2017年03月24日

首里城      (沖縄県那覇市)

那覇市にある首里城に行ってきました。

<首里城>
首里城 歓会門.jpg
住所:沖縄県那覇市首里金城町1丁目2
駐車場あり(有料)
入場料金:820円

<首里城について>
首里城2.jpg

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首里城に行ってきました。首里城に来るのは高校の修学旅行以来という
超久しぶりの訪問です。
ここは琉球王朝の王城だったお城です。
戦前には、昔からの建物などが残り国宝に指定されている建物も多かった
様ですが、沖縄戦で焼失。建物は近年再建されたものです。

首里城をはじめとする沖縄の城は日本本土の城とは一線を画し、中国の
城の様式を踏襲したものになっています。

守礼門はもっと大きい門だった様な気がしていましたが、意外に小さくて
びっくり。
しかし、城壁の規模は他の沖縄の城を圧倒する大きさ。さすがは王城ですね。
入場料を払って入る建物内には、琉球王朝の歴史などが展示されていました。

<首里城>
守礼門.jpg
守礼門です。

首里城3.jpg

首里城4.jpg

首里城5.jpg

首里城6.jpg

首里城7.jpg

首里城9.jpg

首里城8.jpg

平成29年冬旅 琉球城攻め
http://rover.seesaa.net/article/446851154.html

日本の城を巡る
http://rover.seesaa.net/article/21222307.html

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2017年03月22日

玉陵        (沖縄県那覇市)

那覇市にある玉陵に行ってきました。

<玉陵>
玉陵.jpg
住所:沖縄県那覇市首里金城町1丁目3
駐車場なし
入場料:200円

<玉陵について>
玉陵7.jpg

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玉陵に行ってきました。
「ぎょくりょう」と読むのかと思いきや「たまうどぅん」と読むそう
です。玉うどん?ううむ、読めませんね〜(^^;

玉陵は首里城のすぐ近くにある琉球王の陵墓です。
1501年の建造。琉球石灰岩を使った建造物で、沖縄各所に残る城と
基本的に同じ構造をしています。

陵墓の中は見ることが出来ませんが、外から当時の琉球文化を堪能しま
した(^-^)

<玉陵>
玉陵2.jpg

玉陵3.jpg

玉陵4.jpg

玉陵5.jpg

玉陵6.jpg

平成29年冬旅 琉球城攻め
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金城町石畳道      (沖縄県那覇市)

那覇市にある金城町石畳道を散策してきました。

<金城町石畳道>
金城町石畳道.jpg
住所:沖縄県那覇市首里金城町2付近
駐車場なし

<金城町石畳道について>
琉球王尚真王の治世1522年に首里城から真玉巴志に至る総延長10
kmの道路が建造されました。
道は琉球石灰岩の平石が敷き詰められたものでした。
第二次世界大戦における沖縄戦でその大半が破壊されましたが、金城町
付近約240mの区間に当時の石畳道が現存し、今にその雰囲気を伝え
ています。
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金城町石畳道を歩いてきました。
首里城から歩いて5分位で石畳道の入り口。そこから結構急な坂道を
降りる感じになるんですが、石畳道が続きます。

この道は雰囲気が良いですね。近年造られたと思われる石垣もあわせて
昔ながらの町並みを形成していて、とても良かったです(^-^)

<金城町石畳道>
金城町石畳道2.jpg

金城町石畳道3.jpg

金城町石畳道4.jpg

金城町石畳道5.jpg

金城町石畳道6.jpg

金城町石畳道7.jpg

平成29年冬旅 琉球城攻め
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日本の古い町並み
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座喜味城        (沖縄県読谷村)

沖縄県読谷村にある座喜味城に行ってきました。

<座喜味城>
座喜味城.jpg
住所:沖縄県読谷村座喜味708−6
駐車場あり(無料)

<座喜味城について>
座喜味城7.jpg

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読谷村にある座喜味城に行ってきました。
8年前に沖縄に行ったときにも訪問したんですが、誤って写真を消して
しまい、記事を投稿していませんでした。よって、今回再訪問しました。

8年前に行った勝連城とか中城城とかはイメージとして残っているんで
すが、座喜味城は行ったはずなのに全然思い出せません。
初めて行くような感覚です。

座喜味城は、15世紀初頭に築城の名手である護佐丸という人物によって
築城されたお城です。
護佐丸は読谷山地方の按司で、尚巴志の今帰仁城攻めに参戦し、琉球
統一に重要な役割を果たした人物だそうです。

座喜味城は、曲線を描く城壁、アーチ石門など美しい石垣が残っており、
見て美しいお城でした(^-^)

<座喜味城>
座喜味城2.jpg

座喜味城3.jpg

座喜味城4.jpg

座喜味城5.jpg

座喜味城6.jpg

座喜味城8.jpg

平成29年冬旅 琉球城攻め
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日本の城を巡る
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2017年03月20日

鳳来寺と東照宮    (愛知県新城市)

愛知県新城市にある鳳来寺に行ってきました。

<鳳来寺>
鳳来寺.jpg
住所:愛知県新城市門谷鳳来寺1
駐車場あり(有料)
境内自由

<鳳来寺について>
鳳来寺は703年、利修仙人によって開かれ、文武天皇から鳳来寺の名
を賜って建立されたと伝えられています。
以来広い信仰をもって栄え、源頼朝も厚く信仰し、七堂伽藍を寄贈し隆
盛期を迎えました。
特に子授けの薬師如来と評判高く、松平広忠夫妻が天下人となる男子を
祈願して授かったのが徳川家康であったというお話があります。
現在は真言宗五智教団の本山で、本堂は昭和49年に再建されたもので
す。

鳳来寺2.jpg

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鳳来寺に行ってきました。ここも15年以上ぶりの訪問。
もう完全に忘れてしまっていました。
昔来たときは、ここに来るために鳳来寺パークウェイを使うんですが、
有料道路で結構良い値段取られた記憶があります。
今はこの道路、無料開放されていて普通にのぼってきましたが、駐車場
は有料でした。

鳳来寺は家康の母、於大の方が祈願し子の竹千代(のちの徳川家康)を
授かったというお話が有名です。
その事を後に顕彰したのが徳川家光で、この地に東照宮を建立しています。

<東照宮>
東照宮.jpg

東照宮2.jpg

東照宮3.jpg

今回鳳来寺に来たのは、鳳来寺が井伊直政ゆかりの地という事もあります。
1568年、武田の侵攻に対し今川氏真は小野道好に井伊直政を殺して
井伊谷を掌握しその軍勢を率いて加勢するよう命じます。
龍潭寺の南渓和尚により井伊直政は出家するとして鳳来寺に保護され、
14歳まで鳳来寺で過ごしたそうです。
今年の大河ドラマ『おんな城主・直虎』の関連地という事です。
こんな旗もたっていました。
鳳来寺4.jpg

あいにく、第3話以降大河ドラマ見ていません。一応録画はしてるんです
が、なかなか見る気が起きないという。そのうちまとめて見ますかね。

<鳳来寺からの景色>
鳳来寺3.jpg
鳳来寺は標高が高いので、景色も良かったです(^-^)

平成28年〜29年 年末年始の旅
http://rover.seesaa.net/article/445480957.html

大河ドラマの舞台
http://rover.seesaa.net/article/112515106.html

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2017年03月19日

於曽屋敷        (山梨県甲州市)

山梨県甲州市にある於曽屋敷跡に行ってきました。

<於曽屋敷跡>
於曽屋敷6.jpg
住所:山梨県甲州市塩山下於曽539−2
駐車場あり

<於曽屋敷について>
於曽屋敷.jpg

於曽屋敷2.jpg

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於曽屋敷跡に行ってきました。
塩山の駅の南側、歩いても数分の場所にあります。カーナビをセット
して行きましたが、車だと本当に分かりづらい場所です。

於曽氏は甲斐源氏の一族で、於曽屋敷は鎌倉時代に於曽氏によって築城
された中世城郭との事です。

その後誰が在城したかよく分かっていない様ですが、武田家滅亡の時に
この地で於曽氏の家臣・板垣権兵衛が自刃したという伝説があるそうです。

現在、於曽屋敷跡は公園として整備されています。
土塁らしきものがはっきりと見てとれました(^-^)

<於曽屋敷跡>
於曽屋敷3.jpg

於曽屋敷4.jpg

於曽屋敷5.jpg

平成28年〜29年 年末年始の旅
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日本の城を巡る
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安養院 / 織田信孝終焉の地       (愛知県美浜町)

愛知県美浜町にある安養院に行ってきました。

<安養院>
安養院.jpg
住所:愛知県知多郡美浜町野間東畠ケ90−1
駐車場あり
境内自由

<安養院について>
安養院3.jpg

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知多の安養院に行ってきました。
安養院は源義朝の墓がある野間大坊と隣接する地にあります。

このお寺を訪問した理由はひとつ、ここが信長の子・織田信孝終焉の地
だからです。

安養院2.jpg

織田信孝は清洲会議で岐阜城を与えられ織田家を継いだ三法師の後見役と
なりますが、その後秀吉と対立。賤ヶ岳の戦い後に捕らえられ、この安養
院で自刃しました。
お寺には、自刃の間、自刃の短刀、血染めの掛け軸などが残っているよう
ですが、今は一般公開されていません。
(恨みの品なので、公開していないそうです)

安養院4.jpg

織田信孝は、信長の後継者の器量を持ち合わせていた人物であったが故に
秀吉から追い落としにあい殺されたという事だと僕は思っています。

辞世の句「昔より 主を討つ身の 野間なれば 報いを待てや 羽柴筑前」は
秀吉への怒りに満ちあふれた句ですね。

平成28年〜29年 年末年始の旅
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