2017年10月13日

館跡     (岩手県奥州市)

岩手県奥州市にある館跡に行ってきました。

<館跡>
館跡.jpg
住所:岩手県奥州市衣川区石神
駐車場なし

<館跡について>
館跡4.jpg

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奥州市にある館跡(たてあと)に行ってきました。
館跡って何?と思いますが、前九年の役の当事者として知られる奥州
安倍氏の館跡です。安倍頼義・貞任親子らがこの地に屋敷を構えていま
した。

安倍氏は、前九年の役に敗れ滅亡。この館も役目を終えたものと思われ
ます。現在は田んぼの一角に館跡の説明板があるのみという感じでした。

館跡3.jpg

館跡2.jpg

安倍氏の一族は完全に滅んだわけではなく、四国に追放された者なども
いて、その末裔が現在の安倍総理というという話もあります。

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2017年09月13日

衣河関跡    (岩手県奥州市)

奥州市にある衣河関跡に行ってきました。

<衣河関跡>
衣川関跡.jpg
住所:岩手県奥州市衣川区松下
駐車場無し

<衣河関について>
衣川関跡2.jpg

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奥州市にある衣河関跡に行ってきました。
ここ、平泉かと思ったらギリギリ奥州市側になる様です。
古代の関所跡で、安倍頼義によってこの地に移された様です。
現在は東北自動車道の脇の細い道のところに衣河関跡の案内があります。
この道路が旧街道なんですかね。

衣川関跡3.jpg

衣川関跡4.jpg

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卯の花清水       (岩手県平泉町)

平泉町にある卯の花清水です。

<卯の花清水>
卯の花清水.jpg
住所:岩手県西磐井郡平泉町平泉柳御所
駐車場なし

<卯の花清水について>
卯の花清水3.jpg

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平泉にある卯の花清水跡を訪問しました。
源義経終焉の地である高館。その地に湧くわき水です。
室町時代初期に成立した軍記物語『義経記』に十郎権頭兼房という架空の
人物が登場します。義経に仕える忠臣で、義経の正室の守り役であったと
いう話です。
兼房は、義経の死を見届けると高館に火を放ち、敵将長崎太郎を切り倒し、
その弟次郎を小脇に抱えて炎に飛び込み壮絶な最期を遂げました。

松尾芭蕉とともに奥の細道を旅した曾良は以下の句を残しています。
「卯の花に 兼房みゆる 白毛かな」

その地に湧く霊泉を卯の花清水と名付け、地域の人は大事にしてきたそう
です。
卯の花清水2.jpg
今も水が湧いてますね。と思ったんですが、後で調べたら水は涸れてしまい、
今は水道水で再現しているのだそうです。残念ですね(・o・)

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柳之御所跡     (岩手県平泉町)

平泉にある柳之御所跡に行ってきました。

<柳之御所跡>
柳之御所跡23.jpg
住所:岩手県西磐井郡平泉町平泉字加羅楽108-1
駐車場あり(無料・柳之御所跡資料館に駐車)

<柳之御所について>
柳之御所跡4.jpg

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柳之御所跡に行ってきました。
ここは奥州藤原氏初代、藤原清衡が平泉に移ってきて館を構えた場所
で、3代秀衡が政庁として整備しました。
4代泰衡の時、源頼朝に攻められ泰衡は柳之御所に火をつけ焼失しました。

松尾芭蕉の『奥の細道』では、秀衡が跡は田野になりてとありますが、
芭蕉がこの地に訪れた時には跡形もなくなっていたのでしょう。

近年発掘調査が行われ、巨大な空堀を備えた政庁跡が見つかりました。
柳之御所跡.jpg

柳之御所跡2.jpg
これだけ大きな空堀、政庁であるとともに、城としての役割も大きかった
と思われます。

柳之御所跡6.jpg

柳之御所跡5.jpg

<柳之御所資料館>
柳之御所跡7.jpg
柳之御所資料館では、発掘で見つかったものや、奥州藤原氏に関する資料を
見る事が出来ます。無料というのもありがたいです(^-^)

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日本の城を巡る
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大河ドラマの舞台
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2017年09月10日

高館義経堂       (岩手県平泉町)

岩手県平泉町にある高館義経堂に行ってきました。

<高館義経堂>
高館義経堂.jpg
住所:岩手県西磐井郡平泉町柳御所14
駐車場あり(無料)
入場料:200円

<高館義経堂について>
高館義経堂2.jpg

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源義経終焉の地、高館義経堂に行ってきました。
源頼朝の圧力に屈した藤原泰衡に襲撃され、義経は非業の最期を迎えます。
その終焉の地が高館です。

後に、仙台藩4代藩主伊達綱村によって、この地に義経を祀る義経堂が
建立され、中に義経の木造が安置されました。
また、1689年には松尾芭蕉がこの地を訪れ、かつて栄華を極めた
奥州藤原氏もその栄華の痕跡も無く、だた山々のみが当時を伝えるのみと
いう感慨を、奥の細道の中で記しています。

<奥の細道・高館>
高館義経堂 奥の細道.jpg
この高館の段は、僕も中学だったか高校だったか忘れましたが、国語の授業で
読んだ記憶があります。すごく良く覚えてます。
「夏草や兵どもが夢の跡」の句は奥の細道の中でも有名な句の一つですね。

「まず高館にのぼれば、北上川南部より流るる大河なり」
高館義経堂 北上川.jpg
松尾芭蕉もこの北上川の風景を見たと思うと感慨深いです。
芭蕉は、更に昔の奥州藤原氏の栄華をこの地の風景を見て思いにふけった
訳で、僕がこの地で芭蕉に思いをはせるのも不思議な感じです。

<高館義経堂>
高館義経堂3.jpg
伊達綱村によって建立された義経堂です。

高館義経堂4.jpg
中には義経像。

高館義経堂 源義経供養塔.jpg
脇には源義経供養塔があります。

高館義経堂5.jpg
こちらは高館にある資料館です。義経や奥州藤原氏に関する資料が展示されて
います。

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著名人の墓
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大河ドラマの舞台
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2017年09月02日

無量光院跡    (岩手県平泉町)

平泉町にある無量光院跡に行ってきました。

<無量光院跡>
無量光院跡.jpg
住所:岩手県西磐井郡平泉町平泉字花立地内
駐車場あり(無料)

<無量光院について>
無量光院跡5.jpg

<想像図>
無量光院跡6.jpg

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平泉の無量光院跡に行ってきました。
奥州藤原氏の栄華を象徴する無量光院跡です。
奥州藤原氏初代清衡が中尊寺、2代基衡が毛越寺を建立。そして3代
秀衡がこの無量光院を建立しました。
宇治の平等院を模した建築だった様です。

あいにく無量光院は奥州藤原氏滅亡後火災で焼失し、今は土塁や礎石、
池のみが残る跡地になっています。

確かに現地を見ると何かあったんだろうなと思える場所です。
想像図を見ながら思いをはせました(・o・)

無量光院跡4.jpg

無量光院跡2.jpg

無量光院跡3.jpg

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2015年09月01日

江刺 蔵の町     (岩手県奥州市)

岩手県奥州市旧江刺地区にある蔵の町を散策してきました。

<蔵の町>
蔵まちモール.jpg
住所:岩手県奥州市江刺区中町
駐車場あり(無料)

江刺は古くから北上川の水運で栄え、交通の要衝として商業も盛んでした。
今でも多くの土蔵が残り、当時の繁栄を偲ぶことが出来ます。
平成2年から蔵を生かした町作りをスタート。
統一された町並みの形成をすすめています。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
明治記念館を訪問したとき、説明員のおじさんが「蔵の町にも行ってみたら」と
駐車場の場所など教えてくれました。
明治記念館から川を渡ってすぐのところに、蔵まちモールという蔵が並ぶ通りが
ありました。石畳で整備され、蔵が並ぶ商店街です。

蔵まちモール4.jpg

蔵まちモール5.jpg

蔵まちモール7.jpg

雨だったせいもあるのかもしれませんが、観光客も地元の人もいません。
静まりかえってました。
まあ写真を撮るのには良いんですが、寂しい感じがしました。

蔵まちモール近隣にも明治時代の蔵が点在しています。

蔵まちモール3.jpg

蔵まちモール2.jpg

蔵まちモール6.jpg
江戸から明治時代にかけて栄えたんだろうなと言うことが見て取れます。

あとは現代に観光客を呼び込んで賑わいを作り出さないといけないですね(^-^)

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日本の古い町並み
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2015年08月23日

明治記念館     (岩手県奥州市)

岩手県奥州市にある明治記念館に行ってきました。

<明治記念館>
明治記念館.jpg
住所:岩手県奥州市江刺区南町4−8
駐車場あり
入館:無料

<現地解説>
旧岩谷堂共立病院は近代医学を取り入れた西洋式病院として明治8年に創設
されました。下層の1・2階、下層屋根裏の3階、上層の4階を4本の通し
の支柱が支え、さらに頂部に八角形の塔屋を載せた楼閣式建築です。
勾配の急なハシゴ形式の階段や腰障子などの和風の小屋組・室内装備を
備えています。一方で左右半開きの片引き硝子窓は当時の洋式の工夫が
取り入れられています。
伝統的な技法を基礎としながらも、西欧のデザインを取り入れた擬洋風
建築の特徴を備えており、病院建築の発展を知るうえで建築史的、文化史
的にも貴重な建物となっています。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
奥州市にある明治記念館に行ってきました。
ここは知らなかったんですが、カーナビに出ていたので立ち寄りました。
入場料は無料。中にはこの建物の歴史などが展示されています。
また、ガイドの方もいるので、詳しく話を聞くことも出来ます。

明治時代に病院として建築された建物です。
木造4階建て、帽子をかぶった様な特徴さる建築は目を惹きます。

明治記念館4.jpg

階段で上階に上がることが出来ます。
結構急な階段を上ります。
明治記念館2.jpg
これが4階かな。上の階は狭いです。

明治記念館3.jpg
3階の壁には文字のようなものが。どういう事が書かれてたんでしょう。

この建物は病院として使われなくなった後、岩谷堂町の役場として昭和36年まで
使用されたという事です。

また、昭和22年7月から3年半にわたってNHKラジオで放送され人気をはくした
という連続放送劇『鐘の鳴る丘』はここをモチーフにしているとの事です。
どんなお話か知らないでの、何とも言えませんが。

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2015年08月19日

五位塚 / 藤原経清の墓    (岩手県奥州市)

岩手県奥州市にある五位塚に行ってきました。

<五位塚>
五位塚.jpg
住所:岩手県奥州市江刺区岩谷堂字五位塚
駐車場あり(無料)

<現地解説>
この墳丘群は、古くから五位塚と呼ばれ、平泉藤原氏初代清衡公の父
藤原経清とその一族郎党の墳墓と伝えられている。
経清は平安貴族藤原氏の一門で、宮城県亘理地方を支配した国府の五位
の官人であったと言われ、亘理大夫とも称された。
また経清は当時奥六郡を支配していた大豪族、俘囚の長と言われた安倍
頼時の娘を妻とし、江刺郡豊田館に移り住んでいた。
平安朝廷が奥州経略のため派遣した陸奥守源頼義、義家父子と安倍氏の
戦いが「前九年の役」であるが、この戦いで経清ははじめ朝廷軍の武将
であった。しかし、途中から妻の父である安倍頼時に味方し、度々朝廷軍
を打ち破る奮戦をしたが、最後は厨川柵で安倍氏とともに討滅された。
この付近には豊田館をはじめ、八幡太郎義家の創建と伝えられる八幡社
や白旗池、また古代清衡道としての「東海道」の跡など多くの史跡が
残されている。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
藤原経清の墓と言われる五位塚に行ってきました。
入り口からちょっとした山道を1〜2分歩くと五位塚という塚がありました。
藤原経清が従五位の官位だったので、五位塚と言われている様です。

五位塚2.jpg

五位塚3.jpg

現地には平成5年に大河ドラマ『炎立つ』の放映を記念して作られた藤原経清の
慰霊顕彰碑がありました。

藤原経清顕彰碑.jpg

大河ドラマ『炎立つ』では、藤原経清を渡辺謙さんが演じ凛々しい武将のイメージ
でした。

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豊田館跡 / 藤原清衡生誕の地    (岩手県奥州市)

岩手県奥州市にある豊田館に行ってきました。

<豊田館跡>
豊田館跡.jpg
住所:岩手県奥州市江刺区岩谷堂下苗代沢
駐車場あり(無料)

<現地解説>
豊田館は亘理権太夫藤原経清その子清衡の館であった。
経清は、ムカデ退治の伝説で知られる田原ノ藤太・藤原秀郷の子孫と言われ、
陸奥の国司に従って奥州に下り、初の宮城県亘理地方を支配して亘理権大夫と
呼ばれたが、後に俘囚の長と言われた大豪族安倍頼時の娘婿となって、江刺
郡に移り住みこの地で清衡が生まれた。
経清は安倍氏征討のための「前九年の役」が始まると、初め朝廷軍の源頼義に
従ったが、中途から妻の父である安倍頼時に味方して、源頼義・・義家父子と
出羽の清原武則の連合軍と戦い、厨川柵で敗死し、経清の妻は清衡を伴って
敵将清原武貞に再嫁した。
後に清原氏の内訌からおこった「後三年の役」で清衡は源義家の援けを得て
勝ち残り、生誕のこの地に戻って奥六郡の主となった。

安永三年(1774年)銘の石碑に、ここが藤原経清、清衡父子の館跡で
あり、付近に舟橋の地名や高清寺跡、白旗の池がある、と刻まれている。

<安永の碑>
豊田館跡4.jpg

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先に紹介した館山史跡公園同様、藤原経清の館跡推定地です。
推定地なので、いろいろありますが、この地には江戸時代に記された石碑があり、
それにはこの地が経清の屋敷跡であると記されています。
まあ江戸時代の碑だって経清の時代から700年も経っているわけで、正しい
かどうかは定かではありません。

昭和54年「豊田館想像図」です。
豊田館跡2.jpg
これもよく分からないスケッチが現地にありました(^^;

ここ、豊田館跡には敷地内に「藤原清衡生誕の地碑」があります。
豊田館跡 藤原清衡生誕の地.jpg

また、敷地の裏の方には藤原清衡産湯の泉と清衡のへその緒を祀った
十二藍婆社があります。
<清衡公産湯の泉>
藤原清衡産湯の泉.jpg

藤原清衡産湯の泉2.jpg
この泉は枯れること無く今も水をたたえています。

<十二藍婆社>
十二藍婆社.jpg
藤原清衡公のへその緒を祀っています。

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館山史跡公園 / 藤原経清館跡    (岩手県奥州市)

岩手県奥州市にある館山史跡公園に行ってきました。

<館山史跡公園>
館山史跡公園.jpg
住所:岩手県奥州市江刺区岩谷堂
駐車場あり(無料)

<現地解説>
この地は古来御館山とよばれ、平安時代末期。藤原経清とその子藤原清衡父子の
居住した砦館の跡とも伝えられ、大規模な土塁や城砦の遺構と堀の一部が現存
している。
経清は、ムカデ退治の伝説で知られる田原ノ藤太・藤原秀郷の子孫と言われ、
陸奥の国司に従って奥州に下り、初の宮城県亘理地方を支配して亘理権大夫と
呼ばれたが、後に俘囚の長と言われた大豪族安倍頼時の娘婿となって、江刺
郡に移り住みこの地で清衡が生まれた。
経清は安倍氏征討のための「前九年の役」が始まると、初め朝廷軍の源頼義に
従ったが、中途から妻の父である安倍頼時に味方して、源頼義・・義家父子と
出羽の清原武則の連合軍と戦い、厨川柵で敗死し、経清の妻は清衡を伴って
敵将清原武貞に再嫁した。
後に清原氏の内訌からおこった「後三年の役」で清衡は源義家の援けを得て
勝ち残り、生誕のこの地に戻って奥六郡の主となった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
奥州市の館山史跡公園に行ってきました。
ここは奥州藤原氏の祖となる藤原清衡の父である藤原経清の館のあった場所だそう
です。

館山史跡公園2.jpg

大河ドラマ『炎立つ』を見ての訪問です。
藤原経清は奥州の安倍氏、中央の源頼義・義家親子との間で時代に翻弄された
あげくに前九年の役に巻き込まれ、安倍氏とともに敗れて敗死する運命をたどり
ます。悲劇の武将のイメージを受けました。

館跡は推定地ですが、ここが館であったという場所です。
後年建てられた二清院という八角のお堂があります。
館山史跡公園 二清院.jpg
経清と清衡を祀っているものと思われます。

またこの館山史跡公園の地は、室町時代には岩谷堂城という城になり、葛西氏の
居城となったという事です。

見頃は過ぎていましたが、アジサイも多かったので、あと1ヶ月早ければ良かった
かなと思いました。
館山史跡公園 あじさい2.jpg

館山史跡公園 あじさい1.jpg

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2015年08月18日

源義経供養塔      (岩手県奥州市)

岩手県奥州市にある源義経供養塔に行ってきました。

<源義経供養塔>
源義経供養塔.jpg
住所:岩手県奥州市江刺区重染寺
駐車場あり

<現地解説>
1189年4月30日、源義経公は衣川館に於いて藤原泰衡の軍勢に襲撃を受けて
自害したといわれる。
家臣の鈴木三郎重家も同所で戦没した。
その後建久年間(1190〜1198)鈴木三郎重家の子、鈴木小太郎重染は、
父の敵を討つため故郷の紀伊国から陸奥国に入りこの地に到った時、敵の顔に
似た人面石を見て覚めるところがあり、亡君源義経公と亡父鈴木三郎重家の追福
のため一寺を建立して、鈴木山重染寺と称したと伝えられる。
この伝承によってここ重染寺跡へ源義経公と鈴木三郎重家父子の供養の塔を建立
するものである。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
奥州市にある源義経供養塔に行ってきました。
ここには義経の供養塔があります。ここはかつて重染寺というお寺があった場所
との事ですが、今は何もありません。

近年と思われますが、重染寺のあった場所に源義経と家臣の鈴木重家の供養塔が
作られた様です。

<源義経供養塔>
源義経供養塔 奥州市.jpg
真ん中が義経供養塔です。

源義経供養塔 奥州市2.jpg

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著名人の墓
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大河ドラマの舞台
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2015年08月16日

巣伏古戦場    (岩手県奥州市)

岩手県奥州市にある巣伏古戦場に行ってきました。

<巣伏古戦場>
巣伏古戦場.jpg
住所:岩手県奥州市水沢区佐倉河字北田地内
駐車場あり(無料)

<現地解説>
胆沢は『続日本紀』776年、陸奥軍3000人を発し、胆沢の賊を伐つ
と初めて登場する。その後802年に胆沢城がつくられる平安時代初期に
かけて古代東北史の歴史舞台となった。
この胆沢の歴史は国家支配の拡大という歴史の流れに飲み込まれていく
蝦夷社会をうつしだす歴史でもあった。
宮城県栗原の蝦夷出身の郡司・伊治公呰麻呂の乱で伊治城と陸奥国府
多賀城が焼き落とされ9年後の延暦8年には紀古佐美の率いる朝廷軍
をアテルイとモレが日上湊にやぶる巣伏の戦いが起こっている。
朝廷軍は丈部善理らの将が討ち死にし、紀古佐美の遠征は失敗に終わっ
ている。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
奥州市にある巣伏古戦場に行ってきました。
ここはアテルイ公園といわれ、かつてアテルイと朝廷軍が戦った古戦場です。
大河ドラマ『炎立つ』の第一話はアテルイのシーンから始まります。
アテルイの頃から続く、朝廷と陸奥の俘囚たちとの関係を描いていくのがこの
大河ドラマでした。

巣伏の戦いはまだ坂上田村麻呂が出てくる前の話で、アテルイが朝廷軍を潰走させ
た戦いです。

現在は公園になっており、まわりは一面の田んぼです。
平成27年8月9日に訪問したところ、この田んぼで田んぼアートが行われて
いました。数年前から開催されているそうです。

アテルイの里.jpg
歌舞伎「連獅子」の図柄

おもっち.jpg
岩手国体マスコット「おもっち」
ちょっと恐い(笑)

平成27年夏旅 最北の地へ
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大河ドラマの舞台
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古戦場めぐり
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2014年07月06日

太郎淵     (岩手県遠野市)

岩手県遠野市の太郎淵に行ってきました。

<太郎淵>
太郎淵.jpg
住所:岩手県遠野市松崎町光興寺
駐車場あり

<現地解説>
「川には河童多く住めり。猿ヶ石川ことに多し」と遠野物語に記されるように
この流域には河童の伝説が多くある。光興寺の淵に太郎という河童が住んで
いて、洗濯など水仕事に来る集落の女達をのぞきに来てはいつも悪さをして
困ったと言う。また、この淵の下方にも淵があって、太郎河童に言い寄る
女河童が住んでいたと言われたところである。
今でも太郎淵、女ヶ淵と言い二匹の河童が住むと言われている。

太郎淵2.jpg

太郎淵 かっぱ.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
遠野の太郎淵に行ってきました。
遠野には河童の伝説が数多くあり、その地のひとつがこの太郎淵です。
そのお話は柳田国男が地元の伝承を聞きまとめた『遠野物語』で紹介されて
います。
河童もそうですし、座敷わらしとか日本古来の伝承話もいろいろあって
面白いものですね。座敷わらしの宿は燃えてしまって残念でしたが。

平成26年GWの旅(城めぐり&本州最東端へ!)
http://rover.seesaa.net/article/396337322.html

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2014年06月18日

黒森神社    (岩手県宮古市)

岩手県宮古市にある黒森神社に行ってきました。

<黒森神社>
黒森神社1.jpg
住所:岩手県宮古市山口第4地割132
駐車場あり
境内自由

<現地解説>
黒森神社を擁する黒森山(標高310m)はかつては一山が巨木に覆われ、
鬱蒼として昼なお暗い山であったと言われています。黒森山は宮古湾で
漁をしたり、航海する際の「当て山(目当て山)」となった事から、旧
盛岡藩閉伊郡の中でも代表的な神社として信仰を集めました。
黒森神社は「黒森山大権現社」「黒森観音」などと呼ばれ、地元の修験者
が修行する神仏習合の霊山でもありました。
現在の本殿は嘉永三年(1850年)に再興された物で、本殿の造営は
宮古代官所が主体となり、江戸の廻船問屋や宮古・トドが崎の漁業関係者
、管内の村から金品が寄進されたことがわかります。

黒森神社2.jpg

黒森神社3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
宮古市の郊外にある黒森神社に行ってきました。
途中から結構細い道を走り、山道を進みます。標高300mほどの
山の山頂付近に黒森神社があります。

鬱蒼と茂った山の中に小さな社が鎮座します。
この神社には義経の伝説も残っています。平泉を脱出した義経が
ここに三年三ヶ月にわたって滞在し、般若経六百巻を写経し奉納し
たという事です。
「黒森」という名は、源九郎義経のゆかり「九郎森」から転じたも
のという説もあるそうです。

義経は実は死んでいなくて、北に逃げたという伝説はいろんなところ
にありますね。

<薬師水>
黒森神社 薬師水.jpg
黒森で修行する山伏が喉を潤したという湧き水「薬師水」

平成26年GWの旅(城めぐり&本州最東端へ!)
http://rover.seesaa.net/article/396337322.html

日本の名水巡り
http://rover.seesaa.net/article/21971174.html

大河ドラマの舞台
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福泉寺     (岩手県遠野市)

岩手県遠野市にある福泉寺に行ってきました。

<福泉寺>
福泉寺.jpg
住所:岩手県遠野市松崎町駒木7-57
駐車場あり(無料)
拝観料:300円

遠野の福泉寺に行ってきました。
結構大きいお寺で、本堂の他、五重塔や多宝塔などあり昔からの由緒のある
お寺かなと思いましたが、実は大正元年に開かれたお寺と言うことで、まだ
そんなに長い歴史をほこるお寺では無い様です。
写真は撮れませんでしたが、木像としては日本最大の観音像を安置している
お寺です。春は桜・秋は紅葉も綺麗との事、今回の旅ではちょうど桜を見る
事が出来ました。

<本堂>
福泉寺2.jpg

<多宝塔>
福泉寺3.jpg

<五重塔>
福泉寺4.jpg

桜の写真は続きをどうぞ

平成26年GWの旅(城めぐり&本州最東端へ!)
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<桜のある風景>
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2014年06月11日

清心尼公の墓    (岩手県遠野市)

岩手県遠野市にある清心尼公の墓に行ってきました。

<清心尼公の碑>
清心尼の碑.jpg
住所:岩手県遠野市松崎町光興寺2地割
駐車場なし

<現地解説>
遠野南部第21代の領主、清心尼公は八戸南部第20代直政の夫人で、
29才で未亡人となり、剃髪して仏門に入り清心尼と称した。
嗣子がなかったので、封建時代には異例の女の殿様が誕生した。
1627年八戸から遠野への転領にあたっては養子直栄を補佐して
遠野郷の統治につとめ、遠野南部氏250年の基礎を築いた女傑で、
1644年6月4日59才で没した。この墓は菩提寺の大慈寺が廃
されたとき現在の場所に残された。

清心尼の墓.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
遠野にある清心尼公の墓に行ってきました。
清心尼は江戸時代初期の人物で、遠野南部家の礎を築いた人物でもあります。
戦国時代にも女の城主(岩村城主となった、おつやの方)とか、男にも勝る
様な人物として立花宗茂の妻ァ千代とかの話もありますが、封建社会の中の
江戸時代に正式に家督を継いだというのは相当珍しい話と思います。

それは単に緊急避難的な話でもあったでしょうけど、実際に人物的に優れた
人であったからこそというものもあったんでしょうね。
清心尼の墓は遠野市の郊外にポツンと碑と墓が並んでありました。

著名人の墓
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平成26年GWの旅(城めぐり&本州最東端へ!)
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キツネの関所    (岩手県遠野市)

岩手県遠野市にあるキツネの関所に行ってきました。

<キツネの関所>
キツネの関所.jpg
住所:岩手県遠野市土淵町土淵
駐車場なし

国道340号線沿いにあるキツネの関所に立ち寄ってみました。
そもそもキツネの関所って何だろうというところですが、遠野と
言えば民話の里。そんな遠野にはキツネの関所という言い伝えがあり、
ここの前を通ると娘などに化けたキツネに化かされ、お土産などを
奪われるという事です。

<現地に書いてあったお話です>
キツネの関所3.jpg

現地は長閑な風景で、夜になったら当時は何も見えない様なところ
だったんでしょうね。キツネに化かされるわけですね(笑)

キツネの関所2.jpg

平成26年GWの旅(城めぐり&本州最東端へ!)
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2014年05月21日

阿曽沼氏歴代の碑    (岩手県遠野市)

岩手県遠野市にある阿曽沼氏歴代の碑に行ってきました。

<阿曽沼氏歴代の碑>
阿曽沼氏歴代の碑.jpg
住所:岩手県遠野市松崎町光興寺4地割
駐車場なし

遠野の最初の統治者阿曽沼四郎広郷をはじめ、歴代の霊が祀られて
いる。1189年、源頼朝から平泉征討の恩賞として遠野十二郷を
領した阿曽沼氏はよく領内を治め繁栄した。
関ヶ原の戦いがあった1600年、当主は14代広長であった。
徳川家康の上杉景勝攻めに出陣した留守中に家臣の謀反にあい、
約400年続いた政権は亡びたのである。五輪塔はもと阿曽沼氏
の菩提寺である養安寺にあったもので、製作は室町期と伝えられ
この地方では最古のものである。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
遠野市にある阿曽沼氏歴代の碑を見に行ってきました。
遠野というと、江戸時代は南部藩の支藩で八戸から移ってきた南部
氏が統治したイメージがあります。
それ以前の遠野ってどうだったのかは正直よく知りませんでした。
関ヶ原までは阿曽沼氏という一族が支配したそうです。
その阿曽沼氏の歴代の碑(お墓)が遠野の郊外にありました。

碑は小さな塚の様なところにあり、芝桜や枝垂れ桜が綺麗な場所
でした。枝垂れ桜は樹齢は分かりませんが、100年は超えている
であろう大きな枝垂れ桜。見頃はやや過ぎていましたが、それでも
綺麗で良かったです。

<阿曽沼氏歴代の碑・桜&芝桜 平成26年5月4日撮影>
阿曽沼氏歴代の碑 芝桜.jpg

阿曽沼氏歴代の碑 芝桜2.jpg

阿曽沼氏歴代の碑 枝垂れ桜1.jpg

阿曽沼氏歴代の碑 枝垂れ桜2.jpg

阿曽沼氏歴代の碑 枝垂れ桜3.jpg

<桜のある風景>
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著名人の墓
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平成26年GWの旅(城めぐり&本州最東端へ!)
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2014年05月18日

大槌城趾      (岩手県大槌町)

岩手県大槌町にある大槌城趾に行ってきました。

<大槌城趾>
大槌城跡.jpg
住所:岩手県上閉伊郡大槌町城山
駐車場あり(無料)

<現地解説>
城山として町民から親しまれている「大槌城趾」は、大槌氏累代の居城
跡である。建武年間(1334年〜)の頃、遠野横田城主阿曽沼朝綱が、閉伊郡
の沿岸地方治安のために、自らの二男遠野次郎を当地に派遣する。
遠野次郎は大槌氏を称し、以来最後の城主孫八郎政貞が自刃して果てる1616年
までの280年ほどの間のことである。
1437年頃、時の城主大槌孫三郎は南部十三世守行の大軍と戦う。
諸書に「この城は滄海を前にして、高山を後にして、大槌小槌の二川を左右に
し、城をその中央に占め、これを攻めれども陥らず」とあり、また
「所は屈竟之要害後は峨々たる山に続き、前は満々たる荒磯にて千尋立たぬ
所なれば、守行公も攻めあぐんで和談にこそしたりけり」とある。
大槌氏は存亡の危機を免れた。
その後、大槌氏は南部氏の下で平田から豊間根までを支配し、三千石を
与えられた。
しかし後日南部氏の謀計によって大槌氏は滅亡する。
平場の標高120〜140m、東西400m。
主郭には帯郭を伴う。
平場の面積は2284坪前後となる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
大槌城跡に行ってきました。
現在は城山公園という公園になっています。公園を歩いてこようと
思ったんですが、何と駐車場が満車。停める場所がなく、やむなく
大槌城跡の碑だけ写真を撮ってきました。
大槌城趾の碑は、町立図書館の前にありました。

確かにこの城、ちょっとした山城で、眼下には海。なかなかの
要害と思われます。
城跡から見下ろすと、そこは東日本大震災の被災地。
ここは海の近くの被災地のところは完全に更地になり、今は何もあり
ません。集団移転でどこかに移るのでしょう。

<大槌城からの風景>
大槌城跡2.jpg

大槌城跡3.jpg
こういう風景を見ると復興の度合いも場所によって様々だなと思います。

日本の城を巡る
http://rover.seesaa.net/article/21222307.html

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2014年05月16日

トドヶ崎 / 本州最東端    (岩手県宮古市)

本州最東端「トドヶ崎」に行ってきました。

<トドヶ崎>
本州最東端の碑.jpg
住所:岩手県宮古市重茂第9地割大平
駐車場あり(無料)

トドヶ崎は本州最東端の岬になります。
先端には明治35年より点灯するトドヶ崎灯台があります。
本州の最北端「大間崎」、最南端「潮岬」、最西端「毘沙ノ鼻」は到達が
容易なんですけど、最東端「トドヶ崎」は片道1時間歩かないと着かない
という話だったので、なかなかアタック出来ないでいました。
ここ行けば、本州の先端はすべて制覇という事になります。

遊歩道の入り口です。
とどヶ崎2.jpg

とどヶ崎1.jpg
入り口付近には熊に注意する旨の掲示も。まあ歩いている人は多いので、
熊の警戒心なら寄ってこないでしょうけど、注意は必要です。
僕は熊よけの鈴を持参しました。

遊歩道を歩き始めて数分で、小さな掲示を発見。
とどヶ崎3.jpg
なんて書いてあるかというと、東日本大震災でここまで津波が到達した
という掲示です。こんな高いところまで来たんかいとびっくり。

そんな事に驚きながら遊歩道を進みます。
とどヶ崎4.jpg
片道1時間と言われてましたが、自分の足で何分かかるか計ってみました。
アップダウンは少しありますが、そこまで激しくはありません。
ただ山道なので、ちゃんとした靴は必要でしょう。

歩いて歩いて、やっとトドヶ崎に到達です。
80メートルが1分と言われる不動産屋の僕の足で50分かかりました。
やっぱハードですね。
でも着いてしまえば達成感があります。白亜の「トドヶ崎灯台」が迎えて
くれます。

とどヶ崎5.jpg

とどヶ崎6.jpg

<トドヶ崎灯台>
とどヶ崎 灯台.jpg

とどヶ崎 灯台2.jpg

トドヶ崎って言うくらいですから、トドがいるんですかね。
そういう気配は無かったですが(^^;

さて、ここから帰ることになるんですが、また帰り50分かと思うと
疲れモードに。そしたら、灯台の前に怪しげなおじさん。
何と帰り船で帰らないかとの事。GW特別半額で500円だって。
そりゃーもう、50分を500円で買えるなら安い物で、おじさんに
ついて行きます。

とどヶ崎7.jpg
お、確かにモーターボートが。帰りはなんと10分かからず帰還です。


船に乗ったので、海から灯台を見ることが出来ました。

しかし、帰りの船があって、何故行きは無いのか?
本当に不思議です。行きはやってないって話なんですよね。

まあ良いや。帰りは楽をする事ができました。
時間に余裕を持って行くべきですね。
あと、遊歩道の先は灯台まで行っても自販機などはありません。
事前に飲み物は買ってから行きましょう。
また、トイレも遊歩道の先にはありません。

岬・灯台巡り
http://rover.seesaa.net/article/107423997.html

平成26年GWの旅(城めぐり&本州最東端へ!)
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2011年09月13日

報恩寺     (岩手県盛岡市)

岩手県盛岡市の報恩寺に行ってきました。

<報恩寺>
報恩寺 盛岡.jpg
住所:岩手県盛岡市名須川町31-5
拝観:羅漢堂拝観300円
駐車場あり

報恩寺は1394年、南部家13代の英主守行公によって三戸に創建され、
1601年に27代利直公のとき現在地に移転された。
藩政時代は寺領200石を有する南部領内208ヶ寺の総領であった。
現在も寺域7000坪を有する曹洞宗一方の勝刹である。
本尊釈迦文殊普賢の三尊像は元大和中善寺本尊像で、聖徳太子作と伝え、
羅漢堂の中尊毘廬舎那仏は元大和橘寺金堂本尊像で弘法大師作と伝えている。
市指定文化財指定の羅漢堂及び五百羅漢像は1735年の落成開光で、像は
中国天台山像を模して京都で作成されている。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
盛岡の報恩寺に行ってきました。

報恩寺 盛岡2.jpg

盛岡では由緒ある古刹で、南部家ゆかりのお寺です。
見所はなんといっても羅漢堂。

報恩寺 羅漢堂.jpg

拝観料は300円かかりますが、一見の価値があります。
羅漢堂の中には五百羅漢像があります。川越の喜多院にある五百羅漢の
様に様々な表情の五百羅漢がならんでいます。
一体一体の表情を眺めるだけでもかなかかに興味深かったです。

平成23年夏旅
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2011年09月06日

龍谷寺    (岩手県盛岡市)

岩手県盛岡市の龍谷寺に行ってきました。

<龍谷寺>
龍谷寺 盛岡2.jpg
住所:岩手県盛岡市名須川町7-2
駐車場あり

龍谷寺は石川啄木の母方の叔父葛原対月が明治4年〜明治28年まで
足かけ25年のながきに渡って住職を務めたお寺です。
対月の弟子であった石川啄木の父一禎と対月の妹である啄木の母カツの
縁が結ばれたのもこの寺でした。
少年時代の啄木はしばしばこの寺を訪ねて伯父対月から詩歌の手ほどきを
受けたと伝えられています。

龍谷寺 盛岡.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
盛岡でたまたま発見したお寺です。
啄木史跡という説明が出ていたので立ち寄りました。
啄木の伯父が住職を務めたお寺で、啄木も来たお寺との事で、
啄木関連の史跡を偶然見つけることが出来て、良かったです。

こちらは維新志士、蛇口安太郎の碑です。
蛇口安太郎の碑.jpg
蛇口安太郎は幕末、盛岡の農家に生まれ、江戸で北辰一刀流千葉道場で
修行をします。のちに水戸天狗党に参戦し、那珂湊の戦いで戦死。
この碑は、後の首相原敬が建立したものだそうです。

龍谷寺には国指定天然記念物の桜の木があります。
龍谷寺 盛岡 枝垂れ桜.jpg
盛岡と言えば石割桜が有名ですが、こちらも国指定の天然記念物。
いつか咲いているところを見たいものです。

平成23年夏旅
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浄土ヶ浜     (岩手県宮古市)

岩手県宮古市にある浄土ヶ浜に行ってきました。

<浄土ヶ浜>
浄土ヶ浜 昔1.jpg
住所:岩手県宮古市日立浜町32-4
駐車場あり(無料)

浄土ヶ浜は宮古湾の西側に突出する臼木半島の東北端に位置します。
白い岩に松、澄み切った海水で古くから景勝の地として利用されて
きました。
昭和30年5月国立公園指定に先立ち、岩手県指定の名勝になりました。
名勝指定の地域は、白色石英粗面海食地形である浄土ヶ浜と、洞門
等のある蛸の浜からなります。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
4年ぶりに浄土ヶ浜に行ってきました。
浄土ヶ浜は白砂青松と言いましょうか、とても綺麗な海岸で、
あたかも浄土を思わせる事から浄土ヶ浜と言われるようになったそうです。

震災での被害が心配でしたが、綺麗な海岸は健在でした。
ただ、浄土が浜を下から見ることが出来る海岸へのルートが寸断されて
いて、歩いて行くことが出来ませんでした。

浄土ヶ浜 昔2.jpg
(海岸からの写真は4年前の写真です)

海岸へは駐車場から乗り合いバスみたいなのに乗って行けば行ける様
でしたが、混んでいたので今回はパス。
上から眺めてきました。
澄んだ水は健在で、とても綺麗でした。

浄土ヶ浜1.jpg

浄土ヶ浜2.jpg

浄土ヶ浜3.jpg

クリックすると拡大します。
浄土ヶ浜 大.jpg

浄土ヶ浜は古戦場でもあります。

宮古湾海戦記念碑.jpg

1869年3月、函館にたてこもる旧幕府軍追討のため派遣された政府軍の艦船「甲鉄」
以下8隻が宮古湾に停泊していました。
旧幕府軍「回天」は25日早朝、旗艦「甲鉄」を奪うべく進入し、砲火をあびせ壮絶な
戦いを挑みました。これに対し政府軍は艦載機銃をもって応戦。
約30分の戦いで、両軍の死傷者はあわせて50余名に及びました。
この戦いは日本で初めての様式海戦として名をとどめています。

現地には宮古湾海戦の碑(鈴木善幸元首相の書)が建ちます。
この宮古湾海戦は、新選組の土方歳三・相馬主計らが参戦しています。
戊辰戦争の戦いのひとつです。

古戦場めぐり
http://rover.seesaa.net/article/159539121.html

新撰組関連の史跡
http://rover.seesaa.net/article/26835008.html

平成23年夏旅
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2011年09月05日

ムカデ姫の墓   (岩手県盛岡市)

岩手県盛岡市にあるムカデ姫の墓に行ってきました。

<ムカデ姫の墓>
ムカデ姫の墓 盛岡.jpg
住所:岩手県盛岡市名須川町8-4
駐車場あり

【現地解説】
この墓は南部27代藩主利直の奥方源秀院殿のお墓です。源秀院殿は、蒲生氏郷の養
妹で、名は於武と言って1594年、南部家へのお輿入れしました。そのとき、蒲生家
の祖、俵藤太秀郷が近江の石山で、オオムカデを射止めた時に用いたと伝えられる矢
の根をみやげとしました。
その後、利直が亡くなり、於武の方も寛文3年に江戸桜田の邸で逝去されましたが、
姫の遺言によってここに葬りました。
当時お墓の前には濠があって、南部家ではこれに太鼓橋をかけることになりました
が、いよいよ竣工して渡りはじめようという日に、一夜のうちにその橋がさんざん
破壊されておりました。
その後何度かけても橋が壊されてしまうというので、誰言うとなく「それは大きな
ムカデが出て橋が壊されてしまうのだ」という噂がたち、その噂が殿様の耳にも
入り、大変不吉なことと考えられました。
そこで、殿様は墓参りの当日に朝早くから沢山の武芸者を見張り番に付け、数千人の
人夫を雇い入れて、一気にその日のうちに工事を終え、やっと橋を完成させました。
しかし、その後もこの付近では、俵藤太に射られたムカデの怨霊が何百匹となく
毎夜のようにはい回り、姫の百千筋の髪の毛がことごとく蛇に化け、その蛇はみな
片目であったと言い伝えられております。
このことが、また城下の評判となって誰言うと無く「ムカデ姫のお墓」と呼ぶように
なりました。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ムカデ姫の墓という表示を見て、何だろうと思って行ってみました。

ムカデ姫の墓.jpg

解説を見ると、上の様な由来との事。
姫がムカデに呪われているのか、蒲生家が呪われているのかよく
分かりませんが、不思議な話ですね。まあ蒲生氏郷も早死にしてますし、蒲生家
が呪われてるんですかね。

その姫が南部家に来たので、今度は南部家がムカデの呪いに悩まされたって
事でしょうか。

不思議な話です。

平成23年夏旅
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2011年08月21日

普門寺     (岩手県陸前高田市)

岩手県陸前高田市にある普門寺に行ってきました。

<普門寺>
普門寺本堂.jpg
住所:岩手県陸前高田市米崎町地竹沢181
駐車場あり(無料)
境内自由

普門寺は1241年開山の古刹。1504年、浜田城主千葉中務太輔
宗綱の再興と伝えられます。
本尊は正観音。

境内には岩手県指定の天然記念物のサルスベリ。
普門寺 さるすべり.jpg

1718年に造られたという大仏。
普門寺大仏.jpg
青銅製でこの大きさの大仏は東北では数少ないそうです。

庭園。
普門寺庭園.jpg

そして三重の塔。
普門寺三重塔.jpg
1591年、1867年の2度の火災により堂宇などを消失しましたが、
三重の塔は類焼を逃れました。
三重の塔は1809年の建築。塔の高さは九輪先端まで約12.5メートル。
岩手県指定の有形文化財です。

様々な見所があり、多くの観光客で賑わうそうです。
僕が訪問したのは夕方だったので、観光客はあまりいませんでしたが、
見所がいろいろあり、素晴らしいお寺でした。
普門寺は高台にあるため、今回の津波の影響はまったく受けていませんでした。

平成23年夏旅
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2011年08月18日

小袖海岸    (岩手県久慈市)

岩手県久慈市の小袖海岸に行ってきました。

<小袖海岸>
小袖海岸.jpg
住所:岩手県久慈市宇部町他

小袖海岸は岩手県久慈市にある海岸景勝地で、陸中海岸の北部の
見所のひとつです。
断崖や、奇岩など見所も多い海岸。また北限の海女として知られる素潜り
漁が有名。

今回は久しぶりに久慈市街から海岸線の道路を走り小袖海岸を
眺めてきました。津波の影響はよく分からなかったです。以前来た小袖
海岸と変わりない様に見えました。
奇岩や断崖が続く海岸が美しかったです。

小袖海岸を通る道路は狭く走りづらいですが、すれ違い出来ないほど
ではありません。

<小袖海岸の風景>
小袖海2.jpg

小袖海岸2.jpg

小袖海岸 つりがね洞.jpg
こちらつりがね洞です。かつて空洞部分に釣り鐘の様に上からぶら
下がる岩があったため、この名前になったそうです。
しかし、明治時代の三陸大津波で消失したとの事。残念。

小袖海岸3.jpg

小袖海岸4.jpg

小袖海岸5.jpg

平成23年夏旅
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和泉式部の墓    (岩手県北上市)

岩手県北上市にある和泉式部の墓を見に行ってきました。

<和泉式部の墓>
和泉式部の墓.jpg
住所:岩手県北上市和賀町竪川目
駐車場なし

和泉式部は没年等もはっきりしていない人物で、日本全国に伝説地がある
そうで、ここ北上が北限地との事。
和泉式部の出生、または没っした地とされ、碑が建てられたそうです。
現在の碑は明治2年に長沼欠の下の小原久兵衛なるものが子孫に、小式部(
和泉式部の子)の様な才女が生まれるように願い奉献したものとの事。

現地は田んぼに囲まれた長閑なところ。近くに行っても案内表示もなく、
分かりづらいです。
こんなところに和泉式部の供養碑があるというのは驚きです。

<周りの風景>
和泉式部の墓2.jpg

平成23年夏旅
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著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html


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2011年08月16日

夏油温泉石灰華  (岩手県北上市)

夏油温泉石灰華(天狗の岩)を見てきました。

<夏油温泉石灰華>
夏油温泉石灰華.jpg
住所:岩手県北上市和賀町岩崎新田
駐車場あり(無料)

日本最大の石灰華ドームで国指定の天然記念物。
高さ17.6メートルある。

夏油温泉石灰華2.jpg

この岩は天狗の岩と呼ばれ、温泉の成分が何万年もかけて固まったもの。
岩の出っ張りなどが、天狗の鼻の様に見えなくもないですね。
そんな事から天狗岩なんでしょうか。

夏油川を見ると、温泉の成分が含まれている様で、白くなっています。
夏油温泉石灰華3.jpg

天狗の岩までは夏油温泉から歩いて片道20分くらい。
アップダウンがあり意外に険しいので、ちゃんとした靴が必要かと思います。

平成23年夏旅
http://rover.seesaa.net/article/220709348.html


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鵜の巣断崖    (岩手県田野畑村)

岩手県田野畑村にある鵜の巣断崖に行ってきました。

<鵜の巣断崖>
鵜の巣断崖.jpg
住所:岩手県下閉伊郡田野畑村真木沢
駐車場あり(無料)

日本の観光地の中でも好きな場所の1つ「鵜の巣断崖」に行ってきました。
好きなんですけど、もう何年も行っていませんでした。
鵜の巣断崖は、その中腹にウミウが生息している事から付いた名前だそう
です。
陸中海岸の見所のひとつで、100〜200メートルもの断崖絶壁が続く
海岸は豪快の一言です。正直ここを見てしまうと、東尋坊とか可愛く見えて
しまいます。

田野畑村には北山崎という陸中海岸で一番有名な景勝地があり、北山崎には
観光客が多く来ていますが、鵜の巣断崖は観光客も少なく開発されていない
状況です。自然という意味では鵜の巣断崖の方が良いかもしれません。

鵜の巣断崖2.jpg

鵜の巣断崖3.jpg

クリックすると拡大します
鵜の巣断崖 大.jpg

平成23年夏旅
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2009年05月23日

遠野の町並み   (岩手県遠野市)

岩手県遠野の中心街を散策してみました。

<遠野の町並み>
遠野の風景.jpg
住所:岩手県遠野市中央通り他

遠野の街中を散策しました。
川沿いに並ぶ建物などに、昔ながらの面影を残す様な感じがします。

遠野の風景2.jpg

遠野の風景3.jpg

遠野と言えば、『遠野物語』で有名な柳田国男。
柳田国男が晩年を過ごした家も一般に公開されています。
遠野の風景 柳田国男.jpg

柳田国男隠居所.jpg

柳田国男が泊まった高善旅館跡。
遠野 高善旅館跡.jpg

大正時代風のレトロな建物もありました。
遠野の風景 レトロな感じ.jpg

日本の古い町並み
http://rover.seesaa.net/article/21960937.html

平成21年GWの旅
http://rover.seesaa.net/article/118675040.html

遠野の風景

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2009年05月21日

五百羅漢    (岩手県遠野市)

岩手県遠野市で五百羅漢を見て来ました。

<五百羅漢>
五百羅漢 遠野1.jpg
住所:岩手県遠野市綾織町新里
駐車場あり(無料)
見学自由

江戸時代、遠野はしばしば凶作にみまわれ、1755・1756年・
1782年などの大飢饉には多くの犠牲者を出しました。
心を痛めた大慈寺の義山和尚はその供養のため、明和2年から数年
をかけてこの五百羅漢を彫りあげました。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
遠野市で五百羅漢を見てきました。
五百羅漢というと、私の地元川越喜多院の五百羅漢が有名です。
地元の五百羅漢のイメージで遠野の五百羅漢を訪問しました。
現地に到着すると、上の写真のように岩がゴロゴロ。

はて、どこに五百羅漢様をおられるのだろう???

と、思っていたら、降りてきた先客から、「あちらの方がよく見え
ますよ」と。
どういう事だろと思ったところ、ふと気がつきました。
岩に何か彫られてるじゃないですか。
五百羅漢は、岩に彫り込まれたものだったんです。

五百羅漢 遠野2.jpg

五百羅漢 遠野3.jpg

苔むした岩に彫られた五百羅漢。川越の五百羅漢とはちょっと違い
ました。よくぞ彫ったな〜と思える羅漢様の数。
ちょっと荒涼とした感が良いです。

岩の下には水が流れているようで、水音も聞こえ雰囲気も良かった
です(^-^)

平成21年GWの旅
http://rover.seesaa.net/article/118675040.html

五百羅漢
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鍋倉城     (岩手県遠野市)

岩手県遠野市の鍋倉城に行ってきました。

<鍋倉城>
鍋倉城櫓.jpg
住所:岩手県遠野市東舘町
入場無料
駐車場あり(無料)

鍋倉城は天正年間(1573〜1591)に阿曽沼氏によって築城
され、1627年に青森県八戸市から南部氏が入城し明治までその
居城となった。
本丸には遠野南部氏の屋敷があった。

鍋倉城本丸跡.jpg

鍋倉城は来内川を天然の内堀とし、二の丸・三の丸に重臣の屋敷を
配置し、馬場や火薬庫を設け、空堀、水溜堀などの防御施設を備え
た中世の名残を伝える本格的な山城である。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
岩手県遠野市の鍋倉城に行ってきました。
桜を見ようと思っての訪問です。
事前に調べたlivedoorの開花情報では満開!
楽しみにして行ったんですが・・・・・・。
もうほとんど散っていました(>_<)

桜は見事に撃沈。普通に城跡見学となりました。
城に入るとあるのは南部神社。

南部神社.jpg

遠野南部氏を祀る神社です。
ここで初めて知ったんですが、遠野南部氏は八戸から移ってきた
んですね。八戸出身ながら全然知りませんでした。

本丸跡はかなり高い場所にあります。
再建された櫓からは、遠野市内、早池峰山などを一望する事が出来、
非常に良かったです。

鍋倉城からの風景.jpg

鍋倉城からの風景2.jpg

鍋倉城は公園として綺麗に整備されていて、とても良い所でした。

日本の城を巡る
http://rover.seesaa.net/article/21222307.html

平成21年GWの旅
http://rover.seesaa.net/article/118675040.html

鍋倉公園展望台

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2009年05月05日

岩手県 県民の森の桜  (岩手県八幡平市)

岩手県八幡平市の岩手県県民の森で桜を見てきました。

<岩手県 県民の森>
岩手県県民の森の桜1.jpg
住所:岩手県八幡平市松尾寄木1−515−5
駐車場あり(無料)

ここも偶然見つけた桜です。
岩手県県民の森という公園で、かなり広い敷地でした。
斜面に桜の木、そして道路沿いには桜と白樺の並木があり、どち
らもとても綺麗でした。

平成21年5月3日現在、桜は7分咲き位。
もうすぐで見頃というところでした。

<岩手県県民の森の桜>
岩手県県民の森の桜2.jpg

岩手県県民の森の桜3.jpg

岩手県県民の森の桜4.jpg

ここにも見事な1本桜が。これが満開で天気が良かったら最高の
景色になるでしょう。
岩手県県民の森 一本桜.jpg

<桜の名所まとめのページはこちら>
http://rover.seesaa.net/article/14535679.html

平成21年GWの旅
http://rover.seesaa.net/article/118675040.html

岩手県県民の森の桜

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八幡平リゾートホテル前の一本桜  (岩手県八幡平市)

岩手県八幡平市、八幡平リゾートホテル前にある一本桜です。

<八幡平リゾートホテル前一本桜>
八幡平リゾートホテル前の一本桜 2.jpg
住所:岩手県八幡平市松尾八幡平温泉郷
八幡平リゾートホテル前の芝生地帯

岩手山をバックにした一本桜と言えば、小岩井農場の一本桜が有名
ですが、この桜も岩手山をバックに綺麗に咲く一本桜です。

場所は八幡平リゾートホテル前の芝生。
おそらくホテルの敷地と思われます。
この桜は特に紹介されている様な桜では無いですが、何となく良い
な〜と思って写真を撮りました。
根っこの部分が不自然に盛り上がってるあたり、この桜はどこから
か持ってきたものでしょうか???
もしそうだったら、岩手山をバックに狙った位置取りと言えそう
です(実際どうなのかは不明ですが)

<平成21年5月3日撮影・クリックすると拡大します>
八幡平リゾートホテル前の一本桜.jpg

八幡平リゾートホテル前の一本桜 大2.jpg
何はともあれ、絵になる桜の木です。

<桜の名所まとめのページはこちら>
http://rover.seesaa.net/article/14535679.html

平成21年GWの旅
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八幡平リゾートホテル前の一本桜

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さくら公園   (岩手県八幡平市)

岩手県八幡平市のさくら公園で桜を見てきました。

<さくら公園>
さくら公園 看板.jpg
住所:岩手県八幡平市柏台1丁目22番
駐車場あり(無料)
入園無料

車で走っていたら急に綺麗な桜を発見。
しかも斜面に綺麗に咲いてるじゃないですか。車を停めて散策して
きました。

アスピーテラインへ向かう道路からも桜の花がよく見えます。
天気がいまいちだったので岩手山はうっすらしか見えませんでしたが、
天気が良ければ桜越しに岩手山が見えて良いアングルになりそう
でした。

<さくら公園の桜・平成21年5月3日撮影>
さくら公園.jpg

さくら公園2.jpg

さくら公園3.jpg

さくら公園 花びら1.jpg

<桜の名所まとめのページはこちら>
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平成21年GWの旅
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さくら公園

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為内の一本桜  (岩手県八幡平市)

岩手県八幡平市の為内の一本桜を見てきました。

<為内の一本桜>
為内の一本桜1.jpg
住所:岩手県八幡平市野駄
駐車場あり(無料)

ここ為内山には、元村社伊那々伊澤神社があった。
明治の初期に熊野権現、秋葉天王、稲荷の三社を合祀したが、
ここは集落から離れ参拝にはきわめて不便であった。
大正8年野駄、小森の現在地に神社移転を決め、社殿を新築
して村社として面目を一新した。そしてこの地はやがて人々の
記憶から薄れていった。しかし1本だけ残された桜が丘の
いただきで長年の風雪に耐え大木に育った。いつ植えられた
かは詳らかではないが、今では見事な花を咲かせ、人々の
目を楽しませている。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
八幡平市の為内の一本桜(いないのいっぽんさくら)を見に
行ってきました。
本当は小岩井農場の一本桜を見に行こうかと思っていたんで
すが、天気が良くないのと混んでいるという情報から小岩井は
またの機会ということにして、今回は八幡平の桜めぐりを
することにしました。

為内の一本桜は最近注目されはじめた桜の木です。
岩手山を遠くに望む八幡平市の小高い丘の上に1本立派な
桜の木がありました。

平成21年5月3日現在、花は散り始め。
あいにくの天気もあり、良い写真が撮れませんでした。

為内の一本桜2.jpg

為内の一本桜.jpg

また来年以降見に行こうと思います。

<桜の名所まとめのページはこちら>
http://rover.seesaa.net/article/14535679.html

為内の一本桜

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2008年08月25日

九戸城     (岩手県二戸市 観光名所)

岩手県二戸市にある九戸城に行ってきました。

<九戸城>
九戸城
住所:岩手県二戸市福岡字城ノ内
駐車場あり(無料)
見学自由

九戸城はかつて、南部氏の一族九戸氏の居城であったところです。
戦国時代の城として使われ、後、南部信直が入場し城郭を整備した。
その後、南部氏が不来方城に移り1636年に廃城になっている。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
九戸城の近くを通りかかったので寄ってみました。

江戸時代初期に廃城になっているため、天守閣もありませんし、建物
も残っていません。かすかに石垣などで面影を偲ぶような感じに
なっています。

公園風に整備されているので、ふらっと散歩するのには良いかとは
思うんですが、歴史的なことが特に解説されている訳でもなかった
のが残念です。

平成20年夏旅
http://rover.seesaa.net/article/104997161.html

日本の城を巡る
http://rover.seesaa.net/article/21222307.html

九戸城跡

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天台寺    (岩手県二戸市 観光名所)

岩手県二戸市にある天台寺に行ってきました。

<天台寺>
天台寺山門
住所:岩手県二戸市浄法寺町御山久保33-1
拝観料:300円
駐車場あり

728年、聖武天皇の勅願所として行基によって開山。
東北屈指の古刹。
聖観音立像や十一面観音立像など重要文化財に指定される仏像
もあります。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ふと、天台寺に行ってみました。
前回行ったのが8年前だったので、だいぶ忘れかけていたので
通りかかったついでに寄ってみました。

8年前の記憶というのは曖昧なもので、大分記憶とかけ離れてまし
た(笑)
ここ天台寺は東北屈指の古刹で、岩手県北では一番有名なお寺かと
思います。またこのお寺は昭和62年に女流作家でもある瀬戸内寂聴
さんが住職に就任してから観光客も増えたそうです。
今も、名誉住職として天台寺にいらっしゃいます。

瀬戸内寂聴

さて、長い階段を登って天台寺へ。
天台寺への階段にはアジサイが咲いてました。8月に見頃になるん
ですね。
片側にはアジサイ、もう片側にはお地蔵様です。

天台寺のお地蔵様
ここのお地蔵様はなかなかに可愛らしいです。

本堂に到着。由緒ある天台霊場で参拝です。
天台寺本堂
夕方という事もあって、あまり観光客もいなくて、閑かな感じが
良かったです。

平成20年夏旅
http://rover.seesaa.net/article/104997161.html



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達谷窟毘沙門堂   (岩手県平泉町 観光名所)

岩手県平泉町の達谷窟毘沙門堂を見てきました。

<達谷窟毘沙門堂>
達谷窟
住所:岩手県西磐井郡平泉町平泉北沢16
見学:時間 8:00〜17:00(季節により変更あり)
入場:300円
駐車場あり

801年、坂上田村麻呂が蝦夷征伐後、戦勝は毘沙門天のご加護と
感じ、創建したと伝えられるお寺です。

寺には毘沙門堂の他、岩面大仏、弁天堂、不動堂、金堂などが残り、
清閑ながらいわゆる大寺院という感じでは無いんですが、大きな
お寺だなというイメージです。

特に見所は毘沙門堂。
岩をくりぬいた様なところに作られた建物は、昭和21年焼失後、
昭和36年に再建されたものだそうですが、それを感じさせない
様な古くからの威厳の様なものを感じる建物です。

達谷窟毘沙門堂
中は撮影禁止の為撮影していません。

平泉というと、中尊寺とか毛通寺とかが有名ですが、達谷窟も同レベ
ルの寺院という感じがしました。

続きをご覧ください。

平成20年夏旅
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2008年05月28日

みちのく民族村   (岩手県北上市 観光名所)

岩手県北上市の「みちのく民族村」に行ってきました。

<みちのく民族村>
みちのく民族村
住所:岩手県北上市立花14-59
TEL:0197-64-1756
駐車場あり(無料)

みちのく民族村は、北上川流域の古民家や歴史的建造物等を復元、保存
しながら先人の生活を体験する事の出来る野外博物館構想のもと、10
年の歳月をかけて平成4年に完成したものです。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
以前から看板を見て気になっていた「みちのく民族村」に行って
きました。
展勝地に行くと、この看板が見えるので気にはなっていたんですが、
行ったのは今回が初です。

ここは北上市の博物館と一緒になった施設です。
まずは屋内の北上博物館を見た後に民族村に向かいました。
民族村は上の説明にもありますが、歴史的建造物を移築・復元した
屋外博物館です。
同じ様な施設は他にもありますね。江戸東京たてもの園とか、生田
の民家園とか。僕はこういう施設が好きです。

ここ、みちのく民族園には南部の曲家とか東北ならではの古民家など
あり、特徴ある建物園です。

みちのく民族村1

みちのく民族村
これが、南部の曲家です。
曲家は、人と馬が一緒に生活する南部地方独特の建物です。

みちのく民族村_展示室
もとは高校として使われていた建物は、展示室になっています。

このみちのく民族村には、建物だけではなく、国の史跡に指定される
珍しいものがあります。
それが、「史跡・間の沢」です。
ここは、沢を境に南部藩南部家と、仙台藩伊達家の藩境として明確に
された場所なのです。
歴史的に藩境が、明確に分かっている所は珍しいそうです。
ここは、かつて藩境についての争いがあった事から、明文化し、
はっきりしているんだそうです。

<史跡・間の沢>
間の沢

間の沢

なかなかに見応えがある施設でした。
入場料350円は安いですね。

平成20年GWの旅
http://rover.seesaa.net/article/95846916.html

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2008年05月26日

立花毘沙門堂   (岩手県北上市)

岩手県北上市の立花毘沙門堂に行ってきました。

<立花毘沙門堂>
毘沙門堂
住所:岩手県北上市黒沢尻町立花
駐車場あり
見学自由

857年、文徳天皇は胆沢城の真北にある極楽寺を準官寺の定額寺
に指定し、今の岩手県地方の文化発展の中心地とした。
極楽寺の周辺には東谷、西谷、北谷など三十六坊があったと言われ、
北谷にあったこの毘沙門堂だけが平安時代の仏像を残している。
慈覚大師作と伝えられる本尊の木造毘沙門天立像は像高102センチ
皮兜をかぶり、一木造りのナタ彫りで10世紀作。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
北上展勝地を通りかかりました。今年は桜前線が早く通り過ぎた
ため、展勝地はGWには完全に葉桜。
まあそれが目当てでは無かったので、今回はその近隣を散策しま
した。
そのひとつがこの立花毘沙門堂です。看板が出ていたので行って
みました。

<立花毘沙門堂>
毘沙門堂

展勝地からほど近い細い道を少し進むとこの毘沙門堂があります。
小さなお寺です。
毘沙門堂というだけあって、ここには国指定重要文化財の木像が
あるそうです。
しかしながら・・・、これが見えないんですよ。
拝観料払えば見ることが出来るかといえばそうでも無いもので。
非常に残念です。

現地の説明によると、こんな木像がある様です。
毘沙門天
是非、花巻の博物館あたりにでも展示してもらいたいものです。

平成20年GWの旅
http://rover.seesaa.net/article/95846916.html

立花毘沙門堂
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宮沢賢治詩碑   (岩手県花巻市 観光名所)

岩手県花巻市にある宮沢賢治の詩碑を見に行ってきました。

<宮沢賢治詩碑>
宮沢賢治詩碑
住所:岩手県花巻市桜町4
駐車場あり(無料)

大正15年3月、花巻農学校を30歳で退職した賢治は、宮沢家別宅
で独居自炊をしながら、羅須地人協会を設立して理想の現実に挑んだ。
ここがゆかりの場所である。
この詩碑は没後3年目の昭和11年に教え子たちをはじめ多くの方々
の協力によって建てられた。
高村光太郎の筆で「雨ニモマケズ」の後半が刻まれている。
碑の下には遺骨と経文が納められている。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
国道沿いに「宮沢賢治詩碑」の標識があったので立ち寄ってみまし
た。花巻と言えば宮沢賢治という事で、以前宮沢賢治記念館とか
イギリス海岸とかには行ったことがありました。
久しぶりの宮沢賢治関係地です。

碑にはかの有名な「雨ニモマケズ」の文が。写真ではよく分かりま
せんね。結構文字がうすいので、実際に見てもなかなかしんどいもの
がありました。

ここはかつて宮沢賢治が住んだ家があった場所で、こんな看板もあり
ます。
宮沢賢治_下の畑
この文言何だったかな〜、よく覚えてませんが見たことがあるフレーズ
です。

その下の景色はというと

宮沢賢治_下の畑
宮沢賢治の頃とは違って水田になっていますが、それでものどかな
雰囲気は、そのままなんでしょうね。

僕以外にも何人か観光客が来ていました。
宮沢賢治関係の観光地としてご紹介させていただきました。

平成20年GWの旅
http://rover.seesaa.net/article/95846916.html



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2007年07月05日

展勝地の桜   (岩手県北上市 桜の名所)

平成19年4月29日夕方。東北屈指の桜の名所展勝地に行ってき
ました。

<展勝地の桜>
展勝地の桜
住所:岩手県北上市立花
駐車場あり(無料)
見学自由

展勝地は、東北有数の桜の名所として知られています。
4月中旬から5月上旬にかけて約1万本の桜が咲き誇り、 青森の弘前
公園や 秋田の角館と並んで「みちのく三大桜名所」
の一つに数えられています。「日本のさくら名所100選」にも選ば
れてます。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
4月29日、北上の展勝地に行ってきました。
桜の名所として名高い展勝地。昨年も桜を見ようと出かけたんですが、
ものすごい渋滞にはまりあえなく断念。
今年は意地でもと思い再度訪問しました。

時刻もすでに16時という事で、空き始めてるかなという思惑も
ありました。

さて、行ってみると、思惑通りほぼ待ち時間無しで駐車場に入る
事が出来ました。

駐車場から歩いて数分で、北上川河川敷の桜並木に到着。
「いや〜すごい!」最初の一言です。

北上川沿いに桜のトンネルが続きます。
その光景は一見の価値がある見事なもの。感動しました。
北上川には鯉のぼりもかかり、その風景もまた味がありました。
秋のコスモスも綺麗な展勝地ですが、やはり桜ですね。
また何度でも行きたい所になりました(^-^)

<桜の名所まとめのページはこちら>
http://rover.seesaa.net/article/14535679.html

平成19年GWの旅
http://rover.seesaa.net/article/40884949.html

展勝地の桜

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北山崎    (岩手県田野畑村)

岩手県田野畑村にある北山崎海岸に行ってきました。

<北山崎>
北山崎
住所:岩手県田野畑村北山
駐車場あり(無料)
見学自由

三陸海岸屈指の景勝地、北山崎海岸です。
三陸海岸の北部、田野畑村にあり「海のアルプス」とも言われる海岸です。
リアス式海岸として有名な三陸海岸ですが、その特徴をよく感じさせて
くれる場所だなと思います。

北山崎の景色がすごく好きで、もう何度も訪れています。
しかしながら、僕が北山崎に行くときって、どうも天気が良くないん
ですよ。嫌われているのかも(^^;

この日も、天気がいまいちで残念。
出来れば良い天気の時に来てみたいってのと、ここで日の出を見て
みたいなと思っています。

また、北山崎は観光遊覧船も出ているので、海からのアングルでも
見てみたいところです。

平成19年GWの旅
http://rover.seesaa.net/article/40884949.html

北山崎

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2007年06月07日

黒崎展望台    (岩手県普代村 観光名所)

岩手県普代村にある黒崎展望台に行ってきました。

<黒崎展望台>
黒崎展望台
住所:岩手県普代村黒崎
駐車場あり(無料)

三陸海岸北部の絶景スポット「黒崎展望台」に行ってきました。
海岸から垂直に150メートルという絶景が壮観な展望台です。

私も今回で5年ぶり2回目の訪問になりましたが、改めて見事な
景観に感動しました。
晴れていれば尚良かったんですがね。

<黒崎展望台より>
黒崎展望台より

黒崎
下に見える海の水の綺麗さも半端じゃありません。
本当に綺麗!

平成19年GWの旅
http://rover.seesaa.net/article/40884949.html

黒崎展望台より

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2007年06月06日

野田玉川鉱山   (岩手県野田村 観光名所)

岩手県野田村にある野田玉川鉱山に行ってきました。

<野田玉川鉱山・マリンローズパーク野田玉川>
野田玉川鉱山

住所:岩手県九戸郡野田村大字玉川5−104−13
TEL:0194-78-2138
営業時間:午前9時〜午後5時、但し11月〜3月は午後4時まで
休業日:毎週火曜日  年末年始12月29日〜1月5日
入場料:1000円

<野田玉川鉱山について>
野田玉川鉱山は、明治38年頃、久慈の兼田良人により採掘された
のが始まりと言われる鉱山。
昭和に入り開発が進み、生産量・品質ともに日本有数のマンガン鉱山
となった。
しかし、昭和40年代に入り運営会社の倒産などあり一時休山。
昭和60年からは北星鉱業株式会社が鉱業権を譲り受け、創業を
続けてきたが、さらにマリンローズの販売や、坑内観光にも乗り出し
今日に至っている。

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岩手県野田村の野田玉川鉱山に行ってきました。
八戸から国道45号線を南下しているときに偶然標識を発見して
引き込まれた感じです。

巨大な駐車場に着くんですが、僕の車以外に車が2台。
ちょっと寂しい状況だな〜と思いつつも突撃。
何と!入場料は1000円(高い!)
しかし引くに引けず1000円払って入場。

マンガン鉱山を採掘した跡に作られた施設なだけに、薄暗い坑道を
進みます。
坑道にはマンガン採掘の様子を人形を使って再現しています。

ぐるーっと坑内を散策し、約30分くらいかな。
最後に鉱石の展示コーナーみたいなのがあって、その展示を見て
帰ってきました。

栃木の足尾銅山観光を思わせる施設でした。
結構広い坑道で、観光客1人ともすれ違いませんでした。
とりあえず、この地域の観光スポットからは外されてしまって
いるような気がしました。
内容は良いので、値段を少し下げてもっとアピール出来れば面白い
施設なんでは?と思いました。

平成19年GWの旅
http://rover.seesaa.net/article/40884949.html

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posted by 南行 at 00:42| Comment(2) | TrackBack(0) | 岩手県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月21日

盛岡城   (岩手県盛岡市 城跡 桜 観光名所)

岩手県盛岡市、盛岡城で桜を見てきました。

<桜の盛岡城>
盛岡城の桜.jpg
住所:岩手県盛岡市内丸1-6
駐車場あり(有料)

通称不来方城(こずかたじょう)とよばれるお城。
南部氏のお城で、将軍家への遠慮から天守閣は造られなかったそうです。
3代藩主南部重直の1633年に完成。
1937年国指定史跡となった。
現在は岩手公園として市民の憩いの場になっている。

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盛岡城に桜を見に行ってきました。
盛岡城というと、個人的には桜というより石川啄木っていうイメージ
です。石川啄木は盛岡城の内丸にあった盛岡中学校で学んでいます。
他、盛岡では新婚生活を送ったりと、石川啄木と盛岡はゆかりの深い
土地です。盛岡城(不来方城)を詠んだ啄木の詩があるので、啄木
ゆかりの地として盛岡城は行ってみたい場所でした。
桜はおまけ程度に考えていたのですが、行ってみて桜の綺麗さにも
感動しました。
盛岡城の石垣の上から眺めると、眼下に桜が一面に広がり、壮観な
景色です。桜を上から見下ろせる場所っていうのもそうは無いです
からね。花見客も多く来ていました。
石割桜と盛岡城はすぐ近くなので、GWあたりに一緒に見て回る
と良い場所かと思いました。

<桜の名所まとめのページはこちら>
http://rover.seesaa.net/article/14535679.html

盛岡城 (桜の名所、啄木ゆかりの地)

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posted by 南行 at 00:19| Comment(2) | TrackBack(2) | 岩手県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月19日

石割桜   (岩手県盛岡市 天然記念物 桜の名木 観光名所)

岩手県盛岡市、天然記念物の桜、石割桜です。

<石割桜>
石割桜.jpg
住所:岩手県盛岡市内丸9-1 盛岡地裁内
駐車場:なし(近隣パーキング利用)
盛岡駅から徒歩20分

<石割桜について>
この敷地は南部藩の家老であった北家の屋敷跡である。
どういうわけでこのように石が割れたか明らかでないが約350年
あまり前落雷によって割れ、その割れ目に桜の種が落込んで生育した
といい、一説には石のひびに桜の種が落ち込んで生育するにつれ
石を割ったという。
石は花崗岩で周囲が21メートル、桜はシロヒガン桜で樹齢350年
前後と推定される。
現在の幹の周囲は4.6メートル、樹高10.8メートル、枝張りは
東西に17メートル南北に12.8メートルである。
石の割れ目は北側南側共に少しずつ広がっている。
大正12年、国の天然記念物に指定され現在に至っている。(現地看板より)

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盛岡地裁の敷地内にある天然記念物の桜です。
何年か前に行ったんですが、4月中旬でまだ全然咲いていませんでした。
今回はちょうどタイミングも良かったので立ち寄りました。
あいにく駐車場は無いので、裏手の民間駐車場へ。
1時間300円程度だったと思います。
車を停めて桜へ向かうと、桜は満開ですごい人だかり。
とにかく写真を撮りたいと、桜のまわりをぐるーっと1周。
写真を撮りまくりました。
以前来たときも花こそ咲いていないものの、石を割って生える木に
驚きましたが、今回はさらに満開の桜。感動しました。

GWの桜の名所として、おすすめのスポットですね。

<桜の名所まとめのページはこちら>
http://rover.seesaa.net/article/14535679.html

石割桜(国指定天然記念物)

続きをごらんください
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posted by 南行 at 00:16| Comment(2) | TrackBack(1) | 岩手県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月12日

米内浄水場の桜  (岩手県盛岡市 桜の名所)

岩手県盛岡市の郊外にある桜の名所、米内浄水場(よないじょうすいじょう)です。

<米内浄水場>
米内浄水場.jpg
住所:岩手県盛岡市上米内字中居
駐車場あり
入場無料

昭和9年盛岡市上水道創設を記念して9本の桜を植えたのがはじまり
で、推定樹齢80年となっており、盛岡市の名木として「保存樹木」に
指定されています。桜の開花時期はソメイヨシノに比べて遅咲きで、
例年5月上旬に見頃を迎え、花は紅色の八重咲きで20枚程度の
花弁をつけます。

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盛岡市内の盛岡城、石割桜を見たあとここ米内浄水場を訪れました。
盛岡城は満開で見頃、石割桜は少し散り気味という状況で、ここに
来たのですが、桜の名所というわりに桜の花が見えない。もしや
終わってしまったか?
いやいや、これがなんと全然つぼみ状態でした(平成18年5月4日
現在)
かろうじて1本だけ少し花を咲かせている木がある程度でした。
確かにここ米内浄水場は盛岡市内と比べると標高が高いので、市内
よりは1週間以上桜も遅れる様です。
という事で、米内浄水場は今週末あたりが見頃ではないかと思います。
浄水場自体、桜の時期しか公開しない様なので、今週末あたり
いかがでしょうか。

<桜の名所まとめのページはこちら>
http://rover.seesaa.net/article/14535679.html

米内浄水場の桜(桜の名所)

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posted by 南行 at 00:13| Comment(2) | TrackBack(1) | 岩手県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする