寺の看板より>
那谷寺は泰澄神融禅師により717年に開創された神仏ともに祀る寺院で
十一面千手観音、白山比鷽澄⊆�然奇岩遊仙境を本尊とします。
那谷寺とは、花山法王の改名によるものです。
花山法皇は「私が求めている観音霊場三十三カ所はすべてこの山にある」と言われ、西国三十三カ所の第1番那智山青岸渡寺の「那」と、第33番
谷汲山華厳寺の「谷」をとって「那谷寺」と改め、自ら中興の祖となられました。
花山院はこの寺に晩年しばし住して観音浄土補陀落山の如き庭園として
境内を整備しました。中世兵乱により境内の堂宇はことごとく焼失、
ほとんどの建物は1640年、加賀藩主前田利常の寄進によるものであって、七棟の国指定重要文化財建造物と、名勝指定園があります。

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松尾芭蕉が「石山の石より白し秋の風」という句を残した事で知られる
那谷寺。西国三十三ヶ所すべての御利益がこの寺にあるという名刹とい
う事で、今回初めて立ち寄ってみました。
朝8時半から拝観出来るという事で、朝一で参拝しました。
まだ朝はやいという事もあり、観光客もまばら。まばらではありますが、
8時台からそこそこ観光客が来ているところはすごいなと思いました。
境内は独特の雰囲気があります。
普通寺院っていうと、やれ仁王門だ、本堂がどうだっていうところに目
が行くところですが、この那谷寺は境内全体の雰囲気に目を奪われます。
奇岩を背景に、庭園風に造られた境内をぐるっとまわると、寺に参拝に
きたというより、庭園を見に来た様な気になります。
花山院や松尾芭蕉のゆかりの残るこの那谷寺は小松近辺では必見のスポッ
トかと思います。

平成17年夏旅
http://rover.seesaa.net/article/19481587.html

那谷寺(奥の細道ゆかりの地)

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posted by 南行 at 19:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 石川県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする