2017年11月17日

沖田畷古戦場 二本木神社   (長崎県島原市)

島原市にある二本木神社に行ってきました。

<二本木神社>
沖田畷の戦い 二本木神社.jpg
住所:長崎県島原市北門町126
駐車場あり(無料)

<二本木神社について>
沖田畷の戦い 二本木神社3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
二本木神社に行ってきました。
この神社は,龍造寺軍と有馬・島津連合軍が戦った沖田畷古戦場の激戦地
に建っています。
祀られているのは、この地で討ち死にした龍造寺隆信です。

沖田畷の戦い 二本木神社2.jpg

沖田畷の戦いについてですが、前の記事にも書きましたが、再度同文掲載
します。
沖田畷の戦いは、有馬領島原に攻め込んできた龍造寺軍に対し、有馬軍と援軍に
かけつけた島津勢との戦いです。
兵力は龍造寺軍が圧倒しており、龍造寺軍は約5万(2万5000という説もあり)
に対し有馬、島津連合軍は8000〜9000程度と言われています。
軍勢の多さを過信した龍造寺隆信は、有馬・島津連合軍の計略にはまり、当主
龍造寺隆信が討ち死にした他、龍造寺四天王も討ち死にするなど龍造寺軍は壊滅的な
敗北を喫します。これにより、島津の勢力は肥前までまで及ぶようになり、九州の
覇権を確立した戦いでもあります。

沖田畷古戦場の散策はここに車を停めて見てまわるのが良いかと思います。

平成29年夏旅2 長崎へ出陣
http://rover.seesaa.net/article/453275762.html

古戦場めぐり
http://rover.seesaa.net/article/159539121.html

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2017年11月15日

沖田畷古戦場・龍造寺隆信供養塔  (長崎県島原市)

島原市にある沖田畷古戦場・龍造寺隆信供養塔に行ってきました。

<沖田畷古戦場・龍造寺隆信供養塔>
沖田畷の戦い 龍造寺隆信供養塔.jpg
住所:長崎県島原市北門町
駐車場無し

<龍造寺隆信供養塔について>
沖田畷の戦い 龍造寺隆信供養塔3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
沖田畷古戦場跡に行ってきました。
沖田畷の戦いは、有馬領島原に攻め込んできた龍造寺軍に対し、有馬軍と援軍に
かけつけた島津勢との戦いです。
兵力は龍造寺軍が圧倒しており、龍造寺軍は約5万(2万5000という説もあり)
に対し有馬、島津連合軍は8000〜9000程度と言われています。
軍勢の多さを過信した龍造寺隆信は、有馬・島津連合軍の計略にはまり、当主
龍造寺隆信が討ち死にした他、龍造寺四天王も討ち死にするなど龍造寺軍は壊滅的な
敗北を喫します。これにより、島津の勢力は肥前までまで及ぶようになり、九州の
覇権を確立した戦いでもあります。

そーんな重大な戦いですが、古戦場はこじんまりしています。
一番上の写真の様な小さな看板が国道沿いにありました。駐車場も無く、近くに一時
路注して行くことに。
看板の先は、民間の会社の敷地の様な感じで、何とも入りづらい雰囲気。
入っていくと、こんな倉庫と駐車場がありました。
沖田畷の戦い 龍造寺隆信供養塔4.jpg
本当にここ入って良いのかなと悩みましたが、入口に案内看板があるんだから
大丈夫あろうという事で突撃です。

駐車場の片隅、工場の様な建物のそばに供養塔がありました。

<龍造寺隆信供養塔>
沖田畷の戦い 龍造寺隆信供養塔2.jpg
この供養塔は昭和初期に、この周辺にあった祠をひとつにまとめたものだそうです。
この付近は沖田畷の戦いの激戦地だった場所です。
今はそんな感じは微塵もありませんけどね。

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古戦場めぐり
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著名人の墓
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日野江城址    (長崎県南島原市)

南島原市にある日野江城址に行ってきました。

<日野江城址>
日野江城址.jpg
住所:長崎県南島原市北有馬町戊谷川名
駐車場あり(無料)

<日野江城について>
日野江城址9.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
日野江城址に行ってきました。築城は古く鎌倉時代に遡りますが、
戦国時代には島原のキリシタン大名である有馬晴信の居城となりました。
城の中にある階段遺構には、お寺の五輪塔などが破壊されて敷き詰められ
ていた事から、キリスト教の布教とともに仏教が弾圧されたことがうかが
われるそうです。
1614年に有馬氏が延岡に転封となり、松倉氏が入城しその後廃城と
なりました。

現在は大規模な石垣などの遺構を見る事が出来ました(^-^)

<日野江城址>
日野江城址2.jpg

日野江城址6.jpg

日野江城址7.jpg

日野江城址8.jpg

日野江城からは正面に島原の乱の舞台となった原城跡を眺める事が出来ます。
日野江城址10.jpg

日野江城址4.jpg

日野江城址5.jpg
原城方面を眺めた写真です。
今回は時間の関係で原城には行きませんでした。

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日本の城を巡る
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2017年11月08日

橘公園        (長崎県雲仙市)

雲仙市にある橘公園に行ってきました。

<橘公園>
橘公園.jpg
住所:長崎県雲仙市千々石町己529
駐車場あり(無料)

雲仙市千々石にある公園です。その中心には橘樹神社があり、規模は非常に大きい
です。
橘樹神社は、地元出身の軍人で日露戦争で戦死した橘中佐を祭神とした神社です。
橘樹神社.jpg

橘樹神社2.jpg
軍神広瀬中佐なら知っておりますが、橘中佐というのは僕はまったく存じ上げません。
ここまで大きな神社に祀られるんですから、当時の英雄だったんでしょうね。

橘中佐生家2.jpg
こちらは北村西望氏作の橘中佐像です。第二次大戦時も拠出を免れ、今に残る銅像です。
北村西望氏は、長崎の平和祈念像などを造った人物です。

<橘中佐生家>
橘中佐成果.jpg

橘中佐生家.jpg

また、この地は天正遣欧少年使節としてローマ法王に謁見した千々石ミゲルの
生誕の地でもあります。その碑も建っていました。
千々石ミゲルの碑2.jpg

千々石ミゲルの碑.jpg

橘樹神社裏の小山の上には釜蓋城という城跡があります。僕は歩いて行きましたが、
少し距離もありますし、上に駐車場もあるので、車で行った方が楽かと思います。

<釜蓋城址>
釜蓋城.jpg

<釜蓋城について・クリックすると拡大します>
釜蓋城3.jpg

釜蓋城2.jpg
山頂には展望台となっている簡易模擬天主がありました。

釜蓋城4.jpg
ここからは橘湾を一望出来て、とても景色が良かったです(^-^)

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2017年11月03日

千々石展望台     (長崎県雲仙市)

雲仙市にある千々石展望台に行ってきました。

<千々石展望台>
千々石展望台.jpg
住所:長崎県雲仙市千々石町下峰
駐車場あり(無料)

島原半島の付け根にある展望台で、ここから島原半島や普賢岳などを見る
事が出来ます。
現地には結構大きなお土産屋さんがあって、僕が行った時には中国人の
団体客が来ていました。
千々石展望台4.jpg

<千々石展望台>
千々石展望台2.jpg

千々石展望台3.jpg
ちょっともやっとしてましたが、景色はとても良かったです。
幕末には坂本龍馬もこの道を通ったそうで、龍馬が眺めた景色かもという案内が
現地にありました。

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2017年10月29日

愛野展望所       (長崎県雲仙市)

長崎県雲仙市にある愛野展望所に行ってきました。

<愛野展望所>
愛野展望所.jpg
住所:長崎県雲仙市愛野町乙
駐車場あり(無料)

国道57号線、島原半島の入口付近にある展望スポットです。
天皇陛下もここから景色を眺めたらしいです。
愛野展望所2.jpg

島原半島や雲仙普賢岳などを眺める事が出来るんですが、この日は少し雲が
かかっていて、ぼんやりした感じでした。

愛野展望所3.jpg

愛野展望所4.jpg

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2017年10月22日

眼鏡橋          (長崎県長崎市)

長崎市にある眼鏡橋に行ってきました。

<眼鏡橋>
眼鏡橋2.jpg
住所:長崎県長崎市魚の町
駐車場なし

<眼鏡橋について>
眼鏡橋5.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
眼鏡橋を見に行ってきました。
この橋は、日本の石造りのアーチ橋では最古のものだそうです。
1634年の建造です。
1634年といえば、江戸時代も初期。3代将軍家光の時代ですかね。
そんな頃に造られた橋が、今でも現役で使われている事に驚きますね。
江戸時代の土木技術の高さ、恐るべしです。

眼鏡橋.jpg

眼鏡橋3.jpg

眼鏡橋の他にも、中島川には石造りの橋が並びます。
江戸時代に架けられた橋も多く、文化財に指定されていたりします。
見応えありました。

眼鏡橋4.jpg

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2017年10月21日

風頭公園の坂本龍馬像      (長崎県長崎市)

長崎市にある風頭公園に行ってきました。

<風頭公園>
風頭公園2.jpg
住所:長崎県長崎市伊良林3丁目
駐車場なし

風頭公園に行ってきました。長崎の港を眺め下ろす高台の公園です。
山の途中には亀山社中があり、麓には近藤長次郎の墓がある晧台寺や
眼鏡橋などがあります。

僕は麓で晧台寺、興福寺と観光して、そこから山登りしました。
龍馬通り.jpg
龍馬通りという墓の間をぬって上って行く道を歩きます。

龍馬通り2.jpg
長崎って車も入れない様なすごい道に家が建ってます。
不動産屋の僕としては、前面道路って建築基準法の道路なのかな〜とか、
再建築する場合どうすんだとか、職業病みたいな疑問を感じながら、風頭
公園を目指しました(^^;

麓から風頭公園までは20分位見ておけば大丈夫かなと。
風頭公園からの景色は素晴らしいです。
風頭公園3.jpg
対面の山は、夜景で有名な稲佐山。当然風頭公園からの夜景も綺麗でしょう
けど、風頭公園は夜来るのはちょっと難ありかな。車で来れないし。

風頭公園でのお目当ては坂本龍馬像です。
龍馬は長崎で、大浦慶や小曽根乾堂など長崎の商人や、グラバーなど外国の
商人と取引をしました。その窓口になったのが日本初の会社と言われる亀山
社中です。亀山社中のあった場所から更に山を登った先に風頭公園があり、
ここに長崎を眺め下ろす様な龍馬像があります。

<坂本龍馬像>
風頭公園の龍馬像.jpg
なかなか格好良い龍馬像です(^-^)

風頭公園の龍馬像2.jpg

風頭公園4.jpg

風頭公園.jpg
こちらは司馬遼太郎の『龍馬が行く』の文学碑。

幕末好きの人間としては一度は見ておきたかった風頭公園の龍馬像。
見る事が出来て満足しました(^o^)

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大河ドラマの舞台
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銅像めぐり
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2017年10月18日

龍馬のブーツ像      (長崎県長崎市)

長崎市にある龍馬のブーツ像を見てきました。

<龍馬のブーツ像>
龍馬のブーツ.jpg
住所:長崎県長崎市伊良林
駐車場なし

<龍馬のブーツ像について>
龍馬のブーツ5.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
龍馬のブーツ像を見てきました。
龍馬の像じゃなくて、ブーツの像ですからね、こりゃびっくり(^^;
本人がいないっていうね(笑)

日本で最初にブーツを履いたのは龍馬だって話ですよね。
ちなみに日本で最初に水虫になったのも龍馬だって話をどこかで聞いた
事がありますが、本当でしょうか(^^;

龍馬のブーツ2.jpg

ここからの景色はなかなか良いですね。
龍馬のブーツ3.jpg

龍馬のブーツ4.jpg

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2017年10月15日

興福寺        (長崎県長崎市)

長崎市にある興福寺に行ってきました。

<興福寺>
興福寺.jpg
住所:長崎県長崎市寺町4−32
駐車場無し
拝観料:200円

<興福寺について>
興福寺2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
長崎市にある興福寺に行ってきました。風頭公園のふもとにある黄檗宗
の大寺院です。創建年代は江戸時代初期の1620年頃。
檀家には、中国出身の家が多く、南京寺とも言われました。

本堂の大雄宝殿は国指定の重要文化財になっています。

寺の雰囲気が、日本のお寺とはちょっと違います。中国風の雰囲気って
いうんですかね、確かにそんな感じです。

<大雄宝殿>
興福寺3.jpg
1632年建立後、明治16年再建。国指定重要文化財。

<媽姐堂>
興福寺4.jpg
1670年築。

<中島聖堂遺構大学門>
興福寺6.jpg

<鐘鼓楼>
興福寺5.jpg

<斎藤茂吉歌碑>
斎藤茂吉歌碑.jpg
斎藤茂吉は長崎に住んでいたことがあるそうです。

平成29年夏旅2 長崎へ出陣
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2017年10月14日

千々石ミゲルの墓   (長崎県諫早市)

諫早市にある千々石ミゲルの墓に行ってきました。

<千々石ミゲルの墓>
千々石ミゲルの墓.jpg
住所:長崎県諫早市多良見町山川内
駐車場あり(無料)

千々石ミゲルの墓を訪問しました。
千々石ミゲルはこの地を治めた大村氏の一族である千々石氏の子息であり、
大村純忠の名代としてローマ法王に面会した天正少年遣欧使節の一人です。

秀吉がキリシタン追放令を出すと、主君大村喜前は日蓮宗に改宗。ミゲルも
それに従いキリスト教を棄てたという事になっています。

僕が訪問したとき、何か雰囲気が違いました。
関係者以外入れない様な表示。何だ何だ??
実はこのとき、千々石ミゲルの墓の発掘調査が行われていたんです。
千々石ミゲルの墓と言われているんですが、実際はよく分からないという事
で、墓を発掘して調査するとの事でした。
本当は入れないところ、ご厚意で見せて頂くことが出来ました(^-^)

千々石ミゲルの墓2.jpg

結果は、人の歯やガラス片、ビーズ状の玉などが発見されました。
この調査結果は11月にもまとめられて発表されるそうです。
すごく楽しみですね(^-^)
キリスト教を棄てたとされるミゲルが、隠れキリシタンとして信仰を
続けていたかもしれないという話になるかもしれません(・o・)

千々石ミゲルの墓3.jpg

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著名人の墓
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2017年10月11日

晧台寺 / 近藤長次郎の墓       (長崎県長崎市)

長崎市にある晧台寺(こうだいじ)に行ってきました。

<晧台寺>
晧台寺.jpg
住所:長崎県長崎市寺町1−1
駐車場なし

<近藤長次郎の墓について>
晧台寺5.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
長崎市にある晧台寺に行ってきました。
風頭公園のふもとにあるお寺で、1608年亀翁良鶴によって創建された
古刹です。

晧台寺2.jpg

晧台寺3.jpg

今回晧台寺におじゃましたのは、近藤長次郎の墓を参拝する事が目的
です。
近藤長次郎は土佐出身の志士で、かつて饅頭を売っていたため饅頭屋長次郎と
呼ばれていました。その後山内容堂に認められ名字帯刀を許され、近藤長次郎
を名乗ります。
坂本龍馬と親しく、亀山社中に参加しますがイギリス留学計画が漏れ、亀山社中
の盟約違反と追及され切腹して果てました。

大河ドラマ『龍馬伝』を見て、近藤長次郎の存在を知り、その関連地に行って
みようと思ってました。今回長次郎の墓を参拝出来て旅の目的のひとつを達成
しました。

晧台寺4.jpg
晧台寺の裏山に小曽根家墓所があり、その一角に近藤長治郎の墓があります。

<小曽根家墓地>
晧台寺 小曽根家墓地.jpg
小曽根家は長崎の豪商で、坂本龍馬の財政的な支援者でもありました。

<近藤長次郎の墓>
晧台寺 近藤長次郎の墓.jpg
「梅花書屋氏墓」とあるのが近藤長治郎の墓です。「梅花書屋」というのは小曽根
家の離れの屋敷の名前だそうです。
「梅花書屋氏墓」の文字は坂本龍馬の筆なんだとか。

晧台寺 近藤長次郎の墓2.jpg

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大河ドラマの舞台
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本経寺 / 大村家墓所    (長崎県大村市)

大村市にある本経寺に行ってきました。

<本経寺>
本経寺.jpg
住所:長崎県大村市古町1-64
駐車場あり(無料)
境内自由

<本経寺について>
本経寺3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
本経寺に行ってきました。
ここは大村藩の藩主大村氏の菩提寺です。
戦国時代、大村氏当主大村純忠はキリシタン大名として知られましたが、
その後秀吉によるキリシタン追放令などもあり、その子である大村喜前は
キリスト教を棄て、加藤清正のすすめもあり日蓮宗に帰依しました。
その際に建立されたのがこの本経寺です。

本経寺4.jpg

境内には歴代大村氏の墓所があります。
本経寺2.jpg

大村氏代々の墓があります。
本経寺 大村よしあき墓.jpg
こちらは19代大村喜前公の墓。喜前が日蓮宗に改宗し、本経寺を建てた人物です。

本経寺 大村喜前.jpg

<義犬華丸の墓>
本経寺 華丸の墓2.jpg
このお墓が歴史的に分かっている最古の犬の為のお墓なんだとか。

本経寺 華丸の墓3.jpg

本経寺 華丸の墓.jpg

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著名人の墓
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2017年10月01日

旧円融寺庭園    (長崎県大村市)

大村市にある旧円融寺庭園に行ってきました。

<旧円融寺庭園>
旧円融寺庭園.jpg
住所:長崎県大村市玖島2-505
入場無料
駐車場なし

<旧円融寺庭園について>
旧円融寺庭園2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
旧円融寺庭園に行ってきました。
円融寺は大村藩4代大村純長が、徳川家光の位牌を祀る為に建立した
寺院です。
庭園は山の斜面を利用して、これを築山風に見立て、高さ8m、幅50m
の赦免に青石を主材とした約400個もの自然石を使い作庭されています。

明治維新後に円融寺は廃寺となり、庭園も荒れ果てて見る影もなくなって
いた様ですが、昭和44年に東京農業大学に在学中の大村市出身の学生
により発見され、庭園研究家の目にとまりその価値が全国に認められた
そうです。

現在は、円融寺跡に大村護国神社が鎮座し、幕末の大村藩士の墓なども
ならんでいます。

<旧円融寺庭園>
旧円融寺庭園4.jpg

旧円融寺庭園3.jpg

こういう石を沢山配置した庭園は静岡の龍譚寺を思わせるものがありますね。

<大村藩三十七士の碑>
大村藩三十七士の碑2.jpg

大村藩三十七士の碑.jpg

<戊辰戦争戦没者の碑>
戊辰戦争戦没者の碑2.jpg

戊辰戦争戦没者の碑.jpg

駐車場は無さそうだったので、庭園前に一時路注しました。

平成29年夏旅2 長崎へ出陣
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2017年09月27日

女の都入口      (長崎県長与町)

長崎にある「女の都」に行ってきました(^^;

<女の都入口>
女の都.jpg住所:長崎県西彼杵郡長与町高田郷721

ちょっと気になったので行ってみました。
「女の都?」 おんなのみやこですか?
その入口にバス停があるんですね(笑)気になります。

「女の都」は”めのと”と読みます。
由来は平家の落人の里で、主に平家の女性が逃げこんだ場所だからだそうです。
女の都は昭和40年代に開発され、ニュータウン的な住宅地になっています。
住所は長崎市女の都1丁目〜4丁目まであります。
バス停の「女の都入口」は長崎市ではなく、長与町側にあります。
長崎県営バス長与営業所の前にバス停がありますので、そこを目印に行くと
良いです。駐車場はありません。
山の上を切り開いた住宅地という感じで、車で走っていても結構坂がきつく、
しんどい環境でした。とても女性の楽園ではなかったですね〜(^^;

女の都2.jpg

以前、長野で「女体入口」っていうバス停に行きました。こっちの方がやば
そうな雰囲気ではあります(^^;

平成29年夏旅2 長崎へ出陣
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B級観光スポット・珍スポット
http://rover.seesaa.net/article/106120393.html

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大村純忠史跡公園    (長崎県大村市)

大村市にある大村純忠史跡公園に行ってきました。

<大村純忠史跡公園>
大村純忠史跡公園.jpg
住所:長崎県大村市荒瀬町1116
駐車場あり(無料)

<大村純忠史跡公園について>
大村純忠終焉の地3.jpg

大村純忠終焉の地2.jpg
クリックすると拡大します。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
大村純忠史跡公園に行ってきました。
戦国時代にこの地を治めた大名・大村純忠終焉の地です。晩年の2年間
をこの地に館を構えて過ごしました。

大村純忠は日本の領主として最初にキリシタンとして洗礼を受けた人物。
ローマ法王に天正少年遣欧使節を派遣するなど、キリスト教に傾倒しまし
た。

戦国時代末期に、秀吉によるキリシタン追放令などキリシタンの弾圧が
始まると、大村純忠の子・大村義前はキリスト教を棄て日蓮宗に改宗し
キリスト教を弾圧する側になる訳でありますが。。。

現地は小さな公園になっており、大村純忠終焉の地碑がたっています。

大村純忠終焉の地.jpg

大村純忠終焉の地4.jpg

平成29年夏旅2 長崎へ出陣
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2017年09月20日

長崎街道・彼杵宿    (長崎県東彼杵町)

長崎県東彼杵町にある長崎街道彼杵宿を散策してきました。

<長崎街道・彼杵宿>
長崎街道彼杵宿.jpg
住所:長崎県東彼杵町彼杵宿郷
駐車場あり(道の駅彼杵の荘に駐車)

長崎街道は北九州の小倉と長崎を結ぶ旧街道です。
彼杵宿(そのぎしゅく)は古くからの港町で、江戸時代には海陸交通
の要衝として栄えた宿場町でした。
江戸〜長崎を往来した幾多ひ人たちが、この地より船に乗り時津に渡り
長崎に向かいました。
また、戦国時代には秀吉によるキリシタン弾圧で処刑された二十六聖人
もこの地から船で時津に渡るという歴史の地でもあります。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
道の駅彼杵の荘に車を停めて、長崎街道彼杵宿を散策しました。
彼杵は「そのぎ」と読みます。まったく読めませんし、なかなか頭に
入ってこない音だなって感じました。

長崎街道の宿場町で、かつ港町としてここから大村湾を船で渡って
時津に向かう海の玄関口でもあった様です。

今はあまり昔の建物などは残っていませんが、かつての港町の雰囲気は
何となく感じられました。
彼杵は昔からお茶の産地で「そのぎ茶」をお土産で購入しました(^-^)

<彼杵宿>
長崎街道彼杵宿2.jpg

長崎街道彼杵宿3.jpg

長崎街道彼杵宿7.jpg

<本陣跡>
長崎街道彼杵宿 本陣跡.jpg

長崎街道彼杵宿 本陣跡2.jpg

<脇本陣跡>
長崎街道彼杵宿 脇本陣跡.jpg
脇本陣跡は空き地になってました。

<船着き場跡>
長崎街道彼杵宿4.jpg

長崎街道彼杵宿5.jpg

長崎街道彼杵宿6.jpg
彼杵の港から見た大村湾。

平成29年夏旅2 長崎へ出陣
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2017年09月18日

中岳古戦場跡     (長崎県大村市)

大村市にある中岳古戦場跡に行ってきました。

<中岳古戦場跡>
中岳古戦場跡.jpg
住所:長崎県大村市中岳町
駐車場なし

<中岳古戦場について>
中岳古戦場跡4.jpg
中岳古戦場跡5.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
中岳古戦場跡に行ってきました。
1474年、有馬高純と大村純伊がこの地でぶつかった戦いです。
戦いは最初互角だった様ですが、大村方の鈴田道意が寝返った事により
形成は一気に有馬に傾き大村勢は大敗しました。
今は碑のみがその戦いを伝えます。

1474年というと、中央では応仁の乱の最中。
この戦いが中央とどういう関わりがあるかよく分かりませんが、各地の
大名が私戦を始めているあたり、応仁の乱による室町幕府の弱体化を
示している様な気がします。

中岳古戦場跡2.jpg

中岳古戦場跡3.jpg

平成29年夏旅2 長崎へ出陣
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古戦場めぐり
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2017年09月17日

二十六聖人乗船の地跡    (長崎県東彼杵町)

長崎県東彼杵町にある二十六聖人乗船の地跡に行ってきました。

<二十六聖人乗船の地跡>
二十六聖人渡海の地2.jpg
住所:長崎県東彼杵郡東彼杵町彼杵宿郷
駐車場無し

<解説>
二十六聖人渡海の地7.jpg
二十六聖人渡海の地8.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
東彼杵(ひがしそのぎ)にある二十六聖人乗船地に行ってきました。
秀吉によるキリシタン禁教令により京都・大坂で捕縛されたキリシタン
達は見せしめの為徒歩で長崎まで引き回されました。
そして、東彼杵のこの地から船に乗り時津に向かいます。
1597年2月5日、その26人は長崎で処刑されます。
これが「日本二十六聖人の殉教」という事件です。

船に乗った場所という東彼杵に乗船場跡の碑がたっていました。
今回の長崎旅行では各地にキリシタン墓地があるのに気がつきました。
弾圧が激しかったんでしょうね。これも日本史の一幕ですね。

二十六聖人渡海の地3.jpg

二十六聖人渡海の地4.jpg

二十六聖人渡海の地5.jpg

<乗船地>
二十六聖人渡海の地6.jpg

二十六聖人渡海の地.jpg

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2017年09月13日

【再】稲佐山の夜景   (長崎県長崎市)

長崎の稲佐山で夜景を見てきました。

<稲佐山の夜景>
稲佐山夜景5.jpg
住所:長崎県長崎市稲佐町364
駐車場あり

稲佐山は長崎市にある標高333mの山で、ここからの夜景は2015年に
日本新三大夜景のひとつに選ばれました。
僕もこの稲佐山に行くのは平成17年以来という事で12年ぶりです。

今回は明るい内に登ることにしました。
稲佐山登山道を車で上って行きます。
休日には車で行けない様ですが、この日は平日。山頂の駐車場は40台分しかありません
が、空き状況をHPで確認出来るので空いている事を確認のうえ山頂に向かいました。

18時半位に山頂に到着。まだ明るい時間に着きました。
まずは市内と反対側海の方を見ます。

遠くに軍艦島が見えました。
軍艦島.jpg

軍艦島2.jpg
かつては炭鉱の島として活況を呈した島です。
今年、韓国でこの島を舞台にした「軍艦島」とかいう映画が上映されました。
反日映画の様ですが(--#)

すこしすると夕暮れに。夕暮れも綺麗ですね。少し雲があり、海に沈む夕陽を
見る事は出来ませんでした。
稲佐山夕暮れ.jpg

稲佐山夕暮れ2.jpg

そして日が沈み、反対側の市内の方に移動。夜景を眺めます。
稲佐山夜景1.jpg

稲佐山夜景2.jpg

稲佐山夜景3.jpg
やっぱ長崎の夜景は良いですね。
夜景を眺めながらしばしボーッとしてきました(^-^)

稲佐山夜景4.jpg
稲佐山にある電波塔です。

<大きな写真・クリックすると拡大します>
稲佐山夜景 大.jpg

平成29年夏旅2 長崎へ出陣
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夜景の名所巡り
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2006年07月22日

鯉の泳ぐまち   (長崎県島原市 日本名水100選)

島原を走っていると、「鯉の泳ぐまち」の標識があります。

<鯉の泳ぐまち>
鯉の泳ぐまち1.jpg
住所:長崎県島原市新町
駐車場なし(近くに大きな民間有料駐車場がありました)

島原は湧水の地、島原湧水群は日本名水100選にも選ばれています。
そんな島原を象徴するのが「鯉の泳ぐまち」。
新町というところの路地の堀に、鯉1000が放流されています。
これは昭和53年に、この地域の町内会の人たちが町内を流れる清らかな
水路を生かした町造りと、子供達の豊かな心を育てる為に放流した
ものだそうです。

通りの一角には無料休憩所「しまばら湧水館」があります。

僕が行った平成17年8月9日は天気も良く非常に暑い日でした。
水辺を歩くと、その暑さも少し緩和される様な気がします。
鯉も綺麗でしたが、涼めたのが一番良かったです。
島原に行くと分かるんですが、いろんなところから湧き水が出ています。
鯉の泳ぐまちにも湧き水スポットがあり、帰り際に顔洗って一口飲んで
きました。冷たくて気持ちよかったです!

8月9日の観光はここで終了。佐賀の鳥栖でラーメンを食べて宿泊地の
北九州小倉まで爆走しました。

平成17年夏旅
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鯉の泳ぐまち(日本名水100選)

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島原武家屋敷   (長崎県島原市 古い町並み)

島原城からほどちかい島原武家屋敷群に向かいました。

<島原武家屋敷>
島原武家屋敷2.jpg
住所:長崎県島原市下の丁
駐車場あり(無料)

島原の下級武士の屋敷群を保存した地区。
約400メートルに渡って石垣が並び、3軒の武家屋敷が一般公開され
ています。
かつては700軒もの屋敷が軒を連ねてうたそうです。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
島原城から数百メートルの場所に島原の下級武士の屋敷跡があります。
残された石垣が、江戸時代当時の武家の町並みを思わせます。
道の中央に水路があり、生活用水として使われた様です。名水の地である
島原を象徴する風景だなと思いました。
実際現地は、石垣は残っているのですが、屋敷自体はあまり残っていま
せん。石垣の雰囲気は良いんですが、屋敷自体も残っていればなと、残念
に思いました。
数軒残る屋敷が一般公開(無料)されています。
島田邸に入ってみました。本当にこじんまりとした屋敷で、全国に残る
豪農の屋形とかに比べたら質素きわまりない感じです。
下級武士の生活が想像出来ます。
島原城と近いので、一緒にまわってみると良い場所かと思います。

平成17年夏旅
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島原武家屋敷(古い町並み)

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島原城    (長崎県島原市 城跡 観光名所)

原城を出て、島原市内へ。島原城へ向かいました。

<島原城>
島原城1.jpg
住所:長崎県島原市城内1-1183-1
営業時間:9時〜17時半
入場料:520円
駐車場:あり(有料)

1618年から7年の歳月をかけて松倉重政が築城。
旧来の城であった原城は廃城となる。
城は安土桃山形式の5層天守閣をそなえた名城であったが、明治維新後に
取り壊された。
現在の城は1964年に復元され、キリシタン関連の資料などが展示され
ている。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
原城から島原城へ、島原の歴史の新旧の城を訪ねました。
途中、雲仙岳震災記念館とか行こうかとも思ったんですが、歴史的な
方を見たいという事で、島原に向かいました。
島原城は再建ものの城ですが、五層天守閣の非常に綺麗なお城で、
当日の青空に映えて非常に綺麗でした。
中は博物館になっているみたいでしたが、時間も無かったため外から
見るだけにしました。
日本の城の中でも規模も大きく、美しい城だなというのが感想です。
あと、高校サッカー好きの僕としては、すぐ隣に高校サッカーのかつての
名門島原商業があったのも印象に残ってます。

平成17年夏旅
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島原城

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2006年07月21日

原城跡   (長崎県南島原市 城跡 史跡 観光名所)

雲仙仁田峠から、雲仙を下り島原半島南部にある原城址に行きました。

<原城跡>
原城跡.jpg
住所:長崎県南島原市南有馬町乙
駐車場あり(無料)
城内は自由に見ることが出来ます。

原城は1496年、領主有馬貴純が築城したものと言われ、別名「日暮城」
と呼ばれている。城は県下最大の平山城で、周囲3キロメートル、41万
平方メートルの規模を持ち、有明海に面して南東に突出した岬を利用した
要害である。
1614年、島原藩主有馬直純は日向に転封され1616年松倉重政が
入部した。
松倉氏の藩政は領民への過酷な賦役と重税を課し、キリシタンの弾圧など
厳しく行ったため、1637年に天草四郎時貞を盟主として島原の乱が
起こった。
原城は同年12月3日から1638年2月28日まで約37000人が
88日間立てこもった島原の乱終焉の地である。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
原城は島原の乱で天草四郎が立てこもった城という事で、今回是非言って
みようと思っていました。
行ってみて思ったのは、3万の一揆軍が立てこもったにしては小さい
城跡だなという事でした。
まあかつての城郭はもっと大きいものだったんでしょうけどね。
今は雲仙を望む海沿いにあるのどかな場所にある、こじんまりとした
城跡という感じでした。
島原の乱は川越藩主で将軍家光の側近であった老中松平信綱が鎮圧した
という事で、川越市民の僕としては少しは関係あるかなという気もして
います(無いか・・・)

原城跡(島原の乱史跡)

平成17年夏旅
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2006年07月20日

仁田峠   (長崎県雲仙市 展望スポット 観光名所)

雲仙温泉を出て、仁田峠へ向かいました。

<仁田峠>
仁田峠.jpg
住所:長崎県雲仙市小浜町雲仙
駐車場あり(無料)
仁田峠循環自動車道路(770円)で峠へ向かいます。

仁田峠より雲仙ロープウェイで妙見岳山頂へ
普通運賃 大 人 1,220円 610円 中学生より大人料金  
小 人 610円 310円 5才までは大人券1枚につき1名まで無料
【雲仙ロープウェイHP】
http://www6.ocn.ne.jp/~unzenr.w/

雲仙の展望スポットとして有名な仁田峠。ここは是非走ろうと思っていたので行ってみました。仁田峠循環自動車道路を走らないと行けないんですが、
料金は770円。ちょっと高いなと思いつつ、ここまで来たら逃げられない
ので770円払って仁田峠へ向かいました。
道路は2車線あり、走りは快適。山道を進み、標高1000メートル超の
仁田峠を目指します。仁田峠は春はミヤマキリシマ、秋は紅葉の名所として有名な場所です。
仁田峠の少し手前に展望台があり、平成2年の噴火で出来た平成新山や、
橘湾の景色を見ることが出来ます。
橘湾方面の海の景色は絶景です!
仁田峠から雲仙ロープウェイ(往復1220円)で、雲仙妙見岳山頂まで
行くことが出来ます。妙見岳山頂は標高1333メートルほどの高さに
なります。平成新山がより近くに見れて、迫力があります。
まあ景色的には、仁田峠でも充分に良いので、時間と金銭的に余裕があれ
ばロープウェイに乗って妙見岳山頂まで行けば良いかなと思います。

平成17年夏旅
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仁田峠(展望スポット)

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2006年07月17日

雲仙地獄   (長崎県雲仙市 観光名所)

長崎市内を離れ、一路島原半島へ。
以前から行こうと思っていた雲仙に向かいました。

<雲仙地獄>
雲仙地獄1.jpg
住所:長崎県雲仙市小浜町雲仙
駐車場あり(有料)
地獄巡り(無料)

雲仙地獄は、雲仙温泉の一角にあるスポットです。
最高温度120度もの蒸気が噴き出し、さながら地獄の様相です。
噴気は大部分が水蒸気ですが、炭酸ガス、硫化水素ガスを含み、強い硫黄の
臭いを漂わせています。

全国でもこういう地獄スポットってありますよね。
秋田の後生掛、玉川、泥湯、川原毛、神奈川の大涌谷、群馬の殺生河原など
など。いかにも温泉というイメージを受けます。

ここ雲仙も一大温泉街。シーボルトによって世界に紹介された事でも知られ
ます。今回の旅では、炎天下の長崎市内を歩き回り汗だくになったので、
雲仙の公衆浴場で汗を流し、地獄巡りをしてきました。
温泉は硫黄の臭いただよう温泉で風情がありました。また雲仙地獄はちょう
ど行ったときに観光客がいなくて僕一人。
地獄を満喫?してきました。

雲仙地獄

平成17年夏旅
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孔子廟   (長崎県長崎市 観光名所)

大浦天主堂からグラバー園を巡って、孔子廟に向かいました。

<孔子廟>
孔子廟1.jpg
住所:長崎県長崎市大浦町10-36
駐車場あり
入場料:525円(中国歴代博物館と共通)
営業時間 8時30分〜17時

1893年に清朝政府の提唱により、華僑によって作られたもの。
中国人が海外に建てたものとしては唯一のもの。
敷地内には中国歴代博物館もあり中国の文化財が展示されている。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
孔子廟に行ってきました。
正直、正面から入って、なんかうさんくさいな〜というイメージ(失礼ながら)でした。門の朱色がどうもちょっとって感じでした。
実際は相当見応えのあるものでした。
門から中に入ると、孔子72体の賢人像が並びます。
奥の廟に入り、お参りをすませ、中国歴代博物館に入りました。
ここの展示はすごいですね。多数の展示物、またこれが綺麗に展示されて
るんですね。
ちょっと孔子廟の表からは想像出来ない中の雰囲気でした。
長崎というと、グラバー園や大浦天主堂の様な「西洋」を思わせるものが
ある一方、孔子廟や中華街、唐人屋敷など中国を感じることが出来るスポットも多いですね。町の雰囲気的に横浜に似ているなと思います。
長崎での中国を感じるスポットとして孔子廟は外せませんね。

孔子廟

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大浦天主堂  (長崎県長崎市 国宝建造物)

二十六聖人の殉教地から大浦天主堂に向かいました。

<大浦天主堂>
大浦天主堂(国宝).jpg
住所:長崎県長崎市南山手町5-3
駐車場なし(徒歩5分くらいのところに市営有料駐車場あり)
長崎バス大浦天主堂下下車歩5分
拝観300円
営業時間:8〜18時

大浦天主堂公認ページ
http://www9.ocn.ne.jp/~oura/

<由緒>
正式には日本二十六聖人殉教聖堂。
1864年に建造された日本最古の教会になります。
1597年に殉教した二十六聖人を祈念したもの。
白亜の建物は国宝に指定されています。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
長崎市の大浦天主堂に行ってきました。
日本最古の教会との事で、観光の教科書では読んでいたんですが、どうも
教会は苦手分野で、浦上天主堂とどっちがどっちだったか分からなくなって
いました。
こういう場所は行ってみないと印象に残りません。早速大浦天主堂に行きました。ここは先ほど訪れた二十六聖人を祈念して作られた教会との事で、フランス人プチジャン神父の尽力によって作られたものです。
国宝に指定されている教会はもちろんここだけ。白亜の外観も良いんですが、やはり見所は100年前のフランスのステンドグラス。
写真撮影が出来なかったためブログで紹介出来ませんが、その美しさは絶品
です。あまり教会に行く機会が無いんですが、大浦天主堂はさすが国宝建造物というインパクトを受けました。
ここは外観だけ見て満足せずに、是非中に入ってステンドグラスを見る事を
おすすめします。
教会内では、解説のお話を聞くことが出来ます。

【ヨハネパウロ2世像】
ヨハネパウロ2世.jpg
前ローマ法王ヨハネパウロ2世の像がありました。

大浦天主堂(国宝建造物)

平成17年夏旅
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二十六聖人殉教の地  (長崎県長崎市 史跡)

平和公園を出て、二十六聖人殉教の地に行きました。

<二十六聖人殉教の地>
二十六聖人殉教の地.jpg
住所:長崎県長崎市西坂町7-8
記念館
営業時間:9時〜17時
料金:250円
駐車場 :あり(無料)15台

1597年6名の外国人とパウロ三木はじめ20名の日本人が豊臣秀吉のキリシタン禁令のため大阪・京都で捕らえられ長崎に護送され、長崎の町に
面したこの地で処刑された。
この26名の殉教の出来事はヨーロッパその他に広く伝わり、1862年
ローマ教皇は盛大な祭典をローマで行い、26名の殉教者を聖人に列し、
「日本二十六聖人」と称せられた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
二十六聖人の殉教は、まんが人物日本の歴史で天正遣欧使節の巻があるん
ですが、それを子供の頃読んだ事で知りました。
その後高校の日本史などでもやり、日本史の中の一事件として認識して
おります。
キリスト教をよく知らないのでなんなんですが、キリスト教の中ではこの
殉教は相当大きな事件だった様です。
確か前ローマ法王ヨハネパウロ2世もここを訪れていたような気がします。

キリスト教であったり、日蓮宗不受布施派であったり、日本史の中でも
宗教的弾圧がありました。
本来人の心のやすらぎというのか、そういう事を追求する宗教が、歴史を
ひもとくと弾圧であったりとか戦争だったりを引き起こしてきているのは
不思議な事だなと思います。

ここ二十六聖人の殉教地はそんな史跡です。(長崎県指定史跡)

二十六聖人殉教の地

平成17年夏旅
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平和公園   (長崎県長崎市)

平成17年8月9日、長崎市の平和公園を訪れました。

<平和公園の平和祈念像>
平和記念公園.jpg
住所:長崎県長崎市松山町
駐車場あり
園内自由

長崎原爆投下の爆心地はこの公園の近く。近くにある浦上天主堂なども
原爆により全壊しました。
【浦上天主堂】
浦上天主堂.jpg
平成17年は原爆投下60周年。この日も記念式典がとり行われる予定で、
準備がすすめられていました。
朝7時と早くに行ったのですが、すでに遺族の方でしょうか、参拝に訪れて
いました。
式典開催という事もあり、混みそうだったので僕は平和祈念像を見て
公園をぐるっと歩いて帰ってきました。

平和祈念像は長崎市出身の彫刻家、北村西望氏の作。
天を指す右手は原爆の脅威を、水平にのばす左手は世界平和を、閉じた目は
犠牲者の冥福を祈っています。
北村西望氏の作品は、信貴山の馬上の聖徳太子や、岐阜城の若き日の織田
信長像などがあります。

今回の旅で長崎に行こうと思ったのは原爆60周年というのもありました。
平和公園に行って(しかも原爆投下日)、改めて平和の重要さを認識しました。この日は小泉首相や扇参議院議長も来られた様です。

平和公園

平成17年夏旅
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2006年07月11日

長崎市稲佐山からの夜景  (長崎県長崎市 夜景の名所)

夕陽が丘そとめで夕陽を眺め、一路長崎市の稲佐山へ向かいました。

<稲佐山からの夜景>
稲佐山の夜景3.jpg
住所:長崎県長崎市稲佐町
駐車場あり(無料)
稲佐山中腹駐車場からスカイウェイで3分(往復運賃500円・10時〜22時)
山麓からロープウェイの場合(往復運賃1200円・9時〜22時)

長崎と言えば何か?
大浦天主堂、グラバー園、中華街ほかいろいろありますけど、夜景好きの僕としては、一番見たかったのは稲佐山の夜景。
長崎と言えば、函館、神戸と並ぶ夜景の名所として知られています。
長崎の稲佐山は長崎市内の中心部にあり標高333メートル。
ちょうど東京タワーと同じ高さから眺める夜景になります。
市街から急な坂道を上り、中腹の駐車場に車を停め、スカイウェイに乗り込み、数分で山頂に到着しました。
若干雲がかかった様な感じでしたが、素晴らしい夜景!
函館や北九州の皿倉山とは違い、比較的標高が低いため町の灯りが近くに見え、迫力ある夜景というイメージでした。
あと海の町と言うこともあり、港湾の明かりも海岸沿いに伸び、それも夜景
の良さを際だたせているなと感じました。

長崎の夜景、有名なだけの事はあるなと、しばし眺めてきました。

稲佐山の夜景

平成17年夏旅
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2006年07月09日

道の駅「夕陽が丘そとめ」で夕暮れを眺める (長崎県長崎市 夕陽スポット)

長崎県長崎市の道の駅「夕陽が丘そとめ」で夕暮れを眺めました。

<夕陽が丘そとめ>
夕陽の丘そとめ.jpg
住所:長崎県長崎市東出津町149番地2
長崎市内より国道202号線で33キロ
佐世保からは70キロ

佐世保の九十九島展望所を16時に出て、一路長崎市へ。
今日は長崎の稲佐山で夜景をみたいので、先を急ぎました。
ただ、九十九島で夕暮れを見れなくて残念でしたけど、どこかで夕暮れは
見たいという事で、長崎へ向かうルートに国道202号線を選びました。
202号線は西側の海沿いを走るので、日が暮れそうになったらいつでも
車を停めて眺める事が出来る体制です。

佐世保から走る事70キロ、もうそろそろ日が沈むというところで、カーナビに夕陽スポットマーク出現。ここだとばかりに駆け込みました。
場所は長崎市の道の駅「夕陽が丘そとめ」。
駐車場に行くと、目の前にはまさに日本海に沈まんとする夕景が広がり
ました。遠くには雄々しい岩も眺める事が出来ます。
夕景に感動しながらも写真撮影。
ここに留まること20分くらいでしょうか。日は日本海に沈み、日が暮れ
ました。しばしぼけーっと余韻を楽しみながら、夜景を見るべく稲佐山へ
向かいました。

長崎市とはいうものの、合併で長崎市に編入されたところで、旧外海町に
なります。長崎市街からも30キロ以上あります。
長崎市内の観光地と一緒に観光という感じでは無いので、ご注意ください。

平成17年夏旅
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夕陽が丘そとめで夕陽を眺める


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九十九島展望所  (長崎県佐世保市 展望スポット 映画ロケ地)

長崎県佐世保市で九十九島展望所(石岳展望所)に行ってきました。

<九十九島展望所>
九島展望所.jpg
住所:長崎県佐世保市船越町
駐車場あり(無料)

佐世保市の郊外、標高190メートルの石岳にある展望スポットです。
九十九島と言われる多島海を見渡すことが出来、その景観はすばらしいもの
があります。
ここは一度是非行ってみたいと思っていた場所で、その思いが更に深まった
のが、とある映画のロケ地になった事でした。

その映画とは「ラストサムライ」(2003年12月日本公開)
「ラストサムライ」のオープニングシーンで、日本の自然を象徴する風景
として、ここ九十九島展望所の夕景が使われています。

僕はラストサムライを見てからここに行ったので、その感動も大きかった
です。
穏やかな海に浮かぶ島々が本当に良いですね。
時刻は16時、ラストサムライで流された様な夕景まではあと2時間半
くらいだったでしょうか。先を急ぐ旅じゃなければ夕景まで待ったんです
けどね。先を急いでいたので、名残を残しながら立ち去りました。

次回は絶対ここで夕暮れが見たい!
再訪を心に誓いました。

石岳展望所(映画ラストサムライロケ地)

平成17年夏旅
http://rover.seesaa.net/article/19481587.html

<ラストサムライロケ地 兵庫県姫路市 円教寺>
http://rover.seesaa.net/article/20931038.html

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posted by 南行 at 18:42| Comment(2) | TrackBack(0) | 長崎県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月28日

グラバー園    (長崎県長崎市 テーマパーク)

長崎市の観光スポットのひとつ、グラバー園です。

<グラバー園>
http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/glover/
グラバー園1.jpg
電話:095−822−8223
入場料は大人600円

<何なの?>
鎖国が終わり、海外商人達は日本での商売を初め、成功を収めた商人
たちは山手に住宅を建設しました。
その代表がグラバー商会を開いたイギリス人トーマス・グラバーです。
そのグラバー邸を初め、オルト邸、リンガー邸など重要文化財にも指定
される洋館を集めた施設です。
グラバー園2.jpg

<感想>
このエリアは国宝大浦天主堂やオランダ坂など長崎でも一番長崎らしいエリアでは
ないでしょうか。
グラバー邸付近の山手はとても見晴らしも良く、おそらくは高級住宅地だったんだ
ろうなと感じました。お土産屋ではどこでもカステラがあります。私はカステラを
買って、その場では佐世保バーガーを食べて帰ってきました。
グラバー園3.jpg
ここは長崎では外せませんね。
posted by 南行 at 22:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 長崎県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする