2021年05月17日

上州鬼石の町並み   (群馬県藤岡市)

藤岡市、鬼石の町並みを散策しました。

<上州鬼石の町並み>
鬼石の町並み.jpg
住所:群馬県藤岡市鬼石
駐車場あり(無料)

神流川の中流域にある鬼石の町は江戸時代、幕府領として、また十石峠街道
の宿場町として栄えました。
明治時代には生糸の集積地でもあった様です。

鬼石は桜山公園という冬桜が有名な公園があって、よく行ってたりするので、
この場所は何度も車で走っていましたが、今回初めて車を降りて歩いてみま
した。

町の端の方におまつり広場という場所があり、ここが無料観光駐車場の様です。
ここにくるまを停めて町並み観光です。
かつて200軒近い商家が並んだという町並み。その一部が今も残っている
感じです。
ただ、今は商業的には衰退。観光地って感じでもないので、町に賑わいはあり
ません。観光客があまりいない分ゆっくり町並みを見て歩きました。

<上州鬼石の町並み>
鬼石の町並み2.jpg

鬼石の町並み3.jpg

鬼石の町並み4.jpg

鬼石の町並み5.jpg

鬼石の町並み6.jpg

鬼石の町並み7.jpg

鬼石の町並み8.jpg

鬼石の町並み9.jpg

日本の古い町並み
http://rover.seesaa.net/article/21960937.html




posted by 南行 at 23:56| Comment(0) | 群馬県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月11日

第三海堡遺構    (神奈川県横須賀市)

横須賀のうみかぜ公園にある第三海堡の遺構を見てきました。

<第三海堡遺構>
第三海堡遺構1.jpg
住所:神奈川県横須賀市平成町3丁目23
駐車場あり(有料)

<第三海堡について>
第三海堡遺構2.jpg

第三海堡遺構6.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
第三海堡遺構を見に行ってきました。
海堡とは、海上に人工的に造成した島に砲台を配置した海上要塞の事。
東京を守るため、明治〜大正時代に浦賀水道に第一〜第三海堡が建造されました。

第三海堡は1921年に完成した海堡で、最も大きな海堡でしたが、完成から2年
後の1923年に起きた関東大震災で甚大な被害を受け、全体の三分の一が水没。
復旧は出来ず、そのまま廃止されました。

第三海堡は浦賀水道の航路上にあり、海難事故の危険性もある事から2000年より
撤去工事が始まり、2007年に撤去が完了しました。

その際、海堡の一部がこのうみかぜ公園に移され、展示されています。
ここにあるのは兵舎の建物だそうです。

結局戦いに使われなかったものとはいえ、こういうものを身近に見る事が出来るのは
すごい事だなと思います。
第二海堡は旅行会社のツアーなどで上陸出来る様になりましたし、こういう軍事
遺跡はとても興味深いです。

うみかぜ公園は駐車場が有料です。
ただ、この海堡だけ見たいのであれば、海堡の前あたりに路駐して、少し見る分には
問題無い感じです。釣り客も多く路駐してますし・・・。

<第三海堡遺構>
第三海堡遺構4.jpg

第三海堡遺構5.jpg

第三海堡遺構3.jpg

戦争遺跡・軍事遺跡
http://rover.seesaa.net/article/476666823.html



posted by 南行 at 22:24| Comment(0) | 神奈川県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カツ丼@今井屋    (埼玉県寄居町)

寄居町にある今井屋でカツ丼を食してきました。

<今井屋>
今井屋 寄居2.jpg
住所:埼玉県大里郡寄居町寄居1236-1
駐車場あり
営業:11:00〜14:00、16:00〜17:00

前から一度行きたいと思っていた今井屋さん、初訪問しました。
人気店だけあって、混んでいる事が多く、なかなか訪問出来ないで
いました。
今回、コロナ禍の平日の訪問という事もあり、お昼時ではありますが
あっさり入る事が出来ました。

店内はテーブル席が数席。結構狭いですね。これだと混むか。
混んでるときの1人客だと居づらい感じもしました。

今井屋 寄居3.jpg
店内には阪神の原口選手の新聞記事が。
原口選手は寄居出身なんですよね。寄居から帝京に通ってたのは本当に
すごい。片道2時間位かかるんじゃないかな。努力家です。

さて、注文はもちろんカツ丼です。

<カツ丼・800円>
今井屋 寄居.jpg
こちら今井屋さんのカツ丼です。いわゆるソースカツ丼。
肉はヒレなのかな。脂っ気の無いさっぱりした肉。
最近はこういうのが良いですね。脂っこいの苦手です。
ソースもあっさりですね、おいしいです(^-^)
これだけのカツが乗っていて、油にもたれないか心配でしたが、
全然もたれず。最後までおいしく頂きました。

ただ、味噌汁がついてないんですよ。別料金でも味噌汁あれば良い
んですが、それも無し。
やっぱソースカツ丼には味噌汁がほしいですね。



関連ランキング:かつ丼・かつ重 | 寄居駅玉淀駅



posted by 南行 at 21:50| Comment(0) |   埼玉県のグルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月01日

智観寺    (埼玉県飯能市)

飯能市にある智観寺に行ってきました。

<智観寺>
智観寺.jpg
住所:埼玉県飯能市中山520
駐車場あり(無料)
境内自由

<智観寺について>
智観寺2.jpg

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智観寺に行ってきました。
丹党加治氏一族、中山氏ゆかりの地訪問という事で行ってきました。
中山氏は、この付近に居を構え、戦国時代の当主中山家範は北条氏に従っていました。

1590年、秀吉の小田原攻めに際し家範は八王子城に籠城。
前田利家から降伏を勧められるも、北条家への忠節を尽くし八王子城で討ち死にして
います。
その子、信吉は家康に取り立てられ、水戸藩附家老となります。
水戸に仕えた後も、智観寺は中山氏の菩提寺として続き、信吉以下子孫累代の墓が
鎮座しています。

<中山氏累代の墓>
智観寺 中山氏累代の墓.jpg

<初代・中山信吉の墓>
智観寺 中山信吉の墓.jpg

<智観寺山門>
智観寺3.jpg
1868年5月、江戸の彰義隊から分かれた振武軍は田無から飯能に入り、新政府軍
を迎え撃ちます。これが飯能戦争です。
振武軍本体は能仁寺に陣をはりますが、智観寺にも120名の兵が立て籠もりました。
新政府軍は智観寺に砲撃を加え、山門は被弾した様です。

智観寺4.jpg

寺から北東に2〜3分歩いた場所に、中山家範館跡の碑があります。
中山家範館跡.jpg

大河ドラマの舞台
http://rover.seesaa.net/article/112515106.html

著名人の墓
http://rover.seesaa.net/article/26837973.html

古戦場めぐり
http://rover.seesaa.net/article/159539121.html



posted by 南行 at 11:15| Comment(0) | 埼玉県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

旧丸山変電所     (群馬県安中市)

安中市にある旧丸山変電所に行ってきました。

<旧丸山変電所>
旧丸山変電所.jpg
住所:群馬県安中市松井田町横川
駐車場無し(横川駅前の観光駐車場を利用)

<旧丸山変電所について>
旧丸山変電所6.jpg

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安中(横川)にある旧丸山変電所に行ってきました。
信越本線の電化に伴い、明治45年に建築された変電所跡です。
2棟あり、1棟は機械室、もう1棟は蓄電池室です。
煉瓦造りの建物で、その煉瓦は渋沢栄一らによって設立された日本煉瓦製造が作った
ものです。

建物はその歴史的価値から、平成6年に国指定の重要文化財となり、平成14年に
修復工事が完了し、現在に至っています。

内部の公開は年に1回のみとの事。今回は外から見てきました。
横川駅前にある観光駐車場に車を停め、アプトの道という廃線敷の遊歩道を歩いて
20分くらい歩きました。

明治時代の煉瓦建造物は他にもありますが、どれも風格があって良いですね。

旧丸山変電所4.jpg

旧丸山変電所5.jpg

旧丸山変電所3.jpg

旧丸山変電所2.jpg



posted by 南行 at 10:28| Comment(0) | 群馬県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

渋沢平九郎の墓を参拝   (埼玉県越生町)

越生町にある渋沢平九郎の墓を参拝してきました。

<渋沢平九郎の墓>
渋沢平九郎の墓.jpg
住所:埼玉県入間郡越生町黒山674(全洞院)
駐車場あり(無料)

<渋沢平九郎の墓について>
渋沢平九郎の墓3.jpg

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越生町の全洞院で、渋沢平九郎の墓を参拝しました。

渋沢平九郎は、渋沢栄一の見立養子になった人物。親戚の尾高家の人物で、妻の弟
にあたります。
平九郎は従兄の渋沢喜作頭取を務める彰義隊に参加。後に振武軍に分かれ飯能戦争
を戦います。
飯能での戦いで振武軍は壊滅。平九郎も顔振峠に逃げます。その際、敵が手薄な秩父
に逃げる事を勧められますが、何故か平九郎は黒山に降りて行きます。
そこで広島藩の斥候に見つかり、交戦の末自刃しました。

首は越生で晒された後、法恩寺に葬られ、亡骸はここ全洞院に埋葬されました。

<渋沢平九郎の墓>
渋沢平九郎の墓2.jpg

渋沢平九郎の墓4.jpg

大河ドラマの舞台
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著名人の墓
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posted by 南行 at 10:01| Comment(0) | 埼玉県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月30日

渋沢平九郎自決の地   (埼玉県越生町)

越生町にある渋沢平九郎自決の地に行ってきました。

<渋沢平九郎自決の地>
渋沢平九郎自決の地.jpg
住所:埼玉県入間郡越生町黒山
駐車場無し

<渋沢平九郎自決の地について>
渋沢平九郎自決の地2.jpg

渋沢平九郎自決の地3.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
渋沢平九郎自決の地に行ってきました。
越生町の黒山三滝の入口付近にあります。
渋沢平九郎は、渋沢栄一の見立養子になった人物。親戚の尾高家の人物で、妻の弟
にあたります。
平九郎は従兄の渋沢喜作頭取を務める彰義隊に参加。後に振武軍に分かれ飯能戦争
を戦います。
飯能での戦いで振武軍は壊滅。平九郎も顔振峠に逃げます。その際、敵が手薄な秩父
に逃げる事を勧められますが、何故か平九郎は黒山に降りて行きます。
そこで広島藩の斥候に見つかり、交戦の末自刃しました。

平九郎がこの石の上で自刃したという自刃石が現地にありました。
渋沢平九郎自決の地  自刃石.jpg

この場所は、黒山から顔振峠に行く県道沿いで、僕も何度もここは車で走っている
んですが、今の今までこの碑に気付きませんでした。
案内板等無いと気付かないものですね。

大河ドラマの舞台
http://rover.seesaa.net/article/112515106.html



posted by 南行 at 11:25| Comment(0) | 埼玉県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする