2007年10月10日

細島灯台     (宮崎県日向市 観光名所)

宮崎県日向市の細島灯台に行ってきました。

<細島灯台>
細島灯台


<細島灯台について>
灯台のある細島は日向市東部にある陸繋島で天然の良港を形成して
おり、古くは宋・明との貿易寄港地として栄えた。
明治末開運の発達に伴い、細島港の整備が進んだので、宮崎県が
灯台を建設、明治43年に点灯した。その後火災に遭い焼失した
ので、同年12月六角レンガ造りに改築された。
昭和15年国に移管され、昭和16年にコンクリート造りに改築さ
れた。
高さ:11.4メートル

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
8月11日、最後の観光がここ細島灯台です。
美々津を出て、日もだいぶ傾いてきました。

宮崎太平洋側なので、海に沈む夕陽は見れないので、夕方になる
と海はかなり暗くなってしまいます。
僕が細島灯台に着いたときにはもう日がそうとう影ってきてました
が、何とか間に合ったという感じでした。

日向市内から数キロ。細島半島の高台に細島灯台はあります。
灯台には入れませんが、灯台付近からの景色は良好です。
近くに馬が背という絶壁がありますが、今回はそこには行かずに灯台
だけ見てきました。

細島灯台

平成19年夏旅
http://rover.seesaa.net/article/51511781.html
posted by けんけんけん at 22:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 宮崎県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月08日

美々津の町並み   (宮崎県日向市 古い町並み)

宮崎県日向市(旧美々津町)の美々津の町並みを散策してきました。

<美々津の町並み>
美々津の町並み


<解説・現地看板>
美々津は古い歴史を持つ港町で、中世には集落が営まれていたと考え
られており、江戸時代にはいると高鍋藩の商業港として重要視され、
藩主秋月氏もこの港を参勤交代に利用していた。
保存地区に指定された上町・中町・下町は耳川河口に築かれた港の
隣接地にあたり、江戸時代から明治時代の平入り・妻入建物が数多
く残されている。
また港から南に延びる三本の主要路や、それらに直交するツキヌケ
は江戸時代にもうけられたものと伝えられており、旧い敷地割や石畳
などとともに美々津の歴史的景観を構成する重要な要素になっている。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
古い町並みマニアとして、美々津は一度見てみたい町でした。
この町並みは国指定の重要伝統的建造物群保存地区に指定されて
いるからです。
国道10号をそれ、すぐにその町並みに到着します。
今までいろいろ古い町並みを見てきました。
宿場町、商家町、門前町、ここは港町という事で、古い町並みと
しては珍しいかなと思いました。

国道10号と日向灘の間の約7へクタールの地域に古い町並みが
残り、時間が止まった様な気分になれます。

観光客らしき人もあまりいなくて、僕くらいしかいないんじゃないか
な〜って感じでした。
もう夕方で史料館に入れなかったのが残念でしたが、良い町並みを
見せてもらったなと思いました(^-^)

平成19年夏旅
http://rover.seesaa.net/article/51511781.html

続きを読む
posted by けんけんけん at 23:13| Comment(2) | TrackBack(0) | 宮崎県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月07日

日本海軍発祥の地   (宮崎県日向市 観光名所)

宮崎県日向市美々津町にある日本海軍発祥の地に行ってきました。

<日本海軍発祥の地碑>
海軍発祥の地
住所:宮崎県日向市美々津町

宮崎県日向市(旧美々津町)に行きました。
美々津は古い町並みが残る町という事で行ったんですが、その片隅
に「日本海軍発祥の地」なるものを発見しました。
日本海軍発祥?さて、何の事でしょう?
明治以降の近代海軍の事かと思いました。
ところがどっこい、少し違う様でした。

<石碑について・現地看板より>
日本海軍は天皇が統帥された海軍の事でありました。このことから国
が、神武天皇ご親率の水軍がはじめて編成され発信した美々津の地を
「日本海軍発祥の地」と定め、紀元2600年記念事業の一環と
して建立されました。碑文の文字は時の海軍大臣米内光政閣下のもの。
この碑は大東亜戦争の終戦直後進駐米軍によって破壊されましたが、
昭和44年に至り地元有志の強い要望により、防衛庁などの協力を得て
現在の通り復元されています。
日本海軍発祥の地

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
神武天皇の水軍。そりゃーすげー古い話ですな〜、というのが僕の
感想。
海軍っていうより、水軍ですよね。まあそれが日本海軍の発祥って
いうならそうかもしれませんが(^^;

こんな観光スポットがあろうとは、ちょっとびっくりしました(^-^)

平成19年夏旅
http://rover.seesaa.net/article/51511781.html

海軍発祥の地
posted by けんけんけん at 15:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 宮崎県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月03日

都農神社   (宮崎県都農町 一之宮)

宮崎県都農町、日向国一之宮である都農神社に行ってきました。

<都農神社>
都農神社


<都農神社について>
社伝では、神武天皇が東征に向かう際に自ら祀ったのが創建という。
1871年、宮崎県内の神社では最初に国弊小社に列せられた。戦後は1948年に神社本庁別表神社となった。
日向の国一之宮でもある。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
宮崎市を出て北上。都農町の都農神社に立ち寄りました。
全国の一之宮巡りをしているので、日向の国一之宮の都農神社は
必ず行かねばならない場所でもありました。

国道10号線を走っていると「都農神社」の標識があり、そこを曲がってすぐに都農神社はありました。
駐車場(無料)もあり車でもOKです。

うっそうとした森と前庭を過ぎるといよいよ神社です。
都農神社 前庭
この前庭みたいな所も良いところでした。

都農神社 本殿
こちら都農神社本殿です。建物が真新しかったです。
式年遷宮みたいな感じで作り替えているんでしょうか??

都農神社庭園
本殿脇庭園です。シダ科の植物があるあたり、南国の庭園という気が
しました。

平成19年夏旅
http://rover.seesaa.net/article/51511781.html

一之宮を巡る
http://rover.seesaa.net/article/26834634.html
posted by けんけんけん at 23:51| Comment(11) | TrackBack(0) | 宮崎県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月30日

平和台公園   (宮崎県宮崎市 観光名所)

宮崎県宮崎市の平和台公園に行ってきました。

<平和台公園>
平和台公園


宮崎神宮を出て、そこからすぐ近くにある平和台公園に向かいました。
平和台公園は少し高い丘の上にあり、中央にはシンボルの平和の塔が
あり、そのほか埴輪園やアスレチック施設などがある公園です。

僕の目的は、かつてお札のデザインにもなった平和の塔を見ることで
した。
この平和の塔は皇紀2600年(西暦1940年)を記念して造られ
た塔だそうで、塔の表側には「八紘一宇」の文字。裏には皇紀二千六
百年の文字があります。高さは37メートルながら、もっと大きい
様な威圧感がありました。

八紘一宇

現地では中国人と思われる観光客ご一行様。
中国語ガイドさんが説明をされていました。表にある「八紘一宇」
なんて文言をどう説明しているんだろうというのがすごく気になり
ましたが、言葉が分からないので何ともという感じです。
八紘一宇についてwikipedia

平和の塔を見て満足したあと、埴輪園に行きました。
なんでここに埴輪なのかは不明ですが、埴輪がゴロゴロ。

埴輪園

はにわ園

はにわ園を見て平和台公園を立ち去りました。

平成19年夏旅
http://rover.seesaa.net/article/51511781.html
posted by けんけんけん at 22:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 宮崎県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宮崎神宮    (宮崎県宮崎市 観光名所)

宮崎県宮崎市にある宮崎神宮に行ってきました。

<宮崎神宮>
宮崎神宮


宮崎神宮は神武天皇の孫が創建したと伝えられる歴史ある神社。
正確な創建年次は不明。御祭神は神武天皇。

古来より神武天皇域は神武天皇廟と称されて歴代領主の崇敬篤く、明治
維新に際し神武天皇の昔に復えるという事で特に注目重視された。
明治18年官幣大社に昇格、社名も宮崎神社から宮崎宮と改称され
大正2年に現在の宮崎神宮となった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
宮崎市内にある由緒ある神社、宮崎神宮に行ってきました。
神武天皇といえば奈良の橿原神宮などが有名ですが、ここ宮崎神宮
も神武天皇の深いゆかりのある神社だそうです。

うっそうと繁る林の中に、宮崎神宮はあります。
さっそく本殿に参拝。大きな神社に感動しながらの参拝です。
ここが日向の国一之宮なのかな〜、なんて思いましたが、一之宮は
ここでは無かった様です。実はこの後一之宮にも行きましたので、
それは別記事にて。
ここでは神武天皇に参拝して終了です。

平成19年夏旅
http://rover.seesaa.net/article/51511781.html
posted by けんけんけん at 21:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 宮崎県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

堀切峠    (宮崎県宮崎市 観光名所)

宮崎県宮崎市の堀切峠からの景色です。

<堀切峠>
堀切峠


国道220号線、宮崎市の南端部分に見晴らしの良い峠があります。
それが堀切峠です。
よく宮崎観光パンフレットなどにも採用される有名な場所です。

堀切峠のすぐ近くに道の駅フェニックスがあり、今回はそこから
写真を掲載しました。

どうも僕は堀切峠とは相性が良くない様で、前回来たときも今回も
あいにくの曇り。晴れていればこれほど見事な景色も無いんでしょ
うけど、残念です。

ここからは鬼の洗濯岩と呼ばれる隆起海岸の風景と、道の脇に並ぶ
フェニックスの木が見所。すごく南国な雰囲気です。

また道の駅フェニックスは宮崎のお土産も豊富。休憩がてら立ち寄る
と良いかと思います。

平成19年夏旅
http://rover.seesaa.net/article/51511781.html
posted by けんけんけん at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 宮崎県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月26日

飫肥の町並み  (宮崎県日南市)

宮崎県日南市、飫肥の町並みを散策です。

<飫肥の町並み>
飫肥武家屋敷
住所:宮崎県日南市飫肥
駐車場あり(無料)

飫肥城大手門を出て左手の通りには武家屋敷の町並みが残ります。
ここは重要伝統的建造物群保存地区にも指定されている武家屋敷の
町並みです。

武家屋敷群

写真を見ていただくと分かるかも知れませんが、飫肥城を観光して
いたときは晴れていたんですが、急に雨になりました。
しかもかなり激しい雨です。
そんな雨の中武家屋敷群を散策。正直言いますと、石垣の雰囲気は
良いんですが、公開されている武家屋敷が少ないので、建物の感じ
が分からず、そちらは残念でした。

そんな武家屋敷群の中に小村寿太郎の生家もありました。
小村寿太郎は飫肥の出身。日露戦争の講和条約であるポーツマス条約
の締結に尽力した人物です。
飫肥の出身と言うことは今回初めて知りました。
小村寿太郎 生家
生家の他、記念館もあり、小村寿太郎の功績について知ることが出来
ます。

武家屋敷の外れに振徳堂という1801年に造られた学問所があります。
振徳堂
こちらは立派な建物でした。

武家屋敷から離れたところも古風な雰囲気。
飫肥の町並み

鯉が泳ぐ堀
鯉が泳ぐ堀もあります。

見所満載の飫肥の町並みでした。

平成19年夏旅
http://rover.seesaa.net/article/51511781.html

日本の古い町並み
http://rover.seesaa.net/article/21960937.html

posted by けんけんけん at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 宮崎県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月25日

飫肥城    (宮崎県日南市 観光名所)

宮崎県日南市にある飫肥城跡です。

<飫肥城跡>
飫肥城
住所:宮崎県日南市飫肥10-1
駐車場あり(無料)
入城:600円(共通券)

<飫肥城について>
飫肥城は東西約750メートル、南北約500メートルの地域に
大小13の曲輪と犬馬場などからなる広大な城である。
各曲輪はシラス台地を空堀で区切った壮大な規模で、南九州の中世
城郭において特徴的な形態である。
戦国時代には代々島津氏一族が城主であったが、1587年に飫肥藩
初代伊東祐兵が豊臣秀吉から飫肥を領地として与えられて以来明治ま
伊東氏の居城となった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
豫章館に続き、飫肥城に行きました。

島津氏と伊東氏の合戦の舞台でもあった飫肥。
そんな飫肥城を散策です。
立派な石垣は残りますが、それ以外は残っていません。
再建された松尾丸、天守があります。
天守部分は博物館になっており、伊東、島津両氏に関する飫肥城の
歴史などが展示されています。

飫肥城

飫肥城

平成19年夏旅
http://rover.seesaa.net/article/51511781.html

飫肥城跡
posted by けんけんけん at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 宮崎県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月23日

豫章館    (宮崎県日南市 観光名所)

宮崎県日南市の豫章館(ようしょうかん)に行ってきました。

<豫章館>
豫章館
住所:宮崎県日南市飫肥9-1-1
開館時間:9:30〜16:30
駐車場あり(無料)
(共通券600円:松尾の丸、歴史資料館、豫章館、小村記念館、
旧山本猪平家、商家資料館)

<豫章館について>
豫章館は飫肥藩主伊東祐帰が明治2年に城内から移り住んだ屋敷
で、庭の北隅に大きな楠の木があったことから豫章館と名付けら
れた。
この屋敷は大手門前に位置する飫肥城下ではもっとも格式の高い
武家屋敷である。薬医門と屋根付きの塀に囲まれた6500平米
の屋敷内には主屋、雑舎、蔵、御数寄屋があり、南面に広大な
枯山水の庭園が配されている。
主屋は六部屋をL字型に配し、玄関は千鳥破風の屋根を構え、
表玄関と脇玄関がある。
屋根はもとは茅葺きであったが、昭和初期に瓦葺きになった。
昭和58年に伊東家より日南市に寄付された。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
平成19年8月11日は飫肥の観光からスタート。
その飫肥で最初に行ったのがこの豫章館です。

豫章館で飫肥の観光の共通券(600円)を購入。
これでこの豫章館他、複数の施設に入ることが出来ます。

豫章館は飫肥伊東家の屋敷。
飫肥城の目の前にあります。
典型的な武家屋敷ですが、目を引かれたのは庭園です。
非常に綺麗な庭園。ソテツがあるためか、すごく南国ムードがあり
ます。庭園からの屋敷を写真を撮りましたが、これが良いアングル
でした。

平成19年夏旅
http://rover.seesaa.net/article/51511781.html

豫章館

続きを読む
posted by けんけんけん at 23:11| Comment(0) | TrackBack(1) | 宮崎県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月31日

都井岬    (宮崎県串間市 観光名所)

宮崎県串間市の都井岬に行ってきました。

<都井岬>
都井岬
住所:宮崎県串間市大字大納

平成19年8月9日、鹿児島志布志港から宮崎の都井岬に向かいまし
た。都井岬は野生の馬(御崎馬)が有名な岬です。
是非野生の馬が見たいという事で行ってみました。

御崎馬は江戸時代に高鍋藩で軍馬を放牧したものが、一部野生化した
馬たちです。繁殖も自然にまかされているそうです。

カーナビを都井岬にセットして走って行くと、「駒止の門」という
文字が見えました。これは馬が外に出て行かない様にしている門です。
ここで料金(400円)を支払って都井岬へ向かいます。
この400円は御崎馬の保護の為に使われるそうです。

そこから少しは知るといよいよいました御崎馬です!

御崎馬
いや〜驚きです。ここはサファリパークではありません。
こんな光景は凄いなと思いました。
普通に道路脇とかに馬がいるんですよ。

御崎馬

御崎馬
わが愛馬とのツーショットも撮ってみました(^-^)

野生の猿がいっぱいいるってのは見たことがありましたが、馬はさす
がに初めて。驚きました。

猿もいた
馬ばかりに気をとられていたら、ちゃんと猿もいました。

都井岬

続きを読む
posted by けんけんけん at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 宮崎県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする