2017年07月16日

鈴木三樹三郎の墓を参拝   (茨城県石岡市)

茨城県石岡市にある鈴木三樹三郎の墓を参拝しました。

<東耀寺>
東耀寺.jpg
住所:茨城県石岡市若宮1丁目1−35
駐車場あり(無料)

茨城県石岡市の東耀寺というお寺にある鈴木三樹三郎の墓を参拝しました。
東耀寺2.jpg

鈴木三樹三郎は常陸志筑藩士の子として生まれ、兄の伊東甲子太郎らとともに
新撰組に参加します。
新撰組では九番隊組長をつとめますが、後に御陵衛士として新撰組から分裂。兄の
甲子太郎が殺された油小路の変も切り抜け生き残ります。
明治時代には忠良と改名し、警察官として生活し、鶴岡警察署長まで務めたという事
です。
大正8年に石岡で亡くなり、東耀寺に葬られました。

<鈴木三樹三郎の墓>
鈴木三樹三郎の墓.jpg
右の鈴木忠良というのが鈴木三樹三郎です。

僕はここに鈴木三樹三郎の墓があることを知っててきた訳ではありません。
すぐ近くに石岡市民俗資料館という博物館があり、そこでお墓の存在を知りました。
東耀寺というお寺にあるんですが、お寺には一切の解説も案内もありません。
墓碑は鈴木忠良だし、ここは知ってないと来れないな〜って場所でした。
偶然ではありますが、新撰組の組長の墓を参拝する事が出来、良かったです。

著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html

新撰組関連の史跡
http://rover.seesaa.net/article/26835008.html

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大避神社      (兵庫県赤穂市)

赤穂市にある大避神社に行ってきました。

<大避神社>
大避神社2.jpg
住所:兵庫県赤穂市坂越1299
駐車場(近くにある観光駐車場利用)
境内自由

<大避神社について>
大避神社.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
赤穂市坂越にある大避神社(おおさけじんじゃ)に行ってきました。
御祭神はこの地に逃れてきた、秦河勝です。

瀬戸内海三大船祭りのひとつ「坂越の船祭り」はこの神社のお祭りです。

<大避神社>
大避神社3.jpg

大避神社4.jpg

大避神社5.jpg



平成29年GWの旅
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2017年07月14日

イナバ化粧品      (岡山県津山市)

岡山県津山市にあるイナバ化粧品に行ってきました。

<イナバ化粧品>
イナバ化粧品.jpg
住所:岡山県津山市川崎78-17
駐車場あり

岡山県津山市にあるイナバ化粧品に行ったというか、前まで行ってきま
した(^^;
ここは知る人ぞ知る、B’zの稲葉浩志氏の実家です。
さすがに化粧品屋に一人で入る勇気もなく、外から眺めてきました。
稲葉氏は津山市の名誉市民になってるんですよね。

僕もB’zは好きで、大学生の頃からカラオケでよく歌ったものです。
好きな曲は多くて、これが一番というのは難しいですが、一押しは
「TIME」ですかね。


店頭にもB’zのポスターがありました。
B’zポスター.jpg

駐車場には稲葉氏の似顔絵(^-^)
イナバ化粧品2.jpg

何はともあれ、一度どんなところか見たかっただけに、行くことが出来て
満足しました(^-^)

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妙見寺 / 児島高徳の墓   (兵庫県赤穂市)

赤穂市にある妙見寺に行ってきました。

<妙見寺>
妙見寺.jpg
住所:兵庫県赤穂市坂越1307
駐車場あり(無料)

<妙見寺について>
妙見寺3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
妙見寺に行ってきました。
妙見寺は奈良時代に行基によって創建され、その後空海によって再興
されました。
最盛期には165坊もの庵を構えた大寺院だった様です。
現在残る観音堂は、1722年の再建。清水寺の様な舞台造りが見所です。

妙見寺 観音堂.jpg

妙見寺2.jpg

妙見寺で見ておくべきところがもう一ヶ所。児島高徳の墓です。
児島高徳は南北朝の戦いにおける南朝方の功臣で、太平記の作者とも
言われる人物です。ただ、その存在自体が『太平記』にしか存在しない
事から、実在の人物かどうか疑問をもたれている人物でもあります。

戦国大名として名をはせた宇喜多氏は、児島高徳の子孫をうたっており
旗印は「兒」(児の旧字体)を使っていました。

児島高徳はここ坂越で亡くなったという伝説があり、妙見寺にお墓が
あります。

<児島高徳の墓>
児島高徳の墓.jpg

児島高徳の墓2.jpg

群馬にも児島高徳終焉の地と呼ばれる場所があり、墓もありました。
要はこの人物についてはよく分かっていないという事ですね。

<群馬の児島高徳の墓>
http://rover.seesaa.net/article/150229846.html

平成29年GWの旅
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著名人の墓
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2017年07月13日

坂越の町並み       (兵庫県赤穂市)

赤穂市の坂越の町並みを散策してきました。

<坂越の町並み>
坂越の町並み.jpg
住所:兵庫県赤穂市坂越
駐車場あり(無料)

坂越の町は、その昔、蘇我入鹿の乱を避けて秦河勝が逃れてきた地で、秦河勝はこ
の地で亡くなります。
江戸時代、赤穂の町は塩の生産が盛んで、その塩を運ぶための港がこの坂越の町
でした。
町の中心部には旧庄屋などの伝統的建造物群による古い町並みが形成されており、
かつて内海の要衝として拓けてきた港町を偲ばせる風情をなおとどめています。

赤穂の中心部は何度か観光したことがありましたが、坂越は今回初訪問。
こんな良い町並みが残っていようとは、いやはやびっくりです。
まだ重要伝統的建造物群保存地区には指定されていませんが、いずれ指定される
であろう素晴らしい町並みでした(^-^)

<坂越の町並み>
坂越の町並み3.jpg

坂越の町並み4.jpg

坂越の町並み5.jpg

坂越の町並み6.jpg

坂越の町並み2.jpg

坂越の町並み7.jpg

坂越の町並み8.jpg

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日本の古い町並み
http://rover.seesaa.net/article/21960937.html

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2017年07月12日

大石内蔵助旅立ちの像   (兵庫県赤穂市)

赤穂市にある大石内蔵助旅立ちの像を見てきました。

<大石内蔵助旅立ちの像>
大石内蔵助像.jpg
住所:兵庫県赤穂市御崎
駐車場あり(無料)

<大石内蔵助の旅立ちについて>
大石内蔵助像3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
今回の旅で、やっと海に出てきました。
赤穂御崎で海でも眺めようかと思って訪問したところ、大石内蔵助の
像があったので見てきました。知ってて行った訳ではなく、偶然見つけ
ました。

大石内蔵助像2.jpg

この像は、赤穂城が接収され、その後吉良邸討ち入りまでのいろいろな
流れがありますが、大石内蔵助は京都山科に隠遁し、まずは主家赤穂浅野家
の家名再興を目指し動き出します。
その旅立ちを表現したのがこの銅像です。
今回、大河ドラマ『元禄繚乱』を見たところだったので、この像を見る事が
出来てとても良かったです(^-^)

<赤穂御崎>
赤穂御崎.jpg

赤穂御崎3.jpg

赤穂御崎2.jpg
直前の上月城では良い天気だったんですが、赤穂御崎に来たときには
あいにくの曇り。ちょっと残念でした。

平成29年GWの旅
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大河ドラマの舞台
http://rover.seesaa.net/article/112515106.html

銅像めぐり
http://rover.seesaa.net/article/142026310.html

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posted by 南行 at 10:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 兵庫県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

佐用城址     (兵庫県佐用町)

佐用町にある佐用城址(福原城)に行ってきました。

<佐用城址>
佐用城.jpg
住所:兵庫県佐用郡佐用町佐用1573
駐車場なし

<佐用城について>
佐用城5.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
佐用城址に行ってきました。
佐用城は鎌倉時代末期に佐用範家によって築城された城で、その後
赤松氏36人衆のひとり福原氏にがこの城に入った為、福原城とも
言われます。
戦国時代に、織田信長の播磨攻めの際、秀吉の軍勢に攻撃され落城。
廃城となりました。

ここに来る前に、上月城に行きました。佐用城はその上月城や高倉城など
を合わせ赤松氏の城郭群を形成していました。

現地は細い道を入っていきます。
駐車場は無く、城跡を少し過ぎた位の場所に1台分くらい停車でいるスペースが
あったので、そこに停車して見学しました。

上の写真の神社は福原霊社と言い福原藤馬允則尚の首を祀った神社だそうです。
ここにお参りすると首から上の病が治るとか。

見終わったあと、その道路を前進で通過出来るか微妙な幅員だったので、頑張っ
てUターンして帰りました。結構しんどかったです(^^;

<佐用城址>
佐用城4.jpg

佐用城3.jpg
土塁が綺麗に残ってますね(^-^)

佐用城2.jpg
福原則尚の辞世の句です。
「死ぬなれば花の下にと思いしに 師走の花の咲くべくもなく」

平成29年GWの旅
http://rover.seesaa.net/article/449677065.html

日本の城を巡る
http://rover.seesaa.net/article/21222307.html

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posted by 南行 at 08:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 兵庫県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする