2017年09月22日

藩境塚       (青森県平内町)

青森県平内町にある藩境塚に行ってきました。

<藩境塚>
藩境塚.jpg
住所:青森県東津軽郡平内町狩場沢
駐車場あり(無料)

<藩境塚について>
藩境塚4.jpg

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藩境塚に行ってきました。
その名の通りですが、ここは江戸時代に藩の境だった場所です。
ここから西側は津軽藩、東側が南部藩です。
藩境塚3.jpg

藩境塚5.jpg

どのような意味合いで、古墳の様な塚が設けられたかは不明です。
川の両岸に2つずつ古墳の様な塚があり、藩境を示しています。

藩境塚2.jpg

藩境塚6.jpg

この地は奥州街道があり、藩境には御番所が設けられ通行人や物資の流れ
が監視されていました。

奥州街道.jpg

馬角御番所.jpg

現在は国道4号線、平内町と野辺地町の境になっています。

平成29年夏旅 青森へ
http://rover.seesaa.net/article/452720301.html

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2017年09月20日

池辺公園の彼岸花     (埼玉県川越市)

地元川越の池辺公園で彼岸花を見てきました。

<池辺公園>
池辺公園.jpg
住所:埼玉県川越市池辺1234
駐車場あり(無料)

地元川越の池辺公園に行ってきました。
僕は長年川越に住んでおりますが、こんな公園があるのは初めて知りました。
多分、川越に住んでる人でもこの公園知ってる人は少ないんじゃないかな。
まったく有名じゃないですし。この場所って、そもそも自分の生活の中で通ら
ない場所なので知るよしもありませんでした。

たまたま、川越で彼岸花の名所って事で調べてたら穴場って事で紹介されて
いたので訪問しました。
本当は巾着田とか行こうかと思いましたが、天気もいまいちだし、混んでる
ところ行くのもという事で、こちらに行った次第です。

池辺公園は小さな公園です。というか、ただの森で、その中を歩く遊歩道が
ある程度。
いきなり「まむし注意」の看板に怯みました(^^;
池辺公園2.jpg

公園の奥の方に、咲いてました、彼岸花です。
良い具合に咲いてます。もうそんな時期なんですね〜(・o・)

<池辺公園の彼岸花・平成29年9月20日撮影>
池辺公園彼岸花2.jpg

池辺公園彼岸花.jpg

池辺公園彼岸花3.jpg

池辺公園彼岸花4.jpg

池辺公園彼岸花5.jpg

池辺公園彼岸花6.jpg

彼岸花を見に来ている人は僕と、あともう一人いましたが、それだけ。
ここは完全に穴場って感じで良かったです(^-^)

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長崎街道・彼杵宿    (長崎県東彼杵町)

長崎県東彼杵町にある長崎街道彼杵宿を散策してきました。

<長崎街道・彼杵宿>
長崎街道彼杵宿.jpg
住所:長崎県東彼杵町彼杵宿郷
駐車場あり(道の駅彼杵の荘に駐車)

長崎街道は北九州の小倉と長崎を結ぶ旧街道です。
彼杵宿(そのぎしゅく)は古くからの港町で、江戸時代には海陸交通
の要衝として栄えた宿場町でした。
江戸〜長崎を往来した幾多ひ人たちが、この地より船に乗り時津に渡り
長崎に向かいました。
また、戦国時代には秀吉によるキリシタン弾圧で処刑された二十六聖人
もこの地から船で時津に渡るという歴史の地でもあります。

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道の駅彼杵の荘に車を停めて、長崎街道彼杵宿を散策しました。
彼杵は「そのぎ」と読みます。まったく読めませんし、なかなか頭に
入ってこない音だなって感じました。

長崎街道の宿場町で、かつ港町としてここから大村湾を船で渡って
時津に向かう海の玄関口でもあった様です。

今はあまり昔の建物などは残っていませんが、かつての港町の雰囲気は
何となく感じられました。
彼杵は昔からお茶の産地で「そのぎ茶」をお土産で購入しました(^-^)

<彼杵宿>
長崎街道彼杵宿2.jpg

長崎街道彼杵宿3.jpg

長崎街道彼杵宿7.jpg

<本陣跡>
長崎街道彼杵宿 本陣跡.jpg

長崎街道彼杵宿 本陣跡2.jpg

<脇本陣跡>
長崎街道彼杵宿 脇本陣跡.jpg
脇本陣跡は空き地になってました。

<船着き場跡>
長崎街道彼杵宿4.jpg

長崎街道彼杵宿5.jpg

長崎街道彼杵宿6.jpg
彼杵の港から見た大村湾。

平成29年夏旅2 長崎へ出陣
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日本中央の碑歴史公園     (青森県東北町)

青森県東北町にある日本中央の碑歴史公園に行ってきました。

<日本中央の碑歴史公園>
日本中央の碑.jpg
住所:青森県上北郡東北町家ノ下タ39−5
駐車場あり(無料)
資料館(入場無料)

<日本中央の碑について>
日本中央の碑3.jpg
日本中央の碑4.jpg

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国道4号線を北上していると、ふと「日本中央の碑歴史公園」なる看板
が目に入りました。
青森まで来て「日本中央」?
いろんなところで日本の中央だったり日本のへそだったりいろいろ言って
おりますが、ここは何なんでしょう。まったく知らずでの訪問です。

公園には資料館があり、この中に日本中央の碑なるものがある様です。
入ってみます。

日本中央の碑2.jpg

資料館の真ん中に、ありました、日本中央の碑です。

<日本中央の碑>
日本中央の碑5.jpg
ふむふむ、石に日本中央ってうっすらと書いてありますね。
この日本中央と書いた石が古代からの歌枕「つぼのいしぶみ」なんだそうです。
まあ「つぼのいしぶみ」はこれがそうであるという一説であり、他にも説が
あるので確定している訳では無い様です。
「つぼのいしぶみ」とは、坂上田村麻呂が大きな石の表面に、矢の矢尻で文字
を書いたとされる石碑です。
「日本」とは「ひのもと」と読み、東北を総称したものという事。
たしか、戦国時代にこの地を支配した安東氏は「日之本将軍」を名乗っていまし
たし、東北北海道の中心という意味なんでしょうかね。
まあ、不思議な石であります。

平成29年夏旅 青森へ
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2017年09月18日

中岳古戦場跡     (長崎県大村市)

大村市にある中岳古戦場跡に行ってきました。

<中岳古戦場跡>
中岳古戦場跡.jpg
住所:長崎県大村市中岳町
駐車場なし

<中岳古戦場について>
中岳古戦場跡4.jpg
中岳古戦場跡5.jpg

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中岳古戦場跡に行ってきました。
1474年、有馬高純と大村純伊がこの地でぶつかった戦いです。
戦いは最初互角だった様ですが、大村方の鈴田道意が寝返った事により
形成は一気に有馬に傾き大村勢は大敗しました。
今は碑のみがその戦いを伝えます。

1474年というと、中央では応仁の乱の最中。
この戦いが中央とどういう関わりがあるかよく分かりませんが、各地の
大名が私戦を始めているあたり、応仁の乱による室町幕府の弱体化を
示している様な気がします。

中岳古戦場跡2.jpg

中岳古戦場跡3.jpg

平成29年夏旅2 長崎へ出陣
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古戦場めぐり
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2017年09月17日

龍雲寺     (宮城県栗原市)

宮城県栗原市にある龍雲寺に行ってきました。

<龍雲寺>
龍雲寺.jpg
住所:宮城県栗原市一迫真坂館浦59
駐車場あり(無料)
境内自由

<龍雲寺について>
龍雲寺2.jpg

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龍雲寺に行ってきました。
たまたま車で走っていると、政岡の墓なる案内を発見しました。

龍雲寺 政岡の墓3.jpg
さて、政岡とは誰でしょう?
何か由緒がありそうなお寺だったので立ち寄ってみることにしました。
江戸藩政時代には25の寺を従える大寺院だった様です。
その龍雲寺の裏山に、政岡の墓があります。

政岡とは、江戸時代に作られた歌舞伎・浄瑠璃作品『伽羅先代萩』の登場する
架空の人物で、そのモデルと言われるのが白河義実の妻です。
『伽羅先代萩』は江戸時代初期に起きた伊達騒動をモチーフにしたものです。
話の中で、幼い主君を守る乳母として登場します。

白河義実とその妻の墓がこの龍雲寺のお墓なんですね。
僕も伊達騒動に関しては以前に大河ドラマ『樅の木は残った』の総集編みたい
なのを見た程度でして、あまり詳しく知らない為、へーそうなんだという事で
参拝して帰ってきました。

<白河義実とその妻(政岡)の墓>
龍雲寺 政岡の墓.jpg

平成29年夏旅 青森へ
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著名人の墓
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二十六聖人乗船の地跡    (長崎県東彼杵町)

長崎県東彼杵町にある二十六聖人乗船の地跡に行ってきました。

<二十六聖人乗船の地跡>
二十六聖人渡海の地2.jpg
住所:長崎県東彼杵郡東彼杵町彼杵宿郷
駐車場無し

<解説>
二十六聖人渡海の地7.jpg
二十六聖人渡海の地8.jpg

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東彼杵(ひがしそのぎ)にある二十六聖人乗船地に行ってきました。
秀吉によるキリシタン禁教令により京都・大坂で捕縛されたキリシタン
達は見せしめの為徒歩で長崎まで引き回されました。
そして、東彼杵のこの地から船に乗り時津に向かいます。
1597年2月5日、その26人は長崎で処刑されます。
これが「日本二十六聖人の殉教」という事件です。

船に乗った場所という東彼杵に乗船場跡の碑がたっていました。
今回の長崎旅行では各地にキリシタン墓地があるのに気がつきました。
弾圧が激しかったんでしょうね。これも日本史の一幕ですね。

二十六聖人渡海の地3.jpg

二十六聖人渡海の地4.jpg

二十六聖人渡海の地5.jpg

<乗船地>
二十六聖人渡海の地6.jpg

二十六聖人渡海の地.jpg

平成29年夏旅2 長崎へ出陣
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