2024年07月15日

中新田城跡    (宮城県加美町)

令和6年5月16日、宮城県加美町にある中新田城跡に行ってきました。

<中新田城跡>
中新田城跡.jpg
住所:宮城県加美郡加美町北町三番
駐車場あり

南北朝時代、斯波家兼が奥州探題となり、大崎と改名して築いた城と言われ
ています。
中新田城は大崎家の居城として十二代続き、1588年の大崎合戦では、中新田城
の城代南條下総が伊達軍を打ち破りました。

しかし、1590年の奥州仕置によって、伊達政宗と蒲生氏郷に大崎領占領のため
中新田城は接収されました。
その後に大崎・葛西一揆が起こり、その結果翌年にはさらに第二次の仕置が実施さ
れて、厳しい検地と城郭の破壊が行われたので、おそらくこの時点で中新田城は姿
を消すことになったと考えられます。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
奥州斯波氏の祖である斯波家兼の居城として築城されたのがこの中新田城(なかに
いだじょう)です。
後に大崎氏となりました。
現在、城らしいものは残っておらず、八幡神社の境内に中新田城跡の碑と、斯波家兼
の銅像が建っています。

隣接する長興寺は斯波家兼以来、大崎氏の祈願時であったそうです。
今回は、長興寺の駐車場に車を停めて、八幡神社(中新田城跡)と長興寺を参拝
させて頂きました。

<八幡神社>
中新田城跡2.jpg

<斯波家兼像>
斯波家兼像.jpg

令和6年春旅3 飛島観光
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銅像めぐり
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日本の城を巡る
http://rover.seesaa.net/article/21222307.html



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青葉神社      (宮城県仙台市)

令和6年5月16日、仙台市にある青葉神社に行ってきました。

<青葉神社>
青葉神社.jpg
住所:宮城県仙台市青葉区青葉町7−1
駐車場あり(無料)

<青葉神社について>
青葉神社2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
青葉神社に行ってきました。
この神社は、旧仙台藩士らの誓願により、1874年仙台藩祖である伊達政宗を祀り
創建されたものです。
現在の宮司さんは伊達家の家臣で白石城主だった片倉家の現ご当主の方なんだそう
です。

幕末から明治初期にかけて、旧藩主を祀る神社を地元に作るといううごきがいろいろ
あった様です。
青葉神社はそんな神社のひとつなんですね。

無料駐車場もあるので、車での訪問も安心です。

青葉神社4.jpg

青葉神社3.jpg

令和6年春旅3 飛島観光
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大河ドラマの舞台
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2024年07月14日

支倉常長の墓を参拝   (宮城県仙台市)

令和6年5月16日、仙台市の光明寺にある支倉常長の墓を参拝しました。

<支倉常長の墓>
支倉常長の墓.jpg
住所:宮城県仙台市青葉区青葉町11−11
駐車場あり(無料)

<支倉常長について>
支倉常長の墓2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
支倉常長の墓を参拝しました。
支倉常長は伊達政宗の命で訪欧した慶長遣欧使節団を率いた人物です。
欧州に渡り、スペイン国王フェリペ3世、ローマ教皇パウロ5世に謁見するなど
しましたが、日本国内の情勢がキリスト教弾圧に動いていき、常長は帰国後不遇
の生涯を送りました。

そんな常長の墓は3ヶ所にある様ですが、仙台市内の光明寺に常長のお墓があり
ます。

<支倉常長の墓>
支倉常長の墓3.jpg

<ルイス・ソテロの墓>
支倉常長の墓4.jpg
こちらは慶長遣欧使節団の案内役を務めたルイス・ソテロのお墓です。

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保福寺で但木土佐の墓を参拝  (宮城県大和町)

令和6年5月16日、宮城県大和町にある保福寺で但木土佐の墓を参拝しました。

<保福寺>
保福寺.jpg
住所:宮城県黒川郡大和町吉田一ノ坂28
駐車場あり(無料)
境内自由

保福寺で但木土佐の墓を参拝してきました。
但木土佐は幕末の仙台藩宿老で、戊辰戦争を戦った仙台藩の中心人物です。
そんな事もあり、仙台藩が降伏後捕らえられ処刑されています。
その人物はふところが深い優れた人物だったそうで、「西の西郷、東の土佐」と
言われるほどだったそうです。
昔、KOEIのゲーム維新の嵐で但木土佐の事を知りました。
そんな事もあり、今回お墓を参拝した次第です。

<但木土佐の墓>
但木土佐の墓.jpg

但木土佐の墓2.jpg

<但木土佐招魂碑>
但木土佐招魂碑3.jpg

但木土佐招魂碑.jpg

但木土佐招魂碑2.jpg

<但木家移築門>
保福寺2.jpg

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2024年07月12日

保春院の墓を参拝   (宮城県仙台市)

令和6年5月16日、仙台市の覚範寺にある保春院の墓を参拝しました。

<覚範寺>
保春院の墓3.jpg
住所:宮城県仙台市青葉区北山1丁目12−7
駐車場あり(無料)

<保春院について>
保春院の墓2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
伊達政宗の生母・保春院の墓を参拝してきました。
大河ドラマ『独眼竜政宗』では義姫として岩下志麻さんが演じていました。
政宗暗殺未遂事件があり、保春院は山形に戻りますが、最上家が改易されると仙台
に迎え入れられ、仙台で亡くなります。
死後、夫である伊達輝宗の位牌寺である覚範寺に葬られました。

<保春院の墓>
保春院の墓.jpg
こちらが保春院の墓です。お墓は右の小さい方が保春院のお墓。
左側は伊達政宗の三男・伊達宗清のお墓です。

保春院の墓4.jpg

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2024年07月03日

天皇寺で飯坂の局・伊達宗清の墓を参拝  (宮城県大和町)

令和6年5月16日、天皇寺で飯坂の局と伊達宗清の墓を参拝しました。

<天皇寺>
天皇寺.jpg
住所:宮城県黒川郡大和町吉岡天皇寺184−20
駐車場あり(無料)
境内自由

天皇寺2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
飯坂の局と伊達宗清の墓を参拝しました。
飯坂の局は伊達政宗の側室。大河ドラマ『独眼竜政宗』では、猫御前として、
秋吉久美子さんが演じています。
飯坂の局は政宗の長男・伊達秀宗の母と言われています(異説あり)

<飯坂の局の墓>
天皇寺 飯坂局の墓.jpg

天皇寺 飯坂局の墓2.jpg

伊達宗清は伊達政宗の三男。
飯坂の局が養母となり、飯坂氏を継ぎました。
その為、飯坂氏の菩提寺であるこの天皇寺に葬られています。

<伊達宗清の墓>
天皇寺 伊達宗清の墓.jpg

天皇寺 伊達宗清の墓2.jpg

最近、大河『独眼竜政宗』を見返しまして、猫御前のお墓ってどこにある
んだろうと思い調べてここに来ました。愛姫の墓は松島の瑞巌寺にあるんですけど、
一般には公開されていないそうです。

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2024年03月25日

仙台藩唐船番所跡    (宮城県山元町)

令和6年1月26日、山元町にある仙台藩唐船番所跡に行ってきました。

<仙台藩唐船番所跡>
唐船番所跡.jpg
住所:宮城県亘理郡山元町坂元浜谷地
駐車場あり(無料)

<仙台藩唐船番所跡について>
唐船番所とは外国船の監視所として設置された番所で、1646年、
幕府の命により全国に設置されました。
仙台藩領には5ヶ所設置されたそうで、その一つがこの場所です。
明治2年に廃止されるまで、足軽42名が2人一組、5日交代で
監視にあたったそうです。

幕府は黒船来航とともにバタバタするイメージですが、1600年代
中頃には既に外国船の監視を強化していたんですね。
実際1800年代に入ると外国船が多数目撃された為、沿岸防備も
固めてますし。

番所跡は、特に何も残ってませんが、磯崎山公園という公園になって
いて、公園内には波光山 礒性院というお寺がありました。

唐船番所跡2.jpg

唐船番所跡5.jpg

<番所跡からの風景>
唐船番所跡4.jpg

唐船番所跡3.jpg

唐船番所跡6.jpg
1589年にこの地に伊達政宗が来たことを記す碑です。

令和6年冬旅 仙台で新年会
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2024年03月22日

称名寺    (宮城県亘理町)

令和6年1月26日、亘理町にある称名寺に行ってきました。

<称名寺>
称名寺.jpg
住所:宮城県亘理郡亘理町字旭山1
駐車場あり(無料)
境内自由

称名寺3.jpg

<称名寺について>
称名寺2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
称名寺に行ってきました。
称名寺は亘理要害の南側にある寺院で、もとは鎌倉時代初期に千葉常胤の三男、
千葉胤盛を祖とする宗胤が1302年に光明院として建立したのが始まり。
この千葉氏の子孫が亘理氏であり、亘理氏がこの地を支配しますが、亘理氏が
涌谷に移るとその後を称名寺が引き継ぎ、1500年に良応上人によって開山
されました。
行ってみて思ったのは、大きなお寺だなという事。亘理氏からの歴史、そして
伊達家の支配の中でも隆盛を誇った寺院だと思います。

境内には国指定天然記念物のシイの木があります。樹齢約700年だそう。
それこそ、千葉氏の建立の頃からある木ですね。

<称名寺のシイの木>
称名寺4.jpg

称名寺5.jpg

他、境内にはいろいろあり見て歩きました。

<阿茶の局の墓>
阿茶の局の墓.jpg
伊達政宗の側室阿茶の局(荘厳院)のお墓です。
政宗の9男・伊達宗実の母です。伊達宗実は亘理藩主伊達成実の養子となり、
亘理藩2代藩主となります。

<柴田親子の墓>
称名寺7柴田親子の墓.jpg

称名寺7柴田親子の墓2.jpg
この話、柴田親子可哀想だなと思いました。
米沢の足軽の方が悪いと思われるのですが・・・・。

<釈迦涅槃像>
称名寺6.jpg

<大五輪石塔>
称名寺8大五輪石塔.jpg

称名寺8大五輪石塔3.jpg

称名寺8大五輪石塔2.jpg

大五輪石塔というものがありました。日本の仏教というよりインドの雰囲気な
石塔ですね。

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亘理神社・亘理要害跡   (宮城県亘理町)

令和6年1月26日、亘理町にある亘理神社(亘理要害跡)に行ってきました。

<亘理神社>
亘理要害.jpg
住所:宮城県亘理郡亘理町旧舘32
駐車場無し

亘理要害2.jpg

亘理神社に行ってきました。
亘理神社は明治時代に建立された神社で、亘理伊達家初代の伊達成実が祭られて
います。
もともとこの場所は亘理要害(臥牛城)という城がありました。
1591年、この地に居を構えた亘理氏が涌谷に移った後、片倉景綱がこの地に
入り、1602年に片倉氏が白石に映ると伊達成実が亘理に入りました。
成実は亘理要害の改宗を行い城下町を整備しました。
その後、戊辰戦争で敗れ伊達家が北海道に移るまで江戸時代を通して亘理伊達家
の本拠地でした。
亘理駅から南西に数キロ行った丘の上に神社があります。
境内には城跡としての説明や、戊辰戦争に関する碑などがありました。

<亘理要害跡>
亘理要害3.jpg

亘理要害5.jpg

亘理要害4.jpg

<伊達成実の碑>
亘理神社の碑.jpg

亘理神社の碑2.jpg

<戊辰戦争の碑>
戊辰戦争の碑.jpg

戊辰戦争の碑2.jpg
戊辰戦争で亘理伊達家は仙台藩一門として新政府軍と戦いますが、
最終的には敗れ1868年9月10日に降伏。
新政府軍と仙台藩の降伏式がこの亘理要害で行われたそうです。

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2024年03月11日

名取市閖上地区・震災関連施設訪問   (宮城県名取市)

令和6年1月26日、名取市閖上地区の震災関連施設を訪問しました。

<名取市震災メモリアル公園>
名取市震災メモリアル公園.jpg
住所:宮城県名取市閖上東3丁目3−1
駐車場あり(無料)

名取市震災メモリアル公園に行ってきました。
名取市閖上地区は東日本大震災で津波の甚大な被害を受けた場所です。
閖上を約9mの津波が襲い、住民の1割にあたる約750人の犠牲者
を出しました。

今この記事を書いてるのが令和6年3月11日、震災から13年目に
なる日です。
13年の歳月がたって、現地は綺麗に公園や復興商業施設などが出来、
復興している気配は感じますが、津波で流された場所は原野のままに
なっている状況であり、復興は道半ばという話も聞こえてきます。

震災メモリアル公園は津波で流されたエリア、日和山という山頂に小
さな神社のある人造の山を中心に慰霊碑などが建てられています。

<日和山>
名取市震災メモリアル公園3.jpg
こちらが日和山です。高さはどうでしょう7m位はありますかね。
登ってみると結構高いなと思います。
しかし、この日和山は完全に津波にのみ込まれたそうです。
正直、ここが飲み込まれる様な津波が来るとは、正直考えられない様な
場所でした。

<津波後の日和山>
名取市震災メモリアル公園4.jpg

名取市震災メモリアル公園5.jpg
こんなになってしまうのが恐ろしいです。

<慰霊碑>
名取市震災メモリアル公園6.jpg
こちらは閖上地区で亡くなった方の名前が刻まれた慰霊碑です。

<戦没者慰霊碑等>
名取市震災メモリアル公園2.jpg
こちらは戦没者慰霊碑みたいです。

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円通院     (宮城県松島町)

令和6年1月25日、松島町にある円通院に行ってきました。

<円通院>
円通院.jpg
住所:宮城県宮城郡松島町松島町内67
駐車場無し
拝観料:300円

<円通院について>
円通院2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
松島町の円通院に行ってきました。
松島観光、天麟院に行ってそこから瑞巌寺に向かうと途中にこの円通院がありまし
た。ここは伊達忠宗の次男伊達光宗の菩提寺です。
伊達光宗は、仙台藩2代藩主忠宗の子であるとともに、母は徳川秀忠の養女であり
伊達政宗の孫、徳川家康の孫、将軍家光の従兄弟という人物です。
母振姫の実父は池田輝政ですが、母が家康の子である督姫なので、家康の血を
ひいています。そんなサラブレットな人物だったんですが、19歳の若さで病没
しています(毒殺説もあるそうです)

1646年、霊廟・三慧殿が造られ、1647年に菩提寺としての円通院が建立され
ました。

<霊廟・三慧殿>
円通院3.jpg

円通院4.jpg

<三慧殿裏の洞窟群>
円通院5.jpg

円通院6.jpg
円通院にも洞窟群があり、こちらにも仏様が安置されています。

<伊達宗高慰霊碑及び殉死者の慰霊碑>
伊達宗高供養塔.jpg

伊達宗高供養塔2.jpg
伊達政宗の七男・伊達宗高の慰霊碑です。
伊達家一門・村田伊達家当主でしたが、20歳の若さで病没しました。
墓も村田にあるのですが、この松島にも慰霊碑が建てられました。
また、宗高の死に際し殉死した家臣の供養塔もあります。
伊達光宗にしろ宗高にしろ、江戸時代はまだ若くして亡くなる人が多かった
んですね。

<本堂・大悲亭>
円通院7.jpg

円通院8.jpg

<庭園>
円通院9.jpg

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2024年03月10日

天麟院・伊達五郎八姫の墓を参拝  (宮城県松島町)

令和6年1月25日、松島町にある天麟院に行ってきました。

<天麟院>
天麟院.jpg
住所:宮城県宮城郡松島町松島町内51
駐車場無し
境内自由

<天麟院について>
天麟院2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
松島の天麟院に行ってきました。
松島には何度も行ってるんですが、瑞巌寺やら松島の海上観光はしているものの、
この寺には一度も行っていませんでした。

ここには伊達政宗の長女で、家康の六男・松平 忠輝に嫁いだ伊達五郎八姫(いろは
ひめ)のお墓があります。

天麟院8.jpg

松平 忠輝は素行に問題があり、その後将軍秀忠から改易を命じられ諏訪高島に配流
されました。
1616年に松平 忠輝が改易されると、五郎八姫は離縁し仙台に戻り、1661年
に亡くなり、天麟院に葬られます。
天麟院は五郎八姫の出家後の院号です。

瑞巌寺とかは松島でも非常に観光客が来るお寺ですが、天麟院は近くにあるんで
すけど、ひっそりしてました。
自分が行ったときも観光客は一人だけでした。

<五郎八姫霊廟>
天麟院3.jpg

天麟院4五郎八姫霊廟.jpg

五郎八姫の霊廟の裏に洞窟群がありました。
ここにも仏様が安置されています。

<天麟院洞窟群>
天麟院5.jpg

天麟院6.jpg

天麟院7.jpg

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2024年03月08日

青葉山公園   (宮城県仙台市)

令和6年1月25日、青葉山公園に行ってきました。

<青葉山公園>
伊達政宗像2.jpg
住所:宮城県仙台市青葉区川内
駐車場あり(有料)

青葉山公園に行ってきました。
青葉山公園は、仙台城跡にある公園で、仙台城址や宮城県護国神社、レストラン
やお土産屋さんなどがあります。
仙台観光では必ず行くような場所なので、僕も何度か訪問しております。
今更あえて行くことも無かったんですが、雪の為足となる車が無いという事も
あり、電車・バスで行ける場所という事で久しぶりに行ってみることに。

仙台駅から「るーぷる仙台」という観光巡回バスがあったので、それに乗って
行ってみる事に。
るーぷる仙台は1回乗車が260円、1日乗車券が630円。3回以上乗れば
1日券の方がお得になります。
今回は青葉山公園に行くだけなので、1回乗車で向かいました。

雪の翌日の平日という事もあり、観光客は数人いる程度。
こんなに空いてる青葉山公園は初めてです。
伊達政宗像も雪で良い雰囲気です。

今回はバスの時間もあるので、政宗像を見て、仙台市街を眺め、宮城県護国神社
参拝、お土産売り場を見て撤収しました。

伊達政宗像.jpg

青葉城公園.jpg

青葉城公園2.jpg

<宮城県護国神社>
宮城県護国神社2.jpg

宮城県護国神社.jpg

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青麻神社    (宮城県仙台市)

令和6年1月24日、仙台市にある青麻神社に行ってきました。

<青麻神社>
青麻神社.jpg
住所:宮城県仙台市宮城野区岩切青麻沢32
駐車場あり(無料)
境内自由

<由緒>
青麻神社3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
仙台市北部にある青麻神社(あおそじんじゃ)に行ってきました。
あまり有名な神社では無いと思うんですが、僕が訪問した時には駐車場に観光客
の車が数台停まってました。
その由緒も珍しく、穂積保昌という人物が山城国よりこの地に来て、里人に麻の栽培
を教え、また一族の尊崇する天照大御神・天之御中主神・月読神の三神を祀ったのが
始まりとの事。
麻の栽培と関連した神社というものです。
寺の雰囲気がとても良く、いかにもパワースポットという感じで参拝してエネルギー
を頂いてきました。

青麻神社2.jpg

青麻神社4.jpg

青麻神社6.jpg

青麻神社5.jpg

令和6年冬旅 仙台で新年会
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2023年11月26日

藤原実方朝臣の墓を参拝   (宮城県名取市)

令和5年10月21日、名取市にある藤原実方の墓を参拝しました。

<藤原実方朝臣の墓>
藤原実方朝臣の墓.jpg
住所:宮城県名取市愛島塩手字 北野42
駐車場あり(無料)

<藤原実方について>
藤原実方朝臣の墓6.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
藤原実方朝臣の墓を参拝しました。
平成15年に金蛇水神社行った後にここを訪問しており、同じコースで再度参拝し
ました。

藤原実方は一条天皇に仕えた人物で官位は正四位下・左近衛中将。
三十六歌仙の一人に数えられています。

百人一首にも実方朝臣の句がありますね。
「かくとだに えやは伊吹の さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを」

しかし、藤原行成といさかいを起こし、狼藉の罪で陸奥守に左遷、任地で逝去しま
した。亡くなったのは平安時代の999年です。

名取のこの地に葬られますが、その墓は荒れ果て、1186年にこの地を訪れた
西行法師は、この墓が藤原実方の墓と知り驚き一句を残したそうです。
藤原実方朝臣の墓3.jpg
「朽ちもせぬその名ばかりを留めておきて、枯野のすすきかたみにぞ見る」

久しぶりの実方中将の墓参拝です。
駐車場はきちんと整備されています。

藤原実方朝臣の墓2.jpg
橋の先にちょっとした森があり、そこにお墓があります。
歩いてすぐの場所にあります。

<藤原実方朝臣の墓>
藤原実方朝臣の墓4.jpg
こちらが実方中将のお墓です。
五輪塔があったそうですが、今はその影も形もありません。小さな石が積まれて
いるだけです。西行法師の様に無情を感じてきました。

藤原実方朝臣の墓5.jpg

令和5年秋旅 北海道天売島・焼尻島を目指す旅
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著名人の墓
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金蛇水神社    (宮城県岩沼市)

令和5年10月21日、岩沼市にある金蛇水神社に行ってきました。

<金蛇水神社>
金蛇水神社.jpg
住所:宮城県岩沼市三色吉水神7
駐車場あり(無料)
境内自由

<金蛇水神社について>
金蛇水神社7.jpg

<wikipediaの解説>
この神社の創建年代等については不詳であるが、古くから水に関わる神として
信仰されてきた。

社名については次のような縁起が伝えられている。永祚元年(989年)、一条
天皇の御代に、京都の三条に住む刀匠小鍛冶宗近が天皇の御佩刀を鍛えよとの
勅命を賜り、名水を求めて諸国を遍歴していた。当社の鎮座する三色吉の地を
訪れたところ、水神宮のほとりを流れる水の清らかさに心をうたれ、水神宮に
参籠祈願して神恩を請い、宝刀を鍛えることができた。宗近は神の御加護に感
謝し、雌雄一対の金蛇を斎鍛して水神宮に奉納し、都に上ったという。
以来この金蛇を御神体と崇め、社名も金蛇水神社と称して今日に至っている。

金蛇水神社は、古来から商売繁盛・金運円満の神として特に崇敬されており、
その他にも海上安全や大漁祈願の神として信仰されている。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
金蛇水神社に行ってきました。前回、平成15年1月に訪問。ここも20年ぶり
の訪問です。金蛇大神(水速女命)を主祭神としています。
昔から有名な神社でしたが、今回訪問して激変ぶりにびっくりしました。

いつの間にか綺麗なカフェが出来、鬼滅の刃の聖地化してました(^^;)

<カフェ>
金蛇水神社8.jpg
金蛇水神社外苑 SandoTerraceと言うらしい。いつこんなの出来たんだ??

<絵馬>
金蛇水神社5.jpg
絵馬見たら鬼滅の刃だらけ。蛇だから?
どうしてこうなったって感じです。

それ以外は昔のままかな。
本殿及び金蛇弁財天を参拝しました。

金蛇水神社2.jpg

金蛇水神社3.jpg

金蛇水神社4.jpg

金蛇水神社6.jpg

金蛇水神社9.jpg
この最後の写真だけ平成15年に撮影したものです。

令和5年秋旅 北海道天売島・焼尻島を目指す旅
http://rover.seesaa.net/article/501354753.html



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2023年04月09日

震災遺構・大川小学校   (宮城県石巻市)

石巻市にある震災遺構・大川小学校に行ってきました。

<震災遺構・大川小学校>
震災遺構・大川小学校.jpg
住所:宮城県石巻市釜谷韮島94
駐車場あり(無料)
資料館も含め無料

震災遺構・大川小学校に行ってきました。
いろいろ震災遺構には行ってきましたが、ここ大川小学校は一度訪れたいと
思っていた場所です。

震災関連で自分の中では一番インパクトがある出来事がこの大川小学校の件
です。
大川小学校では生徒74人、教職員10人が津波で死亡するという大惨事と
なりました。
その後、避難に関し過失があったという事で遺族が石巻市と宮城県を提訴する
という事態にもなりました。

訪問時団体の見学も来ていて、見学者結構多かったです。それだけの場所ですね。

<大川小学校>
震災遺構・大川小学校2.jpg

震災遺構・大川小学校6.jpg

震災遺構・大川小学校5.jpg

震災遺構・大川小学校3.jpg

震災遺構・大川小学校8.jpg

震災遺構・大川小学校7.jpg

震災遺構・大川小学校4.jpg
団体の見学客が案内とともに学校裏の高台に登って説明を受けていました。
この写真の右下にある看板が津波の到達地点です。

震災遺構・大川小学校9.jpg
高さ的に5〜6m位でしょうか。ここまで来たのは驚きです。

<大川震災伝承館>
大川震災伝承館.jpg
大川小学校脇に新しく建築された大川震災伝承館を見学しました。
こちらも入館無料です。

大川震災伝承館2.jpg

大川震災伝承館3.jpg
震災関連の展示見学させて頂きました。

大川震災伝承館4.jpg

令和5年冬旅
http://rover.seesaa.net/article/496478759.html



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大須崎灯台   (宮城県石巻市)

石巻市にある大須崎灯台に行ってきました。

<大須崎灯台>
大須崎灯台3.jpg
住所:宮城県石巻市雄勝町大須147−2
駐車場あり(無料)

<大須崎灯台について>
大須崎灯台6.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
宮城県石巻市(旧雄勝町)の大須崎灯台に行ってきました。
雄勝半島の東端にある灯台です。

この灯台からは雄勝半島の入り組んだ地形や、遠くには金華山を見る事も出来ます。
大須崎灯台4.jpg

大須崎灯台5.jpg

あと、ここから見下ろす大須漁港がハート型に見える事から2018年に宮城県で初め
て日本ロマンチスト協会が認定する『恋する灯台』に選ばれています。

<大須漁港>
大須崎灯台2.jpg
確かにハート型(^-^)

大須崎灯台.jpg

令和5年冬旅
http://rover.seesaa.net/article/496478759.html

岬・灯台巡り
http://rover.seesaa.net/article/107423997.html




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2023年03月29日

震災遺構・旧女川交番   (宮城県女川町)

女川町にある震災遺構・旧女川交番に行ってきました。

<旧女川交番>
震災遺構・女川交番.jpg
住所:宮城県牡鹿郡女川町女川浜女川310−1
駐車場あり(道の駅女川駐車場利用)

<旧女川交番について>
震災遺構・女川交番3.jpg

震災遺構・女川交番7.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
旧女川交番に行ってきました。

道の駅女川で昼食にして、そのまま目の前にあったこの旧女川交番を訪問しました。
最初見た時、何?って思いました。
震災遺構・女川交番2.jpg

ぱっと見、この状況が何か分からなかったんですよね。
ぐるっとまわって状況が分かりました。
RC造の建物が、杭ごとひっこぬけて横転してる状況です。杭が入ってるRCの建物
まで倒されるというのは恐ろしい力です。
震災遺構いろいろ見ましたが、他の場所はこんな高さまで津波が来たのかという様な
高さへの驚きでしたが、ここを見て津波の威力の凄さを感じました。

<旧女川交番>
震災遺構・女川交番4.jpg

震災遺構・女川交番5.jpg

震災遺構・女川交番6.jpg

令和5年冬旅
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2023年03月26日

飯沼貞吉終焉の地   (宮城県仙台市)

仙台市青葉区にある飯沼貞吉終焉の地に行ってきました。

<飯沼貞吉終焉の地>
飯沼貞吉終焉の地.jpg
住所:宮城県仙台市青葉区錦町1丁目1−44
駐車場無し

<飯沼貞吉について>
飯沼貞吉終焉の地2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
仙台市にある飯沼貞吉終焉の地に行ってきました。
飯沼貞吉は会津白虎隊の唯一の生き残りであり、貞吉が生き残った事により白虎隊
の悲劇が後の世に伝えられる事になります。

飯盛山で自刃した貞吉ですが、偶然発見され、まだ生きていた事から治療され蘇生
します。
その後、明治時代になり電気技師となった貞吉は、1910年(明治43年)に仙台逓信
管理局工務部長に就任し日本の電信電話の発展に貢献しました。
退職後も仙台に住み続け、この地で亡くなりました。

その地に終焉の地碑が建っています。
説明文には飯沼貞雄とありますが、明治時代以降名前を貞雄に変えたそうです。

令和5年冬旅
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2022年01月08日

震災遺構・中浜小学校   (宮城県山元町)

宮城県山元町にある震災遺構・中浜小学校を見てきました。

<震災遺構・中浜小学校>
震災遺構中浜小学校.jpg
住所:宮城県亘理郡山元町坂元久根22
駐車場あり(無料)
入場料:400円

震災遺構・中浜小学校に行ってきました。
震災遺構、何ヶ所か行きましたが、ここは有料施設になります。
見学用のコースが設けられていたり、2階では解説員の方が震災時の
お話などをしてくれます。

この小学校は平成元年の建築なのですが、建築時に津波対策もあり土地を
かさ上げしたりしていたおかげで、この小学校に避難した人や学校関係者
90人は津波の難を逃れる事が出来ました。

津波は2階の天井付近まで来ています。土地のかさ上げが無かったら屋上
に避難した人達も津波にのみ込まれていたのではないかと思われるだけに、
事前に津波に備えていた先見性に驚くところです。

400円払いましたが、それだけの価値がある施設だと思います。

震災遺構中浜小学校2.jpg

震災遺構中浜小学校3.jpg

震災遺構中浜小学校4.jpg

震災遺構中浜小学校5.jpg

震災遺構中浜小学校6.jpg

震災遺構中浜小学校7.jpg

震災遺構中浜小学校8.jpg
2階のこの位置まで津波が到達しました。

震災遺構中浜小学校9.jpg
小学校裏ではちょうどひまわりまつりが開催中でした。

令和3年夏休み旅
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2021年12月26日

化女沼   (宮城県大崎市)

宮城県大崎市にある化女沼に行ってきました。

<化女沼>
化女沼ダム2.jpg
住所:宮城県大崎市古川小野遠沢2−2
駐車場あり(無料)
観光資料館(無料)

ラムサール条約登録地・化女沼に行ってきました。
近くにある伊豆沼などもラムサール条約登録地になっており、このあたり
は多くの渡り鳥などが飛来する事で知られています。

ダムの資料館があって、入館料無料で化女沼関連の展示を見ることが出来ます。
化女沼ダム.jpg
特に冬になると1万羽を超えるマガンが飛来するそうです。

化女沼(けじょぬま)、名前が気になります。
現地に由来が書いてありました。
化女沼ダム4.jpg

化女沼ダム3.jpg
まあ、こんな伝説があるんですね。今はダム湖なんで、ちょっと味気ない感じが
するんですが。

ダムのほとりには化女沼龍神というお堂。
化女沼ダム5.jpg

中には照夜姫の石像がありました。
化女沼ダム6.jpg

実は化女沼に行った理由は、ラムサール条約でも、化女沼の照夜姫の伝説でも
ありません。

化女沼レジャーランド跡という廃墟を見に行こうと思って訪問しました。
廃墟なんですが、CMで使われたりとか、有名な廃墟です(笑)

しかし、入口は封鎖され、どうも見る事が出来なさそう。
見れないのかと諦めかけて帰ろうとしたとき、裏の道から遠くに見えました。
廃墟の遊園地!観覧車が見えます。

化女沼ダム7.jpg
おお、これが化女沼レジャーランド!
見る事が出来て満足しました(^-^)

GMOクリック証券のCMにも使われています。


令和3年夏休み旅
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B級観光スポット・珍スポット
http://rover.seesaa.net/article/106120393.html



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2021年12月05日

松島四大観 扇谷で紅葉観賞  (宮城県松島町)

松島四大観 扇谷で紅葉を鑑賞してきました。

<松島四大観 扇谷>
幽観・扇谷.jpg
住所:宮城県宮城郡松島町松島桜岡入1
駐車場あり(無料)

松島四大観 扇谷に行ってきました。
松島には四大観という松島を眺める名所4ヶ所があり、それぞれの眺め
を印象する言葉で呼ばれています。
扇谷は松島湾の入り江が扇のように浮かんで見えることから、 扇谷と呼
ばれ幽観と称されます。

幽観・扇谷2.jpg

そんな扇谷、標高60mほどの山ですが、紅葉の名所です。
楓が紅く染まって、とても綺麗な紅葉を見る事が出来ました。四大観の眺望は
一面見渡せる感が無くいまひとつという感じだったんですが、紅葉はとても
綺麗でした。自分の他にも紅葉の写真を撮りに来ている人が結構来ていました。

<扇谷の紅葉・令和3年11月23日撮影>
幽観・扇谷の紅葉.jpg

幽観・扇谷の紅葉2.jpg

幽観・扇谷の紅葉7.jpg

幽観・扇谷の紅葉3.jpg

幽観・扇谷の紅葉8.jpg

幽観・扇谷の紅葉4.jpg

幽観・扇谷の紅葉5.jpg

幽観・扇谷の紅葉6.jpg

ちなみに、ここへ向かう道は非常に分かりづらいです。
塩釜方面から走ってくるとトンネルを潜り、出てすぐに左手前へ左折する
細い道を登っていく事になります。
駐車場は7〜8台くらい駐車可能です。

紅葉の名所巡り
http://rover.seesaa.net/article/22577081.html




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2021年09月04日

化女沼レジャーランド跡地  (宮城県大崎市)

宮城県大崎市にある化女沼レジャーランド跡地に行ってきました。

<化女沼レジャーランド跡地>
化女沼レジャーランド2.jpg
住所:宮城県大崎市古川小野遠沢10−39
駐車場無し

化女沼レジャーランド跡地に行ってきました。
化女沼レジャーランドは1979年に開園した遊園地。
1982年にはゴダイゴが野外コンサートを行ったりした事もあるそうです。
2001年に閉園。
閉園後廃墟になっているんですが、何故かいろいろなロケが行われたり、廃墟
ツアーがあったりと、廃墟の中では有名な場所だそうです。

そんな化女沼レジャーランドの事を最近知って訪問しました。
化女沼レジャーランド自体は閉園で、入る事はまかりならんという状態。
まあ事故でもあったら大変ですから当たり前ですね。
何とか見えないかなと思って近くの道路を走っていたら、裏側から見えました!
廃墟の観覧車。ここロケで出てくる場所です。まさに廃墟ですね〜。
見る事が出来て良かった。草の中に佇む観覧車。かつてここで多くの人達が
楽しんだ事を考えると感慨深いものがありました。

化女沼レジャーランド.jpg

化女沼レジャーランド3.jpg

化女沼レジャーランド4.jpg

<GMOクリック証券CM>


令和3年夏休み旅
http://rover.seesaa.net/article/482917545.html



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2019年12月08日

郷六城址    (宮城県仙台市)

仙台市青葉区にある郷六城址に行ってきました。

<郷六城址>
郷六城址.jpg
住所:宮城県仙台市青葉区郷六字久保38−42
駐車場なし

国分氏の族臣・郷六大膳盛元の居城だったのがこの郷六城です。
その後、郷六氏は伊達氏に臣従しまし、天正5年(1577)頃に愛子に移り,
その後に森田氏と改称しています。

現在郷六城址は、小さな碑が残るのみで、城の面影は確認出来ません
でした。
老健施設「Challengeすこやか」という施設の隣が城跡という事です。

<郷六城址>
郷六城址2.jpg
碑の裏の道を登って行くと、そこは個人の畑みたいな感じでした。

郷六城址3.jpg

郷六城址4.jpg
城跡の碑の前にある宇那禰神社は、郷六氏の氏神だそうです。

郷六城址5.jpg
城の前はこんな感じです。

令和元年秋旅 気仙沼大島へ
http://rover.seesaa.net/article/471443107.html

日本の城を巡る
http://rover.seesaa.net/article/21222307.html

[ここに地図が表示されます]


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2019年12月01日

西館跡        (宮城県仙台市)

仙台市青葉区にある西館跡に行ってきました。

<西館跡>
西館跡.jpg
住所:宮城県仙台市青葉区下愛子西風蕃山
駐車場無し

<西館跡について>
西館跡5.jpg

仙台市の郊外にある西館跡です。
ここは、伊達政宗の娘・五郎八姫(いろはひめ)の屋敷があった場所です。
五郎八姫は家康の六男・松平忠輝に嫁ぎますが、忠輝改易後離縁し仙台に
引き取られます。
五郎八姫は仙台城本丸西館に居住した事から西館様と呼ばれたそうです。
ここ西館跡は、五郎八姫の住居跡ですが、別荘的な使われ方をしたもの
です。

現地には碑と解説がありますが、屋敷を思わせる様な遺構はほぼ残って
いませんでした。
現地に行ったとき、この場所の奥で工事が行われていて、職人から変な
目で見られてしまいました(^^;

西館跡4.jpg

西館跡3.jpg

西館跡2.jpg

令和元年秋旅 気仙沼大島へ
http://rover.seesaa.net/article/471443107.html

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巨釜・半造海岸を散策        (宮城県気仙沼市)

巨釜・半造海岸を散策してきました。

<巨釜・半造海岸>
巨釜1.jpg
住所:宮城県気仙沼市唐桑町小長根
駐車場あり(無料)

<巨釜について>
巨釜.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
巨釜・半造海岸を散策しました。
巨釜は「おおがま」と読みます。宮城県の最北部、唐桑半島にある海岸で、大理石
の海蝕による奇岩がならぶ海岸です。

前九年の役で敗れた安倍氏の一族・家臣らがこの地に逃れ隠れ住んだ地でもある
様です。見所の岩に安倍の頭領安倍貞任の名を冠した貞任岩なんてのもありました。
巨釜7.jpg


<巨釜・半造>
巨釜4.jpg
折石。三陸大津波で先が折れた事から折石と言うそうです。

巨釜9.jpg
貞任岩

巨釜3.jpg

巨釜5.jpg

巨釜2.jpg
ここも立ち枯れの松が目立ちました。

巨釜6.jpg

巨釜8.jpg

令和元年秋旅 気仙沼大島へ
http://rover.seesaa.net/article/471443107.html

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2019年11月24日

亀山      (宮城県気仙沼市)

気仙沼市の亀山に行ってきました。

<亀山>
亀山.jpg
住所:宮城県気仙沼市亀山
駐車場あり

気仙沼大島にあるの亀山に行ってきました。
大島の北側にあり、標高は235mの山です。

ここからは気仙沼市街、大島最南端の龍舞崎、天気が良い日には金華山まで
見る事が出来るそうです。
以前は市営リフトがあったそうですが、東日本大震災で被災。今は無くなって
しまっています。
車で向かいましたが、亀山に曲がる細い道の入口にこの先に駐車場はありません
という文字。それでも見ていると他の車も入っていったので、僕もそこを
曲がって行きました。すると、車10台分くらい停められるスペースがありま
した。そこに車を停めて、そこから更に歩いて5分位で亀山展望台に到着しま
した。

亀山3.jpg
この展望台から360度の展望が広がります。
天気も良かったので、各方面の素晴らしい景色を見ることが出来ました(^-^)

亀山4.jpg

亀山5.jpg

亀山6.jpg

亀山2.jpg

亀山7.jpg

亀山8.jpg
眼下には気仙沼市街地と、この日渡ってきた気仙沼大橋が見えました。

令和元年秋旅 気仙沼大島へ
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龍舞崎         (宮城県気仙沼市)

宮城県気仙沼市、龍舞崎に行ってきました。

<龍舞崎>
龍舞崎.jpg
住所:宮城県気仙沼市横沼
駐車場あり(無料)

気仙沼大島の南端にある龍舞崎に行ってきました。
海食に岩礁に、波がぶつかっる風景が、まるで龍が舞い上がるように見える事
から龍舞崎という名前になったそうです。

駐車場に車を停めて、先端の灯台まで約300mの距離です。

龍舞崎2.jpg

龍舞崎3.jpg

龍舞崎5.jpg

龍舞崎4.jpg

龍舞崎6.jpg

龍舞崎8.jpg
結構立ち枯れの松の木が多かったです。

龍舞崎7.jpg
松の病気が流行ってる様です・・・。

令和元年秋旅 気仙沼大島へ
http://rover.seesaa.net/article/471443107.html

岬・灯台巡り
http://rover.seesaa.net/article/107423997.html

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2019年05月19日

神割崎          (宮城県南三陸町)

南三陸町にある神割崎に行ってきました。

<神割崎>
神割崎.jpg
住所:宮城県本吉郡南三陸町戸倉寺浜
駐車場あり(無料)

<神割崎について>
神割崎2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
三陸復興国立公園・神割崎に行ってきました。
浜の境に関し、神の神託があったという伝説の地です。

駐車場から階段を数分降りると真っ二つに割れた巨大な岩があります。これが伝説
の岩です。
割れた岩の間から波が豪快に押し寄せ、激しい音をたてていました(^-^)
迫力があって良かったです!

<神割崎>
神割崎3.jpg

神割崎4.jpg

神割崎5.jpg

神割崎6.jpg

<動画>


2019年GWの旅
http://rover.seesaa.net/article/465522397.html

岬・灯台巡り
http://rover.seesaa.net/article/107423997.html

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2018年11月28日

御釜       (宮城県蔵王町)

蔵王町にある御釜を見てきました。

<御釜>
御釜.jpg
住所:宮城県刈田郡蔵王町遠刈田温泉倉石岳国有林内
駐車場あり(無料)

御釜は蔵王連峰刈田岳山頂付近にある火口湖です。
蔵王観光の見所のひとつで、酸性の水がたまった湖は常に濁っており、
生物はいません。

僕も何度か御釜に行ってますが、天気が悪いことが多く綺麗な御釜を見た
事がありませんでした。
今回は初めて綺麗な御釜を見る事が出来ました。最高に良い天気で周りの景色
も含め絶景を堪能しました(^O^)

<御釜>
御釜2.jpg

御釜3.jpg

<まわりの風景>
御釜4.jpg

御釜6.jpg

御釜5.jpg

<刈田嶺神社>
御釜7.jpg
刈田岳山頂にある刈田嶺神社です。
御釜からすぐの場所にあります。

<動画>


平成30年秋旅 奥州平泉へ
http://rover.seesaa.net/article/462029244.html

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2018年11月18日

みちのく伊達政宗歴史館    (宮城県松島町)

松島町にある「みちのく伊達政宗歴史館」に行ってきました。

<みちのく伊達政宗歴史館>
みちのく伊達政宗歴史館.jpg
住所:宮城県宮城郡松島町松島字普賢堂13-13
駐車場あり(無料)
入館料:1000円

松島の観光地から北に少し行ったところにある歴史館です。
伊達政宗の生涯を蝋人形で再現した歴史館になります。
入館料も高いですし、少し躊躇うところですが、今回初めて入ってびっくり。
内容充実見応えがありました。
蝋人形がリアルで恐い位ですね。今にも動き出しそうな感じです。

<政宗の生涯>
みちのく伊達政宗歴史館3.jpg

みちのく伊達政宗歴史館4.jpg
「梵天丸もかくありたい」は名言でしたね。

みちのく伊達政宗歴史館5.jpg

みちのく伊達政宗歴史館6.jpg
父の死のシーン。

みちのく伊達政宗歴史館7.jpg
人取橋の戦い。

伊達政宗歴史館.jpg
小田原での秀吉との謁見。

みちのく伊達政宗歴史館7a.jpg

みちのく伊達政宗歴史館2.jpg

みちのく伊達政宗歴史館7b.jpg
最後に大河ドラマの写真展もありました(^-^)

平成30年秋旅 奥州平泉へ
http://rover.seesaa.net/article/462029244.html

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瑞巌寺       (宮城県松島町)

瑞巌寺に行ってきました。

<瑞巌寺>
瑞巌寺.jpg
住所:宮城県宮城郡松島町松島字町内91
駐車場無し(近隣観光駐車場利用)
拝観料:700円

<瑞巌寺について>
瑞巌寺2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
19年ぶりで瑞巌寺に行ってきました。前回の訪問は1999年11月7日でした。
こういうのが分かるのも画像データのタイムスタンプのおかげですね。

最近大河ドラマ『独眼竜政宗』を再度見ました。それもあって、政宗ゆかりの瑞巌寺
を見たいと思っての再訪です。まあ20年近くも前の訪問なので、参道に洞窟みたい
なのがあった位の記憶しかありません。

瑞巌寺4.jpg

瑞巌寺3.jpg
その洞窟、久しぶりに見ました。
江戸時代に掘られたものと考えられているそうです。江戸時代に建立された供養塔
などが並びます。

瑞巌寺19992.jpg
こちらが19年前に撮影した洞窟遺跡です。

<本堂>
瑞巌寺5.jpg
1609年に建築された本堂です。

<庫裏・国宝>
瑞巌寺国宝庫裏.jpg

瑞巌寺1999.jpg
19年前撮影の国宝・庫裏です。

<臥龍梅>
瑞巌寺がりゅう梅.jpg
伊達政宗が朝鮮から持ち帰ったという梅の木です。咲いたら綺麗でしょうね(^o^)

<五大堂>
瑞巌寺五大堂.jpg
五大堂は境内ではありませんが、すぐ近くにあります。瑞巌寺五大堂です。
ここは拝観料無しで見る事が出来ます。

瑞巌寺五大堂2.jpg
五大堂からの景色。

久しぶりの訪問で懐かしかったです。庫裏・本堂の中は拝観料を払って見る事が出来ます。
その豪勢な部屋の数々は必見なので、拝観料を払って見るべきかと思います。
1時間くらいかけてゆっくり見ると良いかと。

今回の旅では、愛姫の墓を参拝しようと思って行きましたが、現在は公開されていないそう
です(残念)

平成30年秋旅 奥州平泉へ
http://rover.seesaa.net/article/462029244.html

国宝建造物を巡る
http://rover.seesaa.net/article/21220842.html

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2017年09月17日

龍雲寺     (宮城県栗原市)

宮城県栗原市にある龍雲寺に行ってきました。

<龍雲寺>
龍雲寺.jpg
住所:宮城県栗原市一迫真坂館浦59
駐車場あり(無料)
境内自由

<龍雲寺について>
龍雲寺2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
龍雲寺に行ってきました。
たまたま車で走っていると、政岡の墓なる案内を発見しました。

龍雲寺 政岡の墓3.jpg
さて、政岡とは誰でしょう?
何か由緒がありそうなお寺だったので立ち寄ってみることにしました。
江戸藩政時代には25の寺を従える大寺院だった様です。
その龍雲寺の裏山に、政岡の墓があります。

政岡とは、江戸時代に作られた歌舞伎・浄瑠璃作品『伽羅先代萩』の登場する
架空の人物で、そのモデルと言われるのが白河義実の妻です。
『伽羅先代萩』は江戸時代初期に起きた伊達騒動をモチーフにしたものです。
話の中で、幼い主君を守る乳母として登場します。

白河義実とその妻の墓がこの龍雲寺のお墓なんですね。
僕も伊達騒動に関しては以前に大河ドラマ『樅の木は残った』の総集編みたい
なのを見た程度でして、あまり詳しく知らない為、へーそうなんだという事で
参拝して帰ってきました。

<白河義実とその妻(政岡)の墓>
龍雲寺 政岡の墓.jpg

平成29年夏旅 青森へ
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著名人の墓
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佐沼城址     (宮城県登米市)

宮城県登米市にある佐沼城址に行ってきました。

<佐沼城址>
佐沼城址2.jpg
住所:宮城県登米市迫町佐沼内町
駐車場あり(無料)

藤原秀衡の家臣・照井高直によって築城されたお城です。
戦国時代には大崎氏の居城となりますが、秀吉の奥州仕置きにより大崎氏が
改易されると木村吉清が入城し、その後伊達政宗が扇動したとされる大崎一揆
が起こります。佐沼城は大崎一揆の舞台となった城です。

大崎一揆は、政宗が扇動し伊達家の旧領であった大崎を取り戻そうとしたという
説が有力です。

現在の佐沼城址は、鹿ヶ城公園として整備され、登米市歴史博物館が併設されて
います。

<佐沼城址>
佐沼城址.jpg
クリックすると拡大します。

佐沼城址3.jpg

佐沼城址4.jpg

<佐沼城主・亘理家墓所>
亘理家墓地.jpg

亘理家墓地2.jpg

<佐沼城主・津田家墓所>
亘理家墓地3.jpg

津田家墓地.jpg

<登米市歴史博物館>
登米市歴史博物館.jpg

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2017年08月31日

鶴丸城址     (宮城県栗原市)

栗原市にある鶴丸城址に行ってきました。

<鶴丸城址>
鶴丸城3.jpg
住所:宮城県栗原市栗駒岩ケ崎裏山
駐車場あり(無料)

<鶴丸城について>
鶴丸城.jpg

鶴丸城2.jpg
クリックすると拡大します。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
栗原市にある鶴丸城址に行ってきました。
鶴丸城というと、鹿児島の鶴丸城が有名ですが、ここは南北朝時代に
葛西氏の一族・富沢道祐という武将によって築城されたお城です。
富沢氏は秀吉の奥州仕置きで葛西氏が滅亡すると南部氏に仕えます。
鶴丸城は、九戸政実の乱の鎮圧の際、豊臣秀次の陣所となりました。

江戸時代以降は伊達家の支配下となり、様々な武将が入りますが、最後
は中村氏の居城として明治維新を迎えます。

現在は館山公園という公園になっています。
石碑と説明板はありますが、城跡を思わせる様な遺構はあまり残っていない
です。

<鶴丸城址>
鶴丸城7.jpg

鶴丸城4.jpg

鶴丸城5.jpg

鶴丸城6.jpg

もう見頃は過ぎていましたが、紫陽花が多く、7月くらいに見頃を迎えるもの
と思われます。

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2017年08月30日

尿前の関跡     (宮城県大崎市)

大崎市にある尿前の関跡に行ってきました。

<尿前の関跡>
尿前の関.jpg
住所:宮城県大崎市鳴子温泉尿前
駐車場あり(無料)

<尿前の関について>
尿前の関5.jpg

尿前の関2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
前日鳴子温泉に泊まり、朝一で尿前の関(しとまえのせき)跡に行きま
した。鳴子の温泉街からは2〜3キロあるのかな、歩いて行くのは厳し
いですが、車だとすぐ着きます。

尿前の関、名前がすごいですよね。
『奥の細道』の中に尿前の関が出てくるため、それでこの名を知りました。
1689年5月15日、松尾芭蕉と曾良は奥の細道の旅で尿前の関に着き
ましたが、関守に怪しまれしばし足止めをくらった様です。
ここで「蚤虱(のみしらみ)馬の尿する 枕もと」という句を残しています。

<芭蕉句碑>
尿前の関 芭蕉句碑.jpg

<松尾芭蕉像>
尿前の関4.jpg

平安時代からこの地は交通の要衝として柵があった様ですが、戦国時代に
岩出山に伊達政宗が入ると出羽との境であるこの地に番所を置き監視しました。
これが尿前の関です。
江戸時代を通してこの番所には伊達家の目付が派遣されたそうです。
尿前の関3.jpg

出羽街道中山越.jpg

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陸奥総社宮     (宮城県多賀城市)

陸奥総社宮に行ってきました。

<陸奥総社宮>
陸奥総宮社.jpg
住所:宮城県多賀城市市川奏社1
駐車場あり(無料)
境内自由

<陸奥総社宮について>
陸奥総社宮2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
陸奥総社宮に行ってきました。
古代、国司には各国内の神社を巡拝する任務があり、これを効率化す
るため、各国の国府近くに国内の神を合祀した総社を設け、まとめて
祭祀を行うようになったそうです。
確かに各地に総社宮ってありますものね。

陸奥総社、特にこれといって見るべき物はありませんでしたが、参拝
だけしてきました(^-^)

陸奥総社宮.jpg

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2017年08月25日

姉歯武之進の墓を参拝     (宮城県栗原市)

栗原市にある瑞満寺で姉歯武之進の墓を参拝してきました。

<瑞満寺>
瑞満寺.jpg
住所:宮城県栗原市金成姉歯道才沢30
駐車場あり(無料)

<姉歯武之進略歴>
姉歯武之進の略歴.jpg

<姉歯武之進顕彰碑>
姉歯武之進の顕彰碑.jpg

<姉歯武之進の墓>
姉歯武之進の墓.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
仙台藩軍監・姉歯武之進の墓を参拝してきました。
姉歯武之進は、奥羽鎮撫総督府参謀であった世良修蔵を暗殺した人物
です。

戊辰戦争は会津がどうしてもクローズアップされますが、奥州での本格的
な戦闘に入るきっかけとなったのが世良の暗殺です。

傍若無人な振る舞いで、仙台藩士を愚弄した世良に対し切れたのが姉歯ら
数名の仙台藩士です。
福島の金沢屋に宿泊していた世良を襲撃。
客自軒に引き立てた後、阿武隈川の河畔で惨殺しました。

以前、客自軒には行ってまして、その時の記事はこちらです。
http://rover.seesaa.net/article/408811181.html

その後、姉歯武之進は白河口の攻防戦で、仙台藩の援軍として会津藩と一緒
に戦いますが、流れ弾を受けて討ち死にします。享年25才。
上の写真の顕彰碑は昭和63年になってから姉歯武之進を改めて顕彰し、
造られたものです。

ちょっとマニアな人物ではありますが、戊辰戦争に大きな影響を与えた事件
に関わった人物として歴史に名を残しています。

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著名人の墓
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2017年08月23日

伊治城址      (宮城県栗原市)

宮城県栗原市にある伊治城址に行ってきました。

<伊治城址>
伊治城址.jpg
住所:宮城県栗原市築館字城生野大堀
駐車場なし

<伊治城について>
伊治城址3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
伊治城址に行ってきました。
伊治城は、大和朝廷がこの地方の征夷政策の為に設置した城で、
767年。田中多太麻呂によって築城されました。
「伊治公呰麻呂の乱」の舞台として知られますが、現在は遺構と思われる
ものは見受けられませんでした。
今も発掘作業は続いている様で、現地にはブルーシートが敷かれていました。
伊治城址2.jpg

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2017年08月22日

伊達小次郎の墓を参拝    (宮城県登米市)

宮城県登米市にある伊達小次郎の墓を参拝しました。

<伊達小次郎の墓>
伊達小次郎の墓.jpg
住所:宮城県登米市津山町横山字久保163
駐車場あり(無料)

<伊達小次郎の墓について>
伊達小次郎の墓2.jpg

伊達小次郎の墓3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
伊達政宗の弟、伊達小次郎の墓を参拝してきました。
直前に愛姫の墓を参拝しようと思ったものの、激混みで断念。
小次郎の墓だけは絶対に行こうと心に決めて訪問しました。

伊達小次郎は伊達政宗の実弟です。
秀吉の小田原攻めに参陣する際、母義姫が政宗を暗殺し小次郎を伊達家の
当主にしようという事件が起こります。
母を討つことは出来ない政宗は、小次郎に罪は無いとしながらも母の替わ
りに小次郎を討ち果たします。

最近大河ドラマ『独眼竜政宗』を改めて見たんですが、このシーンは泣け
ました(>_<)
輝宗の最期と、ここは名シーンですね。

小次郎は当初福島県内のお寺に葬られますが、秀吉の奥州仕置きで福島が
伊達の領地で無くなった為、守り役であった小原縫殿之助によりこの地に
改葬されます。
また、縫殿之助もこの地で小次郎の後を追い殉死。小次郎の墓から少し
下った場所に墓があります。

<伊達小次郎の墓>
伊達小次郎の墓6.jpg

伊達小次郎の墓7.jpg

<小原縫殿之助の墓>
小原縫助の墓.jpg

小原縫助の墓2.jpg

<小次郎の墓詳細・クリックすると拡大します>
伊達小次郎の墓4.jpg

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大河ドラマの舞台
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小野城址    (宮城県東松島市)

東松島市にある小野城址に行ってきました。

<小野城址・梅ヶ森館>
小野城址4.jpg
住所:宮城県東松島市小野字笹ケ森
駐車場なし

小野城は、長江次郎義景という人物によって鎌倉時代に築城されたお城です。
桜ヶ森館、梅ヶ森館、松ヶ森館という3つの城の総称になります。
今回訪問したのは、梅ヶ森館でお館山公園として整備されています。
小野城址.jpg

小野城址6.jpg

駐車場が無く、ちょっとしたスペースに車を停めてささっと見てきました。
土塁跡の様なものはありますが、基本あまり城跡という遺構はよく分かりません。
長江氏は戦国時代に伊達政宗と対立し滅亡したとの事です。

小野城址2.jpg

小野城址3.jpg

小野城址5.jpg

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2017年08月20日

利府城址     (宮城県利府町)

利府町にある利府城址に行ってきました。

<利府城址>
利府城5.jpg
住所:宮城県宮城郡利府町利府城内
駐車場あり(無料)

<利府城について>
利府城3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
利府城址に行ってきました。
利府城は留守氏の居城で、お家騒動の後、伊達政宗の叔父にあたる
伊達政景が留守氏を継ぎ留守政景となりこの城に入ります。
利府城という城名になったのも政景が入城してからです。

現在は舘山公園という公園になっています。
利府城2.jpg
桜のシーズンは綺麗そうです。

利府城4.jpg
利府の町を眼下に一望出来ます。

利府城.jpg
公園の下にも駐車場があるんですが、細い道を登った公園の上部にも駐車場があるの
でそちらまで行った方楽かと思います。

平成29年夏旅 青森へ
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多賀城廃寺跡   (宮城県多賀城市)

多賀城廃寺跡に行ってきました。

<多賀城廃寺跡>
多賀城付属寺院.jpg
住所:宮城県多賀城市高崎
駐車場あり(無料)

<多賀城廃寺について>
多賀城付属寺院1.jpg
多賀城付属寺院2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
多賀城廃寺跡に行ってきました。
多賀城は大和朝廷が奥州支配の為に設置した古代政庁です。
その多賀城に隣接する形で建築されたのがこの廃寺です。
太宰府にある観世音寺と同じ伽藍配置で、寺の名前も観音寺と推定
されています。
今は礎石のみの公園になっています。

<多賀城廃寺跡>
多賀城付属寺院3.jpg

多賀城付属寺院4.jpg

多賀城付属寺院5.jpg

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2016年11月30日

丸山城址     (宮城県丸森町)

宮城県丸森町にある丸山城址(丸森城)に行ってきました。

<丸山城址>
丸森城址.jpg
住所:宮城県伊具郡丸森町渕ノ上
駐車場あり(無料)

<丸山城について>
丸森城址4.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
丸山城址に行ってきました。現地の旗や解説はすべて丸山城になって
いるため、ブログでも丸山城と書きますが、伊達家の記録では丸森城
となっており、諸説ある様です。

丸山城は、天文の乱で敗れた伊達種宗が隠居した城として有名です。

天文の乱は伊達家の力を弱体化させ、また種宗の死後に丸森の地をめぐって
伊達と相馬の争いのきかっけにもなりました。

現在は特に何か残っている訳ではなく、お城が会った場所に愛宕神社と
伊達種宗の墓があるのみになっています。

<丸森城址>
丸森城址2.jpg

丸森城址3.jpg

丸森城址6.jpg
愛宕神社です。

<伊達種宗の墓>
丸森城址 伊達種宗の墓.jpg
左京大夫藤原朝臣種宗の墓とあります。

丸森城址5.jpg

平成28年秋旅1
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2016年11月28日

金山城址     (宮城県丸森町)

宮城県丸森町にある金山城址(かねやまじょうし)に行ってきました。

<金山城址>
金山城 スタート地点.jpg
住所:宮城県伊具郡丸森町金山字黒森
駐車場あり(無料)

<金山城について>
金山城2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
金山城に登城してきました。
金山城は永禄年間(1558〜1569)に相馬家の家臣藤橋紀伊が
築城したと言われるお城です。
後に伊達家に帰し中島宗求が城主となり、明治維新まで続きました。

金山城は伊達家と相馬家の間で激しい争奪があり、戦火につつまれ
ました。伊達政宗はここ丸森が初陣の地と言われており、道路沿いに
は「政宗初陣の地」の看板が建っていました。

金山城は山城です。スタート地点に本丸まで13分、470mという
案内があります。まあ実際そんなもんでした。山城攻めは疲れますが
ここは道はそこそこ整備されているので、歩きやすかったです。

土塁や空堀など見て取れますが、建造物は残っていません。

<金山城址>
金山城 土塁.jpg

金山城 出丸から本丸を見る.jpg

金山城.jpg

金山城からの風景は素晴らしいです(^-^)

<金山城からの風景>
金山城3.jpg

金山城4.jpg

金山城5.jpg

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2016年11月27日

船岡城址    (宮城県柴田町)

宮城県柴田町にある船岡城址公園に行ってきました。

<船岡城址>
船岡城址.jpg
住所:宮城県柴田郡柴田町船岡館山95−1
駐車場あり(無料)

<船岡城址公園について>
船岡城址3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
船岡城址公園にに行ってきました。前にも来たことがありますが、ここ
もだいぶあいていたので、久しぶりに行ってみることにしました。
船岡城は1200年頃に芝田次郎という人物によって築城されたお城で、
16世紀初頭に伊達家が支配するようになりました。
伊達家の家臣原田氏が入城しますが、江戸時代におこった伊達騒動で
原田甲斐が自刃し原田氏が断絶したため、柴田氏が入城します。

山本周五郎の小説『樅の木は残った』は伊達騒動を題材としたもので、
大河ドラマにもなった事から船岡城が注目されることとなりました。
主人公の原田甲斐は船岡城の生まれです。

<樅の木>
船岡城址 樅の木.jpg
小説の題材にもなった樅の木です。

<原田甲斐供養塔>
船岡城址 原田甲斐供養塔.jpg

船岡城址 原田甲斐供養塔2.jpg

城址は公園になっています。
山頂へは急な坂道を登ることになります。急坂を登りますので、かなりの体力が
必要です。ただ、モノレールみたいな乗り物(有料)があって、それを使えば
楽々で山頂まで登れます。
僕は、歩いて登頂しました。

山頂には船岡平和観音像があり、柴田の町を見下ろします。
船岡城址2.jpg

ここからの景色は良いですね。
蔵王の山々を遠くに眺める事が出来ます。ここからなら敵の動きも良く
見えますね(^-^)

<船岡城からの景色>
船岡城址からの景色.jpg

船岡城址からの景色2.jpg

船岡城址からの景色3.jpg
下に見える並木は、桜の名所で名高い白石川堤一目千本桜です。
春に来てみたいものです。

<大きな写真・クリックすると拡大します>
船岡城址からの景色 大.jpg

平成28年秋旅1
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田村家廟所      (宮城県白石市)

白石市にある田村家廟所に行ってきました。

<田村家廟所>
田村家廟.jpg
住所:宮城県白石市福岡蔵本字愛宕山
駐車場あり(無料)

<田村家廟所について>
田村家廟3.jpg

田村家廟2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
白石にある田村家廟所に行ってきました。
田村家は戦国時代三春に本拠を構え、当主田村清顕は娘の愛姫(めごひめ)
を伊達政宗の正室とし、その関係を深めました。
しかし、小田原の役に参戦しなかった事から改易となるも、清顕の孫の定広
は後に片倉喜多の名跡を継ぎ仙台藩士として取り立てられます。
定広はまた真田幸村の遺児、阿菖蒲姫を妻としてめとっており、その関係も
あり田村家墓所には、阿菖蒲姫、そしてその父である真田幸村の供養塔も
作られています。

正面の大きな墓が愛姫の父である田村清顕公、その左に田村定広公、
阿菖蒲姫、真田幸村供養塔と並びます。

田村家廟4.jpg

宮城県には真田ゆかりの地が人知れず残ってますね。

平成28年秋旅1
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著名人の墓
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大河ドラマの舞台
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片倉家廟所      (宮城県白石市)

宮城県白石市にある片倉家廟所に行ってきました。

<片倉家廟所>
片倉家廟.jpg
住所:宮城県白石市福岡蔵本字愛宕山
駐車場あり(無料)

<片倉家廟所について>
片倉家廟2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
最近大河ドラマ『独眼竜政宗』を再び見ていまして、ふとそのゆかりの
地めぐりをしたくなりました。
片倉家廟所も相当前に一度訪問しているんですが、まあ記憶の彼方と
いう事もあり久しぶりに訪問する事にしました。
ここには片倉家初代景綱から10代宗景までの墓碑が並びます。

この片倉家廟所を作ったのは3代片倉小十郎景長です。
片倉家は代々小十郎の名を踏襲しています。

1680年に初代景綱、2代重長の墓もこの地に移し、仙台から石工を
招いて阿弥陀如来像を作らせたとの事です。

片倉家廟3.jpg

大名墓所には珍しく、その片隅には初代景綱に殉じた家臣6名の墓も
併せて作られています。
片倉家廟 殉死者の墓.jpg

片倉家廟所を訪問し、一旦駐車場に戻ります。
そこから片倉喜多の墓に向かいます。片倉家廟所とは繋がっていないので、
一旦国道113号線に出て歩いて数分です。

片倉喜多の墓.jpg

<片倉喜多について>
片倉喜多の墓3.jpg

<片倉喜多の墓>
片倉喜多の墓2.jpg

片倉喜多は片倉小十郎景綱の異父姉で、父は鬼庭左月。
伊達政宗の養育をするとともに、政宗の正室愛姫付として京都にも
のぼっています。
晩年はよく分かっていない様なのですが、片倉家の領地白石で過ごし亡くなった
様です。
大河ドラマ『独眼竜政宗』では竹下景子さんが喜多役を演じています。
前回来たときには喜多の墓は参拝していなかったので、今回初訪問です。
伊達政宗の人生において、片倉小十郎だけでなくその姉の喜多も大きな影響を
及ぼしたことは間違いないです。
片倉家の黒い釣り鐘の旗印は、片倉家の名を天下に響き渡らせるという意味
で、喜多が考えたものと言われています。

<片倉景綱像および釣り鐘の旗印>
片倉景綱.jpg

平成28年秋旅1
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著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html

大河ドラマの舞台
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2016年11月26日

真田幸清筆子塚      (宮城県蔵王町)

宮城県蔵王町にある真田幸清筆子塚に行ってきました。

<真田幸清筆子塚>
真田幸清筆子塚.jpg
住所:宮城県蔵王町大字矢附字舘
駐車場あり(無料)

<真田幸清筆子塚について>
真田幸清筆子塚3.jpg

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真田幸清筆子塚を見てきました。
この筆子塚は、幕末の仙台真田氏当主真田幸清を供養した塔です。

碑文は非常に見づらくなっています。
真田幸清筆子塚2.jpg
真田幸村十世の真田幸清に関する銘文です。

真田豊治の墓の記事でも書きましたが、仙台真田氏は真田幸村の次男、
真田大八の子孫で、仙台伊達家の家臣として幕末まで存続しました。

平成28年秋旅1
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著名人の墓
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