2026年05月22日

篠原国幹戦死の地     (熊本県玉東町)

令和7年11月30日、篠原国幹戦死の地に行ってきました。

<篠原国幹戦死の地>
篠原国幹戦死の地.jpg
住所:熊本県玉名郡玉東町原倉2141−34
駐車場あり(無料)

西南戦争における薩摩軍の篠原国幹戦死の地です。
1877年3月4日、薩軍一番大隊長・篠原国幹は紺裏の外套をまとい
銀装の太刀をおびて、この地で陣頭指揮をとっていました。
そこに同郷の近衛歩兵一連隊第二大隊長・江田国通の指示による狙撃にあい
戦死したと言われています。
一方狙撃を指示した江田少佐も薩軍の銃弾によって戦死。
薩軍の猛攻により官軍は高瀬に撤退しました。

吉次峠の戦いは西南戦争でも最大規模の激戦地です。

篠原国幹戦死の地2.jpg

篠原国幹戦死の地3.jpg

令和7年第三回流浪の旅 甑島上陸
http://rover.seesaa.net/article/519463738.html



posted by 南行 at 15:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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