2024年05月30日

善光寺街道・会田宿   (長野県松本市)

令和6年5月22日、善光寺街道・会田宿を散策しました。

<善光寺街道・会田宿>
会田宿.jpg
住所:長野県松本市会田
駐車場あり(無料)

<会田宿について>
会田宿は13世紀初頭、海野氏が中信地方に進出し、次男(会田小次郎)以下の
兄弟をこの地に配置し治めさせました。
会田氏は戦国時代に小笠原氏によって滅ぼされますが、江戸幕府によって諸国の街道
が整備されると城下は中山道・洗馬宿から分岐して善光寺に向かう街道の宿場として
栄えました。
松尾芭蕉が「身にしみて 大根からし 秋の風」と詠み雲上の難所と嘆いた「立峠」を
越えて道は北信濃へ続いています。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
善光寺街道・会田宿を散策しました。
善光寺街道という街道をよく知らなかったのですが、中山道洗馬宿から北に分岐し、
善光寺を目指す街道だそうです。

会田宿は松本市の北東部にありかつては四賀村という村だった場所ですが、2005
年に松本市に合併されています。

四賀地区地域づくりセンター・四賀支所・四賀公民館の駐車場に車を停めて、歩いて
会田宿を散策しました。

重要伝統的建造物群保存地区の町並みは全国巡ってますが、指定されていない昔町
は結構見落としがありそう。会田宿も良い町並みなのに全然知りませんでした。

随所に古い建物が残り、坂道を登って宿場の北の外れには常夜灯が残っています。
なかなかこういう場所を観光する人も少ないでしょう。この日も観光客と思われる
のは自分一人という感じでした。

<会田宿の町並み>
会田宿2.jpg
宿場の北の入り口にある常夜灯です。

会田宿3.jpg

会田宿4.jpg

会田宿5.jpg

会田宿6.jpg

会田宿7.jpg

会田宿8.jpg

会田宿9.jpg

会田宿9a.jpg

日本の古い町並み
http://rover.seesaa.net/article/21960937.html



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2024年05月25日

中山道・追分宿を散策    (長野県軽井沢町)

令和6年5月21日、中山道追分宿を散策してきました。

<追分宿>
追分宿9.jpg
住所:長野県北佐久郡軽井沢町追分
駐車場あり(無料)

追分宿は中山道69次のうち江戸から数えて20番目の宿場町です。
追分という名前の通りで、この宿場で中山道と北国街道が分かれていく
分岐の宿場町になります。

追分宿3.jpg
ここが信濃追分。
分去れの碑という碑が建っています。右が北国街道、左が中山道です。

小説家・堀辰雄は病気療養で追分に来ており、晩年の終の棲家にもなり
ました。今回は立ち寄りませんでしたが、堀辰雄文学館なども追分宿に
あります。

本陣1軒、脇本陣2軒、旅籠35軒という宿場町。
今残ってる建物は数軒という感じですが、都市化していないので雰囲気
は残ってる感じです。

<追分宿>
追分宿4.jpg

追分宿7.jpg

追分宿6.jpg

追分宿9c.jpg

追分宿9a.jpg

追分宿8.jpg

追分宿9b.jpg

追分宿の端にシャーロックホームズの像がありました。

<シャーロックホームズ像>
追分宿.jpg

追分宿2.jpg

中山道六十九次
http://rover.seesaa.net/article/124324406.html

日本の古い町並み
http://rover.seesaa.net/article/21960937.html

銅像めぐり
http://rover.seesaa.net/article/142026310.html



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2024年05月24日

正麟寺で川島芳子の墓を参拝   (長野県松本市)

令和6年5月22日、松本市にある正麟寺で川島芳子の墓を参拝してきました。

<正麟寺>
正麟寺2.jpg
住所:長野県松本市蟻ケ崎4丁目10
駐車場あり(無料)
境内自由

<正麟寺について>
正麟寺3.jpg

正麟寺.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
川島芳子の墓を参拝してきました。
最近、東条英機関連の本などを読んでいた時に川島芳子の事を知りました。
川島芳子は清朝の皇族・第10代粛親王善耆の第十四王女で本名は愛新覺羅顯㺭と言い
ます。
8歳のとき、粛親王の顧問だった川島浪速の養女となり日本で教育を受け、満州国の
建国にも関与しています。
17歳でピストル自殺未遂事件を起こした後、断髪し男装するようになった。
断髪した直後に、女を捨てるという決意文書をしたため、それが日本の新聞に掲載さ
れ「男装の麗人」と称されました。

戦後、北平で中国国民党軍に逮捕され裁判の後処刑されました。
処刑後、遺骨は日本に戻され、松本の正麟寺にある養父川島浪速と一緒に葬られた
そうです。

本堂西側に墓地があり、川島芳子の墓の案内もありました。
川島芳子の墓2.jpg

<川島芳子・川島浪速の墓>
川島芳子の墓.jpg

著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html



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2023年06月07日

北斗の拳マンホール巡り   (長野県佐久市)

長野県佐久市、佐久平駅前にある北斗の拳マンホール巡りをしてきました。

<北斗の拳マンホール>
北斗の拳マンホール2.jpg
住所:長野県佐久市佐久平駅東1−1
駐車場無し

<北斗の拳マンホールについて>
北斗の拳マンホール.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
北斗の拳マンホール巡りをしてきました。
これは北斗の拳の原作者・武論尊氏が佐久市の出身という事で設置されたものです。

北斗の拳と佐久市の関係を知ったのは都内で北斗の拳のラッピングバスが走っていた
からです。
こんな記事がありました。
https://hokuto-no-ken.jp/1681

武論尊氏は佐久市を盛り上げるべく、佐久市に4億円もの寄付をしたりされている
そうです。素晴らしいですね。

マンホールの蓋もそんな佐久市と武論尊氏の関係からのもの。
JR佐久平駅前からミレニアムパークの前にかけて、北斗七星の位置関係で北斗の拳
マンホールが設置されています。
北斗七星の位置関係に設置されているあたりに担当者の拘りが感じられます(^-^)

自分なんかはモロ北斗の拳世代なので、このマンホールの蓋は本当に感動しました。
興味ある方は是非見に行ってみてください。

<北斗の拳マンホール>
北斗の拳マンホール ラオウ.jpg
ラオウ

北斗の拳マンホール トキ.jpg
トキ

北斗の拳マンホール ユリア.jpg
ユリア

北斗の拳マンホール ジャギ.jpg
ジャギ。ジャギを持ってくるあたりがマニアな感じ。

北斗の拳マンホール ケンシロウ.jpg
ケンシロウ

北斗の拳マンホール サウザー.jpg
サウザー格好良い!

北斗の拳マンホール レイ.jpg
レイ

以上です。
シンとかファルコ、シャチ、カイオウなんかもどうなんでしょう。
追加とか無いかな。



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2023年01月04日

秩父事件関連史跡   (長野県小海町)

長野県小海町で秩父事件関連地を見てきました。

<秩父事件関連地>
秩父事件案内図2.jpg
住所:長野県南佐久郡小海町東馬流
駐車場あり(無料)

<小海の秩父事件に関する説明>
秩父事件.jpg

秩父事件2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
長野県の小海で秩父事件関連地を巡ってきました。
秩父事件は明治時代に起こった事件で、国内で起きた最後の武力衝突とも言われて
おります。生糸価格の暴落を発端にした秩父農民らの反乱で、埼玉で起こった事件
ですが、一部勢力は長野へ移り、この小海の地で政府軍と交戦します。
死刑囚となった菊池貫平らの軍勢が最後まで戦ったものです。

小海には激戦地である本陣や戦死者の墓などがあります。
秩父事件案内図.jpg

本陣近くに公民館みたいなのがあって、そこに車を停めて良い様です。
そこに車を停めて、本陣と戦死者の墓を訪問しました。

<困民党軍本陣>
秩父事件本陣.jpg
中は普通の古民家。中も見学出来る様なのですが、夕方という事もあり見送り
ました。外だけ見学です。
困民党軍は400人超の軍勢だったそうです。

<本陣近隣>
秩父事件本陣2.jpg

秩父事件本陣3.jpg
本陣前は街道風の風景です。

<秩父事件戦死者の墓>
秩父事件戦死者の墓.jpg
こちらが戦死者の墓です。
かつて、荒廃していたそうですが、今は休憩所があったり、綺麗に整備
されています。

令和4年秋旅
http://rover.seesaa.net/article/493248747.html

古戦場めぐり
http://rover.seesaa.net/article/159539121.html

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2022年10月09日

川本喜八郎人形美術館    (長野県飯田市)

飯田市にある川本喜八郎人形美術館に行ってきました。

<川本喜八郎人形美術館>
川本喜八郎人形美術館.jpg
住所:長野県飯田市本町1丁目2
駐車場無し(飯田市営駐車場は1時間無料。1時間を越えると30分100円)
入館料:400円

人形美術家・川本喜八郎氏の美術館に行ってきました。
前から一度行ってみたいと思っていた美術館です。
川本喜八郎さんは、NHK人形劇「三国志」や「平家物語」の人形を作った方。
子供の頃見たNHK人形劇「三国志」とても印象に残っています。
是非その人形を見てみたいという事で訪問しました。

美術館には駐車場が無いので、目の前にある市営駐車場を利用します。
最初の1時間無料、それ以降は30分100円です。

川本喜八郎人形美術館2.jpg

館内はほぼ撮影不可。
唯一、諸葛亮孔明の人形は撮影可だったので撮影してきました。
川本喜八郎人形美術館3.jpg

ここは三国志を見た事がある人なら必見スポットですね。
懐かしくて感動しました。
紳々、竜々(しんしん、ろんろん)人形もありました(^-^)
張飛の声がせんだみつおで、その声も耳にこびりついて覚えてます。
子供の頃本当に楽しみにしてたので。
また見てみたいな〜。再放送しないものかな。

令和4年夏休み旅 奈良・和歌山
http://rover.seesaa.net/article/490701559.html



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2022年02月16日

聖光寺   (長野県茅野市)

茅野市にある聖光寺に行ってきました。

<聖光寺>
聖光寺.jpg
住所:長野県茅野市北山蓼科4035
駐車場あり(無料)
境内自由

<聖光寺について>
聖光寺5.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
聖光寺に行ってきました。
この寺、トヨタ自動車のグループ会社によって建立されたお寺です。
「交通安全の祈願」「交通事故遭難者の慰霊」「負傷者の早期快復」を目的として
建立されたもので、毎年7月にトヨタグループの首脳陣が集まり交通安全を祈願する
そうです。
宗派的には法相宗で薬師寺の別院という事です。

全国的にも企業が建立した寺ってのは珍しいですよね。聞いたことがありません。
交通安全を祈願してきました。

聖光寺2.jpg

聖光寺3.jpg

聖光寺4.jpg

令和3年秋旅1
http://rover.seesaa.net/article/483939111.html



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貞祥寺   (長野県佐久市)

佐久市にある貞祥寺に行ってきました。

<貞祥寺>
貞祥寺2.jpg
住所:長野県佐久市前山1380-1
駐車場あり(無料)
境内自由

<貞祥寺について>
貞祥寺.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
佐久市にある貞祥寺に行ってきました。
室町時代の1521年に、前山城主伴野貞祥が父・光利の7周忌、祖父・光信の33周忌
の追善供養のために、叔父である僧・節香徳忠を招いて建立し、永百貫文の寺領を
寄進したものです。

このお寺、雰囲気がとても良かったです。
苔むした雰囲気がとても幻想的。前に1回来ているはずなんですが、全然覚えて
なくて、初訪問みたいな感じでした。10年も行かないと忘れますよね。

貞祥寺3.jpg

貞祥寺8.jpg

貞祥寺7.jpg

貞祥寺5.jpg
この苔の雰囲気が良いですね。

<長野県宝・三重塔>
貞祥寺4.jpg

この貞祥寺境内に、島崎藤村旧居があります。
前に来たときには、この中に入った記憶があるんですが、この日は閉まってました。

<島崎藤村旧居>
貞祥寺6島崎藤村.jpg

貞祥寺6島崎藤村2.jpg
もともとここにあった訳ではなく、移築されてきたものです。

令和3年秋旅1
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2022年02月13日

大河原峠   (長野県佐久市)

佐久市にある大河原峠に行ってきました。

<大河原峠>
大河原峠.jpg
住所:長野県佐久市春日
駐車場あり(無料)

蓼科スカイライン、大河原峠に立ち寄りました。
標高2093m、佐久市で一番の高所になります。
広い駐車場もあり、蓼科山への登山口にもなっていました。
北側への展望が素晴らしいですね。
場所が場所だけに冬は通行止めの様です。
トイレ等も完備されています。

大河原峠2.jpg

大河原峠5.jpg

大河原峠6.jpg

大河原峠4.jpg

令和3年秋旅1
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夢の平展望園地   (長野県立科町)

長野県立科町にある夢の平展望園地に行ってきました。

<夢の平展園望地>
夢の平展望地.jpg
住所:長野県北佐久郡立科町芦田八ケ野327
駐車場あり(無料)

夢の平展望園地に行ってきました。
蓼科スカイラインにある展望スポットで、眼下に女神湖を望む展望
台です。
ススキ越しに女神湖を見下ろす感じで、とても良い感じの場所でした(^-^)

夢の平展望地2.jpg

夢の平展望地3.jpg

夢の平展望地4.jpg

令和3年秋旅1
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夕陽の丘   (長野県立科町)

立科町にある夕陽の丘に行ってきました。

<夕陽の丘>
夕陽の丘5.jpg
住所:長野県北佐久郡立科町芦田八ケ野
駐車場あり(無料)

ビーナスラインにある夕陽の丘に行ってきました。
ここからは霧ヶ峰、穂高連峰の風景を遠望出来ます。
夕陽の丘って言う位なので、夕陽が綺麗なんでしょうね。
昼間なので、その辺はよく分かりませんが、素晴らしい景色です。

夕陽の丘2.jpg

夕陽の丘3.jpg

夕陽の丘4.jpg

夕陽の丘.jpg

令和3年秋旅1
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女の神展望台   (長野県茅野市)

長野県茅野市、女の神展望台に行ってきました。

<女の神展望台>
女の神展望台.jpg
住所:長野県茅野市北山蓼科
駐車場あり(無料)

ビーナスラインに何ヶ所かある展望台のひとつです。
ここからは南に八ヶ岳や南アルプスの山々を見る事が出来ます。
絶景です。

女の神展望台3.jpg

女の神展望台4.jpg

女の神展望台5.jpg

女の神展望台2.jpg

令和3年秋旅1
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2022年02月12日

蓼科湖   (長野県茅野市)

蓼科湖に行ってきました。

<蓼科湖>
蓼科湖2.jpg
住所:長野県茅野市北山
駐車場あり(無料・道の駅ビーナスライン蓼科湖利用)

<蓼科湖について>
蓼科湖.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
蓼科湖に行ってきました。
伊那から茅野にぬけてきて、ここから佐久に向かって蓼科をドライブします。
ビーナスラインの入口付近にあるのが、この蓼科湖です。

道の駅ビーナスライン蓼科湖があり、ここに車を停めて散策しました。
蓼科湖はダムでは無いのですが、人造湖です。
1952年に冷水を温めてから分流するための温水ため池として造られた漢概用の池
です。
標高1200mにあり、まわりの山々の風景も良く、人造湖とは思えない良い雰囲気
の湖です。

そんな大きな湖ではないので、散歩がてら1周する事にしました。
道の駅に車を停めてゆるりと散策。
30〜40分くらいで蓼科湖を1周してきました。
まだそんなに寒くない時期だったので、とても気持ち良い散歩でした(^-^)

蓼科湖3.jpg

蓼科湖4.jpg

蓼科湖5.jpg

蓼科湖6.jpg

蓼科湖7.jpg

蓼科湖8.jpg

蓼科湖9.jpg

令和3年秋旅1
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2022年02月05日

矢立木    (長野県大鹿村)

大鹿村にある矢立木を見てきました。

<矢立木>
矢立て木4.jpg
住所:長野県下伊那郡大鹿村鹿塩
駐車場あり

<矢立木について>
矢立て木2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
矢立木を見てきました。
遠山地方の豪族遠山氏が武田、徳川両氏に仕え、参勤の途上この樹に矢を射立てて
武運を祈り且つ鍛錬を行ったというものです。

国道152号線を走っている時に発見しました。
この道はかつて、秋葉山へ向かう秋葉街道だったんですね。
矢立て木5.jpg

そんな旧秋葉街道沿いにある古木がこの矢立木です。
村指定天然記念物になっています。

<矢立木>
矢立て木.jpg

矢立て木3.jpg

令和3年秋旅1
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中央構造線・北川露頭  (長野県大鹿村)

大鹿村にある中央構造線・北川露頭を見てきました。

<中央構造線・北川露頭>
中央構造線 北側露頭.jpg
住所:長野県下伊那郡大鹿村鹿塩
駐車場あり(無料)

<北川露頭について>
中央構造線 北側露頭5.jpg

中央構造線 北側露頭2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
中央構造線・北川露頭を見てきました。
初めて走る国道152号線の南部。走ってる途中で見つけたのが北川露頭です。
日本の中心部を走る断層帯である中央構造線が地表に現れて見えているというのが
この北川露頭です。

中央構造線 北側露頭3.jpg

中央構造線 北側露頭4.jpg
右と左で土の色が違います。こうやってはっきり分かるんですね。
しかしまあ、これがその中央構造線という事が分かること自体が凄いですよね。

令和3年秋旅1
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猿庫の泉     (長野県飯田市)

飯田市にある猿庫の泉に行ってきました。

<猿庫の泉>
猿倉の泉.jpg
住所:長野県飯田市上飯田
駐車場あり(無料)

<猿庫の泉について>
猿庫の泉2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
飯田市にある猿庫の泉(さるくらのいずみ)に行ってきました。
飯田市郊外にある名水で、日本名水100選に選ばれている名水です。

前回行ったのが2002年という事で19年ぶりの訪問になりました。

熊出没注意の看板にビビりつつ、ちょっとだけ山道を登ります。
猿庫の泉3.jpg

猿庫の泉4.jpg

猿庫の泉5.jpg
水飲み場も整備されています。

江戸時代に茶道家の不蔵庵龍渓宗匠が茶の湯に最適な水を求めてここにたどり着い
たという名水。
早朝という事もあり、他に水くみ客もいなくて、名水を1杯飲んできました(^-^)

令和3年秋旅1
http://rover.seesaa.net/article/483939111.html

日本の名水巡り
http://rover.seesaa.net/article/21971174.html



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2021年08月29日

先達城址   (長野県富士見町)

長野県富士見町にある先達城址に行ってきました。

<先達城址>
先達城址.jpg
住所:長野県諏訪郡富士見町境
駐車場あり(無料)

<先達城について>
先達城址3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
先達城址に行ってきました。
1528年、武田信虎によって築城されたお城で、家臣の多田常昌が城主として
入りました。

現在現地は常昌寺というお寺があり、城の遺構ははっきり言って何も分かりません。
先達城跡の碑と説明板があるのみでした。

先達城址2.jpg

先達城址4.jpg

令和3年春旅2 大遠征
http://rover.seesaa.net/article/481725269.html

日本の城を巡る
http://rover.seesaa.net/article/21222307.html



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2021年04月29日

渋沢栄一 内山峡詩碑   (長野県佐久市)

佐久市にある渋沢栄一 内山峡詩碑を見てきました。

<渋沢栄一 内山峡詩碑>
青天を衝け4.jpg
住所:長野県佐久市内山
駐車場あり(無料)

佐久市にある渋沢栄一 内山峡詩碑を見てきました。
国道254号線沿い、ここは今まで何度通ったか分からない位、何度と
なく車で走ったところ。しかしながら、こんなものがあるなんて、まっ
たく知りませんでした。
観光ガイドにもありませんし、現地に案内もありませんからね。
今年、渋沢栄一が大河で注目されて、初めてここの事を知ることになり
ました。

現地には石宮という神社が鎮座しています。
その脇に、岩に埋め込まれる様な形で内山峡詩碑がありました。
これは、渋沢栄一が19歳の時に信州に藍玉の取引のため訪れた際に
詠んだものです。
今年の大河ドラマのタイトル『青天を衝け』はこの詩からきたものです。

<内山峡詩碑>
青天を衝け2.jpg

青天を衝け.jpg
この赤の囲い部分が、青天を衝けのタイトルとなった部分です。

青天を衝け3.jpg

<クリックすると拡大します>
青天を衝け  大.jpg

現地には駐車場がありませんが、現地から佐久寄りにちょっと行ったところに
臨時駐車場が開かれています。

大河ドラマの舞台
http://rover.seesaa.net/article/112515106.html



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2021年04月17日

大井城址の桜    (長野県佐久市)

佐久市にある大井城址で桜を見てきました。

<大井城址>
大井城址.jpg
住所:長野県佐久市岩村田494
駐車場無し

<大井城について>
大井城址3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
佐久市の大井城址に行ってきました。現地は王城公園という公園になっています。
大井城は1221年、大井朝光によって築城され、大井氏の居城として続きます。
公園として整備されてはいますが、城としての遺構はあまり残っていない感じです。

令和3年4月11日訪問、桜がちょうど見頃でした。

<大井城址の桜>
大井城址4.jpg

大井城址5.jpg

大井城址6.jpg

大井城址7.jpg

大井城址8.jpg

大井城址9.jpg

王城公園には駐車場がありません。今回は龍雲寺を一緒に観光したので、龍雲寺に
車を停めたまま、少しだけ大井城址に行ったという感じです。

日本の城を巡る
http://rover.seesaa.net/article/21222307.html

桜のある風景
http://rover.seesaa.net/article/14535679.html



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蕃松院       (長野県佐久市)

佐久市にある蕃松院に行ってきました。

<蕃松院>
蕃松院.jpg
住所:長野県佐久市田口2893
駐車場あり(無料)
境内自由

<蕃松院について・クリックすると拡大します>
蕃松院2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
蕃松院に行ってきました。
龍岡城五稜郭で桜を見た後、近くにある蕃松院も合わせて訪問。ここに枝垂れ桜が
あるという事で見に行きました。

蕃松院は1580年に創建された曹洞宗のお寺です。
その後、この地を治めた田口城主・依田玄蕃は岩尾城攻めで討ち死にし、その子
松平康国が小諸城主となると父の供養の為、その居館跡に堂宇を再建し、父の戒名
から寺号を蕃松院としました。

蕃松院3.jpg

蕃松院4.jpg

桜を見に行ったのですが、よもやここに有名な戦国武将である依田玄蕃の墓がある
というのは知らず、びっくりしました。
依田玄蕃は武田信玄・勝頼に仕え、武田家滅亡後は家康に従って活躍した武将です。

<依田玄蕃兄弟の墓>
蕃松院 依田玄蕃の墓.jpg

<蕃松院の枝垂れ桜・令和3年4月11日撮影>
蕃松院 枝垂れ桜.jpg

蕃松院 枝垂れ桜2.jpg

蕃松院 枝垂れ桜3.jpg

蕃松院 枝垂れ桜4.jpg

桜のある風景
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著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html



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咲き分けの桜   (長野県佐久市)

佐久市にある咲き分けの桜を見てきました。

<咲き分けの桜>
咲き分けの桜.jpg
住所:佐久市根岸平井
駐車場無し

<咲き分けの桜について>
咲き分けの桜4.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
佐久市にある咲き分けの桜を見てきました。
佐久から望月方面に国道142号線を走り、左の脇道に少し反れた集落にこの
桜はありました。
駐車場は無く、桜の近くの道も狭いため路駐も出来ず。少し戻って道が少し広く
なっているところにしばし車を停めて桜を観賞してきました。

2本の桜が一体となって見える桜の木で、咲き分けの名前の由来は2本の木の
花の色が微妙に違うことに由来します。樹齢は約200年との事。

<咲き分けの桜・令和3年4月11日撮影>
咲き分けの桜2.jpg

咲き分けの桜3.jpg

咲き分けの桜5.jpg

咲き分けの桜6.jpg

咲き分けの桜7.jpg

桜のある風景
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2021年04月14日

龍岡城の桜     (長野県佐久市)

佐久市にある龍岡城で桜を見てきました。

<龍岡城>
龍岡城 桜9a.jpg
住所:長野県佐久市田口下町3000−1
駐車場あり(無料)

<龍岡城について>
龍岡城 桜9.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
龍岡城は幕末1867年に竣工したお城です。
この地を治めた松平乗謨は西洋軍学を学び、その築城術を使った城を築城したのが
このお城です。
下から見てもよく分からないですが、この城は函館五稜郭と同じ星形をした城です。

龍岡城 桜9b.jpg

先日桜が満開という情報があったので訪問しました。
星形にそって桜が植えられており、城を取り囲んで桜が見頃になっていました。
とても良かったです。

<龍岡城の桜・令和3年4月11日撮影>
龍岡城 桜1.jpg

龍岡城 桜2.jpg

龍岡城 桜8.jpg

龍岡城 桜5.jpg

龍岡城 桜3.jpg

龍岡城 桜4.jpg

龍岡城 桜6.jpg

龍岡城 桜7.jpg

日本の城を巡る
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桜のある風景
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2020年11月03日

高ボッチ高原  (長野県塩尻市)

塩尻市にある高ボッチ高原に行ってきました。

<高ボッチ高原>
高ボッチ高原.jpg
住所:長野県塩尻市東山
駐車場あり(無料)

塩尻市にある高ボッチ高原に行ってきました。
行った理由は、映画『君の名は』の聖地巡礼です。

ここから見る諏訪湖の風景、映画『君の名は』の糸守湖を見下ろす
シーンの場所と言われています。
高ボッチって言う名前は、だいだらボッチがここに腰を下ろして休んだ
という伝説からだそうです。

この日、景色は良かったですが、天気がいまいち。
ここで綺麗な夕陽だったら最高だったんですが。そこが残念。
次回行くとしたら天気を気にして行きたいところです。
現地までの道は狭くて結構厳しい道でした。

<高ボッチ高原>
高ボッチ高原2.jpg

高ボッチ高原3.jpg

高ボッチ高原4.jpg

高ボッチ高原5.jpg

令和2年夏旅2佐渡遠征
http://rover.seesaa.net/article/476827408.html




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2020年07月04日

小谷村・千国宿の町並み   (長野県小谷村)

長野県小谷村千国の町並みを散策してきました。

<小谷村千国宿>
千国の町並み.jpg
住所:長野県北安曇郡小谷村大字千国乙
駐車場あり

小谷村千国宿の町並みを散策しました。
千国宿は千国街道(塩の道)の宿場町です。
塩の道はその名の通り、主に塩を運んだ街道で、全国に塩の道
と呼ばれる街道は複数存在します。
ここは千国街道という街道で、新潟の糸魚川から長野の松本へ塩を
運んだ街道です。糸魚川街道・松本街道とも呼ばれます。

信州松本藩は塩の輸送を日本海側の糸魚川からに限定して行って
いました。これは道中に通過する他藩が少なかったこのルートに
限定したという事です。

千国宿はそんな塩の道の遺構がいくつか残り、昔ながらの雰囲気を
感じる事が出来ます。

<牛方宿>
千国の町並み 牛方宿.jpg

千国の町並み 牛方宿2.jpg
牛方宿です。牛方とは牛を使って荷物を輸送する人達の事です。
千国宿では牛方が泊まる宿があり、それがこの牛方宿になります。

<千国番所>
千国の町並み 千国番所.jpg
千国には番所があり、千国街道を行き来する荷や人などを取り締まり
ました。

<千国宿の町並み>
千国の町並み2.jpg

千国の町並み3.jpg

千国の町並み4.jpg

千国の町並み5.jpg

千国の町並み6.jpg

令和2年初夏旅(北陸)
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日本の古い町並み
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2020年07月03日

アルプス展望広場   (長野県小川村)

長野県小川村のアルプス展望広場に行ってきました。

<アルプス展望広場>
アルプス展望広場.jpg
住所:長野県上水内郡小川村稲丘7044
駐車場あり(無料)

アルプス展望広場に行ってきました。
実はここ、全然知らなかったんですが、たまたま通りかかって
立ち寄った感じです。

景色は素晴らしいの一言でした。
南は野口五郎岳、北は白馬乗鞍岳まで一望出来ます。
もう少し雪が残ってると更に景色が良いのかなという気がしました。

アルプス展望広場2.jpg

アルプス展望広場3.jpg

アルプス展望広場4.jpg
アジサイ越しで撮影してみました。

<動画>


<大きな画像・クリックすると拡大します>
アルプス展望広場大1.jpg

アルプス展望広場大2.jpg

令和2年初夏旅(北陸)
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2020年04月30日

龍雲寺   (長野県佐久市)

佐久市にある龍雲寺に行ってきました。

<龍雲寺>
龍雲寺.jpg
住所:長野県佐久市岩村田415
駐車場あり(無料)
境内自由

<龍雲寺について>
龍雲寺3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
佐久に武田信玄の遺骨のある寺があるという事を知り訪問しました。
龍雲寺というお寺で武田信玄の信仰が厚く、信濃に出兵する際はこの寺に戦勝を祈願
していたとか。

龍雲寺2.jpg

寺の裏に武田信玄遺骨出土の地という看板と塚がありました。
武田信玄遺骨出土の地2.jpg

武田信玄遺骨出土の地.jpg
佐久にこんなところがある事をまったく知りませんでした。どうもこの遺骨等の鑑定
をめぐり、国との間で争いがあったとの事。
信玄の遺骨がどうなったかは、正直よく分かっていないだけに、これが本物かどうか
ってのは正直よく分からないんだろうなと思います。

寺は立派な山門があり、岩村田宿には本陣が無かった事から、龍雲寺が本陣のかわり
として使われたそうです。

平成25年9月29日訪問

著名人の墓
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大河ドラマの舞台
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桜のある風景
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2019年08月03日

石川数正の墓を参拝    (長野県松本市)

松本市の兎川寺で石川数正の墓を参拝しました。

<兎川寺>
正行寺.jpg
住所:長野県松本市大字里山辺2940
駐車場あり(無料)
境内自由

長野の松本にある兎川寺に行ってきました。
ここには徳川家康の重臣だった石川数正の墓があります。
数正は家康の重臣でしたが、後に秀吉に降り秀吉の家臣になります。

その後松本を領し、松本城を築城したのも石川数正です。
そんな数正の墓が松本市郊外の兎川寺にあります。

<石川数正の墓>
正行寺 石川数正の墓.jpg

寺の解説も墓の解説も無い為、ここに墓がある理由等も不明です。
ささっと参拝してきました。

令和元年初夏旅
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著名人の墓
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2019年05月22日

御魂山の神代桜     (長野県木島平村)

木島平村にある 御魂山の神代桜を見てきました。

< 御魂山の神代桜>
御魂山神代桜.jpg
住所:長野県木島平村往郷6515-4
駐車場無し

木島平村にある樹齢約400年の江戸彼岸桜です。
村指定の天然記念物です。
木島平村を見下ろす高台のお墓の裏に桜はありました。
見に行った時点でやや見頃は過ぎていました。4月下旬くらいが見頃かと
思います。

< 御魂山の神代桜・令和元年5月1日撮影>
御魂山神代桜3.jpg

御魂山神代桜2.jpg

御魂山神代桜4.jpg
御魂山の神代桜からは木島平の町を一望出来ます。

2019年GWの旅
http://rover.seesaa.net/article/465522397.html

<桜の名所まとめのページはこちら>
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2019年05月19日

高梨氏館跡      (長野県中野市)

中野市にある高梨氏館跡に行ってきました。

<高梨氏館跡>
高梨氏館跡.jpg
住所:長野県中野市小舘4
駐車場あり(無料)

<高梨氏館跡について>
高梨氏館跡2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
高梨氏館跡に行ってきました。
北信濃の豪族高梨氏の居城です(平城)

北信濃は武田信玄が勢力拡大を図って来た際に攻防の最前線になりました。
高梨氏は上杉家の傘下に入り武田家と戦いました。
その後、上杉家が会津に国替えになるとそれに従い、高梨氏館も廃城になりました。

現在館跡は公園になっていて、土塁・堀・建物の基礎跡などが残っています。

<高梨氏館跡>
高梨氏館跡3.jpg

高梨氏館跡4.jpg

高梨氏館跡5.jpg

高梨氏館跡7.jpg

高梨氏館跡6.jpg

2019年GWの旅
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日本の城を巡る
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2019年05月15日

いいやま菜の花祭り  (長野県飯山市)

長野県飯山市、いいやま菜の花祭りに行ってきました。

<いいやま菜の花公園>
菜の花公園.jpg
住所:長野県飯山市瑞穂495−1
駐車場あり(有料・500円)

飯山の菜の花公園に行ってきました。
結構前から菜の花の名所として知られているので、一度行ってみたいと思って
いました。

野沢温泉から車で10分ほどの距離、今回野沢温泉に泊まったので朝一で行って
みました。

約800万本の菜の花が満開を迎えていました(^-^)
天気が良ければ青空の下、遠くに見える斑尾高原の山々などをバックに綺麗な
菜の花を見る事が出来たんでしょうけど、天気がいまいちだったのが残念です。

それでも綺麗ですから、とても良い場所だなと思いました。
天気が良い時にまた行きたい場所ですね。

<いいやま菜の花公園・令和元年5月1日撮影>
菜の花公園2.jpg

菜の花公園3.jpg

菜の花公園4.jpg

菜の花公園5.jpg

菜の花公園6.jpg

2019年GWの旅
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2018年05月23日

飯島陣屋        (長野県飯島町)

長野県飯島町にある飯島陣屋に行ってきました。

<飯島陣屋>
飯島陣屋.jpg
住所:長野県上伊那郡飯島町飯島2309-1
駐車場あり(無料)
入場料:300円

<飯島陣屋について>
飯島陣屋8.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
飯島陣屋はこの付近の江戸幕府直轄地を治めるために1677年にこの地に
造られた陣屋です。伊那には高遠藩、飯田藩、高須藩などがあり、それらの管轄地
を除いた幕府直轄領を治めたため、領地は飛び地になっていたそうです。
明治維新後、廃藩置県によりこの地は伊那県となり、飯島陣屋が伊那県庁になりま
した。

飯島陣屋は現在資料館になっており、入場料を払うと解説員の方が逐一説明をして
くれます。最後は囲炉裏でお茶のサービス付きです(^-^)

<飯島陣屋>
飯島陣屋2.jpg

飯島陣屋3.jpg

飯島陣屋4.jpg

飯島陣屋5.jpg

飯島陣屋6.jpg

飯島陣屋7.jpg

平成30年春旅 南信さくら巡り
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日本の城を巡る
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菱田春草生誕の地       (長野県飯田市)

飯田市にある菱田春草生誕の地に行ってきました。

<菱田春草生誕の地>
菱田春草生誕の地.jpg
住所:長野県飯田市 仲ノ町307−1
駐車場なし

<菱田春草について>
菱田春草生誕の地2.jpg

菱田春草生誕の地4.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
菱田春草は明治時代に活躍した画家で、岡倉天心の門下生です。
日本美術院の創設にも参加し、茨城の五浦で活動します。
1911年、36才の若さで没しますが、その作品のうち
「王昭君」「賢首菩薩」「落葉」「黒き猫」の4作が国指定の重要文化財に指定
されています。

平成22年に菱田春草を顕彰するために、飯田市の生誕の地に公園が整備されました。

菱田春草生誕の地3.jpg

平成30年春旅 南信さくら巡り
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赤須城址        (長野県駒ヶ根市)

長野県駒ヶ根市にある赤須城址に行ってきました。

<赤須城址>
赤須城.jpg
住所:長野県駒ヶ根市下平512-1
駐車場あり(無料)

<赤須城について>
赤須城4.jpg

赤須城5.jpg


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
駒ヶ根市にある赤須城址に行ってきました。
南北朝時代〜戦国時代にかけて赤須為幸という人物によって築城され、代々赤須氏
の居城となりました。
1582年、織田氏の侵攻により、武田に臣従していた赤須氏の赤須城も攻撃され
廃城となりました。

現在、道路端に城の解説がありますが、城の全体像はよく分かりませんでした。
空堀や土塁の様なものがかろうじて分かる程度でした。

<赤須城址>
赤須城2.jpg

赤須城3.jpg

赤須城6.jpg

平成30年春旅 南信さくら巡り
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日本の城を巡る
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2018年04月20日

大通寺       (長野県福島町)

長野県福島町にある大通寺に行ってきました。

<大通寺>
大通寺.jpg
住所:長野県木曽郡木曽町福島4926−26
駐車場あり(無料)
境内自由

大通寺3.jpg

<大通寺について>
大通寺2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
木曽福島にある大通寺に行ってきました。
大通寺には武田信玄の三女・真理姫の供養塔があるという事で訪問しました。
真理姫は木曽義昌の正室として嫁いでいました。
木曽が美濃方面への交通の要衝であった事から、戦略上重要視したための縁組み
でした。
信玄亡き後、織田信長による信濃攻めが始まると木曽義昌は義理の兄である勝頼を
裏切り信長につきますが、真理姫は山中に隠され命を奪われることは無かった
様です。
大通寺は木曽氏の家臣が建立した寺院で、その縁で真理姫の供養塔がつくられた
との事です。

<真理姫供養塔>
大通寺 真理姫供養塔.jpg

大通寺 真理姫供養塔2.jpg

境内には枝垂れ桜の古木がありますが、平成30年4月4日現在、まだ咲いていません
でした。
大通寺4.jpg

平成30年春旅 南信さくら巡り
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著名人の墓
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2018年04月18日

中山道福島宿      (長野県木曽町)

長野県木曽町にある福島宿・上の段の町並みを散策してきました。

<中山道福島宿・上の段の町並み>
中山道福島宿7.jpg
住所:長野県木曽郡木曽町福島上ノ段
駐車場あり(無料)

中山道福島宿は中山道69次の37番目の宿場町。
天保14年(1843年)の『中山道宿村大概帳』によれば、福島宿の宿内家数は158軒、
うち本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠14軒という宿場町です。

上の段と呼ばれる場所に、昔ながらの町並みが残っていました。
木曽路の宿場町は本当に良い町並みが残ってますね。

<上の段の町並み>
中山道福島宿9.jpg

中山道福島宿8.jpg

中山道福島宿6.jpg

中山道福島宿5.jpg

中山道福島宿4.jpg

中山道福島宿.jpg

中山道福島宿2.jpg

中山道福島宿3.jpg


平成30年春旅 南信さくら巡り
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中山道六十九次
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日本の古い町並み
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長姫のエドヒガン   (長野県飯田市)

飯田市にある長姫のエドヒガンを見てきました。


<長姫のエドヒガン>
長姫のエドヒガン2.jpg
住所:長野県飯田市追手町2丁目655−7
駐車場あり(無料)

長姫のエドヒガン4.jpg


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

飯田市美術博物館の前にある長姫のエドヒガンです。別名安富桜と言うそうです。
夕方に訪問したので、夕陽があたり桜の花の色がはっきりしなくなってしまいまし
た(>_<)
樹齢400年、高さ約20mの迫力ある桜の木でした。

<長姫のエドヒガン・平成30年4月3日撮影>
長姫のエドヒガン.jpg


長姫のエドヒガン3.jpg


平成30年春旅 南信さくら巡り
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桜の名所
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2018年04月15日

瑠璃寺の桜     (長野県高森町)

高森町にある瑠璃寺に桜を見に行ってきました。

<瑠璃寺の桜>
瑠璃寺の枝垂れ桜4.jpg
住所:長野県下伊那郡高森町大島山812

瑠璃寺で桜を見てきました。源頼朝が寺領を寄進したという由緒あるお寺で、
頼朝ゆかりの枝垂れ桜が見所です。

<頼朝寄進の桜・平成30年4月3日撮影>
瑠璃寺の枝垂れ桜2.jpg

瑠璃寺の枝垂れ桜3.jpg

【大きい写真・クリックすると拡大します】
瑠璃寺の枝垂れ桜 大.jpg

頼朝寄進ならば樹齢はそれこそ1000年近い?と思いきや樹齢は200年との
事。この桜は4代目だそうです。

<瑠璃寺の地主桜>
瑠璃寺の江戸彼岸桜.jpg
昭和51年に枯死しようとしていた古木から新芽が芽生え、成長した2代目桜です。

<瑠璃寺の桜>
瑠璃寺の桜.jpg

瑠璃寺の桜2.jpg
その他の桜も綺麗です(^-^)

平成30年春旅 南信さくら巡り
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桜の名所
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専照寺の枝垂れ桜    (長野県飯田市)

飯田市にある専照寺に枝垂れ桜を見てきました。

<専照寺の枝垂れ桜>
専照寺の枝垂れ桜.jpg
住所:長野県飯田市伝馬町2丁目9
駐車場無し

専照寺の枝垂れ桜2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
飯田市にある専照寺の枝垂れ桜です。
樹齢400年の古木です。桜の木の下にはお地蔵様が鎮座していて、その雰囲気が
とても良かったです(^-^)

<専照寺の枝垂れ桜・平成30年4月3日撮影>
専照寺の枝垂れ桜3.jpg

専照寺の枝垂れ桜4.jpg

専照寺の枝垂れ桜5.jpg

平成30年春旅 南信さくら巡り
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桜の名所
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船山城址     (長野県松川町)

松川町にある船山城址に行ってきました。

<船山城址>
船山城址.jpg
住所:長野県下伊那郡松川町上片桐
駐車場あり(無料)

<船山城について>
船山城址3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
伊那谷の名族片切氏の本拠として片桐為基によって築かれたお城です。
城内には祭神として御射山神社が鎮座しました。
船山城址2.jpg

今は遺構はほぼ残っていません。
御射山神社の境内に説明板、その前の畑に船山城址の碑が建っています。

平成30年春旅 南信さくら巡り
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2018年04月13日

黄梅院の枝垂れ桜    (長野県飯田市)

飯田市の黄梅院にある枝垂れ桜を見てきました。

<黄梅院の枝垂れ桜>
黄梅院の枝垂れ桜3.jpg
住所:長野県飯田市江戸町3丁目251
駐車場あり(無料)

黄梅院の枝垂れ桜.jpg

黄梅院は武田信玄と三条の方との間に生まれ、北条氏政の正室となった黄梅院の
菩提寺として建立されたという言い伝えもあるお寺です。
そんなお寺の門前に樹齢約400年の枝垂れ桜があります。
平成30年4月3日訪問、桜は満開でした(^-^)
樹高約18mの枝垂れ桜の古木(飯田市指定天然記念物)です。

<黄梅院の枝垂れ桜・平成30年4月3日撮影>
黄梅院の枝垂れ桜4.jpg

黄梅院の枝垂れ桜2.jpg

黄梅院の枝垂れ桜5.jpg

平成30年春旅 南信さくら巡り
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桜の名所
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麻績の里 舞台桜   (長野県飯田市)

長野県飯田市にある麻績の里舞台桜を見てきました。

<麻績の里 舞台桜>
麻績の舞台桜.jpg
住所:長野県飯田市座光寺2516
駐車場あり(無料)

麻績の舞台桜5.jpg

飯田市の麻績神社の境内にある樹齢約350年の枝垂れ桜
(飯田市指定天然記念物)です。
樹高12m、立派な桜の木です。訪問時まさに満開!最高に素晴らしい桜を
堪能する事が出来ました(^-^)

<舞台桜・平成30年4月3日撮影>
麻績の舞台桜2.jpg

麻績の舞台桜3.jpg

麻績の舞台桜4.jpg

【大きい写真・クリックすると拡大します】
麻績の舞台桜大.jpg

平成30年春旅 南信さくら巡り
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桜の名所
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2018年04月12日

松源寺      (長野県高森町)

長野県高森町にある松源寺に行ってきました。

<松源寺>
松源寺.jpg
住所:長野県下伊那郡高森町下市田4389
駐車場あり(無料)
境内自由

<松源寺について>
松源寺3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
高森町にある松源寺に行ってきました。
ここは昨年の大河ドラマ『おんな城主・直虎』の関連地です。
直虎の許嫁だった井伊直親が亀之丞と呼ばれた幼少時代に今川家から殺害されそう
なところを逃れてきたのがこの松源寺です。
亀之丞は幼少期の10年間をここで過ごしました。

松源寺2.jpg

現地には関連地の旗がたってました。
松源寺5.jpg

松源寺4.jpg

さすが大河ドラマに出ただけあり、平日にもかかわらず観光客が大勢来ていました。
まあ僕は最初の10話位で見るのをやめてしまったんですが(^^;

松源寺の門前には樹齢約300年という江戸彼岸桜があり、ちょうど見頃を迎えて
いました(^-^)

<松源寺の江戸彼岸桜・平成30年4月3日撮影>
松源寺6.jpg

松源寺8.jpg

松源寺7.jpg

平成30年春旅 南信さくら巡り
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桜の名所
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大河ドラマの舞台
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2018年04月11日

松岡城址    (長野県高森町)

長野県高森町にある松岡城址に行ってきました。

<松岡城址>
松岡城址.jpg
住所:長野県下伊那郡高森町下市田
駐車場あり(無料)

<松岡城について>
松岡城址2.jpg

松岡城址3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
高森町にある松岡城址に行ってきました。
松岡城の築城年ははっきりしていない様ですが、この地を治めた松岡氏の居城でした。
松岡氏は、前九年の役で敗れた安倍貞任の次男仙千代が乳母に連れられこの地に逃れ、
土着し松岡氏を名乗ったのが始まりとされています。

松岡城は天竜川の西側にある段丘を利用したお城です。5つの郭からなり、堀の跡な
どをはっきりと確認する事が出来ました。
また、一番東側の郭からは眼下に飯田方面の町並みを眺める事が出来、とても良かった
です(^-^)

<松岡城址>
松岡城址4.jpg

松岡城址5.jpg

松岡城址6.jpg

松岡城址7.jpg

松岡城址8.jpg

桜の写真は続きをどうぞ

続きを読む
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2018年04月08日

大島城址     (長野県松川町)

長野県松川町にある大島城址に行ってきました。

<大島城址>
大島城址.jpg
住所:長野県松川町元大島263
駐車場あり(無料)

<大島城について>
大島城址6.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
大島城址に行ってきました。大島城は12世紀に片桐氏(大島氏)によって築城
されたお城です。戦国時代、武田信玄の支配下となり秋山信友によって城の大改修
が行われました。今残っている城跡はこの時の改修のものです。

その後、勝頼の時代に織田信長の侵攻を受け、その時の城主だった武田信廉は、信長
軍に驚き夜中に城を棄て逃亡したという事です(情けないですね〜(´Д`))

城跡は、空堀や馬だしなど秋山信友の改修後の様子をしっかり残しています。

<大島城址>
大島城址 馬だし.jpg

大島城址 空堀.jpg

大島城址3.jpg

大島城址4.jpg

大島城址5.jpg

桜も綺麗でした。桜の写真はつづきをどうぞ


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2018年04月06日

御射山神社の枝垂れ桜   (長野県松川町)

長野県松川町にある御射山神社(みさやまじんじゃ)で枝垂れ桜を見てきました。

<御射山神社の枝垂れ桜>
御射山神社の桜看板.jpg
住所:長野県下伊那郡松川町上片桐3504
駐車場あり(無料)

<解説>
御射山神社の桜看板2.jpg

樹齢400年〜500年という松川町指定天然記念物の枝垂れ桜です。
平成30年4月3日訪問、満開でした!
幹が空洞化しているという事でしたが、桜の花は生き生きとした感じ
がしました。

<御射山神社の桜>
御射山神社の桜.jpg

御射山神社の桜2.jpg

御射山神社の桜3.jpg

御射山神社の桜4.jpg

平成30年春旅 南信さくら巡り
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桜の名所
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2017年08月30日

霞城址     (長野県長野市)

霞城址に行ってきました。

<霞城址>
霞城址.jpg
住所:長野県長野市松代町大室1
駐車場あり

<霞城について>
霞城址2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
霞城は長野市の松代にある山城跡で、大室氏の居城でした。
敵が攻めてくると、霞がかかったように見えなくなることからこの名が
つきました。
築城年代は不明の様ですが、川中島にも近い事から数々の戦の舞台にな
ったのではないかと思われます。
霞城は大室氏が上杉景勝に従って会津に移る際に廃城になったものと
思われます。

今回は、高井大室神社に車を停め、数分歩いて霞城址に向かいました。
道は狭いですが、永福寺というお寺が霞城の麓にあり、そこに車を
停める事も出来そうな感じでした。

霞城址4.jpg
ここから登って行きます。

霞城址5.jpg
いきなり「熊注意」の表示に怯みます(^^;

霞城址6.jpg
結構な急勾配です。トレッキングシューズは必須です。

登ること5分ほどで山頂の本丸跡?に到着です。
霞城址3.jpg
ここは古代の古墳でもあるそうです。
昔はどうだったか分かりませんが、今は木が多い茂って眺望が良くありません。

昔の石垣が残っていて、荒城の気配がとても良かったです(^-^)
霞城址7.jpg

霞城址8.jpg

霞城址9.jpg

日本の城を巡る
http://rover.seesaa.net/article/21222307.html

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福島正則荼毘所跡    (長野県高山村)

長野県高山村にある福島正則荼毘所跡に行ってきました。

<福島正則荼毘所跡>
P1130768.jpg
住所:長野県高山村大字高井堀之内
駐車場無し

<福島正則荼毘所跡について>
福島正則荼毘所跡2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
長野県高山村にある福島正則荼毘所跡に行ってきました。
福島正則は秀吉子飼いの武将で、賤ヶ岳の戦いで活躍。
「賤ヶ岳の七本槍」の一人に数えられる武将です。
関ヶ原の戦いで東軍につき、以後豊臣を主家として尊重しつつも徳川に
従う道を進み、広島50万石の大名となりますが、広島城の無断修繕が
咎められ広島を没収。信濃国に4万5000石で転封となります。
1624年、高井の地で死去。
幕府の検死役が来る前に家臣・津田四郎兵衛が火葬し、この地に葬りま
した。結果的にこれが理由で福島家は全領地を没収され取りつぶしと
なります。

<福島正則供養塔>
福島正則荼毘所跡3.jpg

<一本杉の後継>
福島正則荼毘所跡4.jpg
これが枯れた一本杉の後継の杉の木みたいです。

福島正則荼毘所跡.jpg
福島正則の荼毘所跡は田んぼの真ん中にぽつんとありました。
徳川家にとっては、豊臣恩顧の筆頭格である福島正則は危険な存在。
取りつぶす様に仕組まれたんでしょうね。
更には、江戸幕府内における本多正純と土井利勝の勢力争いも絡んで
の事態とも言われていますけどね。

著名人の墓
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2016年09月25日

根井氏館跡    (長野県佐久市)

長野県佐久市にある根井氏館跡に行ってきました。

<根井氏館跡>
根井氏館跡.jpg
住所:長野県佐久市根々井622
駐車場あり(無料)

<根井氏館について>
根井氏館跡2.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
根井氏館跡に行ってきました。
根井氏って何者?、行っておきながら知らないという(^^;
上の解説にありますが、木曽義仲家臣の勇将で義仲四天王の一人に数え
られる人物だそうです。
義仲四天王は今井兼平、樋口兼光、根井行親、楯親忠の4名。
今井兼平、樋口兼光は知ってても、残り二人はまったく知りませんね。

知らずに申し訳ないですが、その根井行親の館があったのが、この場所
です。根井は「ねのい」と読みます。

現在は正法寺というお寺があり、ここを中心に土塁で囲まれた城の機能
を備えた館があったそうです。

根井氏館跡 正法寺.jpg

根井行親は、1184年宇治川の戦いで討ち死に。
京都で晒し首になりました。
正法寺の墓地には根井行親の供養塔と言われる古い塔がありました。

<根井行親供養塔>
根井行親供養塔.jpg

日本の城を巡る
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著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html

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2016年08月24日

安楽寺        (長野県上田市)

長野県上田市にある安楽寺に行ってきました。

<安楽寺>
安楽寺.jpg
住所:長野県上田市別所温泉2361
駐車場あり
国宝八角三重塔は300円

別所温泉に泊まり、翌朝温泉街の一角にある安楽寺に行ってきました。
だいぶ前に一度行ったことがありましたが、今回超久しぶりで安楽寺を
訪問しました。

安楽寺は天長年間(824〜834)に開かれたと伝えられる寺で、鎌倉
時代中期には鎌倉北条氏の外護により禅寺として栄え、多くの学僧を育て
ていました。しかし、北条氏滅亡の後は寺運も傾いて正確な資料も残って
いないそうです。

安楽寺2.jpg

安楽寺は信州の鎌倉と言われた地にあり、北条氏の影響があったお寺です。
様々な建造物の中で、国宝八角三重塔は鎌倉時代末期の建造物と考えられ
ており、北条氏の供養塔ではないかという事です。

安楽寺 八角三重塔3.jpg

八角三重塔は入場料が必要です。300円払って見に行きます。
朝8時から開いているので、別所温泉に泊まって朝の散歩がてら
行けるのが良いですね。
安楽寺3.jpg

<国宝・八角三重塔>
安楽寺 八角三重塔.jpg

安楽寺 八角三重塔2.jpg
威厳ある建物ですね〜。国宝の名に恥じない建物です。
いろんな角度から見ても同じ見え方がします。
素晴らしい建物に見入って帰ってきました(^-^)

平成28年初夏ミニ旅
http://rover.seesaa.net/article/439778453.html

国宝建造物を巡る
http://rover.seesaa.net/article/21220842.html

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法華寺     (長野県諏訪市)

長野県諏訪市にある法華寺に行ってきました。

<法華寺>
法華寺2.jpg
住所:長野県諏訪市中州神宮寺856
駐車場あり(無料)
境内自由

諏訪市にある法華寺に行ってきました。
法華寺は諏訪大社上社の脇にあるお寺です。1582年、武田氏を滅ぼした
織田信長はここ法華寺に着陣。甲州征伐の論功行賞が行いました。

ここで事件が起きます。
明智光秀が甲州攻めで苦労した様な発言をし、それに対し信長が「お前が何
を苦労したのか」と罵倒。欄干に頭を押し付けられ、諸将の前で辱めを受け
たというものです。

法華寺3.jpg

これだけが原因ではないでしょうが、この事件も本能寺の変につながった一因
ではあると思われます。

法華寺.jpg
法華寺本堂は平成に入ってから放火により焼失。残念ながら当時の建物は残っ
ていません。燃えたのはつい最近なんですね、残念です。
今は、当時の様子を偲ぶのみという感じですね。

法華寺 吉良義親の墓.jpg

本堂左脇から寺の裏に登ると、忠臣蔵の話で有名な吉良上野介の養子、吉良義周
の墓がありました。
赤穂浪士討ち入りの後、義周も不行届を指摘され領地を没収。諏訪に配流され
ました。諏訪では丁重にあつかわれたものの、21歳の若さで亡くなっています。
義周は悪いことはなく、非常に可哀想な人物だなと思います。

法華寺 吉良義周の墓.jpg

<吉良義周の墓>
法華寺 吉良義親の墓3.jpg

平成28年初夏ミニ旅
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著名人の墓
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大河ドラマの舞台
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