2016年09月28日

出雲阿国の墓      (島根県出雲市)

島根県出雲市にある出雲阿国の墓を参拝してきました。

<出雲阿国の墓>
出雲阿国の墓.jpg
住所:島根県出雲市大社町杵築北2529
駐車場あり(無料)

<出雲阿国について>
出雲阿国の墓2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
出雲阿国のお墓です。出雲阿国は歌舞伎の創始者として知られ、秀吉
らの前でも歌舞伎踊りを披露したという人物です。
諸国を漫遊しましたが、晩年は出雲に帰り、この地で亡くなった様です。

<出雲阿国の墓>
出雲阿国の墓3.jpg

お墓は出雲大社から車で数分のところにあるので、出雲大社に行ったつい
でに行くのが良いと思います。

平成28年夏旅 目指せ名護屋城ツアー
http://rover.seesaa.net/article/441115763.html

著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html

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2016年09月22日

ベタ踏み坂      (島根県松江市)

島根県松江市にあるベタ踏み坂(江島大橋)に行ってきました。

<ベタ踏み坂>
ベタブミ坂.jpg
住所:島根県松江市八束町江島
駐車場あり(無料)

ベタ踏み坂こと江島大橋を見に行ってきました。
言わずもがなですが、ダイハツタントカスタムのCMで有名になりました。
何の変哲も無い橋ですが、CMのおかげで観光地化しています。



ベタ踏み坂 駐車場.jpg
見学者の為の駐車場も完備されました(^-^)

僕も以前、境港方面から大根島に上陸する際この橋を走ったことがあります。
まさか、その何年も後に橋の写真を撮りに再訪するとは思いませんでした(^^;
CMや映画のロケ地などで今まで何でもなかった場所が観光地化するのも
面白いですね。

<ベタ踏み坂>
ベタブミ坂2.jpg

ベタ踏み坂大.jpg
クリックすると拡大します。

平成28年夏旅 目指せ名護屋城ツアー
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B級観光スポット・珍スポット
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2016年09月21日

月山富田城       (島根県安来市)

島根県安来市にある月山富田城に行ってきました。

<月山富田城>
月山富田城.jpg
住所:島根県安来市広瀬町富田
駐車場あり(無料)

<月山富田城について>
月山富田城3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
10年以上ぶりで月山富田城を訪問しました。
前に来たときにあったかどうか忘れましたが、麓に道の駅が出来ていて、
そこに車を停めて、登山道を上ります。
月山富田城の全貌はこんな感じです。
月山富田城2.jpg

入り口付近に誰かのお墓。
尼子興久の墓.jpg
これは尼子経久の三男、尼子興久の墓でした。
尼子興久は、父経久に反旗を翻し最期は自刃しています。

尼子興久の墓の脇に月山富田城への登山口入り口があります。
月山富田城4.jpg
こんな山道を進みます。登山道は綺麗に整備されていて、特に足場が悪い
とかはありません。

月山富田城5.jpg
こちらが曲輪跡です。先に見えるのが本丸ですが、この日は本丸付近が
整備工事中という事で、行くことが出来ませんでした(>_<)

山中鹿之助像.jpg
曲輪跡には山中鹿之助の銅像があります。これは昔来たときにも見て
はっきり覚えていました。いわゆる三日月に祈る鹿之助像ですね。

途中の花ノ壇という館のある場所までがこの日行けた場所。
ここは昔誰かの館跡だった場所です。それなりの武将の館があったと
思われていますが、誰のものかは分かっていません。
今、ここに館が復元されています。
月山富田城8.jpg

中には顔出し写真撮影が(笑)
月山富田城7.jpg
この顔出し、大河ドラマの尼子晴久ですね。高嶋政宏氏のくりぬきかと思います。


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山中鹿之助屋敷跡     (島根県安来市)

島根県安来市にある山中鹿之助屋敷跡に行ってきました。

<山中鹿之助屋敷跡>
山中鹿之助屋敷跡.jpg
住所:島根県安来市広瀬町富田
駐車場あり(無料)

<山中鹿之助について>
山中鹿之助屋敷跡3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
月山富田城の北側に山中鹿之助館跡があります。
城の北側、城安寺というお寺の裏側です。
民家の裏庭みたいなところに館跡はあり、現在は礎石の様なものあけが
残っています。

山中鹿之助屋敷跡2.jpg

ここから少し行くと新宮党館跡もあり、このあたりは尼子家の武将たち
が居住したエリアだという事が分かります。
有事には館から月山富田城に籠城という事になるんでしょうね。

平成28年夏旅 目指せ名護屋城ツアー
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2016年09月20日

新宮党館跡     (島根県安来市)

島根県安来市にある新宮党館跡に行ってきました。

<新宮党館跡>
新宮党館跡.jpg
住所:島根県安来市広瀬町富田字新宮
駐車場無し(ちょっと停める位のスペースはあり)

<新宮党館跡について>
新宮党館跡2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
新宮党館跡に行ってきました。
新宮党は、尼子経久の子である尼子国久、またその子である尼子誠久
らの率いる尼子家の軍事の中核をなした一派です。
月山富田城北側の新宮谷を拠点とした事から新宮党と呼ばれます。

尼子経久の死後、尼子晴久が尼子家の家督を継ぎますが、晴久は新宮党
を自ら粛正、攻め滅ぼします。

これは毛利元就による謀略で、尼子家の軍事力をそぐ目的で新宮党が
謀反を企んでいる様に仕組み晴久に新宮党を攻め滅ぼさせたという話が
ありますが、そこは事実かどうか、はっきりしない様です。
新宮党は軍事力を背景に、尼子宗家を凌ぐ力を持ったため、晴久が宗家
への権力集中を図るため粛正したというのが正しいのかもしれません。

何はともあれ、尼子家中の精鋭部隊を自ら壊滅させた為、尼子家の力は
衰え、次第に毛利に押され、晴久の死後尼子義久は毛利に降伏しています。

後の尼子復興の戦いで担ぎ上げられた尼子勝久は新宮党の尼子誠久の子に
なります。

<新宮党館跡>
新宮党館跡3.jpg
館跡は特に何も残っていません。

新宮党館跡 太夫神社.jpg
現地は太夫神社という神社になり、新宮党を祀っています。

新宮党館跡4.jpg
こちらは尼子国久、尼子誠久、尼子敬久ら新宮党の墓です。

<新宮谷>
新宮党館跡5.jpg
現在の新宮谷は田んぼが広がるのどかな場所です。

平成28年夏旅 目指せ名護屋城ツアー
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日本の城を巡る
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大河ドラマの舞台
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著名人の墓
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2009年10月03日

出雲国分寺跡   (島根県松江市)

島根県松江市にある出雲国分寺跡に行ってきました。

<出雲国分寺跡>
出雲国分寺title.jpg
住所:島根県松江市竹矢町寺領
駐車場あり

出雲国分寺は奈良時代の中頃聖武天皇の詔によって全国に作られた
国分寺・国分尼寺のひとつです。その頃の国分寺には20人の僧侶
が配置されていました。
発掘調査によって一辺約150mの寺域の中に南門、中門、回廊、
金堂、塔、講堂、僧坊などの建物が確認されています。
当時、瓦を用いた建物は寺院を中心に国や郡の役所などごくわずか
でしたが、この国分寺では朝鮮半島の新羅の影響を受けた流麗な文様
を持った軒瓦が使われています。

あいにく、諸堂は現存せず、礎石などを残すのみでした。

出雲国分寺2.jpg

出雲国分寺.jpg

平成21年夏旅
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国分寺を巡る
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2009年09月12日

広瀬の町並み   (島根県安来市)

島根県安来市の広瀬の町並みを散策しました。

<広瀬の町並み>
広瀬の町並み1.jpg
住所:島根県安来市広瀬町広瀬

安来市中心部から南西へ約9キロ。広瀬の町並みがあります。
尼子氏隆盛の時代、月山富田城の城下町として栄えました。
「富田庄」と呼ばれ栄えた町は、歴代出雲国守護の住む町でしたが、
江戸時代に入り軍事・経済の拠点が松江に移ると衰退しました。

今でも富田川流域に、昔ながらの雰囲気を残す町が残っています。
尼子氏の史跡めぐりと合わせて楽しめる町です。

広瀬の町並み2.jpg

広瀬の町並み3.jpg

広瀬の町並み4.jpg

広瀬の町並み5.jpg

島根の名水・お茶の水井戸。
島根の名水 お茶の水井戸.jpg
酒蔵の仕込水にも使われている様です。

平成21年夏旅
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日本の古い町並み
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日本の名水巡り
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尼子経久像    (島根県安来市)

島根県安来市の三日月公園にある尼子経久公の銅像です。

<尼子経久公像>
尼子経久像.jpg
住所:島根県安来市広瀬町広瀬
駐車場あり(無料)

戦国大名尼子経久の銅像を見てきました。

◆尼子経久(1458〜1541)
応仁の乱後、出雲国守護代だった尼子氏は経久の代になり戦国大名
への道を歩み、出雲国を平定、のちに山陰・山陽にまたがる十一州
の太守にのし上がる。
経久は武将としての勇猛さとともに神仏を信仰し、人に優しかった
とも伝えられていて、優れた文化人でもあった。

三日月公園は、尼子と毛利の激戦地月山富田城の近くにあります。
馬上の経久像はなかなかに勇壮です。

尼子経久像2.jpg

尼子経久像3.jpg

平成21年夏旅
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2008年03月12日

青石畳通り    (島根県松江市 古い町並み)

島根県松江市美保関にある青石畳通りに行ってきました。

<青石畳通り>
青石畳通り
住所:島根県松江市美保関町美保関


青石畳通りは、美保神社から仏谷寺まで続く石畳の通りで、江戸時代
に敷かれたものだそうです。
以前美保関に来たときには、こんな町並みがある事を知りませんでし
た。今回事前に調べていたら、こんな所がある事を知り、立ち寄って
みました。

青石畳通り

青石畳通り

美保関漁港があって、その一本裏の通りがこんな感じです。
知らなければ、ここを見ずに通り過ぎてしまいます。
実際、あまり観光客はいませんでした。
しかしそれはもったいない!
ここの風景は非常に良いです。是非見ておきたいものです。
雨の時には、石畳の色が変わって、また良いという事です(興味
ありますね)

平成19年夏旅
http://rover.seesaa.net/article/51511781.html

日本の古い町並み
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美保関灯台   (島根県松江市 観光名所)

島根県松江市にある美保関灯台に行ってきました。

<美保関灯台>
美保関灯台
住所:島根県松江市美保関町美保関
駐車場あり(無料)


<美保関灯台について>
島根半島の東端に位置するこの地は、その昔航海の安全を祈願して
たくさんのお地蔵さんが祭られていたことから、地蔵崎と呼ばれて
おります。
この灯台は、山陰地方最古の石造りで、1898年に地蔵崎灯台
として建設されました。
当時の光源は、石油で1等レンズが使用され、光度は67500カ
ンデラでありました。
1935年には地蔵崎の名称が全国的に多い事から、現在の「美保関
灯台」と改称されました。
1998年には、初点灯から100周年をむかえ、同年「世界の灯台
100選」のひとつに選出されました。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
平成19年8月13日、島根県松江市の美保関灯台に行ってきました。
本当は灯台まで行くつもりは無かったんですが、天気が良かったの
で灯台まで行ってみようかな〜という気になりました。

美保関灯台に行くのは今回が2回目。
前回は曇りだったんですが、この日は快晴!
海の青さが非常に綺麗でした。

灯台は中には入れない様です、外からぐるっと見学。
灯台付近には展望スポットや、神社などがあります。
天気が良い日に来るとすごく良いところですね。
場所柄夕陽なんかも良いんだろうなと思いました。

<美保関からの風景>
美保関灯台

美保関灯台

平成19年夏旅
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2008年02月03日

浜田城   (島根県浜田市 城跡 観光名所)

島根県浜田市にある浜田城に行ってきました。

<浜田城>
浜田城
住所:島根県浜田市殿町
駐車場あり(無料)
見学自由

<浜田城について・現地看板より>
浜田城は別名亀山城とも呼ばれ、北の松原湾と南から西にかけて流れ
る浜田川によって囲まれた標高68メートルの独立丘陵上に築かれた
平山城です。

1619年に伊勢松阪から古田重治が5万4千石の浜田城主として
この地に移り、1620年2月に築城工事に着手、同年11月には
地普請が終わり、1623年に城および城下町が整ったようです。
1866年7月に第二次長州征伐で落城。1872年の浜田地震で建物のほとんどが失われています。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
浜田城跡に行ってきました。
国道から急な道路を上ったところにあるお城です。
というと山城の様にも感じますが、山城というよりは海や川をうまく
使った平山城という感じの場所です。

今は建物は残っておらず石垣のみですが、その地形などから守備を
重視した軍事的なお城だったんだろうなという事が容易に想像出来
ます。

城から見る松原湾は入り組んだ地形で、守りには強そうな感じが
します。

観光客も僕以外居なない閑かな場所でした。

平成19年夏旅
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日本の城を巡る
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浜田城跡

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2008年01月09日

高津柿本神社   (島根県益田市 観光名所)

島根県益田市の高津柿本神社に行ってきました。

<高津柿本神社>
柿本神社
住所:島根県益田市高津町イ2612−1
駐車場あり(無料)
境内自由

<由緒>
柿本人麻呂は天武天皇、持統天皇、文武天皇時代に宮廷歌人として
仕え、大宝年間に石見国府の役人として石見にくだり秀逸な石見相聞歌
を残し724年、石見国高津の鴨島で逝去された。
聖武天皇は嘆かれ、勅命により鴨島に人丸神社を創建された。
1026年、石見未曾有の地震のために鴨島は陥没した。
人丸社の尊像は松崎の地に漂着し、地区民は人丸社を再建した。
現在の柿本神社は、津和野藩主が1681年高角山に本殿、拝殿、
楼門を建立したことから始まる。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
益田市の柿本神社に行ってきました。
雑誌「るるぶ」を見ていて、柿本神社の文字が気になったからです。
正直、柿本人麻呂が晩年石見に役人として来ていて、石見で亡くなった
という事を知りませんでした。

益田市には柿本神社が2つあるそうで、柿本人麻呂の縁が深い地な
んだなという事がうかがえます。

ここ高津柿本神社には、人麻呂の銅像もありました。
古の歌人を思いながら参拝してきました。

柿本神社

柿本神社 銅像

平成19年夏旅
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高津柿本神社

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2006年07月02日

石見銀山遺跡   (島根県大田市 古い町並み 観光名所)

島根県大田市にある石見銀山遺跡です。

<石見銀山の集落>
石見銀山の町並み.jpg
住所:島根県大田市大森町
駐車場あり(無料)

石見銀山は14世紀の初めに大内氏により発見され開発された銀山です。
大内氏の財源として開発されました。
16世紀になり、博多の商人神谷某らが本格的な開発をし、莫大な産出
量をほこりました。この銀を巡り大内、尼子、毛利らの争奪戦が繰り広げ
られ、最後は毛利氏の占有するところとなりました。
関ヶ原の戦い後は幕府の直轄地として明治に至るまで代官を置いて支配
しています。
石見銀山の最盛期は戦国時代から江戸時代初期で、最盛期には人口5万人
以上という賑わいをみせた様です。
幕末にはほぼ産出もなくなり、衰微しています。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
仁摩サンドミュージアムを出て、次に向かったのは石見銀山遺跡。
石見銀山というと、戦国時代に尼子氏や毛利氏の激戦が行われた場所と
いうイメージが僕にはあります。
昨年初めて石見銀山遺跡に立ち寄りました。
石見銀山の遺跡はすごい広範囲に及んでいて、全部見ようと思ったら半日
以上はかかりそうな感じです。
今回は、車を停めた場所に近い大森地区の伝統的建造物群保存地区周辺
を散策しました。

いわゆる金山とか銅山の遺跡っていうと、採鉱した穴の中を散策するって
いうイメージですよね。ここ石見銀山もそういう場所「龍源寺間歩」も
もちろんあるんですが、ここが他と違うのは、銀山の繁栄を物語る町並み
や代官屋敷跡など、石見銀山としての町並みを楽しめる点です。

正直行ってみて、鉱山遺跡というより、宿場町の様な感じを受けました。
伝統的建造物群保存地区にも指定されています。
今残る町並みは1800年の大火の後に建築されたものだそうです。
1800年というと、石見銀山の歴史の中では衰退期。それでもこれだけ
の町並みがあったんですから、最盛期はさぞすごかったんでしょうね。

この町並みの奥には、「間歩」という採鉱の跡があります。
数々の「間歩」がある様ですが、現在公開されているのは「龍源寺間歩」
のみだそうです。

今回は時間の関係で「龍源寺間歩」には行けませんでした。
また次回の楽しみにとっておこうと思います。

石見銀山の町並み

続きをどうぞ

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仁摩サンドミュージアム  (島根県大田市 観光名所)

島根県大田市(旧仁摩町)の仁摩サンドミュージアムに立ち寄りました。

<仁摩サンドミュージアム>
仁摩サンドミュージアム.jpg
住所:島根県大田市仁摩町天河内975
駐車場あり(無料)
開館時間:9:00〜17:00(入館は16:30まで)
料金:大人700円、小人(小中学生)350円

外観のピラミッド群は、エジプト・クフ王のピラミッドの墓室の中にあったといわれる鳴り砂と仁摩の琴ヶ浜の鳴り砂が似ていることをもとに設計されたもの。
館内には、鳴砂に関する資料の展示や、世界一を誇る砂時計などがありま
す。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
大田市(旧仁摩町)には世界一の砂時計があるということで、それを
見ようと仁摩サンドミュージアムに立ち寄りました。
ミュージアムの建物は、クフ王のピラミッドを意識したデザインだそう
で、ガラス張りのおしゃれなデザインです。
館内に入るとガラス張りの建物の上部にその砂時計がありました。
砂時計は1トンの砂を使い、1年間をかけて落ちて行きます。
1年の時を刻む砂時計、よくぞ作ったものだと感銘を覚えます。
なんでも竹下内閣のふるさと創生1億円で作ったものだとか、ふるさと
創生1億円ではいろんなものが作られたものですが、砂時計を作った旧
仁摩町の決断はすごいなと思いました。

仁摩サンドミュージアム(世界一の砂時計)

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2006年07月01日

日御碕神社   (島根県出雲市 観光名所)

島根県出雲市にある日御碕神社です。

<日御碕神社>
日御碕神ミ1.jpg
住所:島根県出雲市大社町日御碕455
駐車場あり(無料)

<由緒>
天照大神と素盞嗚命をまつる神社。
徳川3代将軍徳川家光の命により造営されたもので、上の宮(神の宮)には
須佐之男命が、下の宮(日沈の宮)には天照大神がまつられている。
上の宮、下の宮ともに権現造りで国指定の重要文化財。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
日御碕で灯台を見て、次はすぐ近くにある日御碕神社に向かいました。
日御碕神社は徳川家光が創建したという由緒ある神社。
日御碕のすぐ手前に看板が出ています。
現地に着くと、観光バスも来ており、観光客でにぎわっていました。
朱塗りの門が大きく、威厳を感じます。その門をくぐると上の宮と下の宮
という2つの宮があり、参拝してきました。
下の宮の方はあいにく修復工事中の様で、外観を拝めなかったのが残念。
また次の機会の楽しみにしようと思います。

日御碕灯台や経島などと一緒に立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

日御碕神社

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2006年06月29日

日御碕   (島根県出雲市 観光名所)

島根県出雲市の日御碕(ひのみさき)です。

<日御碕>
日御碕.jpg
住所:島根県出雲市大社町日御碕
駐車場あり(無料)

島根半島西部に位置し、海の景観がすばらしい日御碕。
日御碕には1903年に作られた高さ44メートルの日御碕灯台があり
ます。日本一の高さを誇る灯台です。

一畑薬師を出て日御碕に向かいました。
日御碕には平成9年に一回来ており、今回は2回目。
久しぶりに訪れた感じです。
日御碕はなんと言って日本一の灯台日御碕灯台が見所。
この日は天気も良く、青空に映える白亜の灯台が非常に綺麗に見えました。

灯台から海へ遊歩道があります。海沿いを散歩すると、経島があります。
経島は青森県八戸市の蕪島同様、ウミネコの繁殖地として国指定の天然記念物に指定され
ており、7月中旬までウミネコがいる様です。
あいにく、前回も今回も8月だったので経島(ふみじま)のウミネコは
確認できませんでした。

今回は本当に綺麗な日御碕を見ることが出来ました。青々とした海と灯台
それに加え青空が良かったです。
また日御碕は夕暮れも良い場所。9年前はここで夕暮れを眺めました。

出雲大社からそんなに距離が離れていませんので、出雲大社行ったついで
にでも立ち寄ってみると良い場所かと思います。

日御碕(日本一の日御碕灯台)

続きをどうぞ

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2006年06月28日

一畑薬師   (島根県出雲市 観光名所)

島根県出雲市の一畑寺(一畑薬師)に行ってきました。

<一畑薬師>
一畑薬師薬師本堂.jpg
住所:島根県出雲市小境町803
駐車場あり(無料)
境内自由
書院庭園300円(要予約、10名以上)

<由緒・現地看板より>
臨済宗系の禅寺で、平安時代初期894年に漁師与市が赤浦海岸の
海中より引き上げた薬師如来を本尊として祀ったのが始まりです。
また、この寺にお参りすると目の病気が治るとされ、古くから信仰
の道場として全国から多くの信者を集め、現在も眼病治癒祈願の参拝
者がたえません。境内には本堂の他、法堂・禅堂などが建ち並んで
います。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
出雲市に入り、一畑薬師にむかいました。
出雲といえば出雲大社ってくるんでしょうけど、出雲大社は行ったことが
あるので、今回は一畑薬師にしました。
松江から出雲市街に入る手前に一畑薬師はあります。
行ってみて、駐車場の大きさにまず驚き。
100台単位で停められる巨大駐車所です。
駐車場を出ると、門前町を通り参道に入ります。お土産などを売る門前
町もあり、規模の大きいお寺なんだなと初めて知りました。
参道を歩き数分で本堂に着きます。
目に御利益があるという事で、参拝。視力が回復しますように・・!

お寺からは眺望も良好で、寺の建物越しに宍道湖を眺めることが出来
ました。

初めて出雲に行くのでしたら出雲大社をおすすめしますが、二度目には
一畑薬師をおすすめします。ここは景色も良く、良いところです。

一畑薬師

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2006年06月27日

枕木山   (島根県松江市 展望スポット 観光名所)

島根県松江市の展望スポット「枕木山」です。

<枕木山>
枕木山より松江方面.jpg
住所:島根県松江市枕木町
駐車場あり

大根島を出発し、次にどこ行こうか地図を眺めていると、近くに枕木山
という展望スポットがあることに気づき立ち寄ることにしました。
大根島から車で10数分、比較的走りやすい山道を走って標高456.メートルの枕木山を登りました。
最初頂上付近まで行ったのですが、景色としてはまわりに木があったりして
ちょっといまいち。
帰ろうかなと思って少し下りはじめたんですが、ちょっと下ったところに
真の絶景スポットがありました。

TVの電波塔かな、何か塔があり、休憩所みたいな小さなお店が
あるんですが、そこです。

電波塔の裏から、中海・宍道湖・大根島・松江方面の景色が一望出来、
絶景に感動しました。
頂上だけ見て帰ってたら損するところでした。

松江市街までの距離はちょっとあるんですが、夜は夜景も良い場所だ
そうです。

あまり有名な観光地ではないですが、隠れた名所としておすすめ出来る
場所かなと思います。

枕木山(展望スポット)

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posted by 南行 at 23:44| Comment(0) | TrackBack(1) | 島根県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大根島   (島根県松江市)

平成17年夏旅、2日目8月7日は皆生温泉を出て、中海に浮かぶ大根島
に上陸しました。

<大根島>
大根島1.jpg
住所:島根県松江市八束町

大根島って何と読むんだろう。これが最初に思ったこと。
標識に出ていたもので。
「おおねしま」とでも読むのかなと思ったんですが、ローマ字見ると、
「だいこんじま」、そのままなのでびっくりしました。
その時は大根島には上陸しなかったんですが、今回大根島に初上陸
しました。
皆生温泉から弓ヶ浜を走り、橋を渡って大根島に上陸します。
下の地図を見ていただきたいのですが、大根島は中海に浮かぶ島です。
橋がかかっており、車で行くことが出来ます。

大根島の名前の由来は、出雲の国風土記に「たこ島」とあるのが、漢字
があてられ、大根島になったというのが通説の様です。
ただ、他で聞いた話なんですけど、この島では密かに高麗人参の生産を
しており、それが外部にばれるとまずいので、あえて大根島という名前に
したという説もある様です。この説ってすごく説得力ある様な気がするの
は僕だけでしょうか。「だいこんじま」ってね〜、不思議な名前ですからね。実際大根島は薬用人参が名産です。

さて、島には何があるのかというと、一番は溶岩流で出来た洞窟でしょうか。僕もそれが目当てで行ったようなものです。
昭和初期に発見された洞窟で、溶岩流出のあとがありありと残る全国でも
珍しい洞窟だそうです。
期待して行ったんですが、これが何と入り口が施錠されていました。
見ると、事前に公民館まで連絡の事とありました。
公民館(0852−76−3663)
結局面倒くさくなり、入り口だけ見て撤収してきました。

あと島には牡丹園があり4月下旬から5月上旬にかけて見頃になる様です。
また牡丹園の場所は小高くなっているので、島を見渡すのには良い場所で
した。


大根島

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2005年10月12日

西周旧居    (島根県津和野町 史跡 観光名所)

津和野の史跡、西周(にしあまね)旧居です。

<西周旧居>
西周旧宅_津和野.jpg

西周はは幕末から明治初期の啓蒙家・教育者で、江戸幕府将軍徳川慶喜の政治顧問を
勤めた人物です。
明治の貴族院議員。

津和野藩の医者の家柄ですが、父親は森家から養子で入ってきている為、森鴎外とは
親戚関係にあります。
福澤諭吉らと明六社を結成し、機関紙「明六雑誌」を発行しました。
お墓は都内の青山霊園にあります。

津和野の西周旧居は彼が4才の時に移り住んだ家で、生家ではありません。
西周旧宅_津和野2.jpg

<筆者より>
西周ってちょっと知名度低いですね。僕もゲーム「維新の嵐」などを
やっていたから知っていた様なものです。
数年前の大河ドラマ「慶喜」で、慶喜の先生役みたいな役で登場して
いたのが印象的でした。

(西周旧居 おすすめ度 ★★★)

西周旧居
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2005年10月11日

森鴎外旧居   (島根県津和野町 史跡 観光名所)

津和野にある森鴎外の旧居です。

<森鴎外旧居>
森鴎外旧居_津和野.jpg
住所:島根県鹿足郡津和野町大字町田字沖田

ここは、森鴎外が11才まで過ごした旧居です。
森鴎外は軍医、小説家などとして活躍しました。

<鴎外詩碑>
森鴎外詩碑_津和野.jpg

軍医として活躍した鴎外は小倉に赴任したため、
北九州市小倉にも鴎外の旧居が残ります。

お墓は東京都三鷹市の禅林寺に太宰治の墓と
向かい合う様にあります。

(森鴎外旧居 おすすめ度 ★★★)

森鴎外旧居
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2005年10月04日

津和野の町並み  (島根県津和野町 古い町並 観光名所)

何回かに分けて津和野を紹介しようと思います。

津和野は島根県の一番西側、山口県との県境にある観光都市です。
その歴史的町並みは全国的に有名で多くの観光客が訪れます。

<津和野の町並み>
津和野の町並み.jpg

「山陰の小京都」と呼ばれる町並みは、土塀と鯉が泳ぐ堀割の美しさに特徴
があります。また森鴎外や西周などの人物を輩出した町でもあります。

<鯉の泳ぐ掘割>
鯉の泳ぐ掘割.jpg

鯉が泳ぐ古い町並みというと、岐阜県の飛騨古川(飛騨市)も良い雰囲気を
だしています。雰囲気的には津和野と飛騨古川は似ていると思います。
水と鯉と古い町並み、すごく合いますね!
長崎県の島原市にも鯉の泳ぐ街がありますが、規模的には古川と津和野が2強だと
思います。

古い町並み(武家屋敷)などを残しつつ、西洋的な教会もあるこの街。
和洋うまく融合しているのかなと思わせる一面もあります。

津和野川に沿って広がる津和野町。別の記事で個別の名所について書
きたいと思います。
津和野の町並み1.jpg

(津和野の町並みおすすめ度 ★★★★★)
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