2017年06月18日

兵主神社      (兵庫県西脇市)

兵庫県西脇市にある兵主神社に行ってきました。

<兵主神社>
兵主神社.jpg
住所:兵庫県西脇市黒田庄町岡372−2
駐車場あり(無料)
境内自由

<兵主神社について>
兵主神社4.jpg

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兵主神社に行ってきました。
奈良時代創建の由緒ある神社です。
特徴的なのは、茅葺きの拝殿です。拝殿が茅葺きってあまり見たことが
ありません。

兵主神社2.jpg

兵主神社5.jpg

この拝殿は1591年、黒田官兵衛によって築造されたものだそうです。
ここ西脇市黒田庄は黒田官兵衛生誕の地でもあります。

兵主神社3.jpg

平成29年GWの旅
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2017年06月15日

亀山城址/沼城址    (岡山県岡山市)

岡山市にある亀山城址(別名:沼城)に行ってきました。

<亀山城址(沼城址)>
亀山城.jpg
住所:岡山県岡山市東区沼
駐車場なし

<亀山城について>
亀山城説明.jpg

亀山城6.jpg

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亀山城(別名:沼城)に行ってきました。
岡山市東区にある浮田小学校を目指して行くと分かりやすいです。
小学校の東側にある小高い丘が沼城址です。
築城は浦上氏の家臣中山信正。
1559年に、中山信正は謀反を疑われ同じく浦上氏の配下だった宇喜多
直家によって誅殺されます。
宇喜多直家は褒美として亀山城を与えられ城主となりました。

その後宇喜多直家は謀略を駆使しのし上がり、主君の浦上宗景を追放し
戦国大名へと成長します。その拠点となった沼城は宇喜多直家出世の城
と呼ばれています。

亀山城3.jpg

後に豊臣秀吉のもとで五大老の一人に出世する宇喜多秀家もこの城で生まれ
ました。城跡には、「直家飛躍の地」「秀家生誕地」の碑が建ちます。

後に直家が岡山城を築城して移るまで、この城に在城しました。

現在城跡には小さな神社があり、小さな城跡公園の様な感じで整備されています。

亀山城2.jpg

亀山城4.jpg

亀山城7.jpg
「兒」は宇喜多氏の旗印です。「兒」の字は「児」の旧字体。
この旗印は、宇喜多氏が南北朝時代の武将、児島高徳の子孫である事から
きています。児島高徳は『太平記』の作者とも言われていますが、実在の
人物かどうか実は分かっていない人物でもあります。

僕はこの「兒」の旗印、家に所有しております(^-^)

平成29年GWの旅
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日本の城を巡る
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2017年06月14日

ときがわ菖蒲園【再】   (埼玉県ときがわ町)

ときがわ菖蒲園に行ってきました。

<ときがわ菖蒲園>
ときがわ菖蒲園.jpg
住所:埼玉県比企郡ときがわ町大字玉川2510
駐車場あり(無料)
入園料(任意の協力金)

ちょくちょく訪問している、ときがわ菖蒲園に行ってきました。
ここ最近だと3年前に行ってました。

この時期の花というと菖蒲かアジサイですかね。菖蒲もアジサイも雨の日
でも綺麗に見る事が出来る花です。でもまあ菖蒲は晴れた日の方が綺麗で
すかね。
今日はほぼ満開の菖蒲の花を見ることが出来ました(^o^)

<ときがわ菖蒲園・平成29年6月14日撮影>
ときがわ菖蒲園2.jpg

ときがわ菖蒲園3.jpg

ときがわ菖蒲園4.jpg

ときがわ菖蒲園5.jpg

<麦なでしこ>
ときがわ菖蒲園6.jpg

ときがわ菖蒲園7.jpg
菖蒲園の片隅に麦なでしこの花が咲いてました。
麦なでしこの花はほぼ散っていて、僅かに残っている程度です。
菖蒲の前には麦なでしこの花が楽しめたのかな(・o・)
麦なでしこの花も好きな花のひとつです。

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興禅寺【再】    (兵庫県丹波市)

丹波市にある興禅寺に行ってきました。

<興禅寺>
興禅寺4.jpg
住所:兵庫県丹波市春日町黒井2263
駐車場あり(無料)
境内自由

<興禅寺について>
興禅寺2.jpg

<春日の局について・クリックすると拡大します>
興禅寺3.jpg

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11年ぶりで丹波市の興禅寺に行ってきました。
ここは、後に徳川家光の乳母となる春日の局生誕の地です。

<11年前の記事>
http://rover.seesaa.net/article/25539358.html

興禅寺5.jpg

春日の局はお福と言い、明智光秀の家臣斎藤利三の子です。
明智光秀は黒井城を攻め落とすと、黒井城に家臣の斎藤利三を城主として
配置します。
興禅寺は、斎藤利三の屋敷跡とも言われ、堀などを備え簡易的な城の様な
役割を果たしたものと思われます。

11年ぶりの訪問でしたが、堀の雰囲気とか非常に良く覚えていました。
ここは印象深いお寺です。

興禅寺.jpg

ずっと昔、大河ドラマで見た記憶がうっすらとあります。
まあ子供の頃に見た大河なので、改めて見てみたいですね。

興禅寺には、お福産湯の井戸や腰掛け岩など彼女ゆかりのものが残って
います。

<本堂>
興禅寺6.jpg

興禅寺8.jpg

<お福産湯の井戸>
興禅寺7.jpg

<お福腰掛け岩>
興禅寺9.jpg

平成29年GWの旅
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黒井城址      (兵庫県丹波市)

丹波市にある黒井城址に行ってきました。

<黒井城址>
黒井城.jpg
住所:兵庫県丹波市春日町黒井
駐車場あり(無料)

<黒井城について>
黒井城2.jpg

黒井城 赤井直正.jpg

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赤井直正の居城黒井城址に行ってきました。だいぶ前に一度攻略しよう
と思って行ったことがありましたが、時間の関係で上まで登れません
でした。今回は本丸まで登ろうと行ってきました。

黒井城址は、建武の新政が始まった頃に赤松氏によって築城されたお城
です。戦国期には猛将赤井直正の居城となり、丹波平定を目指す織田軍
の明智光秀の軍勢と戦います。
赤井直正は善戦し、明智軍を撃退します。
再度明智軍に攻めかかられた際、赤井直正は病死し、最終的に黒井城は
落城しました。
落城後、明智光秀は家臣の斎藤利三を黒井城に入城させます。
利三の娘であるお福(のちの春日の局)はこの地で生まれました。

明智軍を退けた山城黒井城、攻略に向かいます。
駐車場から、登山口に向かいます。
黒井城3.jpg
急な道と緩やかな道と2道ありまして、緩やかな方で登って行きます。

黒井城4.jpg
緩やかと言いながらこんな感じです。

20分位歩いて木々が開け、東屋が見えてきました。
やっと到着!
黒井城5.jpg
ここは人工的な傾斜です。土塁かな〜。

黒井城6.jpg
東屋がありました、ここで景色を眺めながら休憩です。
到達感があります(^-^)

景色も良いですね〜。
黒井城8.jpg

黒井城7.jpg

満足して城を降り始めます。少し降りたところで衝撃的な事に気がつき
ます。少しおりてきたところで、本丸まで700mの表示。あれ、こんなに
降りてきたっけ?ここで疑問に思いました。
実は、僕が本丸跡と思ってたところは本丸跡じゃなくて、まだ先があったん
です(>_<)
下りはじめてから戻る気力が涌きません。もういいやという気分に。いやはや
無念でした。

完全に下に降りてから、再度城を見上げました。
そしたら、山頂付近に石垣が見えるじゃ無いですか。あそこが本丸跡だったん
だ。無念だな〜・・・。

黒井城9.jpg

黒井城9a.jpg
僕が途中で抜かした女の子4人組が山頂で万歳してるのも見えて尚やられた
感がありました(^^;

途中まで行きましたが、景色も良くて良かったと言えば良かったんですが。
何か不完全燃焼で終わりました。
どうでも良いですが、城の名前が黒井で城主が赤井。ううむ、これも何なのか(笑)

平成29年GWの旅
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日本の城を巡る
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2017年06月13日

白毫寺      (兵庫県丹波市)

丹波市にある白毫寺に行ってきました。

<白毫寺>
白毫寺.jpg
住所:兵庫県丹波市市島町白毫寺709
駐車場あり(無料)

<白毫寺について>
白毫寺2.jpg

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丹波市にある白毫寺に行ってきました。
昭文社さんの『歴史知図』をもとに、赤松氏ゆかりの寺という事で訪問
しました。
朝8時半位の訪問、寺に着いてびっくり駐車場への誘導員まで出てかな
りの人出です。
こんな朝からいったいなんなんでしょう?
特に有名な寺でもないでしょうにと思いました。

着いて初めて知ったんですが、この寺には九尺藤という有名な藤の木が
ありGWに見頃を迎えるとの事。ちょうど藤まつりが開催中でした。

長さ120mにもなる藤棚に九尺藤が枝を伸ばし咲いていました。
藤の写真は続きに掲載します。

お寺も古刹の雰囲気があふれて良い感じでした。

<白毫寺>
白毫寺3.jpg

白毫寺8.jpg

白毫寺9.jpg

白毫寺9 太鼓橋.jpg
これは太鼓橋という橋です。

白毫寺で目に付いたのは、春に紅葉するチシオモミジです。
以前福島の花見山でも春に紅葉を見ました。
白毫寺は本当に秋に来たかの様な綺麗な紅葉でした。季節外れ感が良いですね(^-^)

白毫寺4.jpg

白毫寺6.jpg

白毫寺5.jpg

白毫寺7.jpg


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2017年06月11日

関ヶ原古戦場 脇坂安治陣跡    (岐阜県関ケ原町)

岐阜県関ヶ原町にある脇坂安治陣跡に行ってきました。

<関ヶ原古戦場 脇坂安治陣跡>
脇坂安治陣跡.jpg
住所:岐阜県関ヶ原町藤下
駐車場なし

<脇坂安治陣跡について>
脇坂安治陣跡2.jpg

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関ヶ原古戦場、脇坂安治陣跡に行ってきました。
関ヶ原古戦場は過去何度も訪問しており、6年前に各武将の陣跡も
巡りました。

<6年前の訪問時の記事>
http://rover.seesaa.net/article/398101564.html

ただ、まだ行けてない場所が何ヶ所か。
小早川秀秋の陣があった松尾山、毛利秀元・吉川広家らが陣取った南宮山
など山登りが伴う難所はまだ未制覇でした。
今回、松尾山登頂を目指して出陣しましたが、時間の関係であいにくの
見送り。
そのまま先を急ごうかと思いましたが、よくよく考えたら、松尾山の麓に
陣取った脇坂安治の陣跡は行ったことがありませんでした。
ここならすぐという事で、脇坂安治の陣初訪問です。

脇坂安治陣跡3.jpg

脇坂安治は賤ヶ岳の七本槍の一人で、秀吉の子飼いの武将です。
関ヶ原では、態度が見通せない小早川秀秋への押さえとして、大谷吉継
の傘下に入り松尾山の麓に陣取りました。
しかし、実は藤堂高虎の調略により脇坂安治は事前に寝返る手はずに
なっており、小早川秀秋の寝返りとともに脇坂安治も大谷隊に攻めかかり
ます。

松尾山のふもと、名神高速道路の道路脇に脇坂安治の陣跡がありました。
今回の訪問はこれで満足(^-^)
次回は松尾山か南宮山を攻めたいと思います。

平成29年GWの旅
http://rover.seesaa.net/article/449677065.html

大河ドラマの舞台
http://rover.seesaa.net/article/112515106.html

古戦場めぐり
http://rover.seesaa.net/article/159539121.html

[ここに地図が表示されます]

posted by 南行 at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 岐阜県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする