2016年08月07日

称名寺    (北海道函館市)

函館市にある称名寺に行ってきました。

<称名寺>
称名寺.jpg
住所:北海道函館市船見町18-14
駐車場あり(無料)
境内自由

<称名寺について>
称名寺3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
称名寺に行ってきました。
ここは箱館戦争時に、土方歳三ら新撰組の屯所が置かれた場所です。
戦後、函館で戦死した土方歳三を祀る碑が作られました。

<土方歳三ら新撰組供養塔>
称名寺 土方歳三供養塔.jpg

その他、室町時代に北海道に渡った伊予の河野氏一族の河野正通の墓や、
江戸時代の廻船業者として活躍した高田屋嘉兵衛一族の墓などがあり、
見所の多いお寺です。

<河野正通の墓>
河野正通供養碑.jpg

<高田屋嘉兵衛一族の墓>
高田屋嘉兵衛一族の墓.jpg

高田屋嘉兵衛顕彰碑.jpg

平成28年初夏旅 箱館戦争史跡巡り
http://rover.seesaa.net/article/438773499.html

著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html

新撰組関連の史跡
http://rover.seesaa.net/article/26835008.html

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高龍寺    (北海道函館市)

北海道函館市にある高龍寺に行ってきました。

<高龍寺>
高龍寺.jpg
住所:北海道函館市船見町21-11
駐車場あり(無料)
境内自由

<高龍寺について>
高龍寺3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
函館の高龍寺に行ってきました。江戸時代初期の創建された函館市内
最古の寺院です。

高龍寺2.jpg

箱館戦争時、負傷した榎本軍の兵がここで治療を受けていましたが、
新政府軍が乱入し、13人が殺されるという事件が起きました。
先日、大河ドラマ『獅子の時代』を見ましたが、そのシーンがありました。
負傷兵の一人が新政府軍に発砲したことが原因だったとも言われています。

平成28年初夏旅 箱館戦争史跡巡り
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2016年08月03日

箱館戦争・意冨比神社の戦い    (北海道北斗市)

北海道北斗市、箱館戦争・意冨比神社古戦場に行ってきました。

<意冨比神社>
意富比神社.jpg
住所:北海道北斗市本町2-8
駐車場あり(無料)

<意冨比神社の戦いについて>
意富比神社2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
北斗市にある意冨比神社に行ってきました。

意富比神社3.jpg

創建の時期は分かっていない様ですが、この神社には1060年の銘が
入った鰐口があるそうです。平安時代の北海道に神社があったのか?と
いう話はありますが、それが本当なら北海道最古の神社という事になり
ます。

幕末、この神社付近は新政府軍と旧幕府軍大鳥圭介の部隊が激戦をまじえ
た場所です。戦いは大鳥隊が新政府軍を圧倒し、1時間で戦いは終了しま
す。神社の木には当時の弾痕が残っています。

意富比神社4.jpg

平成28年初夏旅 箱館戦争史跡巡り
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古戦場めぐり
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2016年07月31日

箱館戦争・二股口古戦場  (北海道北斗市)

北海道北斗市にある箱館戦争・二股口古戦場に行ってきました。

<二股口古戦場>
二股口古戦場.jpg
住所:北海道北斗市村山
駐車場あり

<二股口の戦いについて>
二股口古戦場2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
五稜郭を落とし体制を整える榎本武揚らに対し、乙部に上陸した新政府
軍は五稜郭に向かって進軍します。
榎本率いる旧幕府軍は土方歳三らを二股口に送ります。
台場山に砲台を築き、新政府軍と戦いその突破を許しませんでしたが、
他方面での戦闘で旧幕府軍が戦線を後退させたため、土方軍も撤退しま
す。

今は国道沿いに「二股口古戦場」という木の碑が建っています。

<二股口古戦場>
二股口古戦場3.jpg

二股口古戦場4.jpg

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古戦場めぐり
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日本最古のコンクリート電柱   (北海道函館市)

北海道函館市にある日本最古のコンクリート電柱を見に行ってきました。

<日本最古のコンクリート電柱>
日本最初のコンクリート電柱.jpg
住所:北海道函館市末広町15-1
駐車場なし

<電柱について>
日本最初のコンクリート電柱2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
日本最古のコンクリート電柱を見てきました。
1923年の電柱です。1923年と言えば関東大震災の年ですね。
90年以上現役の電柱です。それまでの電柱は木の電柱でしたが、
元北海道拓殖銀行函館支店が鉄筋コンクリート造りで新築された際に
釣り合いをとるためにコンクリート製の電柱になったそうです。

何気なくある電柱に歴史あり。こういうのも観光の醍醐味ですね。

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2016年07月27日

茂別館跡    (北海道北斗市)

北海道北斗市にある茂別館跡に行ってきました。

<茂別館跡>
茂別館跡.jpg
住所:北海道北斗市矢不来129
駐車場なし

<茂別館について>
茂別館跡3.jpg

茂別館跡2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
茂別館跡に行ってきました。
国道から少しそれ、カーナビで茂別館跡に向かいます、途中どんどん
道があやしくなり、舗装されていないところも・・・。ここで大丈夫なの
だろうかと思ったところに茂別館跡がありました。

室町時代にあった倭人の館跡のひとつで、安東氏の館跡になります。
現在は矢不来天満宮という神社になっていますが、ここが茂別館跡と
言われており、国指定の史跡になっています。

<茂別館跡>
矢不来天満宮.jpg

矢不来天満宮2.jpg

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日本の城を巡る
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志苔跡    (北海道函館市)

北海道函館市にある志苔館跡に行ってきました。

<志苔館跡>
志苔館跡.jpg
住所:北海道函館市志海苔町
駐車場あり

<志苔館について>
志苔館跡2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
志苔館(しのりだて)跡に行ってきました。
松前藩の歴史書によると、室町時代初期には道南に12の倭人の館
があったそうです。そのひとつが志苔館です。
函館市の郊外、函館空港の近くにあります。

海を見下ろす高台にあり、土塁や空堀の跡が分かります。
館はアイヌとの戦い(コシャマインの乱)で落城し、その後廃城となった
様です。

天気が良ければ海の眺望も良かったんでしょうけど、あいにくの天気で、
景色はいまいちって感じでした。

<志苔館跡>
志苔館跡3.jpg

志苔館跡4.jpg

志苔館跡5.jpg

志苔館跡6.jpg

<コシャマインの乱慰霊碑>
倭人アイヌ慰霊碑.jpg

倭人アイヌ慰霊碑2.jpg

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日本の城を巡る
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2016年07月22日

新島襄渡海の地碑    (北海道函館市)

北海道函館市にある新島襄渡海の地に行ってきました。

<新島襄渡海の地碑>
新島襄渡航の地碑.jpg
住所:北海道函館市大町11
駐車場なし

<渡海の地碑について>
新島襄渡航の地碑4.jpg

新島襄渡航の地碑2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
函館にある新島襄渡海の地碑を見に行ってきました。
新島襄は幕末国禁を破ってアメリカに渡り、アメリカの大学などで
10年学び、明治7年に帰国。京都に同志社英学校を開校しました。

吉田松陰が伊豆下田から海外に渡航しようとして失敗した事を踏まえ
慎重に海外への脱出を検討していたようです。

以前行った青森県の下風呂温泉には新島襄寄港の地という碑がありま
した。ここは函館に来る前に一時寄港したことを記念するものです。

現在、この地はヨットハーバーの様な場所になっています。
新島襄渡航の地碑3.jpg

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大河ドラマの舞台
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2016年07月18日

青函連絡船記念館・摩周丸  (北海道函館市)

北海道函館市にある青函連絡船記念館・摩周丸に行ってきました。

<青函連絡船記念館・摩周丸>
青函連絡船記念館 摩周丸.jpg
住所:北海道函館市若松町12番地先
駐車場なし
入場:500円

<青函連絡船について>
青函連絡船記念館 摩周丸6.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
青函連絡船記念館に行ってきました。
青函連絡船はかつて青森と函館を結んでいた船です。
昔、勘違いしてたんですが、今も函館と青森の間ってフェリーがあるし、
青函連絡船って何だったんだろうと思ってました。

青函連絡船はJR(旧国鉄)が運営しており、JRの電車と一体として
運営されていたまさに連絡船だったんですね。
貨物列車はそのまま船に乗せ、北海道と本州を行き来していた様です。

その役目も、青函トンネルの開通とともに終え、青函連絡船は1988
年に営業を終了します。

歳がバレますが、僕も小学生の時に一度だけ乗ったことがあります。
青森から函館まで4時間の船旅。今でもはっきり覚えています。
船からイルカが見えたのも覚えてます。なんかとても懐かしいです。

今、船そのものが展示館になっていて青函連絡船の歴史や、操縦室など
を見ることが出来ます。

<摩周丸>
青函連絡船記念館 摩周丸5.jpg

青函連絡船記念館 摩周丸4.jpg

青函連絡船記念館 摩周丸3.jpg

青函連絡船記念館 摩周丸2.jpg

青函連絡船記念館 摩周丸7.jpg

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続きにポスターの写真を載せました(^-^)


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2016年07月17日

啄木小公園    (北海道函館市)

北海道函館市にある啄木小公園に行ってきました。

<啄木小公園>
啄木小公園.jpg
住所:北海道函館市日乃出町25
駐車場あり(無料)

<啄木小公園について・現地解説>
この辺りはかつて砂丘があって、ハマナスが咲き乱れていた。
啄木が好んで散歩した所であり、歌集『一握の砂』に「砂山の砂に腹這い
初恋の いたみを遠くおもひ出づる日」と歌われている。
詩集『あこがれ』を左手に持ち、もに思いにふける啄木の座像は、
昭和33年に建てられた。
啄木が函館に来たのは明治40年5月の事で、7月には離散していた
妻子を呼び寄せ久しぶりに親子水入らずの生活を営んだ。
弥生小学校の代用教員を経て、函館日日新聞の記者となってまもなくの
8月25日、函館は未曾有の大火に襲われた。
新聞社も焼失し、啄木は職を求めて妻子を残したまま函館を去った。
函館滞在の4ヶ月あまりは、彼の一生のうちで最も楽しい期間であったと
言われている。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
函館の啄木小公園に行ってきました。
函館の観光スポットのひとつです。
啄木は短い期間ですが、函館で妻子と暮らし函館で詩も残しています。
啄木が住んでいたのは立待岬も近い青柳町。その立待岬を背後に見える
この地に啄木の銅像や歌碑などがあります。

啄木小公園2.jpg

啄木小公園4.jpg

啄木小公園3.jpg
この日はあいにく天気が悪く、立待岬や函館山を見ることは出来ませんでした。

啄木小公園に隣接して、土方・啄木浪漫館があります。
啄木・土方記念館.jpg

啄木・土方記念館2.jpg
ここは、函館にゆかりのある石川啄木と新撰組の土方歳三に関する資料など
が展示されています。
啄木資料館の方には、啄木シアターみたいなのがあって、啄木の人形が動い
て話しかける様なものがありました。
写真撮影禁止なので、写真いので説明が難しいですが。

入館料は800円しますが、入館の価値はあるかなと思います。
確かJAF割引で100円引きだったかと思います。

平成28年初夏旅 箱館戦争史跡巡り
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新撰組関連の史跡
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2016年07月13日

箱館戦争・官軍上陸の地    (北海道乙部町)

北海道乙部町にある官軍上陸の地に行ってきました。

<箱館戦争・官軍上陸地>
箱館戦争官軍上陸の地.jpg
住所:北海道乙部町字元町520
駐車場なし

<官軍上陸地について>
箱館戦争官軍上陸の地4.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
1869(明治2)年4月9日早朝、官軍艦隊は旧幕府海軍を避け、乙部の
地に上陸しました。
新政府軍は一端乙部に参謀本部を設置。その後江差を奪還し、五稜郭へ
進軍して行きました。

現在官軍上陸の地は乙部漁港という漁港になっており、漁港の前に
「官軍上陸地」の碑が建てられています。
また、漁港から国道229号線に向かう通りは「官軍上陸通り」と言う
名前がつけられていました(^-^)

箱館戦争官軍上陸の地3.jpg

箱館戦争官軍上陸の地2.jpg

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勝山館跡    (北海道上ノ国町)

北海道上ノ国町にある勝山館跡に行ってきました。

<勝山館跡>
勝山館跡.jpg
住所:北海道檜山郡上ノ国町字勝山427
駐車場あり(無料)

勝山館は、後の松前氏の祖である武田信広が、15世紀後半に築いた
山城で、16世紀末頃まで武田・蠣崎氏の日本海側での政治・軍事・
北方交易の一大拠点でした。

昭和49年から城跡の発掘作業が行われ、美濃焼や中国製青磁など
多くの品が出土しました。その資料等を展示したガイダンス施設が
現地にあります。今回はそこから本丸跡(夷王山)に上ってきました。
この日は天気が良く、奥尻島まで一望する事が出来ました(^-^)

<勝山館跡>
勝山館跡2.jpg

勝山館跡3.jpg

勝山館跡4.jpg

勝山館跡5.jpg

勝山館跡6.jpg

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四稜郭     (北海道函館市)

函館市にある四稜郭に行ってきました。

<四稜郭>
四稜郭.jpg
住所:北海道函館市陣川町59
駐車場あり(無料)

<四稜郭について>
四稜郭2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
函館にある四稜郭に行ってきました。
箱館戦争時、五稜郭の北を守備する為、旧幕府軍が突貫工事で造った
西洋城郭です。
四稜郭は、岡山藩・徳山藩兵の攻撃を受け、その後南に位置する権現台場
を占拠されたため、孤立するのを避け城を放棄。守備兵は五稜郭に退却
しました。

戦後、四稜郭は荒れたまま放置されましたが、昭和9年に史跡に指定。
昭和40年代に土塁などの修復が行われ、今は綺麗な状態で四稜郭跡を
見ることが出来ます。

<四稜郭>
四稜郭3.jpg

四稜郭4.jpg

四稜郭5.jpg

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城址    (北海道厚沢部町)

北海道厚沢部町にある城跡に行ってきました。

<城跡>
城跡5.jpg
住所:北海道檜山郡厚沢部町館
駐車場あり

<城について>
城跡6.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
城跡に行ってきました。
稲倉石の戦いで敗れた松前藩は、城に籠もります。
城は諸事情により突貫で造られた城であり、簡易的な陣屋の様なもの
であった様です。
よって、城の前の要害である稲倉石が最終攻防の場所であり、ここを
突破された事により、城は実質落ちたも同然となりました。

迫った旧幕府軍に対し、松前藩は軍事方三上超順を中心に奮戦しますが、
利あらず落城。三上超順も討ち取られます。
三上の剛勇は敵方からも賞賛され、旧幕府軍により丁重に葬られたそう
です。

城跡3.jpg

現在、城跡は史跡に指定されていますが、特に何か残っている物はあり
ません。

<城跡>
城跡7.jpg

城跡9.jpg

城跡.jpg

城跡8.jpg

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箱館戦争・稲倉石古戦場    (北海道厚沢部町)

北海道厚沢部町にある稲倉石古戦場に行ってきました。

<稲倉石古戦場>
稲倉石古戦場.jpg
住所:北海道檜山郡厚沢部町峠下
駐車場あり

<稲倉石古戦場について>
稲倉石古戦場5.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
1868(明治元)年11月12日、榎本武揚ら幕府脱走軍と、松前藩がこの地
で激戦を繰り広げました。
松前藩の館城の前にある要害でしたが、松前藩は激戦の末退却しました。
実際の戦いは、今はダムの底に沈んでしまっている様です。

稲倉石古戦場3.jpg

稲倉石古戦場2.jpg

大正8年に碧血碑が松前藩の関係者によって建立されましたが、ダムの
建設とともに現在地に移設されたそうです。
稲倉石古戦場4.jpg

現地は国道227号線の休憩スポットの様になっています。

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古戦場めぐり
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2016年07月10日

サラキ岬 / 咸臨丸沈没の地    (北海道木古内町)

北海道木古内町にあるサラキ岬に行ってきました。

<サラキ岬>
サラキ岬.jpg
住所:北海道木古内町字亀川
駐車場あり(無料)

北海道木古内町のサラキ岬に行ってきました。
江戸幕府の軍艦として勝海舟らがアメリカに渡る時に乗った船としても知られる
咸臨丸。その咸臨丸が沈没した場所がこの木古内のサラキ岬沖になります。

<咸臨丸について>
サラキ岬2.jpg

昭和59年にサラキ岬沖で錆びた錨が引き上げられました。
当時から咸臨丸の物ではないかと騒がれ調査が行われました。
その後、東京大学の調査が行われ、この錨は咸臨丸のものであるとの結論が
出たのが平成18年になってからの事になります。

咸臨丸の最期は、明治4年仙台より仙台藩の片倉小十郎家臣団401名を
移住の為小樽に送る途中木古内沖で座礁。地元住民の協力もあり乗組員は
救助されるも船は沈没しました。

栄光の咸臨丸がここに眠っているかと思うと感慨深いものがありました。

サラキ岬4.jpg
この矢印の先に咸臨丸沈没の地があります。

サラキ岬5.jpg
目の前の半島が北海道知内町の矢越岬。この半島との間で咸臨丸は沈没して
います。

サラキ岬6.jpg
沈没地とは反対の方向を見ます。
奥にうっすらと見えるのが青森の下北半島。大間方面です。

サラキ岬3.jpg

サラキ岬7.jpg
復元された咸臨丸のミニチュアです。

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松前藩戸切地陣屋跡      (北海道北斗市)

北海道北斗市にある松前藩戸切地陣屋跡に行ってきました。

<松前藩戸切地陣屋跡>
松前藩辺切地陣屋跡.jpg
住所:北海道北斗市野崎66-10
駐車場あり(無料)

<戸切地陣屋について>
松前藩辺切地陣屋跡2.jpg

松前藩辺切地陣屋跡4.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
北斗市にある松前藩戸切地陣屋跡に行ってきました。
日米和親条約に基づき函館が開港。幕府は蝦夷地の守備を固めるために
城を築きます。そのひとつが松前藩戸切地陣屋です。
西洋式の四稜郭式の城です。

城は、榎本武揚率いる旧幕府軍が迫ると松前藩の守備兵は建物に火を
放ち脱走しました。
よって建物は残っていませんが、土塁・堀跡など綺麗に残っています。

城の前には桜並木もあり5月上旬に見頃を迎えるそうです。

<松前藩戸切地陣屋跡>
松前藩辺切地陣屋跡3.jpg

松前藩辺切地陣屋跡5.jpg

松前藩辺切地陣屋跡6.jpg

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日本の城を巡る
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2016年07月08日

きじひき高原噴火湾展望台   (北海道北斗市)

北海道北斗市にあるきじひき高原噴火湾展望台に行ってきました。

<きじひき高原噴火湾展望台>
きじひき高原噴火湾展望台.jpg
住所:北海道北斗市村山
駐車場あり

きじひき高原は北海道北斗市北西部にある木地挽山を中心とする高原です。
先日きじひき高原パノラマ展望台について書きましたが、パノラマ展望台
から数キロ離れた場所に噴火湾展望台があります。

噴火湾展望台って言う位ですから、噴火湾を一望出来るのかなと思って行き
ましたが、噴火湾は遠くに少し見えるだけという感じでした。
(噴火湾というのは「内浦湾」の別称です)
ちょっと名前倒れかなと。
でも景色としてはとても良いんです。駒ヶ岳とかよく見えますしね。

<きじひき高原噴火湾展望台>
きじひき高原噴火湾展望台2.jpg

きじひき高原噴火湾展望台4.jpg

きじひき高原噴火湾展望台5.jpg

平成28年初夏旅 箱館戦争史跡巡り
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2016年07月07日

きじひき高原パノラマ展望台    (北海道北斗市)

北海道北斗市にあるきじひき高原パノラマ展望台に行ってきました。

<きじひき高原パノラマ展望台>
きじひき高原パノラマ展望台.jpg
住所:北海道北斗市村山174
駐車場あり(無料)

「きじひき」の名は漢字で書くと木地挽となり、春先に木を切り出した際に雪解
け水とともに丸太を滑り落としたことに由来するそうです。
その事から、この山の名を木地挽山と言います。

ここにあるパノラマ展望台は、360度視界が広がり、函館や大沼、噴火湾や
室蘭方面まで見渡すことが出来ます。
訪問時天気も良く、そのパノラマの景色を楽しむことが出来ました(^-^)

<きじひき高原パノラマ展望台>
下に見えるのは大沼・小沼です。
きじひき高原パノラマ展望台2.jpg

右上に小さく見えるのが函館山
きじひき高原パノラマ展望台3.jpg

きじひき高原パノラマ展望台4.jpg

きじひき高原パノラマ展望台5.jpg

木地挽太平観音
きじひき太平観音.jpg

平成28年初夏旅 箱館戦争史跡巡り
http://rover.seesaa.net/article/438773499.html

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2015年10月18日

黄金岬      (北海道留萌市)

北海道留萌市の黄金岬に行ってきました。

<黄金岬>
黄金岬.jpg
住所:北海道留萌市大町2丁目
駐車場あり(無料)

黄金岬は留萌市の西端、日本海に突き出た岬です。
かつてはニシンの見張り台があったところで、夕日に照らされたニシンが黄金色
に輝いた事から黄金岬と言われるようになったそうです。
ここは何と言っても夕陽の名所。夕暮れ時に訪問するのがベストなんですが、うまい
具合に旅の時間はあいません。午後3時頃の訪問になりました。

黄金岬2.jpg
黄金岬は景色を楽しむのは夕方だけでしょうか。お昼は景色と言うより水遊びを楽しん
だりするところの様です。家族連れが多かったです。

黄金岬4.jpg
岬には飲食店なども並んでいます。

黄金岬3.jpg
若者たちの歌碑。「若者たち」って分かりますか?
「君の行く道は〜果てしなくなく遠い〜、だのに〜何故」ってやつ。
この曲の作曲者佐藤勝氏は留萌出身という事でこの碑が建てられた様です。
「私は留萌の語りぐさになりたい」って書いてありますね(^-^)

黄金岬カンラン石玄武岩柱状節理2.jpg

黄金岬カンラン石玄武岩柱状節理.jpg
こちら黄金岬の柱状節理です。
柱状節理ってのはマグマが噴き出して固まった火成岩。柱のようになっている
事から柱状節理と言います。日本各地で柱状節理は見る事が出来ますね。

平成27年夏旅 最北の地へ
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旧花田家番屋     (北海道小平町)

北海道小平町にある旧花田家番屋に行ってきました。

<旧花田家番屋>
花田家番屋.jpg
住所:北海道留萌郡小平町鬼鹿広富
駐車場あり(無料)
入館:350円

国指定重要文化財、明治38年頃に建築された北海道に残る番屋としては
最大規模の建物です。
いわゆる「鰊御殿」と言われる建物で、花田家はかつて200人を越える
人を雇い鰊漁を行っていたようです。

花田家番屋2.jpg

花田家番屋4.jpg

今回は時間の関係もあり、中には入らず外から写真を撮影しました。
花田家の隣には道の駅もあるので、休憩ついでに行くと良いかと思います。

花田家番屋3.jpg

平成27年夏旅 最北の地へ
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勇払千人同心の墓    (北海道苫小牧市)

北海道苫小牧市にある勇払移住千人同心の墓(苫小牧市指定史跡)に行って
きました。

<千人同心の墓>
勇払千人同心の墓.jpg
住所:北海道苫小牧市勇払132−32
駐車場あり(無料)

<現地解説>
江戸幕府は蝦夷地を外国から守ることや開拓することを考えた。これに志願した
同心頭の原半左衛門を隊長とした100名の八王子千人同心が1800年にはる
ばる海を渡ってきた。
隊長を含めた50名は白糠場所に向かい、隊長の弟の新介を副士とした50名が
勇払場所(蝦夷地でも一番交易が盛んで大切な場所だった)に移り住み、次の
年にはさらに白糠・勇払に15名ずつの応援をえて警備・畑作・道路整備・交易
などを行った。
だが気候の違う北国の生活は厳しく犠牲者も多く出て惜しくも解散となり、開墾
地などは放棄された。勇払原野に開拓のくわを入れた先駆者達の行いはすぐれて
大きく、八王子千人同心関係の墓石を市の文化財に指定している。

勇払千人同心の墓2.jpg

勇払千人同心の墓3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
勇払にある移住千人同心の墓に行ってきました。
全体として公園になっており、公園の中には千人同心に関する資料などを展示する
勇武津資料館(入館無料)などがありました。

勇払千人同心の墓  資料館.jpg

千人同心は一般に八王子千人同心と言い、武田家の旧臣などを江戸幕府が取り込み
幕府の直参でありながら、平時は農耕に従事するなど半農民であり、八王子で甲州
口の警備を固める役割も担いました。

そんな千人同心が幕末に蝦夷地勇払に渡り、蝦夷地の開拓を行ったそうです。
気候の厳しさに、多くの犠牲者を出し、何年か後に撤退となりましたが、この開
拓がその後の勇払の発展に寄与したとの事です。

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posted by 南行 at 09:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 北海道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

勇払会所跡    (北海道苫小牧市)

北海道苫小牧市にある勇払会所跡に行ってきました。

<勇払会所跡>
勇払会所跡.jpg
住所:北海道苫小牧市勇払50-4
駐車場なし

江戸時代の間、勇払は河海両域にわたる交通の中心で、その内陸部はシコツと
呼ばれた漁業・狩猟の盛んな地帯でもありました。
また、アイヌと和人の交易の拠点として「運上屋」が置かれ、東蝦夷地屈指の
商業物資の集散地として栄えました。
1799年、瀑布は東蝦夷地を直轄し、直接経営に乗り出しました。
これまでの運上屋は「会所」と改名され、従来の交易施設だけでなく幕府の役所
としての機能も持つようになり、1800年には八王子千人同心一行50人が
勇払に移住して開拓と警備に従事しました。
1821年幕府は蝦夷地の直轄をやめて松前藩に返還しましたが、1855年
再び直轄を行いました。
1868年に勇払会所を記述した文書によると、その規模は梁間6間・桁間28間
半に拡大されており、幕末期の勇払は当寺の主力産物であった鰯の〆粕の重要
な集積地や出荷地としての位置づけが高まっていたことが分かります。
1869年、開拓使が設置され、勇払に出張所が置かれましたが1873年に出張
所が苫細村(苫小牧)に移されるにおよんで、勇払中心の時代は終わりを告げまし
た。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
苫小牧市東部にある勇払地区、そこにある勇払会所跡に行ってきました。
上の説明にあるように勇払会所とは幕末期に江戸幕府によって置かれた交易及び
行政事務所の様な施設です。

幕末は交易もそうですが、外国船の来航など緊張も高まった時期ですので、幕府も
蝦夷地への関与を強めた事がうかがわれます。

勇払会所跡は建物などは残っておらず、勇払会所跡の碑のみが残ります。
勇払会所跡2.jpg

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2015年10月07日

塩狩峠         (北海道和寒町)

北海道和寒町、塩狩峠に行ってきました。

<塩狩峠>
塩狩峠.jpg
住所:北海道上川郡和寒町塩狩
駐車場あり

塩狩峠は旧石狩国と旧天塩国の国境にある峠で、標高は274mほどです。
明治42年に塩狩峠にさしかかった列車の連結器が外れて暴走しかける事故が
あり、その車両の乗員であった長野政雄が暴走する列車を身を挺して食い止め
自らは殉職するという事故が起こります。
三浦綾子の小説『塩狩峠』はこの事故の事を主題とした小説です。

塩狩峠にはJR塩狩駅があるとともに、三浦綾子の旧宅を復元した塩狩峠記念館
があります。
あいにく、僕が行ったとき記念館は臨時休業で見る事が出来ませんでした(>_<)

塩狩峠2.jpg

塩狩峠3.jpg

殉職した長野政雄の碑です。
長野政雄氏殉職の碑.jpg

塩狩峠記念館です。あいにくお休みでした。
塩狩峠 三浦綾子.jpg

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2015年09月30日

倶多楽湖     (北海道白老町)

北海道白老町にある倶多楽湖に行ってきました。

<倶多楽湖>
倶多楽湖1.jpg
住所:北海道白老郡白老町虎杖浜
駐車場あり(無料)

<現地解説>
支笏洞爺国立公園の特別区域に指定され、四季折々の美しい自然の佇まいを見せる
倶多楽湖は原生林に覆われたまん丸いカルデラ湖で、注ぎ込む川や流れ出す川は
ありません。
その透明度は高く、摩周湖とともに我が国トップを競う堂々としたものです。
湖では明治42年十和田湖からチップ(ヒメマス)の卵が取り寄せられ養殖事業
が行われましたが、自然繁殖するようになり、現在釣りのメッカとしても知られ
ています。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
登別温泉の奥にある倶多楽湖に行ってきました。
倶多楽湖は周囲約8キロのカルデラ湖です。水深は約147mと深く、透明度
も摩周湖に匹敵するものだそうです。
倶多楽湖の名前は「クッタルシト」クッタラ=イタドリ、ウシ=生えている、
ト=湖、つまりイタドリの生えている湖という由来になります。

神秘の湖という看板が出ていましたが、確かにそんな感じがするところでした。
観光ガイドとかにはヘリから撮影された丸いカルデラの空撮が出ていましたが、
残念ながら湖を上から一望する様な展望スポットがありませんでした(>_<)
一応展望台あるんですけど、展望がひらけないんですよね(木が邪魔で)

湖畔にでてしばしくつろいできました(^-^)

倶多楽湖2.jpg

倶多楽湖3.jpg

倶多楽湖4.jpg

倶多楽湖5.jpg

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登別地獄谷        (北海道登別市)

北海道登別市、登別温泉にある登別地獄谷に行ってきました。

<登別地獄谷>
登別地獄谷.jpg
住所:北海道登別市登別温泉町
駐車場あり(有料:500円)

地獄谷はクッタラ火山の噴火活動によって出来た爆裂火口跡です。
長径約450m、面積約11haで谷にそって数多くの噴出口や
噴気孔があり、泡を立てて煮えたぎる風景が「鬼が住む地獄」の由来に
なりました。またここから多種類の温泉が毎分約3000リットルも
噴き出しており、温泉街のホテルや旅館に給湯されています。

登別地獄谷3.jpg

登別地獄谷6.jpg

登別地獄谷2.jpg

登別地獄谷4.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
登別地獄谷に行ってきました。
登別温泉の名物観光スポットです。僕は小学校の修学旅行で行って以来、久し
ぶりの訪問になりました(^-^)
草木がなく土がむき出しになった風景、そこからあがる湯気、大地の息吹を感じる
事が出来ます。
昨今日本全国で火山の噴火が続いていますが、日本という国が火山国出あることを
目の前で感じる事が出来る場所だと思います。
ここも火山ですから、噴火って事もあるんだろうな〜なんて思いながら観光しまし
た。

地獄谷に鉄泉池っていう間欠泉があります。静まりかえってたかと思うと、急に
お湯がグツグツと湧き上がってくる光景にも驚きました

これが鉄泉池です。グツグツ湧き上がってるところです。2〜3分湧き上がって
また静まります。

まあ北海道の観光地どこでもそうですが、とにかく中国人・韓国人観光客が多か
ったです。ここは外国でも北海道観光の名所として紹介されてるんでしょうね。

平成27年夏旅 最北の地へ
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写真続きます

続きを読む
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日和山展望台        (北海道登別市)

北海道登別市にある日和山展望台に行ってきました。

<日和山展望台>
日和山展望台5.jpg
住所:北海道登別市登別温泉町
駐車場あり

<現地解説>
日和山の名前は、昔、山頂から立ち上る噴煙の量や流れ方を太平洋をゆく
船舶が観測して天気の判断をしたことに由来しています。
噴火口は山頂よりずっと下の大湯沼で、目の前にそびえる山体は、地下から
上昇してきた溶岩が固まったもので、溶岩円頂丘と呼ばれます。
噴煙は溶岩が固まる時にできたユリの根を思わせるひび割れから立ち上って
います。山体には高熱で焼かれて煉瓦状になったより古い時代の火山噴出物
がのっています。

日和山展望台.jpg

日和山展望台2.jpg

日和山展望台3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
登別温泉街を通り抜け、倶多楽湖に向かう道を上って行くと日和山展望台
があります。
標高は300mほどの場所にある展望台で、噴煙をあげる日和山と、眼下に湯気を
あげる大湯沼が見えます。
大湯沼が噴火口に出来た火口湖との事です。

このパノラマはとても良かったです。硫黄臭というのか硫化水素臭というのか臭い
もすごいです温泉

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2015年09月27日

仙台藩白老陣屋跡       (北海道白老町)

北海道白老町、仙台藩白老陣屋跡に行ってきました。

<仙台藩白老陣屋跡>
仙台藩白老陣屋3.jpg
住所:北海道白老郡白老町陣屋町681−4
駐車場あり(無料)
資料館:300円

<現地解説>
この陣屋跡は、1856年蝦夷地の防備を固めるため仙台藩が築いたものである。
1854年、徳川幕府は鎖国を解いてアメリカ・ロシアと和親条約を結び函館など
を開港した。このため幕府は蝦夷地を直轄地とし、翌年仙台藩をはじめ津軽・秋田
・南部の奥羽諸藩と松前藩に警備を命じた。
仙台藩の守備範囲は白老から襟裳岬を経て国後、択捉までの東蝦夷地と言われる
広域であったため、白老に元陣屋を、広尾・厚岸・根室・国後・択捉に出張陣屋を
築いた。
元陣屋の面積は6.6ヘクタールで堀と土塁を円形・弧状に巡らして内曲輪と外
曲輪を構成している。ここには本陣、勘定所・穀蔵・兵具蔵・長屋などがあり、
少し離れた東西の丘陵に愛宕神社と塩釜神社を祀った。
元陣屋には常時120名程度の人々が駐屯して警備に当たっていたが、1868年
に勃発した戊辰戦争により藩士が撤収したためその使命を終えた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
白老町にある仙台藩白老陣屋跡に行ってきました。
前の記事で書いた秋田藩の砲台と同様、幕末に蝦夷地の警備のために作られた
陣屋(簡易な城)の跡です。

仙台藩は白老から択捉までの範囲の警備をしたそうです。
かなりの広さ。これだけを警備するのはほぼ無理なんじゃないかと思ってしまいます。
またこの時代に択捉島まで警備していたという事に驚きました。

蝦夷地の気候は厳しく、仙台藩士達の生活も困難を極めた様です。
現地には資料館があり、仙台藩士の生活などの展示を見ることが出来ます。
仙台藩白老陣屋5.jpg
この資料館は大変勉強になりました。

資料館脇が陣屋跡で、史跡に指定され綺麗に整備されていました。

仙台藩白老陣屋2.jpg

仙台藩白老陣屋.jpg

仙台藩白老陣屋4.jpg

仙台藩白老陣屋6.jpg

平成27年夏旅 最北の地へ
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日本の城を巡る
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義経神社          (北海道平取町)

北海道平取町にある義経神社に行ってきました。

<義経神社>
義経神社.jpg
住所:北海道沙流郡平取町本町119-1
駐車場あり(無料)
資料館:200円

<義経神社について>
義経神社は源義経公を御祭神としておりますが、1799年近藤重蔵らが御神像
を寄進し、この地に安置させたのが始まりです。
明治9年に村社に列格され、名実共に平取義経神社として全国にその名を広め
ました。
本社にまつわる義経伝説には義経公滞在中、アイヌ民族をこよなく愛し、農耕や
舟の作り方、操法、機織等の技術を伝授したことから、住民を義経公と慕い
「判官様」または「ホンカンカムイ」と呼んで尊崇していたと伝えられています。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
北海道平取町にある義経神社に行ってきました。
今回の北海道旅行では、源義経の伝説地めぐりもしました。
義経は1189年、藤原泰衡に攻められ自刃した事になっていますが、別の説で
北海道に逃げたという話があります。
ひそかに義経一行は陸奥から蝦夷地白神(現在の福島町)に渡り、西海岸を北上、
アイヌの集落が栄えていたピラトリ(平取町)に一時居住し住民を外敵より守り、
カムイ(神)と尊敬されたとの事です。

その平取にある義経神社です。御神像の義経像は江戸時代に奉納されたものだそう
です。

義経神社2.jpg

義経神社3.jpg

境内にある常磐御前、静御前供養塔です。
義経神社 静御前・常磐御前供養塔.jpg
常磐御前は義経の母で、源義朝亡き後は平清盛のもとに行った人物です。
静御前は義経の愛妾です。

こちらは境内にある義経資料館(入館:200円)です。
義経神社 義経資料館.jpg
平取の義経伝説や、義経関連地の紹介などが展示されています。

義経の御神像は見る事が出来ませんでしたが、資料館の中に写真が展示されて
いました。
義経神社 義経像.jpg
江戸時代に奉納された義経像です。

北海道各地に残る義経伝説、他の伝説とは違って実際に何かあったのかもしれ
ませんね。

8月ですが、境内にはコスモスが咲いてました(^-^)
早い秋を感じました〜。
義経神社4.jpg

平成27年夏旅 最北の地へ
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大河ドラマの舞台
http://rover.seesaa.net/article/112515106.html

著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html

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旧深名線第三雨竜川橋梁    (北海道幌加内町)

旧深名線第三雨竜川橋梁を見に行ってきました。

<旧深名線第三雨竜川橋梁>
旧深名線第三雨竜川橋梁3.jpg
住所:北海道雨竜郡幌加内町字政和
駐車場あり

<現地解説>
この橋梁は1931年竣工以来1995年廃線までの64年間、幌加内町の
政治経済文化の動脈としての役割を担った深名線の最難関工事の橋梁です。

延長100.97m、中央部には1930年に製作された長さ45mの
トラス橋が架かり、その前後には1899年にイギリスから輸入された長さ
12.9mの桁橋が4組架かっています。
橋台・橋脚はコンクリート製で橋梁の架設工事に際しては谷や急流に阻まれ
て足場の構築が困難なため、北海道内としては初めてのケーブルエレクション
(吊足場式架設)工法が採用されました。
また、この橋梁は工学的にも歴史的にも極めて高い価値を有しているだけで
なく、ポンコタン渓谷に静にたたずむその絶景美は、道行く人の心に安らぎを
与え、往時を偲ばせてくれます。

旧深名線第三雨竜川橋梁2.jpg

旧深名線第三雨竜川橋梁1.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
北海道幌加内町にある旧深名線第三雨竜川橋梁を見てきました。
ここは特に気にしていったわけではなく、たまたま通りかかった場所です。
鉄道橋の様なものが見えて何か解説が書いてあるので立ち寄りました。
昭和初期に建設された橋で、難工事の末にかけられた橋梁との事です。

今は廃線になってますが、こういう歴史遺産は大切に残して行くべきですね(^_^)

平成27年夏旅 最北の地へ
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勇払原野        (北海道苫小牧市)

北海道苫小牧市の勇払原野に行ってきました。

<勇払原野>
勇払原野.jpg
住所:北海道苫小牧市勇払
特に観光駐車場の様なものはありません

勇払原野は苫小牧市東部に広がる原野です。
勇払川、美々川、樽前川などが流れる湿原の原野です。
勇払原野の中のウトナイ湖はラムサール条約に登録された場所で、野鳥の
聖地にもなっています。

勇払原野は特に観光地ってわけじゃないんですが、雄大な景色に感動しました。
原野の中にある弁天沼では映画『のぼうの城』のセットが作られ、ロケが行われ
たそうです(今は何も残っていません)

北海道各地の原野を見ると自然そのものを感じる事が出来ますね(^-^)

<勇払原野>
勇払原野4.jpg

勇払原野5.jpg

勇払原野2.jpg

勇払原野3.jpg

勇払源や.jpg

勇払原野 大.jpg
クリックすると拡大します。

平成27年夏旅 最北の地へ
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写真は下の知図のあたりから撮影しました。
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2015年09月25日

秋田藩元陣屋第二台場跡      (北海道増毛町)

北海道増毛町、秋田藩元陣屋第二台場跡に行ってきました。

<秋田藩元陣屋第二台場跡>
秋田藩元陣屋第二台場.jpg
住所:北海道増毛町別苅1−1
駐車場あり(無料)

<現地解説>
昭和45年、国道231号線の道路整備の際に大砲の台座が出土し、この地に
台場があったことが確認された。
秋田藩は1857年北方警備を命じられ、現在の永寿町4丁目に元陣屋を設営
した。陣屋の他には二ヶ所に台場を設け陣屋東側に設置されたのが第一台場、現
在地が第二台場となった。
第二台場には三百目の大筒二門が装備されていた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
増毛町にある秋田藩元陣屋第二台場跡を見てきました。
幕末に諸外国の船が来航するにあたり、幕府は沿岸警備を各藩に命じました。
北海道にはロシア船が出没する様になったため、秋田藩や仙台藩など東北諸藩
に警備を命じたようです。
白老には仙台藩の陣屋跡が残っています。
私の地元川越藩は北海道ではありませんが、三浦半島の警備を幕府から命じられて
います。

まあ各地に台場が造られ大砲を設置したわけですが、射程距離も短く諸外国には
対抗できなかったので、あまり意味は無かったんですけどね。

秋田藩元陣屋第二台場跡には当時のものと思われる大砲が設置されていました。

<現地からの風景>
秋田藩元陣屋第二台場2.jpg

秋田藩元陣屋第二台場3.jpg
増毛周辺はにしんが沢山とれたところで、ここにも「にしん街道」の碑が建って
いました。

平成27年夏旅 最北の地へ
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増毛の町並み     (北海道増毛町)

北海道増毛の町並みを散策してきました。

<増毛の町並み>
増毛の町並み2.jpg
住所:北海道増毛町弁天町1丁目 他
駐車場あり(増毛駅前駐車場利用)

北海道は歴史が浅い事もあり、昔ながらの町並みはあまり見る事が出来ません。
松前とか江刺、函館などには歴史的な雰囲気を感じます。
今回は増毛を訪問したんですが、増毛には北海道遺産に指定される歴史的な
町並みが残っていました。
駅前のふるさと歴史通りには、明治時代に建てられた国重要文化財「旧商家丸一本間家」
を始め、日本海の風雪にも耐えた石造りや木造の建物が並んでいます。

まあそんなに規模は大きくないですが、北海道にはあまりない石の蔵造りの建物など、
良い雰囲気の町を見る事が出来ました(^-^)

<増毛の町並み>
増毛の町並み7.jpg

増毛の町並み3.jpg

増毛の町並み5.jpg

増毛の町並み.jpg

増毛の町並み4.jpg

増毛の町並み6.jpg

平成27年夏旅 最北の地へ
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日本の古い町並み
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2015年09月24日

雄冬岬展望台      (北海道増毛町)

北海道増毛町にある雄冬岬展望台に行ってきました。

<雄冬岬展望台>
雄冬岬展望台.jpg
住所:北海道増毛郡増毛町雄冬795-1
駐車場あり(無料)
展望台の開放期間  4月下旬〜10月中旬

雄冬岬展望台は、日本海を眺める標高135mの展望台です。
晴れた日には積丹半島や天売焼尻島を望む事が出来ます。
展望台を中心に雄冬岬園地として、自然の岩石などを使った公園として
整備されています。

国道からは急な坂道を車で上り、そこから展望台までは階段を上ること数分
で到着します。
展望台からは綺麗な日本海を眺める事が出来ました。ここは夕日の名所だそう
で、夕暮れ時は特に美しいそうです。

<雄冬岬展望台>
雄冬峠展望台3.jpg

雄冬峠展望台2.jpg

雄冬峠展望台4.jpg

雄冬峠展望台5.jpg

クリックすると拡大します。
雄冬峠展望台 大.jpg

平成27年夏旅 最北の地へ
http://rover.seesaa.net/article/424226743.html

岬・灯台巡り
http://rover.seesaa.net/article/107423997.html

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2015年09月17日

間宮林蔵渡樺出航の地       (北海道稚内市)

北海道稚内市にある間宮林蔵渡樺出航の地碑を見てきました。

<間宮林蔵 渡樺出航の地碑>
間宮林蔵出航の地.jpg
住所:北海道稚内市第二清浜
駐車場あり

<現地解説>
間宮林蔵は二度にわたって樺太を探検しました。第一回目は1808年4月13日
に松田伝十郎とともに宗谷を出発。シラヌシから東海岸を調査した後、西海岸の
ノテトで伝十郎と合流。間宮海峡の存在を確認して、閏6月20日にシラヌシから
宗谷に戻りました。
第二回目の出発は宗谷帰着から20日ほど後の7月13日。単身で渡樺した林蔵は
6人のアイヌを雇い、西海岸を北上。トンナイで一冬を過ごし海峡を確認した後、
ノテトから交易に向かうニブフの一行に同行して大陸のデレンに渡り、その年の
晩秋に宗谷に戻りました。
林蔵の足跡は村上貞助によって『北夷分界余話』『東韃地方紀行』としてまとめ
られ、1811年幕府に提出されました。この2冊は「樺太編」「大陸編」という
べきもので、前者には樺太の地名や地勢・民俗が、後者には清国の仮府が置かれて
いたデレンを中心に、アムール川下流dえの調査が報告されており、現在でも
北方アジアを知る貴重な資料となっています。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
間宮林蔵出航の地碑を見てきました。
間宮林蔵は樺太の探検で、樺太が島であることを発見した江戸時代の探検家です。
伊能忠敬に測量を学び、蝦夷地の測量にも尽力しました。

北海道(蝦夷地)ですら辺境の地である江戸時代に更に先の樺太の探索をした間宮
林蔵の偉業は素晴らしいものだと思います。
今でもその名を冠した間宮海峡が残ってますしね。

宗谷岬の日本最北の地から西にすこし行ったところに間宮林蔵渡樺出航の地碑が
ありますので、宗谷岬と合わせて立ち寄ってみると良いのではないでしょうか。

平成27年夏旅 最北の地へ
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2015年09月13日

みさき台公園       (北海道初山別村)

北海道初山別村にあるみさき台公園に行ってきました。

<みさき台公園>
みさき台公園.jpg
住所:北海道苫前郡初山別村字豊岬
駐車場あり(無料)

幌延から海沿いに出てオロロンラインを南下。
初山別村にある道の駅「ロマン街道しょさんべつ」に立ち寄りました。
ここは日本海に突き出た岬にある高台で、公園として整備され、温泉や
天文台、キャンプ場などがあります。
僕はトイレ休憩と、お土産を購入。天気も回復して青空になったので、公園の
高台から日本海を眺めました。

みさき台公園2.jpg
良い景色です(^-^) 日本海の雄大な景色!

みさき台公園3.jpg
遠くに見える断崖は銚子の屏風ヶ浦みたいな感じでしょうか。

現地には金比羅岬灯台という灯台があります。
金比羅岬灯台.jpg
昭和44年に点灯した灯台で、北海道西岸を航行する船の道標となっています。

灯台の前には綺麗なヒマワリです(平成27年8月12日撮影)
みさき台公園4.jpg

みさき台公園6.jpg

みさき台公園5.jpg
ヒマワリも青空の下、とても綺麗でした(^O^)

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岬・灯台巡り
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義経の試し切り岩      (北海道稚内市)

北海道稚内市にある義経の試し切り岩を見に行ってきました。

<義経の試し切り岩>
義経の試し切り岩.jpg
住所:北海道稚内市宗谷村
駐車場あり

前日稚内の宿でネットサーフィンをしていました。
北海道各地に源義経伝説が残っています。稚内近辺にもあるのかなと思って
調べたら、何とあるじゃないですか。
前日に行った宗谷岬の方に「義経の試し切り岩」なるものがあると。

稚内市街から宗谷岬は20キロくらいあるので、戻る形になりますが、ここまで
来たので見に行くことにしました。
前日通ったときはまったく気がつかなかったんですが・・・。

現地には何の案内板も解説もありません。気付く訳がないです。
目印はコレです。
義経の試し切り岩3.jpg
これ何なんだろうと前日走ったときに思ってましたが、どうもこれが目印の
様です。

ここに上の写真の岩があります。
拡大するとこんな岩です。
義経の試し切り岩2.jpg

真ん中で割れています。
これが義経の試し切り岩と言われる岩です。
奥州から逃れて稚内まで来た源義経は窶れてこの地に着きました。
現地のアイヌに「刀も偽物ではないか」と侮られるに、一刀のもと岩を
切り裂きアイヌ達を黙らせたという伝説があるそうです。

義経はここから樺太、そしてモンゴルに渡り、ジンギスカンになったという
のが義経伝説です。
まあジンギスカンになったってのは無理があるとは思いますが、北海道各地に
義経の伝説が残っているのは興味深いです。

平成27年夏旅 最北の地へ
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大河ドラマの舞台
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2015年09月09日

稚内公園      (北海道稚内市)

北海道稚内市にある稚内公園に行ってきました。

<稚内公園>
稚内公園 氷雪の門.jpg
住所:北海道稚内市中央1丁目
駐車場あり(無料)

稚内公園は稚内市にある都市公園です。
稚内市内を一望する丘の上に公園があります。
今回の旅の目的地は宗谷岬とこの稚内公園と思って出かけましたので、無事
目的地に着くことが出来ました。
稚内公園からは天気が良ければ樺太(サハリン)を見る事が出来ますが、今回は
曇っていたため見る事は出来ませんでした。

稚内公園.jpg

そんな樺太を眺めるこの高台の地に1963年に樺太島民慰霊碑(氷雪の門)が
造られました。第二次大戦末期、ソ連軍の侵攻で犠牲になった樺太の日本人を
慰霊するものです。
稚内公園 氷雪の門2.jpg
両側に高さ8mの門(望郷の門)があり、中央に2.4mの女性の像があります。
女性の像については、顔は戦争で受けた苦しみを、手のひらを見せているの
は樺太も家族も失ったことを、足はその悲しみや苦しさから早く立ち上がる
ことを表しているとされています。

今回旅立つにあたり映画『氷雪の門』を見ました。
氷雪の門.jpg
終戦時に多くの日本人が樺太で犠牲になった事に衝撃を受けました。
多くの人は、樺太での日本人の犠牲を知らないのではないでしょうか。
歴史の授業では教えない話ですからね。

現地にはそんなソ連軍の侵攻の中、真岡郵便電信局で業務を全うし、最後は
自決した9人の女性を慰霊する碑が建っています。九人の乙女の像です。
稚内公園 電話交換士の碑.jpg

稚内公園 電話交換士の碑2.jpg
この9人が映画『氷雪の門』の主人公です。
映画を見て、この地を訪れ九人の乙女の像と氷雪の門を見て涙しました。
「皆さんこれが最後です」のシーン、思い出しました
こういう映画を歴史教育に使うべきなんじゃないのかな。日本人は戦争で
何があったのかを知らなすぎる様に思います。



稚内公園の片隅に南極観測犬訓練記念碑がありました。
稚内公園 南極観測犬訓練記念碑.jpg
南極観測に同行した樺太犬40頭の訓練記念碑です。
タロとジロが有名ですね(^-^)

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白銀の滝        (北海道石狩市)

北海道石狩市にある白銀の滝を見に行ってきました。

<白銀の滝>
白銀の滝.jpg
住所:北海道石狩市浜益区雄冬
駐車場あり(無料)

<現地解説>
暑寒別、天売焼尻国定公園内の暑寒連峰の山肌を伝い流れるせせらぎが、
岬の急斜面に壮大な水しぶきとともに、幾千もの銀の柱となって日本海
へと流れ落ちており、国道開通記念に白銀の滝と命名しました。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
北海道石狩市、雄冬岬にある白銀の滝(しらがねのたき)です。
雄冬岬は急峻な山の脇を国道が海沿いを走ります。この国道開通時に命名された
滝です。すぐ西側は海で、国道が開通するまでは海からしか見えない滝だった
はずです。
滝は直瀑で、高さ50m。山肌を滑り落ちる姿がとても美しい滝でした。

白銀の滝2.jpg

雄冬峠の碑.jpg

<大きな写真・クリックすると拡大します>
白銀の滝 大.jpg

<動画>


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日本の滝巡り
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JR増毛駅        (北海道増毛町)

北海道増毛町、JR増毛駅に行ってきました。

<増毛駅>
増毛駅2.jpg
住所:北海道増毛郡増毛町弁天町
駐車場あり(無料)

増毛駅(ましけえき)はJR留萌本線の終着駅です。
こちら増毛駅、今回の旅の途中で廃止されることが発表されました。
増毛廃線.jpg

利用者も少ないのでしょうけど、こういう雰囲気のある駅が無くなってしまう
のは残念です。
終着駅という事で、線路がそこで止まっています。
増毛駅3.jpg
これぞ終着駅ですね。
駅舎の雰囲気もレトロな雰囲気でいっぱいでした。
増毛駅.jpg

増毛駅5.jpg

増毛駅4.jpg

これは駅舎ではなく、すぐ近くにある売店に出てたものです(笑)
増毛駅6.jpg
これにひかれ入店(^^;
切符を購入してしまいました〜。
zoumou.jpg

僕はまだ髪の毛は心配ないので、予防という事で切符を財布に入れておこう
と思います(笑)

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ノシャップ岬      (北海道稚内市)

北海道稚内市にあるノシャップ岬に行ってきました。

<ノシャップ岬>
ノシャップ岬2.jpg
住所:北海道稚内市ノシャップ
駐車場あり(無料)

ノシャップ岬は稚内市の北西端にある岬です。
岬には宗谷岬灯台より大きな稚内灯台があります。
ノシャップ岬は夕日が綺麗なところという事で、今回は夕日を見たいなと思って
行ったのですが、あいにくの曇りで見る事が出来ませんでした。
ここから7〜8キロ南に行った抜海では晴れていただけに残念でした。

宗谷岬同様観光地になっており、お土産屋さんやノシャップ水族館などがあります。

今回は見る事が出来ませんでしたが、晴れた日には利尻島の利尻富士がはっきりと
見る事が出来ます(上の写真には利尻富士が写っています)

以下、晴れている写真は平成17年のものです。

<ノシャップ岬>
ノシャップ岬4.jpg
稚内灯台です。

ノシャップ岬3.jpg

ノシャップ岬.jpg

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岬・灯台巡り
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稚内港北防波堤ドーム        (北海道稚内市)

北海道稚内市にある稚内港北防波堤ドームに行ってきました。

<稚内港北防波堤ドーム>
稚内港北防波堤ドーム.jpg
住所:北海道稚内市開運
駐車場なし(近隣に道の駅あり)

<現地解説>
この防波堤は戦前、稚内と樺太との定期船発着所として築設されたもので、
アーチ型構造物として立案され、昭和6年に着港し、昭和11年に完成した
ものであるが激浪のため老朽が進み、昭和53年より改良施工し完成は昭和55
年である。この構造物の名称は古代ローマの柱廊を思わせる独特の外観から
通称「ドーム」と呼ばれ世界で唯一のものである。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
この防波堤は戦前北海道帝国大学土木工学科の第一期生として卒業した土谷実氏の
設計により建築されたものです。
これは土谷氏が大学時代にアーチコンクリート橋の設計を学んでいた事でこの防波堤
の設計につながった様です。

防波堤とは思えない斬新なデザイン。本当にローマの神殿の様です。
(ローマの神殿を見たことが無いですが・・・(^^;)

この防波堤の下ではいろいろなイベントやCMの撮影なども行われている様です。
僕が行ったときには、ここにテントを張って野宿している人もいました(^-^)

稚内港北防波堤ドーム4.jpg

稚内港北防波堤ドーム2.jpg

稚内港北防波堤ドーム3.jpg

2001年に北海道遺産に指定されています。

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宗谷岬牧場      (北海道稚内市)

北海道稚内市にある宗谷岬牧場に行ってきました。

<宗谷岬牧場>
宗谷岬牧場.jpg
住所:北海道稚内市宗谷岬328番地

宗谷岬牧場は広大な牧草地を利用し、肉牛の飼育が行われています。
外国から輸入されたアンガスやヘレフォードという肉専用種と和牛との
F1(一代交雑種)牛の生産が行われており、和牛のおいしさがあり体格の
よい肉牛は“わっかない牛”として出荷されています。

今回の旅では天気も良くなかったので、宗谷岬牧場には行きませんでした。
この写真は平成17年9月3日訪問時のものです。
その時見た宗谷岬牧場の風景はとても印象に残っています。
本当に雄大な景色です。どこまでも続くんじゃないかと思われる牧草地。
青空の下でとてもすがすがしい気分になりました。
ここは日本なのかなと思うような景色がここ宗谷岬牧場から南の豊富、幌延
方面に向けて広がっています。
天気次第で良さが変わるので、天気の良い日なら外せない場所かと思います。
また稚内行くときには訪問したい場所です(^-^)

<宗谷岬牧場>
宗谷岬牧場7.jpg

宗谷岬牧場5.jpg

宗谷岬牧場2.jpg

宗谷岬牧場3.jpg

宗谷岬牧場4.jpg

宗谷岬牧場6.jpg

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美深チョウザメ館     (北海道美深町)

北海道美深町にある美深チョウザメ館に行ってきました。

<美深チョウザメ館>
ちょうざめ館.jpg
住所:北海道中川郡美深町紋穂内
駐車場あり
入場無料

<現地解説>
明治時代までは天塩川にチョウザメが生息しており、松浦武四郎の手塩日誌
や美深町史、松浦周太郎伝によると1.5m〜2mをこえる巨大魚の魚肉・
魚卵(キャビア)が貴重な食料となった記録があります。
1980年、日ソ漁業科学技術協力の一環として「人工交配種ベステルF1」
が受精卵で輸入され、水産庁養殖研究所(三重県玉城町)で飼育していた
チョウザメを美深町のまち興し一村一品の願いを込めて水産庁へ導入を陳情、
1983年陳情が実り養殖研究所の積雪寒冷地での飼育試験場のご理解を得て
森林公園内の三日月湖に体長30cmに成長した300匹を放流された
のが美深町のチョウザメ養殖の始まりです。
1993年キャビアの搾取に成功。チョウザメとキャビアが美深温泉の名物
料理として好評を得ています。
1997年、チョウザメ館を建設しチョウザメの展示と飼育を公開しています。

ちょうざめ館2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
美深のチョウザメ館に行ってきました。
道の駅「びふか」の裏にチョウザメ館があるので、道の駅に立ち寄ったついでの
訪問です。

体表にある硬鱗が蝶の形、全体的な形がサメに似ていることから名付けられた魚。
種類がいろいろある様ですが、基本は淡水魚。サメの仲間では無いそうです。

チョウザメと言えばキャビアですね。美深温泉は泊まった事がありませんが、
チョウザメ料理が名物になっているそうで、チョウザメの肉料理やキャビアが
楽しめるそうです。一度行ってみたいです(^-^)

チョウザメ館では、チョウザメに関する展示や実際に水槽で飼育されている
チョウザメを見る事が出来ます。

チョウザメ館.jpg

チョウザメ館2.jpg

チョウザメ館3.jpg
チョウザメを運動させるためだと思いますが、水槽の中は水が回るように流れて
います。水の流れに逆らうようにチョウザメが泳いでました。

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旧幌向駅逓所    (北海道南幌町)

旧幌向駅逓所に行ってきました。

<旧幌向駅逓所>
旧幌向駅逓所.jpg
住所:北海道空知郡南幌町元町3-3-19
駐車場なし

旧幌向駅逓所(ほろむいえきていじょ)に行ってきました。

駅逓とは(Wikipediaより)
駅逓とは、明治から昭和初期まで北海道辺地の交通補助機関として、
宿泊・人馬継立・郵便などの業務を行う制度。その運営者は、駅逓取扱人(半官半民)。

旧幌向(現在の南幌町)にあった駅逓所跡です。
旧幌向駅逓所2.jpg

ここは祝初施設でもあり1泊1円20銭ほどの料金で宿泊出来たそうです。
今は国道337号に東面する入母屋造,妻入の木造平屋建の建物が残っており、
外観だけ見学する事が出来ます。
北海道には何ヶ所か駅逓所跡が残っているそうです。

平成27年夏旅 最北の地へ
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2015年09月07日

波灯の女       (北海道留萌市)

北海道留萌市にあるデザイン灯台「波灯の女」を見に行ってきました。

<波灯の女>
波灯の女.jpg
住所:北海道留萌市大町1
駐車場あり

「波灯の女(はとうのひと)」灯台は「海・波・風・夕日・港」未来に羽ばたく
留萌をイメージし、安全な航海を願って設置されたものです。

高さ6.65m、明るさ14カンデラ、光の届く距離は約5キロメートルです。
平成19年、地元の山口外一氏の寄付で造られた観光灯台です。

前回僕が留萌に行ったのが平成17年なので、その時には無かった灯台です。
今回留萌に行ったら町中に案内板があったので、それに誘われて見に行きました。

この灯台は実用でどうこう言う灯台ではなく、観光用の灯台として留萌のシンボル
になっているものです。
こういうデザイン灯台って珍しいです。なかなか良いねと思いました(^-^)

波灯の女2.jpg

波灯の女3.jpg

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岬・灯台巡り
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2015年09月06日

宗谷岬       (北海道稚内市)

北海道稚内市の宗谷岬に行ってきました。

<宗谷岬>
宗谷岬.jpg
住所:北海道稚内市宗谷岬
駐車場あり(無料)

今回の旅の目的地、北海道稚内市の宗谷岬です。
日本最北端の岬。これは日本が実効支配している地域での最北端という事で、
日本が領有権を主張している範囲では、択捉島のカモイワッカ岬になります。

今回の訪問では、天候は曇り。樺太を見る事が出来ませんでした。
よって、写真は一部平成17年訪問時のものを使います。

宗谷岬には、上の写真の「日本最北端の地」の碑があります。
まさに最果ての地です。樺太までの距離は40キロほど。
平成17年の訪問時にはうっすらと樺太を見る事が出来ました。
宗谷岬から樺太を臨む.jpg
向こうは異国なんだなと思うと、しみじみします。

樺太が島だと言うことを突き止めた間宮林蔵は、この宗谷岬から樺太に
旅立ちました。日本最北端の地碑を眺めるような公図で間宮林蔵の銅像
がありました。

宗谷岬 間宮林蔵.jpg
遠く樺太を見ている感じです。

宗谷岬灯台2.jpg

宗谷岬灯台.jpg
こちら宗谷岬灯台です。明治18年の建築。
日本最北端の灯台です。

宗谷岬あけぼの像.jpg
こちらあけぼの像という銅像です。
北海道の牛乳生産量100万トンと飼育乳牛50万頭を記念して1971年に
建立された像です。牧柵の前で、若い男女が果てしなく広がる宗谷丘陵を見つめ
ながら力強く立っており天北酪農の夜明けを象徴しています。

宗谷岬平和の碑.jpg
宗谷岬平和の碑です。
太平洋戦争のさなかの昭和18年10月、ここ宗谷岬沖で日本とアメリカとの間
で5時間に及ぶ戦いが繰り広げられました。
その戦死者を慰霊するため、平成7年に日米共同で建立したものです。

宗谷岬海軍望楼.jpg
宗谷岬海軍望楼です。
1902年旧日本海軍が建設したもので、当時最強と言われたロシアのバルチック
艦隊の動きを監視するという重要任務が課せられました。
日露戦争の終結とともにその使命を終えたものの、その後は無線通信基地として、
また太平洋戦争では対潜水艦監視基地として機能しました。
稚内市内では数少ない明治時代の建築物で、1968年に市の有形文化財に指定
されています。

今回は時間もあったので、宗谷岬をゆっくり見てきました。
見るところもいろいろあり、また観光客も多いのでお土産屋さんもいろいろあって
観光地として楽しい場所です。
国境の地という事もあり、戦時の史跡もあります。今だって決して安泰という訳じゃ
ないですしね。見える距離に平和条約を結んでいない外国がある現実はよく考える
必要があるなと思ったりもしました。

さて、今回の訪問では曇りで遠くが見えず残念でした。
また宗谷岬に来るのはいつになるのかな。次回行く日をまた楽しみにしています。

平成27年夏旅 最北の地へ
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銅像めぐり
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岬・灯台巡り
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抜海駅       (北海道稚内市)

北海道稚内市にあるJR抜海駅に行ってきました。

<抜海駅>
抜海駅.jpg
住所:北海道稚内市抜海村字クトネベツ
駐車場あり

JR抜海駅に行ってきました。
抜海の地名はアイヌ語の「パッカイ・シュマ」(子負い石)の上部分に由来する
との事です。近くの丘に子供を背負った様に見える大きな石があったために付け
られました。

最近秘境駅巡りをする様になったのは、雑誌『旅の手帖』2015年3月号の
特集「終着駅への旅」を見たことがきかっけです。
抜海駅は終着駅ではありませんが、旅の手帖で取り上げられていました。
日本最北端の木造駅にして、無人駅が抜海駅です。

抜海駅3.jpg

クマザサの茂る道の奥に、抜海駅はありました。
近隣民家等はありません。
この駅も利用している人はいるのかどうか気になってしまいます。

抜海駅2.jpg

抜海駅4.jpg
学校の廊下のような雰囲気の漂う駅舎。
駅舎は大正13年の建築だそうです。もうこれはこれで文化財ですよね。

抜海駅5.jpg
本数もこんな感じです。

この駅舎、映画『南極物語』、ドラマ『少女に何が起こったか』のロケなどで使われ
たそうです。
駅舎に『少女に何が起こったか』のロケシーンの写真が展示されていました。
抜海駅6.jpg
主人公は小泉今日子さんです。

今まで駅舎とか全然興味が無かったんですが、秘境駅の哀愁に惹かれる様になり
ました。これからも秘境駅を巡っていきたいと思います。

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トナカイ牧場     (北海道幌延町)

北海道幌延町にあるトナカイ牧場に行ってきました。

<トナカイ牧場>
トナカイ牧場.jpg
住所:北海道天塩郡幌延町北進398−1
駐車場あり
入場無料

幌延にあるトナカイ牧場に行ってきました。
幌延にトナカイがやってきたのは平成元年との事です。
脱サラした恩田さんという方が、トナカイを家畜として飼育する計画を
たて、フォンランドからトナカイを輸入したのが始まりだそうです。

トナカイ牧場6.jpg

観光用ではないスタートでしたが、町も観光牧場をつくり今はトナカイ
の町としてのアピールをしているところです。

トナカイ牧場5.jpg

施設は無料なので、気軽に立ち寄る事が出来ます。
施設内にはトナカイ料理を食べることが出来るレストランやお土産屋さんなど
もありました。

トナカイ牧場2.jpg

トナカイ牧場4.jpg

トナカイ牧場3.jpg
トナカイの角は毛でフサフサしてますね(^-^)

平成27年夏旅 最北の地へ
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2015年09月04日

そばの花展望台    (北海道幌加内町)

北海道幌加内町にあるそばの花展望台に行ってきました。

<そばの花展望台>
そばの花展望台.jpg
住所:北海道幌加内町政和
駐車場あり(無料)

北海道幌加内町はそばの生産が盛んな町です。
3200ヘクタールの作付面積は日本一の規模との事です。
幌加内には二度雪が降ると形容されるほど、そばの花が一面を真っ白に染め
ます。

ずっと車で走ってきて、幌加内一帯のそばの作付けの多さにはびっくりしました。
町内には何ヶ所か蕎麦畑のビューポイントがある様ですが、僕が寄ったのは
北村農園の展望台です。
北村農園はシマダヤさんの契約農場との事です。

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そばの花展望台4.jpg

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あいにくの雨で、綺麗さも半減してしまいました(>_<)
晴れてたらさぞや良かったでしょう。遠くまでそば畑が広がる景色は圧巻です。

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駐車場の傍らにプレハブ製のそば博物館(無料)

蕎麦神社.jpg
蕎麦神社なんてのもありました(^-^)

平成27年夏旅 最北の地へ
http://rover.seesaa.net/article/424226743.html

[ここに地図が表示されます]
posted by 南行 at 23:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 北海道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする