2023年12月23日

帝京大学板橋キャンパス ウィンターイルミネーション   (東京都板橋区)

令和5年12月22日、帝京大学板橋キャンパス ウィンターイルミネーションを
見てきました。

<帝京大学板橋キャンパス ウィンターイルミネーション>
帝京大学医学部 イルミネーション.jpg
住所:東京都板橋区加賀2丁目11−1
駐車場無し

帝京大学板橋キャンパス ウィンターイルミネーションを見てきました。
やってるのを知ってて行ったわけではなく、たまたま前を通りかかったらやってた
という状況です。

後で調べたら、2023年11月29日(水)〜2024年1月21日(日)開催。
帝京大学が地域の住民への感謝をこめて実施しているものだそうです。
見てきましたが結構本格的なイルミネーション。
大学でここまでやるのかと思いました。
自由に見る事が出来るので良いですね(^_^)

帝京大学医学部 イルミネーション2.jpg

帝京大学医学部 イルミネーション4.jpg

帝京大学医学部 イルミネーション3.jpg

<動画>




posted by 南行 at 11:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年12月19日

阿茶局の墓を参拝   (東京都江東区)

令和5年12月18日、江東区の雲光院で阿茶局の墓を参拝しました。

<雲光院>
雲光院.jpg
住所:東京都江東区三好2丁目17−14
駐車場無し

<阿茶の局について>
阿茶局の墓3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
徳川家康の側室・阿茶局の墓を参拝しました。
阿茶の局は武田家の家臣・飯田直政の子で、今川家の家臣・神尾忠重の妻となって
いましたが、忠重の死後、家康の側室となりました。
家康からその才能を認められ戦場にお供しました。大坂冬の陣では、常高院や
大蔵卿局と会見して和議の成立に尽力しています。

出家後「雲光院」と号し、菩提寺であるお寺も雲光院です。
雲光院はもともと日本橋馬喰町にあったそうですが、火事等で度々移転し、
1683年に現在地である清澄白河に移ってきました。

入り口には阿茶局の墓という石碑があります。
阿茶局の墓.jpg

お寺に入り、本堂右側にある墓地へ。
墓地に入って正面に大きなお墓があり、これが阿茶の局の墓です。

<阿茶局の墓>
阿茶局の墓2.jpg
さすが家康の側室として重きをなした人物の墓ですね。大きいです。
大河ドラマの放映に合わせたか、墓の所にも新しめの簡単な解説も設置
されていました。

大河ドラマの舞台
http://rover.seesaa.net/article/112515106.html

著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html



posted by 南行 at 11:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年07月26日

平岡円四郎の墓を参拝   (東京都墨田区)

墨田区の本久寺というお寺で平岡円四郎の墓を参拝しました。

<本久寺>
本久寺.jpg
住所:東京都墨田区東駒形2丁目21−12
駐車場無し

墨田区東駒形にある本久寺に行ってきました。
このお寺には一橋慶喜の側近として活躍した平岡円四郎の墓があります。
一昨年の大河ドラマ『青天を衝け』では円四郎役を堤真一さんが演じていま
した。
1864年、京都で水戸藩士に襲撃され暗殺されます。
京都で荼毘にふされた後、本所の本久寺に葬られました。
円四郎の墓碑は関東大震災で失われ、その後再建されたものです。

<平岡円四郎の墓>
本久寺4.jpg
本堂裏に墓地があります。現地に解説等無いので、いきなり行っても分かりません。
ちょうどお寺の方はがいらっしゃったので、円四郎の墓を参拝したい旨伝えたところ
親切にご案内頂けました。

平岡さんのお墓が3つ並んでますが、一番左が平岡円四郎のお墓だそうです。
一番右は1959年に野球殿堂入りしている平岡 凞氏のお墓との事。

平岡円四郎は歴史の教科書に出てこない人物ですが、その存在は非常に大きかった
というのが一昨年の大河ドラマでも良く分かりました。
そっと参拝して帰還しました。

本久寺2.jpg
境内にあった明徳小学校発祥の地碑です。

本久寺の立地は東京スカイツリーのお膝元という感じの場所です。
本久寺3.jpg

大河ドラマの舞台
http://rover.seesaa.net/article/112515106.html

著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html



posted by 南行 at 21:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年07月05日

二・二六事件・渡辺錠太カ教育総監邸跡  (東京都杉並区)

杉並区上荻2丁目にある二・二六事件、渡辺錠太カ教育総監邸跡(個人推定)
に行ってきました。

<渡辺錠太カ教育総監邸跡>
226事件 渡辺錠太カ邸.jpg
住所:東京都杉並区上荻2丁目7-30
ルーブル荻窪伍番館マンション付近。

二・二六事件では、政府重臣が何人も殺害されています。
そんな一人、渡辺錠太カ教育総監は、荻窪の自宅で射殺されました。

坂井直中尉、高橋太郎少尉、安田優少尉率いる兵150の部隊から安田
少尉、高橋少尉が兵30を率いて渡辺教育総監邸を襲撃。
次女の和子の目の前で射殺されました。

渡辺教育総監と次女の和子の有名な写真があります。
226事件 渡辺錠太カ邸2.jpg
この和子は、後にノートルダム清心学園理事長になる人物です。

渡辺邸は平成に入るまで現存していたそうですが、現在は解体されて跡形
も残っていません。
いろいろ調べたところ、このルーブル荻窪伍番館の場所が渡辺邸跡であろう
と個人的に特定しました。
もちろん現地の案内や説明板等は一切ありません。
二・二六事件の旧跡が荻窪であったという事を確認する為に訪問した感じです。

参考にしたHP
https://www.suginamigaku.org/2014/10/h-226jiken-1.html



posted by 南行 at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年06月14日

護国寺    (東京都文京区)

文京区にある護国寺に行ってきました。

<護国寺>
護国寺.jpg
住所:東京都文京区大塚5丁目40−1
駐車場あり(有料)
境内自由

<護国寺についてwikipediaより>
天和元年(1681年)2月7日、徳川綱吉は母、桂昌院の願いをうけ、高崎の
大聖護国寺住持であった亮賢に高田薬園の地を与え、桂昌院の祈願寺護国寺の
建立を命じた。

本尊は桂昌院念持仏の琥珀如意輪観音 (絶対秘仏)。本堂(観音堂)本尊は
堀田正虎の母・栄隆院尼寄附の如意輪観世音菩薩。江戸三十三箇所観音霊場
の第13番札所である。江戸時代には浅草寺、回向院に次いで出開帳の宿寺と
して人気があった
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
護国寺の近くを通りかかったので、久しぶりに訪問してみました。
過去何度か訪問しております。徳川綱吉の母である桂昌院ゆかりのお寺です。

重要文化財の本堂他、建物の立派ですが、その他護国寺には歴史上の著名人の墓が
沢山あります。
昔は大隈重信の墓とか近くで見れた様な覚えがあるのですが、今回行ったら近づけ
ない様になってました(残念)
遠くから眺めて参拝してきました。
都心にありながら、とても閑かな佇まい。外国人観光客も観光で来ておりました。

あと、昔は駐車場無料だったんですが、今はコインパーキング形式で
有料になっていました。

<護国寺本堂>
護国寺 本堂.jpg

<薬師堂>
護国寺 薬師堂.jpg

<大師堂>
護国寺 大師堂.jpg

護国寺4.jpg

護国寺3.jpg

護国寺2.jpg

以下、著名人のお墓です。

<大隈重信>
護国寺  大隈重信の墓.jpg

<三条実美>
護国寺 三条実美の墓.jpg

<山田顕義>
護国寺  山田顕義の墓.jpg
長州藩士。初代司法大臣。

<田中光顕>
護国寺  田中光顕の墓.jpg
土佐藩士。明治維新後、宮内大臣。

<山県有朋>
護国寺  山県有朋夫妻の墓.jpg

<ジョサイア・コンドル>
護国寺  コンドルの墓.jpg
鹿鳴館の建築等で有名な建築家。

著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html



posted by 南行 at 22:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年05月24日

左卜全住居跡   (東京都世田谷区)

世田谷区にある左卜全住居跡に行ってきました。

<左卜全住居跡>
左卜全3.jpg
住所:東京都世田谷区若林1-6-3

<左卜全住居跡について>
左卜全5.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
左卜全住居跡に行ってきました。
左卜全は本名は三ヶ島 一郎、昭和時代の名優、、なのですが、正直自分はよく知り
ません。まあ自分が生まれる前に亡くなっているので。
主に黒澤明監督の作品に出演されているそうです。

唯一知っているのが、左卜全氏が亡くなる1年前に歌った曲「老人と子供のポルカ」
です。76歳にして歌手デビューという曲で、この歌結構ヒットしたそうです。
この曲、テレ東の「出川哲朗の充電させてもらえませんか?」で出川達が充電が切れ
そうでピンチになった時に使われています。
それで知ったのですが、この曲頭に残ります。はまりました(笑)



左卜全氏は1971年亡くなります。奥様は1996年に亡くなられるまで、この地
に住んでいましたが、1997年に建物は取り壊されました。
家の門は所沢市の三ヶ島墓苑に移築され、そこに左卜全のお墓があります。

当地は現在、プレステージレフトというアパートになっています。
左卜全.jpg
「レフト」って付くのは、左卜全の左から来てるんでしょうね(^-^)
現地には上の解説板と、碑が建っています。

左卜全2.jpg
「常道の芸では 先がしれてる されば 逆 遠き苦難の みちを求めん」と
書いてあります。

左卜全4.jpg

場所は世田谷区若林1丁目、三軒茶屋駅から徒歩10分ほどです。
現地は道路が狭いので、車で行くのは厳しいです。
行くなら歩いて行きましょう。



posted by 南行 at 11:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年03月27日

東條英機邸跡  (東京都世田谷区)

世田谷区用賀にある東條英機邸跡に行ってきました。

<東條英機邸跡>
東條英機邸跡.jpg
住所:東京都世田谷区用賀1丁目10−24
駐車場無し

用賀にある東條英機邸跡に行ってきました。

昨日、U−NEXTで映画『プライド・運命の瞬間』を見ました。
東條英機が主人公で東京裁判を中心に東條の心境や、その家族などを
えがいた映画です。



1998年公開の映画。正直あまり期待せずに見たのですが、非常に良い
映画でした。津川雅彦の東條英機は姿や声など、東條の生き写しの様な感じ。
津川氏の演技も素晴らしかったです。また、板垣征四郎役の俳優さんも何気
に結構似ていてびっくり(笑)

映画の内容も史実に忠実に進められながら、家族の葛藤など見所満載。
主席検事キーナン、ウェッブ裁判長も良かったですし、正直名前も知らなかった
弁護人ベン・ブルース・ブレイクニーの公平な弁護にも感動しました。

そんな映画を見た翌日、予定は無かったのですが、急に仕事で用賀に行く
事になりました。
少し時間が合ったので、東條英機邸跡に行ってきました。
映画でも冒頭のシーンで用賀の自宅で東條夫妻が庭でトマトを育てている場面
が描かれています。
そこのGHQが乗り込んできて、東條はピストル自殺を図ります。
しかし、そこで死ねず生かされて東京裁判で裁かれる事になります。
そう、この用賀の自宅跡は、東條自殺未遂の場所でもあるのです。
用賀は戦時中、戦後まもなくの頃などはおそらくただの農村の様な場所だった
と思われます。東條は意外に郊外に住んでたんですね。
現在東條邸跡は、立正佼成会世田谷教会になっています。
東條邸がどれくらいの大きさだったのか、その辺はよく分かりません。
せっかく碑が建ってるなら、当時の建物についてとか解説でもあれば良いんです
けどね。何も無いので、さっぱり分かりません。

国道246号から曲がってすぐで、用賀にあるボルボのディーラーの裏になります。

まわりの雰囲気はこんな感じです。
東條英機邸跡2.jpg

東條英機邸跡3.jpg



posted by 南行 at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年03月26日

常圓寺の桜   (東京都新宿区)

新宿の常圓寺で桜を見てきました。

<常圓寺の桜>
常圓寺.jpg
住所:東京都新宿区西新宿7丁目12−5
駐車場あり(基本は檀家さん用と思われます)

新宿の常圓寺で桜を見てきました。
このお寺、新宿副都心の高層ビル群の間近にある日蓮宗のお寺です。

場所柄外国人観光客も桜の花に惹かれて来ている人が多かったです。

<常圓寺の桜・令和5年3月24日撮影>
常圓寺2.jpg

常圓寺3.jpg

常圓寺4.jpg

常圓寺5.jpg

常圓寺6.jpg

常圓寺7.jpg

常圓寺8.jpg

枝垂れ桜はやや見頃を過ぎた感じです。
夜はライトアップもやってる様です。

<桜の名所まとめのページはこちら>
http://rover.seesaa.net/article/14535679.html




posted by 南行 at 13:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年03月19日

黒田長政の墓を参拝  (東京都渋谷区)

渋谷区広尾にある祥雲寺で黒田長政の墓を参拝しました。

<黒田長政の墓>
黒田長政の墓.jpg
住所:東京都渋谷区広尾5丁目1−21
駐車場不明
境内自由

渋谷区指定史跡・黒田長政の墓を参拝しました。
黒田長政は黒田官兵衛(如水)の嫡男で、初代福岡藩主。
ここ祥雲寺は福岡藩2代藩主黒田忠之が、黒田藩赤坂江戸中屋敷内に
父の黒田長政を弔うために建立したのが始まりです。

境内には黒田長政の供養塔他、黒田家ゆかりの墓、その他大名墓所など
も多くある寺院です。

今回は時間が無かった(仕事中に立ち寄り)為、黒田長政の墓だけ参拝
しました。

<黒田長政の墓>
黒田長政の墓2.jpg
こちら黒田長政の墓です。
巨大な墓石を保護の囲いで囲っています。とにかくでかいです。

長政の墓の脇に五輪の塔。こちらは長政の継室・栄姫の墓だそうです。

<栄姫の墓>
黒田長政の墓3.jpg

恵比寿の駅から歩いて10分くらいの場所にこんなところがあろうとは全然
知りませんでした。また次回ゆっくり観光したいと思います。

大河ドラマの舞台
http://rover.seesaa.net/article/112515106.html

著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html



posted by 南行 at 11:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年03月05日

野田浜    (東京都大島町)

大島町の野田浜に行ってきました。

<野田浜>
野田浜3.jpg
住所:東京都大島町岡田新開212−1
駐車場あり(無料)

<野田浜について>
野田浜6.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
伊豆大島北端に近い野田浜に行ってきました。
伊豆大島の旅、最後の訪問地です。

野田浜も溶岩が流れて出来た海岸で、真っ黒い溶岩石の浜です。
夏は海水浴場になるそうです。行ったのが冬なので、そんな感じは一切しなかった
ですが。。。

また、先にある丘が乳が崎は源為朝が追討軍と戦った古戦場でもあります。
野田浜4.jpg

野田浜5.jpg

天気が良ければ景色も見応えがあったんでしょうけど、あいにくの曇りで、絶景
という感じでなかったのは残念。

野田浜にはBuddy’s Bellという鐘があります。

<Buddy’s Bell>
野田浜.jpg

野田浜2.jpg

野田浜は有名なダイビングスポットで、ダイバーの安全やパートナーとの信頼を
テーマとしたモニュメントだそうです。

令和4年〜5年 年末年始の旅
http://rover.seesaa.net/article/495796918.html

古戦場めぐり
http://rover.seesaa.net/article/159539121.html



posted by 南行 at 11:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年02月27日

須賀神社男坂    (東京都新宿区)

新宿区にある須賀神社男坂に行ってきました。

<須賀神社>
須賀神社.jpg
住所:東京都新宿区須賀町8
駐車場無し

<須賀神社について>
須賀神社2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
新宿区にある須賀神社に行ってきました。
須賀神社は江戸時代から続く神社で、江戸時代には四谷総鎮守の天王様として信仰を
集めました。

四谷三丁目駅から案内板が出ており、案内板に従って現地にむかいました。
まずは参拝です。

その後、とある場所に向かいます。
今更といえば今更かもしれませんが、須賀神社の男坂と呼ばれる坂は
映画『君の名は』の聖地として知られており、その場所を一度見たいと思って訪問
しました。

<須賀神社男坂>
君の名は2.jpg

こちら須賀神社男坂です。この場所、『君の名は』のラストシーンの場所と言われて
おります。

<君の名はのシーン>
君の名は.jpg

『君の名は』は2016年の映画。既に7年前の映画なんですね。
しかしながら、須賀神社男坂には多くの観光客が来ていました。

上の写真には誰も写ってませんが、僕の後ろには10人くらい観光客がおり、
カメラを構えていました。
時間が経ってもこれだけ観光客が聖地巡礼してるんですから驚きです。
『君の名は』はインパクトありましたからね〜。
自分ももう一回見てみようかなと改めて思いました。



posted by 南行 at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

戒行寺で長谷川平蔵供養塔を参拝  (東京都新宿区)

新宿区の戒行寺に行ってきました。

<戒行寺>
戒行寺.jpg
住所:東京都新宿区須賀町9−3
駐車場無し

新宿区の戒行寺で長谷川平蔵の供養塔を参拝しました。

<長谷川平蔵について>
長谷川平蔵供養碑.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
長谷川平蔵の供養塔を参拝しました。
長谷川平蔵は、鬼平犯科帳の鬼平のモデルになった人物です。

と言いながら、自分は鬼平犯科帳は見てないもので、よく知らないのです(^^;
あとで時間があるときにでも小説でも何でも見てみたいものです。

<長谷川平蔵供養塔>
長谷川平蔵供養jpg

著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html



posted by 南行 at 21:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年02月26日

西念寺で服部半蔵の墓を参拝   (東京都新宿区)

新宿区の西念寺で服部半蔵の墓を参拝しました。

<西念寺>
西念寺.jpg
住所:東京都新宿区若葉2丁目9

<西念寺と服部半蔵について>
西念寺2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
新宿区の西念寺で服部半蔵の墓を参拝しました。
家康とともに江戸に入った服部半蔵は、出家して江戸麹町の清水谷に庵を建て、
家康の長男松平信康の菩提を弔いました。
西念寺は服部半蔵(2代目)が創建したお寺で、服部家の菩提寺です。
二代目というのが世に一番知られている服部半蔵です。

まず本堂脇にある服部半蔵の墓を参拝します。

<服部半蔵の墓>
服部半蔵の墓.jpg
大河ドラマ『どうする家康』放送中という事もあり、自分の他にも参拝客が来て
いました。

服部半蔵の墓の裏に、家康の長男・松平信康の供養塔があります。
これは服部半蔵が信康の供養の為建てたものです。

<松平信康供養塔>
徳川信康の供養塔2.jpg

徳川信康の供養塔.jpg
服部半蔵は信康の自刃に際し、介錯を命じられるも主君の子を前に切ることを
躊躇い介錯出来ませんでした。それを悔やみ信康の供養塔を建て、その菩提を
弔いました。

信康は徳川性を名乗っていたものと思われますが、江戸時代に入り徳川性は
将軍家・御三家・御三卿に限られた為、一般には松平信康という事になって
いる様です。

三河ゆかりの服部半蔵と松平信康ですが、東京にこういうゆかりの地があるん
ですね。ちと驚きです。

大河ドラマの舞台
http://rover.seesaa.net/article/112515106.html

著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html



posted by 南行 at 12:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

榊原鍵吉の墓を参拝   (東京都新宿区)

東京都新宿区、西應寺にある榊原鍵吉の墓を参拝しました。

<西應寺>
西應寺.jpg
住所:東京都新宿区須賀町11−4
駐車場無し

<榊原鍵吉について>
榊原鍵吉の墓.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
榊原鍵吉の墓を参拝しました。
榊原鍵吉は幕末の剣豪で、男谷精一郎から直心影流男谷派剣術を継承、その後幕府
講武所剣術師範を務めた人物です。

幕末の剣豪というと、新選組のメンバーや江戸で言うと千葉周作とかいますが、
そういう人達から比べると知名度は低い感じです。
しかし、その腕前は一級で、明治天皇の前で天覧兜割りの成功させた事で剣士とし
て名声を高めました。
自分は昔、KOEIのゲーム「維新の嵐」で榊原鍵吉の事を知りました。

明治維新後は居酒屋の経営なども行った様ですがうまくいかず、生涯道場で後進の
指導に力を入れたそうです。

お墓は四谷三丁目駅から歩いて10分くらいの西應寺にあります。
本堂裏に墓地があり、階段を下がりきったくらいの場所にあります。
墓地には案内板等無いので、見つけづらいです。

<榊原鍵吉の墓>
榊原健吉の墓.jpg

著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html



posted by 南行 at 10:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年02月15日

赤禿    (東京都大島町)

伊豆大島の赤禿に行ってきました。

<赤禿>
赤禿.jpg
住所:東京都大島町元町
駐車場あり(無料)

赤禿という景勝地に行ってきました。
ここも伊豆大島の火山によって出来たものです。
赤禿2.jpg

マグマが勢いよく噴き上がり火口の周りに急速に降り積もる噴火でできたスコリア丘
というものです。
噴き出したスコリアはまだ高温のうちに空気に十分触れたため、酸化して赤さび色
になっています。

赤禿は伊豆大島の西海岸に位置し、ここからは綺麗な夕陽が見えるそうです。
今回の訪問は午前中で、しかも天気があまり良くなかったので、眺望的にはいまいち
でした。

<赤禿>
赤禿3.jpg

赤禿4.jpg

赤禿5.jpg

赤禿7.jpg

<赤禿からの風景>
赤禿6.jpg
海岸には真っ黒い溶岩が冷えて出来た岩。

赤禿8.jpg

令和4年〜5年 年末年始の旅
http://rover.seesaa.net/article/495796918.html




posted by 南行 at 18:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年02月12日

泉津の切り通し   (東京都大島町)

伊豆大島にある泉津の切り通しに行ってきました。

<泉津の切り通し>
泉津の切り通し.jpg
住所:東京都大島町泉津
駐車場無し

泉津の切り通しを見に行ってきました。
大島一周道路から少しそれた場所にあります。
人工的に切り開いた道路なんですが、これがとても神秘的な雰囲気。

泉津の切り通し2.jpg
この木の雰囲気がとても良い。この雰囲気が天空の城ラピュタみたいな
感じという事でSNS等でよく紹介されているそうです。
確かに神秘的な雰囲気。良いですね〜(^-^)

泉津の切り通し3.jpg
切り通しの先に何かある訳ではありません。

泉津の切り通し4.jpg

観光時間としては数分ですが、大島では外せない観光スポットかなと思います。
駐車場が無いので、少しだけ路駐しました。

令和4年〜5年 年末年始の旅
http://rover.seesaa.net/article/495796918.html



posted by 南行 at 11:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大島公園(椿園・椿資料館)    (東京都大島町)

伊豆大島にある椿園・椿資料館に行ってきました。

<椿園・椿資料館>
椿園.jpg
住所:東京都大島町泉津福重
駐車場あり(無料)
入場料(無料)
営業:8:30〜16:30

椿園と椿資料館に行ってきました。

椿園6.jpg
伊豆大島は椿が有名で、椿油の生産が行われていたりします。
お土産で買えますし、前日に泊まった大島温泉ホテルでは、椿油を
使ったフォンデュなども夕食メニューであったりします。

大島椿園は7ヘクタールの広さの敷地に椿の花が咲く植物園。
11月〜3月にかけていろんな品種の花が咲きます。

一面花って感じではないんですが、訪問時も結構花が咲いてました。
令和4年12月30日撮影。
椿園3.jpg

椿園4.jpg

椿園8.jpg

椿園7.jpg

<椿資料館>
椿資料館.jpg

こちらの資料館も無料で入館出来ます。
椿に関する展示、大島の産業としての椿に関する展示などが行われています。
これだけの資料館が無料なのはありがたいですね。

椿資料館2.jpg

令和4年〜5年 年末年始の旅
http://rover.seesaa.net/article/495796918.html



posted by 南行 at 10:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年02月08日

新火口展望台   (東京都大島町)

伊豆大島、三原山の新火口展望台に行ってきました。

<新火口展望台>
新火口展望台.jpg
住所:東京都大島町元町
駐車場あり(無料)

新火口展望台に行ってきました。
1986年の噴火で新たに出来た火口を眺める展望台です。

新火口展望台2.jpg
昨日と見た感じ同じような三原山。

しかしよく見ると、湯気のようなものがあがってます。
新火口展望台3.jpg
さすが活火山。これだといつ噴火してもって感じもします。
登山道にもRCのシェルターもありましたし、噴火にも備え万全という感じでした。

令和4年〜5年 年末年始の旅
http://rover.seesaa.net/article/495796918.html



posted by 南行 at 19:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

三原山    (東京都大島町)

伊豆大島で三原山に登ってきました。

<三原山>
三原山.jpg
住所:東京都大島町野増
駐車場あり(無料)

伊豆大島、三原山に登ってきました。
伊豆大島は三原山という活火山の島。島の至る所に噴火の形跡が
あります。
直近では1986年に大噴火しており、その時は全島民が1ヶ月間島外に
避難する事態になっています。

今はおちついてますが、活火山なだけにいつ噴火してもおかしくないんでしょ
うね。

三原山登山ルートはいろいろありますが、今回は三原山山頂駐車場に車を停め、
そこから火口展望台に行って帰ってくるルートを散策します。

山頂駐車場は山頂駐車場というだけあって、結構車で上っていけます。
駐車場から片道40分と案内板に書いてあります。

三原山2.jpg
スタート地点から三原山を望みます。結構遠く見えるけど、行って帰ってこれ
るのかな。。。
スタート地点で15時少し前。夕暮れまであまり時間がありません。
急ぎます。

三原山3.jpg
最初は平坦な道を進みます。

登りルートも複数あるので、表砂漠ルートってのを選んだんですが、これが失敗。
途中で登山ルートを見失いました(>_<)
正しいルートと思っていた道が全然違う方向に。
かなり時間をロス。あせりながら、何とか火口まで到着しました。

<火口展望台>
三原山6火口.jpg
分かりづらいですが、奥のくぼみが火口です。
時間があればお鉢周りという火口外周をまわると更なる絶景が見える様なんですが、
今回は時間が無い為、この展望台で引き返します。

三原山6火口2.jpg

三原山6火口3.jpg
火口展望台付近からの景色です。

三原山5.jpg
山頂にある三原神社上社の鳥居です。ここからの景色は素晴らしい。

さて、日が暮れかかってます。急いで戻ります。
本当にギリギリで駐車場に戻りました。
あぶなかったです。

駐車場に戻ったところ、目の前にはまた素晴らしい光景。
伊豆半島越しに夕暮れの富士山が見えました。

三原山 富士山.jpg

三原山 富士山2.jpg

三原山、非常に良かったです。また来ることがあれば、今度はお鉢周りもして
みたいです。

令和4年〜5年 年末年始の旅
http://rover.seesaa.net/article/495796918.html



posted by 南行 at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年02月05日

筆島     (東京都大島町)

伊豆大島にある筆島の展望スポットに行ってきました。

<筆島>
筆島展望台.jpg
住所:東京都大島町波浮港
駐車場あり(無料)

筆島の展望スポットに行ってきました。
筆島は伊豆大島の東岸にある岩です。島とは言っていますが、岩です。
ローソク岩みたいな切り立った岩。断崖をバックにとても美しい風景です。

筆島展望台2.jpg

筆島展望台3.jpg

展望スポットを歩いていると変な石を発見。
カキハラ磯火山豆石.jpg

何かと思ったら説明がありました。

カキハラ磯火山豆石3.jpg

カキハラ磯火山豆石というものでした。火山の噴火によって出来たものです。
不思議な自然の風景です。
カキハラ磯火山豆石2.jpg

令和4年〜5年 年末年始の旅
http://rover.seesaa.net/article/495796918.html



posted by 南行 at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年02月01日

波浮港を散策   (東京都大島町)

大島町の波浮港を散策しました。

<波浮港>
波浮港.jpg
住所:東京都大島町波浮港
駐車場無し

伊豆の踊子の舞台でもある波浮港を散策しました。
波浮港は江戸時代から漁業の拠点の町として栄えました。
野口雨情作詞・中山晋平作曲の『波浮の港』で一躍有名となり、観光地
としても賑わいました。

駐車場が無さそうだったので、とりあえず車を港に停めて散策です。
港からは昔漁業で栄えた町の面影を感じる町並みです。

波浮港2.jpg

波浮港3.jpg

波浮港4.jpg

波浮港7.jpg

少し進むと、伊豆の踊子資料館となっている旧港屋旅館があります。
波浮港5.jpg

波浮港8.jpg

伊豆の踊子資料館、入館無料です。
波浮港9.jpg
撮影不可でしたが、何度か映画化されている伊豆の踊子の映画の写真も展示
されています。
僕は1954年上映、美空ひばり出演の映画を以前U−NEXTで見ました。


<林芙美子歌碑>
波浮港6.jpg
波浮港で発見した林芙美子の歌碑。
「眼をとぢたり 瞼ひらけば 火となりて 涙吾れば 焼く憶いなり」
昭和8年に大島で詠んだものだそうです。

令和4年〜5年 年末年始の旅
http://rover.seesaa.net/article/495796918.html

日本の古い町並み
http://rover.seesaa.net/article/21960937.html



posted by 南行 at 18:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

波浮港見晴台   (東京都大島町)

大島町にある波浮港見晴台に行ってきました。

<波浮港見晴台>
波浮港見晴台.jpg
住所:東京都大島町差木地
駐車場無し

波浮港はもともと火口湖だったもので「波浮の池」と呼ばれていましたが、
838年の水蒸気爆発と1703年の大地震・大津波で海と繋がりました。
江戸時代の1800年には港として開港。沿岸漁業の中心地として栄えました。

明治以降、波浮港には多くの著名人なども訪れ、川端康成の「伊豆の踊子」の
舞台にもなりました。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
大島一周中に立ち寄った展望台です。
伊豆の踊子の舞台でもある波浮港を眼下に一望出来る展望台。
与謝野鉄幹の歌碑とか、「アンコ椿は恋の花」の碑などもありました。

<与謝野鉄幹歌碑>
波浮港見晴台2.jpg
「山めぐり 波浮の入り江の青めるに 影しぬ船と 片側の町」

与謝野鉄幹・与謝野晶子夫妻は日本全国いろんなところに来て詩を詠んでますね。

<アンコ椿は恋の花の碑>
波浮港見晴台3.jpg
1964年発売、都はるみ3枚目のシングル曲。
波浮港が歌詞に出てきます。
「三日おくれの 便りをのせて 船が行く行く 波浮港」なんて歌詞です。

<波浮港>
波浮港見晴台4.jpg

波浮港見晴台5.jpg

もともとは火山湖だったのが、大地震・津波で海に繋がったとの事。そう思うと恐いですね。
景色は非常に良かったです。

令和4年〜5年 年末年始の旅
http://rover.seesaa.net/article/495796918.html



posted by 南行 at 10:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年01月26日

地層大切断面   (東京都大島町)

伊豆大島にある地壮大切断面を見てきました。

<地層大切断面>
地層断面.jpg
住所:東京都大島町野増
駐車場あり(無料)

過去約18000年の間に繰り返し起こった大噴火、100回以上の噴出物
が巨大な縞模様を造り上げたものです。
この地層は1953年、島の一周道路を建設する為、山を削ったところ偶然
発見されました。

今回の伊豆大島の旅で、一番良かった場所がここです。
ここまで綺麗に地層が見える場所ってなかなか無いですよね。
まさにバームクーヘンの様に地層が見えます。

地層断面前のバス停も、バームクーヘンの形になってましたし(笑)
数百メートルにわたってこの断面を見る事が出来ます。

<地層大切断面>
地層断面2.jpg

地層断面3.jpg

地層断面4.jpg

地層断面5.jpg

地層断面6.jpg

地層断面7.jpg

<地層大切断面からの風景>
地層断面8.jpg
地層大切断面から海を見ると、利島や式根島、新島などが見えます。
一番大きく見えるのが利島です。

令和4年〜5年 年末年始の旅
http://rover.seesaa.net/article/495796918.html




posted by 南行 at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年01月18日

為朝館跡    (東京都大島町)

大島町にある為朝館跡に行ってきました。

<為朝館跡>
為朝館跡.jpg
住所:東京都大島町元町1丁目7
駐車場無し

<為朝館跡について>
為朝館跡2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
伊豆大島にある為朝館跡に行ってきました。
為朝とは源為朝の事。源義朝の弟。

保元の乱では父為義とともに崇徳上皇方で戦うも敗れ、伊豆大島に流されました。
その為朝の館跡がこの場所です。
現在はホテル赤門というホテルの敷地になっていて、敷地の片隅に赤門、そして
敷地内に為朝神社がありました。

ホテルの敷地ではありますが、一応観光地なので気にせず見学してきました。
赤門と神社がありますが、赤門は最近再建されたのかなと思われる雰囲気。
館跡と言ってもこれといって見られる遺構はありませんでした。
為朝館跡3.jpg

敷地内にある為朝神社です。

<為朝神社>
為朝神社.jpg

為朝神社2.jpg

伊豆大島で攻め滅ぼされた為朝を祀った神社です。
茅葺建物の神社って珍しいですね。

令和4年〜5年 年末年始の旅
http://rover.seesaa.net/article/495796918.html



posted by 南行 at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年11月20日

大泉学園アニメマンホール   (東京都練馬区)

西武池袋線「大泉学園」駅北口に点在するアニメマンホール蓋を見て
きました。

<大泉学園・アニメマンホール>
銀河鉄道9992.jpg
住所:東京都練馬区東大泉1丁目

大泉学園は1958年に東映映画(現東映アニメ)が日本で初めて
長編アニメ映画「白蛇伝」を制作した地です。
またその後、「銀河鉄道999」が制作されるなど、アニメの聖地と
言われております。
そんな大泉学園駅の北口にアニメマンホールが3ヶ所点在しています。

うる星やつら、あしたのジョー、銀河鉄道999のマンホールです。
赤ポチの場所にあります。
クリップボード一時ファイル01.jpg
駅近に2ヶ所〔うる星やつら・あしたのジョー)、大泉妙延寺交差点の所に1ヶ所
(銀河鉄道999)のマンホールの蓋があります。

<うる星やつら>
うる星やつら.jpg

<あしたのジョー>
あしたのジョー.jpg

<銀河鉄道999>
銀河鉄道999.jpg
銀河鉄道999のマンホールの蓋は、人が大勢通る場所にある為、やや劣化して
いました。

アニメマンホール巡り最近少しはまってます。
日本全国他にもある様なので、まわってみたいと思います。

posted by 南行 at 16:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年10月15日

武相荘・白洲次郎旧居   (東京都町田市)

町田市にある武相荘に行ってきました。

<武相荘>
武相荘.jpg
住所:東京都町田市能ヶ谷7丁目3−2
駐車場あり(無料)
入場料:1100円

白洲次郎の旧居である武相荘に行ってきました。
白洲次郎は、吉田茂首相の懐刀として、戦後GHQと渡り合った人物。
サンフランシスコ講和会議などで活躍しています。
吉田茂退任後は、実業界に復帰、東北電力会長を務めます。
後には、大洋漁業(現マルハニチロ)、日本テレビ、英国ウォーバーグ証券
の役員などを歴任しました。

そんな白洲次郎の旧居が武相荘です。
名前は「武蔵の国と相模の国の境に位置する」事と「無愛想」を掛けたもの
だそうです。

この地は次郎は「カントリージェントルマン」を自称した白洲の思想を反映
した居住地。
敢えて中央の政争や喧噪から距離を置き、地方に在住しつつ中央の情勢に目
を光らせるという事だそうです。

今は住宅地として開発されていますが、白州が移り住んだ1943年当時は
おそらく田舎の田舎だったんだろうなと。
疎開の意味もあったのでしょう。

現在、武相荘は茅葺きの建物が残り、その中に白州次郎の遺品や功績の展示
が行われています。中は撮影禁止なので、写真はありません。

武相荘2.jpg

武相荘3.jpg

建物の前に,白洲の乗っていた車が展示されています。
白州は車好きだったそうで、ポルシェ911を乗り回していたとか。
1986年に発売された2代目ソアラの開発に際しアドバイスも行ったそう
です。

武相荘4.jpg

武相荘5.jpg

武相荘6.jpg

入場料は1100円と少し高いですが、前から一度行きたいと思っていたので、
行けて良かったです。
無料駐車場もありますが、結構混んでいて停めれない可能性もあります。



posted by 南行 at 11:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年10月02日

堀部安兵衛の碑    (東京都新宿区)

西早稲田にある堀部安兵衛の碑を見てきました。

<堀部安兵衛の碑>
堀部安兵衛の碑.jpg
住所:東京都新宿区西早稲田1丁目21−1
駐車場無し

<碑について>
堀部安兵衛の碑2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
堀部安兵衛の碑を見てきました。
堀部安兵衛は忠臣蔵での吉良邸討ち入りの四十七士の一人で、忠臣蔵の話の中でも
主要人物の一人です。

そんな堀部安兵衛ですが、赤穂藩の出身ではありません。
越後・新発田藩の溝口家家臣の中山弥次右衛門の長男です。

その後、浪人となっていたところ、菅野六郎左衛門の果たし合いの助太刀をする事
になり、相手方3人を切り倒す武功をあげました。
これが忠臣蔵で言うところの高田馬場の決闘です。

その話を聞いた赤穂藩の堀部金丸が安兵衛を是非養子にと望み、最初は断ったものの
もとの中山姓のままで良いという条件で、金丸の娘と結婚し婿入りしました。
金丸亡き後、中山姓から堀部姓に変わったそうです。

今回見学したのは、高田馬場の決闘など堀部安兵衛について記した石碑です。
この碑は明治時代に造られたものでした。

僕は忠臣蔵は大河ドラマ『元禄繚乱』で見たのみです。
元禄繚乱での堀部安兵衛役は阿部寛さん。そのイメージが強烈に残ってます(^-^)



posted by 南行 at 19:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年09月19日

昔の下北沢駅    (東京都世田谷区)

今日、画像フォルダを整理していたら昔の下北沢駅の写真を発見したので、
備忘録として貼っておきます。

撮影は平成25年3月22日。旧駅舎取り壊しの直前です。

<旧下北沢駅>
下北沢駅2.jpg

下北沢駅.jpg

下北沢駅3.jpg

下北沢駅4.jpg

下北沢駅5.jpg

下北沢駅6.jpg

現在下北沢駅は本当に綺麗になりました。
ただ、自分にとっては昔の古い駅舎に想い出も多いので、写真は永久保存です。
大学時代の青春も下北沢にありますし(^-^)



posted by 南行 at 00:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月31日

尾崎豊記念プレート   (東京都渋谷区)

渋谷のクロスタワー前にある尾崎豊記念プレートを見てきました。

<尾崎豊記念プレート>
尾崎豊記念碑.jpg
住所:東京都渋谷区渋谷2丁目15−1

1992年に亡くなった尾崎豊の記念プレートです。
尾崎豊は高校時代に青山学院高等部に通学し、学校の帰り道によく
この場所から夕日を眺めていたという事から記念プレートが設置されました。
記念碑の脇には「十七歳の地図」の歌詞とサイン。

もう亡くなってから30年にもなるんですね。
生きていれば56歳か、時間の流れを感じます。
僕は亡くなった後から尾崎豊の歌を聴いて好きになった感じなので、あまりリアル
タイムじゃないんですが、先輩とかで尾崎豊の大ファンも多く、亡くなった時の
大騒ぎは今でも覚えています。

尾崎豊記念碑2.jpg
いけないんでしょうけど、プレート脇のタイルには数多くの落書き。
令和に入ってからの書き込みも多く、今でも多くのファンに想われているんだな
としみじみ思いました。

今回はクロスタワーに仕事で行ったついでに撮影しました(^-^)

<関連地・尾崎豊の墓>
http://rover.seesaa.net/article/398465804.html



posted by 南行 at 11:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月17日

東中野で墓参り   (東京都中野区)

東京都中野区にある4つのお寺で墓参りをしました。

<東中野墓参り>
青源寺  住所:東京都中野区上高田1丁目2−3
源通寺  住所:東京都中野区上高田1丁目2−7
高徳寺  住所:東京都中野区上高田1丁目2−9
龍興寺  住所:東京都中野区上高田1丁目2−12

この4ヶ寺を巡りました。この4つのお寺は早稲田通り沿いに
あり上から順に東から並んでいるお寺です。墓地はそれぞれ境界が
あり、それぞれのお寺からしか入れませんが、裏一体全てが墓地という
感じになっています。

まず、青源寺に行きます。

<青源寺>
01青源寺.jpg

<青源寺 脇坂安董の墓>
01青源寺  脇坂安董の墓.jpg
ここでは脇坂安董の墓を参拝しました。脇坂安董は播州龍野藩主。
江戸幕府で老中を務めた人物です。
あまり歴史的な知名度はありません。現地にも特に解説等無いので完全に
スルーしてしまう感じです。

<源通寺>
02源通寺.jpg

<源通寺 河竹黙阿弥の墓>
02源通寺 河竹黙阿弥の墓.jpg

02源通寺 河竹黙阿弥の墓2.jpg
こちらは結構有名な人物。幕末〜明治初期に活躍した歌舞伎狂言作者です。
もともと浅草に住んでいた様で、源通寺も浅草にあったのですが、寺が中野
に移ってくると共にお墓も中野に移ったものです。

<高徳寺>
03高徳寺.jpg

<高徳寺 新井白石の墓>
03高徳寺 新井白石の墓.jpg

03高徳寺 新井白石の墓2.jpg

03高徳寺 新井白石の墓3.jpg
高徳寺には6代将軍徳川家宣のもとで政治を仕切った新井白石の墓がありました。
高名な政治家ですが、墓は小さなお墓です。徳川吉宗が8代将軍になると白石の
政治は悉く否定され、晩年は不遇を味わった様です。

<高徳寺 山野愛子の墓>
03高徳寺  山野愛子の墓.jpg
同じ高徳寺に美容家・山野愛子のお墓もありました。

<龍興寺>
04龍興寺.jpg

<龍興寺 飯塚染子の墓>
04龍興寺 飯塚染子の墓.jpg
龍興寺で飯塚染子の墓を参拝しました。飯塚染子って誰?という人が99%なん
じゃないかと思います。
歴史好きでもあまりピンとこないかと思います。
飯塚染子は、5代将軍徳川綱吉のもとで側用人として権勢を誇った柳沢吉保の側室
です。
墓石には戒名「霊樹院殿月光寿心大姉」が刻まれています。
また横には、甲斐少将吉保の文字がかろうじて読み取れます。
04龍興寺 飯塚染子の墓2.jpg

柳沢吉保の側室とはいえ、何故に知られているか。
俗説ではありますが、吉保と染子の子と言われている嫡子柳沢吉里は、実は将軍
綱吉の子ではないかというものがあります。
染子に綱吉の手がつき、その時の子ではないかというものです。

大河ドラマ『元禄繚乱』を見たのですが、その話の中では吉里は綱吉の子説で、
柳沢吉保は吉里を将軍にしようと画策するという流れでした。
元禄繚乱では染子役を鈴木保奈美さんが演じており、自分もそれで飯塚染子の
存在を知りました。

龍興寺のお墓は、解説等一切無く、見つけるのも大変でした。
横に甲斐少将吉保とあったので、これだと分かりました。

著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html



posted by 南行 at 18:05| Comment(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月14日

銀行発祥の地    (東京都中央区)

銀行発祥の地に行ってきました。

<銀行発祥の地>
銀行発祥の地.jpg
住所:東京都中央区日本橋兜町4−3
駐車場無し

<銀行発祥の地について>
銀行発祥の地4.jpg

銀行発祥の地3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
1873年、この地に第一国立銀行が開設されました。
よってここが銀行発祥の地という事になります。
渋沢栄一らによって設立されたナショナルバンク。1896年に銀行法改正により
第一銀行になります。
その後第一銀行は、合併など様々な変遷を経て、現在はみずほ銀行になっています。

銀行発祥の地2.jpg

現地もみずほ銀行兜町支店として営業中。現在の建物は4代目との事です。
銀行の建物に、上の写真の「銀行発祥の地」プレートが埋め込まれていて、脇の
壁に歴代の建物の写真や、渋沢栄一の記事などが掲示されていました。
歴史を感じられる場所ですね。
今年の大河ドラマ『青天を衝け』の関連地でもあるので記事にしてみました。

大河ドラマの舞台
http://rover.seesaa.net/article/112515106.html



posted by 南行 at 19:42| Comment(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月31日

子易神社     (東京都板橋区)

板橋にある子易神社に行ってきました。

<子易神社>
子易神社.jpg
住所:東京都板橋区板橋2丁目19−20
駐車場無し
境内自由

<子易神社について>
子易神社4.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
板橋の子易神社に行ってきました。
知ってて行った訳ではなく、歩いていたら桜が綺麗だったので立ち寄りました。
名前のとおり、子宝御利益の神社の様です。
中山道板橋宿からは少し離れていて、街道の神社という事ではなく、この地域の村
の鎮守の神社です。

子易神社5.jpg

桜を観賞し、参拝もしてきました。

<子易神社の桜・令和3年3月30日撮影>
子易神社2.jpg

子易神社3.jpg

<桜の名所まとめのページはこちら>
http://rover.seesaa.net/article/14535679.html





posted by 南行 at 13:17| Comment(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月14日

藤田東湖護母致命の処    (東京都文京区)

文京区にある藤田東湖護母致命の処です。

<藤田東湖護母致命の処>
藤田東湖御母致命の地.jpg
住所:東京都文京区後楽1丁目3−40
駐車場無し

藤田東湖護母致命の処に行ってきました。
藤田東湖は水戸藩士で、水戸学の学者でもあります。徳川斉昭の腹心として、幕末の
水戸藩の動きに影響を与えました。
しかし、1855年に起こった安政江戸地震の際、自宅で落ちてきた梁の下敷きにな
り圧死しました。東湖は一度外に逃げたのですが、母親が火鉢の火を気にして室内に
戻ったのを助けようと屋敷に戻った際、落ちてきた梁から母を守るため庇い、母は
助けだされましたが、東湖は残念ながら亡くなったというものです。

屋敷跡は現在の白山通りにあり、白山通りの拡幅とともに説明板も東京ドーム脇の
歩道上に移されました。

藤田東湖御母致命の地2.jpg

現地はこんな感じで、歩道上に上の説明板があるだけという感じです。
説明板を見ている人もほとんどいません。
ちょっと足をとめて、歴史を感じてみるのも良いかと思います。

大河ドラマの舞台
http://rover.seesaa.net/article/112515106.html



posted by 南行 at 21:40| Comment(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月03日

奥の細道 矢立初めの地   (東京都足立区)

足立区にある奥の細道矢立初めの地に行ってきました。

<奥の細道・矢立初めの地>
奥の細道 矢立初めの地.jpg
住所:足立区千住橋戸町31
駐車場無し

矢立とは筆と墨壺を組み合わせた携帯用筆記用具で、この地で奥の細道の初めの句
を詠んだという事で、矢立初めの地と言うそうです。

ここから始まる長い旅を思い、以下の様に詠んでいます。

千じゆと云所にて船をあがれば前途三千里のおもひ胸にふさがりて幻のちまたに
別離の泪をそゝく
「行春や鳥啼魚の目は泪」

現地にその解説板がありました。
奥の細道 矢立初めの地2.jpg

矢立初めの地は国道4号線沿い、千住大橋の袂にあります。
奥の細道 矢立初めの地4.jpg

奥の細道 矢立初めの地3.jpg

奥の細道 矢立初めの地5.jpg

奥の細道の旅
http://rover.seesaa.net/article/26835383.html

[ここに地図が表示されます]



posted by 南行 at 16:39| Comment(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月02日

千葉灸治院跡    (東京都足立区)

足立区にある千葉灸治院跡に行ってきました。

<千葉灸治院跡>
千葉サナ治療院跡.jpg
住所:東京都足立区千住仲町1
駐車場無し

千葉サナ治療院跡3.jpg

千葉佐那が明治維新後に開いた灸の診療所跡です。
坂本龍馬の婚約者とも言われる千葉佐那(千葉さな子)は明治維新
後千住に住み灸を生業として行き、明治29年に亡くなります。
龍馬を思い、生涯独身を通したという事(結婚説もあり)

佐那の灸治院は北千住の駅から歩いて10分ほどの国道4号沿い
にあった様です。
現地は今空き地になっており、そこに案内板が出ていました。

千葉サナ治療院跡2.jpg

千葉サナ治療院跡5.jpg
この看板の裏が跡地。

千葉サナ治療院跡4.jpg
現地に写真がありました。灸治院の建物は昭和40年代前半まで
あった様です。

大河ドラマの舞台
http://rover.seesaa.net/article/112515106.html

[ここに地図が表示されます]


posted by 南行 at 12:16| Comment(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月21日

【戦争遺跡】日立航空機立川工場変電所   (東京都東大和市)

戦争遺跡・日立航空機立川工場変電所に行ってきました。

<日立航空機立川工場変電所>
日立航空機立川変電所.jpg
住所:東京都東大和市桜が丘2丁目
駐車場あり(無料・都立東大和南公園)

<日立航空機立川工場変電所について>
日立航空機立川変電所6.jpg

日立航空機立川変電所7.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
日立航空機立川工場変電所を見に行ってきました。
都立東大和南公園の一角にあります。

ここは、昭和13年に航空機エンジンを製造する工場に電気を送るために、東京瓦斯
電気工業株式会社変電所として造られた施設です。
翌年に日立製作所と合併したため、日立航空機立川工場変電所となりました。
昭和20年の終戦間際、米軍機の機銃掃射を受け工場は大破。
変電所は機銃を受けましたが中の設備は無事で、戦後も変電施設として使われ続けま
した。驚くことに、この機銃の痕跡の建物で平成5年まで変電施設として使われた
事です。

実際に見て、その激しさに驚きました。
ここまで生々しく機銃の跡が残る建物なんて、日本ではこれくらいじゃないでしょう
か(僕が知らないだけかもしれませんが)
よくぞこの建物を残したなと。
この建物は後世に伝えるべき建物だなと思いました。

<その他写真>
日立航空機立川変電所2.jpg

日立航空機立川変電所3.jpg

日立航空機立川変電所4.jpg

日立航空機立川変電所5.jpg

日立航空機立川変電所8.jpg

戦争遺跡・軍事遺跡
http://rover.seesaa.net/article/476666823.html

[ここに地図が表示されます]


posted by 南行 at 21:39| Comment(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月25日

近藤勇像@西光寺 (東京都調布市)

調布市にある西光寺で近藤勇像を見てきました。

<西光寺>
西光寺.jpg
住所:東京都調布市上石原1-28-3
駐車場あり(無料)
境内自由

調布にある西光寺に行ってきました。
新選組の近藤勇らは甲陽鎮撫隊として甲州に西軍を迎え撃つべく出陣
しますが、その途中近藤の生まれ故郷である上石原の地で地元住民の
歓待を受けます。

その際、西光寺に立ち寄り、向かいにある名主の中村家でもてなしを
受けたそうです。

西光寺には近藤勇没後130年を記念して2001年に座像が建立さ
れました。

<近藤勇座像>
西光寺3.jpg
結構大きい座像でした。他の場所にある像って胸像が多いですが、ここ
は全身の座像なので珍しいなと思いました。

<新選組掟書>
西光寺2.jpg
座像の前に新選組の掟書などが掲示されていました。

新撰組関連の史跡
http://rover.seesaa.net/article/26835008.html

[ここに地図が表示されます]



posted by 南行 at 18:08| Comment(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月21日

多磨霊園墓参り   (東京都府中市)

多磨霊園で著名人の墓参りをしました。


<多磨霊園>
住所:東京都府中市多磨町4丁目628
駐車場無し


多磨霊園は府中市・小金井市にまたがる都立霊園です。
1923年に開園、日本初の公園墓地です。


著名人の墓も多いですが、1923年に開園という事もあり明治時代以降
の人物の墓がメインになります。

著名人の墓


続きに巡った墓をまとめてアップしました。


続きを読む
posted by 南行 at 20:07| Comment(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月03日

二・二六事件慰霊像   (東京都渋谷区)

渋谷にある二・二六事件慰霊像を見てきました。

<二・二六事件慰霊像>
二・二六事件慰霊碑.jpg
住所:東京都渋谷区宇田川町1−10
駐車場無し

<二・二六事件慰霊像について>
二・二六事件慰霊碑2.jpg
クリックすると拡大します。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
二・二六事件慰霊像を見てきました。

渋谷区役所に行ったときにたまたま発見しました。
渋谷区役所のすぐ近くにあります。

1936年2月26日、青年将校らが昭和維新をかかげ武装蜂起したものです。
この事件では、斎藤実内大臣、高橋是清蔵相、渡辺錠太カ教育総監が殺害され、
鈴木貫太郎侍従長が重傷を負いました。
岡田首相は人違いで難を逃れたって話は有名ですね。

事件後、首謀者は逮捕され処刑されました。
この慰霊像は処刑が行われた旧東京陸軍刑務所敷地跡に造られたものです。

渋谷駅からはやや距離がありますが、今は賑やかな渋谷の町の外れにこういう歴史
関連の史跡があるのが驚きです。

ちなみに二・二六事件の舞台となった山王ホテルは永田町にかつてあり、現在は
山王パークタワーになっています。

平成29年1月8日訪問

[ここに地図が表示されます]


posted by 南行 at 22:32| Comment(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

立会川の坂本龍馬像  (東京都品川区)

立会川の商店街にある坂本龍馬像を見てきました。

<坂本龍馬像>
立会川 坂本龍馬像2.jpg
住所:東京都品川区東大井2-25-22
駐車場無し

立会川の付近にはかつて土佐藩の屋敷があり、黒船が来航した当時
坂本龍馬もこの地で江戸警護にあたりました。
そんな事もあり、立会川商店街に坂本龍馬像が設置されています。

現在の像は2代目で2010年に設置された物です。
最初は2004年に設置された物。

<初代の像>
立会川 龍馬初代.jpg

初代の像から2代目になったのは、立会川で過ごした龍馬は若かりし
頃なので、若い龍馬像にするという理由だと聞いたことがあります。

正直あたらしいやつも若く見えない様な気もするんですが(^^;

平成30年5月20日訪問

銅像めぐり
http://rover.seesaa.net/article/142026310.html

大河ドラマの舞台
http://rover.seesaa.net/article/112515106.html

[ここに地図が表示されます]


posted by 南行 at 10:42| Comment(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月24日

大里の玉石垣   (東京都八丈町)

八丈町にある大里の玉石垣を見に行ってきました。

<大里の玉石垣>
大里の玉石垣.jpg
住所:東京都八丈町大里
駐車場無し

大里の玉石垣を見に行ってきました。
江戸時代、この地には大賀郷陣屋という陣屋があり、この陣屋が八丈島
統治の拠点となっていました。
今陣屋は残っていませんが、そのまわににあった玉石垣の町並みのみが
残っています。
この玉石垣は、流人たちが日々の糧を得るために遠い海から運んで積み
あげたものだそうです。

大里の玉石垣2.jpg

大里の玉石垣3.jpg

大里の玉石垣4.jpg

大里の玉石垣5.jpg

この玉石垣の町並み、まわりの植物の感じもあいまって、とても南国!と
いう雰囲気を感じる事が出来ました。

令和2年冬旅 八丈島
http://rover.seesaa.net/article/473439919.html

日本の古い町並み
http://rover.seesaa.net/article/21960937.html

[ここに地図が表示されます]


posted by 南行 at 10:40| Comment(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大越アロエ園   (東京都八丈町)

八丈町にある大越アロエ園に行ってきました。

<大越アロエ園>
八丈島アロエ園.jpg
住所:東京都八丈町大賀郷
駐車場無し
料金:無料

大越アロエ園に行ってきました。
八丈島北部、八丈富士の麓にあるアロエ園です。
約30万株のアロエがあり、12月〜2月にかけて花を咲かせます。
令和2年2月4日訪問でしたが、綺麗なアロエの花を見ることが出来
ました(^-^)

斜面にアロエの花が咲いており、上の方からは目の前に大越鼻灯台、
そして灯台越しに海を見る事が出来てとても綺麗でした。

<大越アロエ園・令和2年2月4日撮影>
八丈島アロエ園2.jpg

八丈島アロエ園3.jpg

八丈島アロエ園4.jpg

八丈島アロエ園5.jpg

<大越鼻灯台>
八丈島アロエ園 大越鼻灯台.jpg

令和2年冬旅 八丈島
http://rover.seesaa.net/article/473439919.html

岬・灯台巡り
http://rover.seesaa.net/article/107423997.html

[ここに地図が表示されます]


posted by 南行 at 10:10| Comment(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

八丈島 ふれあい牧場   (東京都八丈町)

八丈町にあるふれあい牧場に行ってきました。

<ふれあい牧場>
八丈島ふれあい牧場.jpg
住所:東京都八丈町大賀郷5627−1
駐車場あり(無料)

八丈島のふれあい牧場に行ってきました。

八丈富士の中腹にある牧場で、牛たちの放牧や八丈島の絶景を
楽しむ事が出来ます。
八丈富士から眼下に八丈島空港を眺め下ろす様な位置関係です。
青空の下だと楽園の様な光景との前評判に期待して訪問しましたが、
この日の天気は曇り。確かに景色は良いんですけどね、本当の良さか
らは一段落ちる感じになってしまいました。
風も超強かったです。

八丈島ふれあい牧場2.jpg

八丈島ふれあい牧場3.jpg

八丈島ふれあい牧場4.jpg

八丈島ふれあい牧場5.jpg

八丈島ふれあい牧場6.jpg

八丈島ふれあい牧場7.jpg

令和2年冬旅 八丈島
http://rover.seesaa.net/article/473439919.html

[ここに地図が表示されます]




posted by 南行 at 09:56| Comment(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月22日

長友ロード    (東京都八丈町)

八丈島にある長友ロードを見に行ってきました。

<長友ロード>
長友ロード.jpg
住所:東京都八丈町三根
駐車場無し

日本代表DF長友佑都選手は2008年から八丈島で自主トレを
行っており、それにちなんでその場所を「長友ロード」と名付け
たとの事です。

現地には長友選手のサイン入りの碑が建っていました。
現地は八丈島一周道路の一角。車も普通に通る道路なので、ここで
走るのはちょっと危なそうな感じもしました(^^;

長友ロード2.jpg

令和2年冬旅 八丈島
http://rover.seesaa.net/article/473439919.html

[ここに地図が表示されます]


posted by 南行 at 17:34| Comment(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夕日ヶ丘      (東京都八丈町)

八丈町にある夕日ヶ丘で夕陽を眺めてきました。

<夕日ヶ丘>
夕日ヶ丘.jpg所:住所:東京都八丈町大賀郷
駐車場あり(無料)

八丈島の西海岸にある夕日ヶ丘に行ってきました。
ちょうど日が暮れるところで、多くの観光客が夕陽を眺めていました。

目の前に八丈小島があり、その脇の海に夕陽が沈んでいく風景はとても
綺麗でずっと眺めていたい感じでした。

夕日ヶ丘3.jpg

夕日ヶ丘4.jpg

夕日ヶ丘2.jpg

珍しい「だるま夕日」を見る事が出来ました(^-^)
夕日ヶ丘5.jpg

令和2年冬旅 八丈島
http://rover.seesaa.net/article/473439919.html

[ここに地図が表示されます]



posted by 南行 at 16:31| Comment(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宇喜多秀家旧居跡    (東京都八丈町)

八丈町にある宇喜多秀家旧居跡に行ってきました。

<宇喜多秀家旧居跡>
宇喜多秀家旧居跡.jpg
住所:東京都八丈町大賀郷
駐車場無し

<宇喜多秀家旧居跡について>
宇喜多秀家旧居跡2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
宇喜多秀家旧居跡に行ってきました。
前の記事で宇喜多秀家の墓を参拝した旨書きましたが、そこからすぐの場所に
旧居跡があります。

関ヶ原で敗れ八丈島に流された秀家は、この島で50年近く過ごしこの地で亡くなっ
ています。

旧居跡ですが、本当に跡のみで、建物の痕跡は残っていません。
旧居跡の碑と秀家が植えたという蘇鉄の木のみが残っていました。

この旧居跡、民家の敷地みたいなところを通って行かないとたどり着けず、少し
緊張しました。まあ案内の看板も出ているので問題ないとは思うんですが。。。

宇喜多秀家旧居跡3.jpg

秀家公手植えの蘇鉄
宇喜多秀家手植えの蘇鉄.jpg

令和2年冬旅 八丈島
http://rover.seesaa.net/article/473439919.html

大河ドラマの舞台
http://rover.seesaa.net/article/112515106.html

[ここに地図が表示されます]


posted by 南行 at 11:15| Comment(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月19日

宇喜多秀家の墓を参拝   (東京都八丈町)

八丈町にある宇喜多秀家の墓を参拝しました。

<宇喜多秀家の墓>
宇喜多秀家の墓3.jpg
住所:東京都八丈町大賀郷
駐車場無し

<宇喜多秀家について>
宇喜多秀家の墓2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
宇喜多秀家の墓を参拝しました。関ヶ原で敗れた宇喜多秀家は島津家に匿われて
いましたが、1603年に徳川家に引き渡されました。
島津氏、前田氏の助命嘆願により命は助けられ、1606年に八丈島に流されまし
た。以後50年、八丈島で流人生活を送りこの地で亡くなりました。
八丈島での生活は、不自由であったものの前田家や旧臣である花房氏の援助もあり
普通の流人より良い生活を送った様です。

<宇喜多秀家の墓>
宇喜多秀家の墓.jpg
この墓は1841年に子孫が建てたもので、もともとの墓石は左側にある位牌状の
ものがそれの様です。

令和2年冬旅 八丈島
http://rover.seesaa.net/article/473439919.html

大河ドラマの舞台
http://rover.seesaa.net/article/112515106.html

著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html

[ここに地図が表示されます]


posted by 南行 at 11:15| Comment(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

遊び平牧野看視舎

八丈島にある遊び平牧野看視舎に行ってきました。

<遊び平牧野看視舎>
遊び平1.jpg
住所:東京都八丈町大賀郷
駐車場あり(無料)

遊び平牧野看視舎に行ってきました。八丈富士の中腹にある展望スポットです。
ここはかつて日露戦争の時に複数おかれた監視所のひとつだそうです。
確かにここからは海を行く船の動きが明確に分かるなと思います。

眼下には八丈小島。その手前の牧草地では牛が草を食んでいるのがとても長閑
な感じがしました。

遊び平3.jpg

遊び平2.jpg

遊び平6.jpg

遊び平5.jpg

遊び平4.jpg

令和2年冬旅 八丈島
http://rover.seesaa.net/article/473439919.html

[ここに地図が表示されます]


posted by 南行 at 10:37| Comment(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

八丈小島展望台  (東京都八丈町)

八丈島にある八丈小島展望台に行ってきました。

<八丈小島展望台>
八丈小島展望台.jpg
住所:東京都八丈町大賀郷
駐車場あり(無料)

八丈富士に登る道路の中腹にある展望台です。
八丈小島を目の前に見る事が出来、とても景色が良かったです(^-^)

八丈小島展望台2.jpg

八丈小島展望台3.jpg

八丈小島展望台4.jpg

令和2年冬旅 八丈島
http://rover.seesaa.net/article/473439919.html

[ここに地図が表示されます]


posted by 南行 at 10:04| Comment(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月12日

登龍峠展望台    (東京都八丈町)

八丈町にある登龍峠展望台に行ってきました。

<登龍峠展望台>
登龍峠2.jpg
住所:東京都八丈町三根
駐車場あり(無料)

<登龍峠について>
登龍峠3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
登龍峠展望台に行ってきました。

八丈島一周道路を走り、ほぼ1周して東側に来たところであったのが、この展望台
です。

登龍峠.jpg

三原山の麓になり、ここからは北側の八丈富士を海越しに一望する事が出来ます。
登龍峠は「のぼりょうとうげ」と読みます。
かつて、三根から末吉に行く時は天に登る龍の様なつづら折りの急な坂道を越えて
行った為、この名前がついたとの事です。

八丈島の展望スポット何ヶ所か回りましたが、ここの景色は本当に良かったです。
素晴らしいです。新東京百景のひとつに選ばれています(八丈島ではここだけ)

<クリックすると拡大します>
登龍峠大.jpg

令和2年冬旅 八丈島
http://rover.seesaa.net/article/473439919.html

[ここに地図が表示されます]



posted by 南行 at 11:56| Comment(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする